江戸のポンコツ陰陽師、時空を越えて安倍晴明に会いに行くも・・・・・・予想外だらけで困ります

渋川宙

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第8話 意地悪な人

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 呪いによって人が死ぬ。
 それが実際に書物に記されて残っているのならば、そして呪いの正体がこれだとすれば、導かれる結論はそれだ。
「そうだね」
 保憲はそれに簡単に頷いた。泰久は思わず保憲から距離を取ってしまう。しかし、保憲は気にした様子もなく穏やかに笑っている。
「どうして、ですか」
「君の時代には儀礼になったという陰陽道。その勘違いを生んだのは俺と晴明にあるだろう。でも、その土壌を作ったのは雲上人だよ」
 泰久の問いに答えず、保憲はそんなことを言う。
 昨日までの泰久だったら理解出来ないと喚いていただろう。そして陰陽師が直接手を下すなんてと非難していただろう。
 しかし、今の泰久には理解出来ることがある。今日、晴明から聞いたことが過ぎる。
 今の時代にあっても、陰陽道は正しく機能しなくなりつつある。天を読む理由が変わっている。そして、暦を変える必要があることを理解出来ない。
 それらはつまり、雲上人が陰陽師に呪術的であることを求めているが故だ。
「つまり、保憲様と晴明様は、雲上人が求めるものを叶えているということですか?」
 泰久の問いに、保憲は大きく頷いた。
「それを始めたのは我が父だ。賀茂という特殊な家だからこそ、それが最も効率よく生き残れることだと気づいた」
「賀茂、だから?」
 さすがにこれは理解出来ず、泰久は首を傾げた。しかし、保憲の顔が寂しそうなことに気づく。
「零落し、生きる術すらなくなるくらいならば、このくらいは簡単ってことだよ。祖先たちの意趣返しに手を貸している気にもなるしね」
 保憲はここまでにしようと、泰久に戻るように告げた。今は自分が一緒に行かない方がいいだろう。そう配慮してのことだ。
 泰久はどうしようかと悩んだものの、今は頭が上手く働かないとそのまま保憲の前を辞すことにした。
 しかし、陰陽師の違う側面を知って冷静ではいられず、陰陽寮を通過して大内裏を飛び出していたのだった。



「意地悪ですね」
 そんな泰久がいなくなってすぐ、晴明が保憲に近づいてそう言った。
「そうかな。事実を知りたいと願うのならば、知らなければならないことだろう」
「ええ。俺も鬱陶しいから丁度いいと思いましたが、それにしては意地悪です」
 惚ける保憲に、晴明はやれやれと首を振る。
 あえて刃傷沙汰のある場面を選ぶ必要はなかっただろう。呪いの本質は言霊だと、泰久だって知っていた。それなのに、あえて殺しを請け負っていることを臭わせる場面を選ぶのだから、意地悪としか言えない。
「それに、晴明としては安倍家が変貌していることを嫌がったのかなって」
 保憲は顔を顰めている晴明に向って、そんなことを言う。
 まったく、意地悪を窘めた人間に意地悪を仕掛けてくるって、腹黒すぎないか。
「実際に八百年後にそういう未来が待っているというのは、驚くと同時に不快でしたよ。そして、新参者だった我らの方が勝ち残るという未来に、嫌気も差しました。この国はどこまで学を蔑ろにするのかとね」
 晴明はじろりと保憲を睨んでそう答える。しかし、この答えは師を満足させるものではないだろう。
 最初に預けられた時の師は忠行だったが、今はこの保憲だ。その変化を受け入れたからこそ、この言葉は満足なものではないと解っている。
「戦略は成功するということですね。まあ、政治そのものが形骸化しつつある今では、丁度いいということですか?」
 晴明の言い直しに、保憲は言い過ぎだよと苦笑した。しかし、その顔は先ほどと違って満足そうだ。
「陰陽寮はただの学問をするための場ではなくなる。まあ、まだ真面目にやっているわけだけど、どうせ限界だ。だったら、どちらも出来る人間が変えてしまうのが妥当だろう。泰久君は満足できないみたいだけどね」
 先の未来に正しい陰陽道が残っていない。それは保憲たちが意図的に書き換えたのだから当然だろう。
 さすがに何も解っていないことにびっくりしたが、政治の場がここではなくなったのならば、それは仕方ないことと受け入れるしかない。泰久には悪いが、学問として正しい陰陽道を残すつもりはなかった。
「その割に、暦だけは引けないようでしたけど」
「それはそうだろう。本来、暦を統べることこそ帝である印なんだよ。まあ、採用はされないようだが研究は続けるさ。これは趣味のようなものだからね」
「そうですね。俺も出来る限り、天文道を正しく学びたいと思います」
「宿曜道には渡さないと」
「そちらはもう渡してしまっていいと思いますよ。解っていて意地悪しないでください」
 泰久だけで満足してくださいよと、晴明は大きな溜め息を吐き出していた。
 そう、二人は泰久が儀礼的になっているという言葉そのものには驚いていなかった。しかし、跡形もなくなくなっているのは、何とも嫌な気持ちになったのも事実だった。
「忠行様はそれを見抜いて嗾けてきたんだから」
 晴明はゆっくり屋敷に戻る必要があるなと思いつつ、陰陽寮へと足を向けていた。



 安倍邸に戻った泰久は溜め息を吐いていた。
 学問としての陰陽道は難しく、呪いは人為的に起こすものだった。それを知って、疲れがどっとやって来る。
「おや、一人かい?」
 そんな泰久に気づき、先に屋敷に戻っていた益材が顔を覗かせた。それに泰久はびくっと肩を震わせてしまう。
「ああ。晴明の裏の仕事を知っちゃったのか」
 その反応に、益材は眉を下げた情けない顔をする。
「あ、あの」
「あの仕事をするようになったのは私の落ち度であり、晴明自身が望んだことじゃないんだけどね」
 戸惑う泰久に、益材はそう零した。それに、泰久はどういうことでしょうと身を乗り出す。
「じゃあ、ちょっと話そうか」
 益材はそう言うと、庭がよく見える場所へと移動した。
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