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第34話 安西の友好関係は広い

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「となると、パーティーは必須の条件ということになるな。自分が紛れ込むためには、初めての客が多い方がいい。となると、千春が呼ばれたのもたまたまではないかも」
「さあ。どう頑張っても面識のない奴がいた方がいい、と考えてチョイスされたんじゃないか。それに話題性があるからな。誰もが千春に食いつくだろ。これだけの嫌がらせを受けるくらいなんだから」
「そうそう。その嫌がらせと今回の犯人は結びつかないんだろうか」
 英士が訊くと、それは随分と突飛な発想じゃないかと将平は呆れる。偶然に時期が重なっただけで、その二つを結びつける理由はなさそうだ。
「そうかな。あまりに手紙ばかりだからさ。関係あるかなって発想するけど。まあ、嫌がらせがメールで成り立たないのは実証済みだが」
「いや。それを言うなら、安西が手紙だったのは招待状だからだろ。メールじゃ不安だったんだ」
 結婚式の招待状だって、大体が郵便だろうがと将平は卑近な例を出す。
「なるほど。パーティーの招待状も結婚式の招待状も貰ったことがないからな。その点に関しては認識不足だ」
「まったく」
 英士の言葉に、大丈夫かと心配になる。しかし、繋げて考えるという発想はなかった。もし関連があるとなると、指紋か何かが残っていると、そいつが犯人という可能性も出てくるわけだ。たしかにこれだけ執拗な嫌がらせとなると、疑いたくもなる。
「まあ、指紋を残すようなそんな間抜けがこんな嫌がらせをするとは思えないな。明らかに手間暇が掛かっている。ちゃんと手袋をして作業をしているだろうな」
「そう、それだよ。これは時間と手間の掛かることだ。ある程度の執念がなければここまで送り付けてくることはない。それが思わず事件と絡める要因でもあるね」
 我が意を得たりと、英士がにやりと笑う。当初から不安になったのも、嫌がらせが数か月間も連続していたことにある。数値化したことで不安が一気に増大したわけだが、それまでも何となくだが危ないと察知していたのだ。
「まあな。安西っていう有名人でなければ、千春もパーティーへの出席を決めることもなかった状況ではある」
 その点は認めるよと、将平も馬鹿にはしていられない。そもそも、嫌がらせがこれほど深刻だとは思っていなかったのだ。だからこそ、今まで繋げるという発想なんて持っていなかった。
「しかしな。そうなると、誰かが安西を唆したことになるぞ。まあ、調べさせよう。安西の交友関係くらいならば現場に行かなくても調べがつく。ついでに招待されている奴も調べておこう」
 将平はそう言うと、すぐに本部へと電話を掛けた。すでに解っていることがあるならば、聞き出そうという腹積もりでもある。
「ああ、そうそう。安西の交友関係だ。えっ、意外と幅広いねえ。他分野の奴とも交流があるって。で、手間取っていると。パーティーの招待客との接点は」
 電話でそんなやり取りをしているのが聞こえ、英士と翔馬は固唾を飲む。やはり事件が起こっていてもあまりに情報がなく、また現場が遠いためどこか実感が湧かなかった。それが警察の具体的なやり取りを聞いてしまうと、否が応でも何かが起こっていると気づかされる。
「ああ。なるほど。まだだな。たしかに容疑者として絞られるのに、事件を起こす間抜けがいるのかって思うところだ。まだ周辺を固めているところだったか。了解。しかし、そっちを早急に頼む。疑わしいのはこいつらだという事実は変わらないだろ」
 将平はそう言って電話を切ると、テーブルの上に置かれていた一覧表を手に取った。
「どうやら安西は、色んな奴と喋るのが好きだったみたいだな」
「へえ、意外ですね。画家の人って気難しいイメージがありますけど」
「そうか。岡本太郎とか横尾忠則とか、破天荒なイメージはあるけど気難しい感じはしないぞ」
「意外だな。安西を知らなかったのにそういう名前は出てくるんだ」
 すらすらと将平が現代画家の名前を挙げたので、翔馬はどうしたんだと目を見開く。たしか安西の話題を振った時、誰だそれという反応だったのに。
「安西のついでに調べたんだよ。うるせえな」
 そんなことは忘れろよと、将平はむすっとしてしまった。たしかについ数時間前まで画家に興味なんてなかった。一夜漬けがばれたようで気恥ずかしい。
「まあまあ。画家も十人十色ってことだな。で、安西は誰でも受け入れるタイプだったってことか」
「ああ。若手作家の作品を買ったり、今回みたいに自らの家に招いたりってのはよくあることだったらしい。千春が招待されたようなパーティーも、珍しいものではなかったってことさ」
「ふうん」
 ということは、何も今回が特別というわけではないのかと英士は出鼻をくじかれた気分だ。そうなると、ますます嫌がらせと結びつけるのは難しい。やはり時期が重なったのはたまたまなのか。
「だからまあ、今回招かれた奴の中に何度か呼ばれている奴がいてもおかしくないわけだ」
「そうだな。しかし、そうなると使用人たちとも面識があるってことになる。だったらこのチャンスに殺そうとはならないだろう」
「そう。しかし他の場所で会った可能性もあるからな。一概に安西と面識があるからといって、使用人とも面識があるとはならないだろう。あの被害者、かなり活動的だったみたいでな。外に出ることも多かったらしい」
 将平は先ほど電話に応じてくれた警官がぼやいていた内容を伝えた。交友関係が浅く広いため、どこまで調べればいいのか見当もつかないという。しかも旅行好きで、ここ数年は年のせいか控えていたものの、あちこちに出掛けていたらしい。
「だから、パーティーの招待客からにしろってアドバイスしたんですね。でも、警察ならばその人たちを疑って当然じゃないんですか」
 翔馬はそんなこととっくにやっているのではと思ったが、なかなか難しい状況のようだ。しかし、どうしてと疑問になる。
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