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第36話 夜更かしは得意?

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「普段、夜更かしは得意ですか?」
 そこに友也が、当たり障りのない質問を全員にした。さすがにずっと黙っているのも苦だと判断してのことだ。
「そうだな。普段はしないな。さすがに年も年だし、裁判の時には頭がはっきりしていないと困るからな。若い頃は時間を削ってでも勉強と思っていたが、最近はめっきり夜更かしなんてしたことがない」
 真っ先に答えたのは忠文だ。いつもならばそろそろ寝る時間だと、腕時計を確認して苦笑してみせる。
「さすがに今日は眠気も来ないけれどもね。そういう安達さんは夜更かし得意でしょ」
「どういう意味ですか。まあ、徹夜はしょっちゅうしていますね。締め切りに追われることもありますから。その点は椎名さんも一緒でしょ」
 先ほどから互いに先生と呼ばないことを取り決めたので、慣れていない呼び方にぎこちなさが出る。それはともかく、徹夜しているように思われるのは心外だと、千春は首を横に振った。
「しないですよ。コンピュータさえ働いてくれていればいいんですから」
「ああ、なるほど。見張っている必要もないと」
「そうです。自動計算ですからね。その間、俺は惰眠を貪っていればいいんです」
「それはちょっと羨ましいですね。俺なんて締め切り前は徹夜の連続ですよ。尤も、その方が集中出来るんで、徹夜自体が悪いとは思いませんけどね。計画的にやれば出来るって解っていても無理ですね」
 駄目なタイプなんですよねと、大地は苦笑する。計画性がないのだと、自らはっきり言った。いつもいつも最後は時間に追われている。
「へえ。意外ですね。推理小説なんて計画性が必要でしょ」
「それはプロットでは必要ですよ。でも、書く作業は別です。書いているとあれもこれもって浮かんで来て、それで作業がずれるんですよね。これって小学生の頃からで、夏休みの宿題とかも計画段階では完璧なのに、いつも八月の最後には追われることになるんですよね」
「なるほど。面白いですね。俺は図面通りにやらないと建築物が歪むので、途中で閃いても変更できませんから。でも、夏休みの宿題は似たようなもんだったかな」
「それこそ意外ですね。安達さんって夏休みの宿題は七月中に終わっていたって言いそうだと思ってましたよ。でも、建物に関しては計画通りで当然ですよね。建物がぐにゃぐにゃだったら困ります。柱の高さがちぐはぐなんて洒落にならないですもんね」
 ははっと笑い合う大地と友也の会話が、千春には妙に引っ掛かった。建物がぐにゃぐにゃ。その仮定は成り立たないのか。ふとそう思ってしまった。もしくはこの建物の高さに何かあるのではないか。
「一応、お酒も用意してきました」
 そこに田辺と石田がワゴンを押して戻って来た。そこにはいくつかの酒類とおつまみ、そしてコーヒーや紅茶といった飲み物が載っていた。何度も台所に行くのを避けるためだろう。深夜となり、一人で動き回るのもおっかないのかもしれない。
「おっ、いいですね。といっても深酒注意ですが」
 そう言って忠文はワゴンの上にあったブランデーに手を伸ばした。それに合わせて、それぞれが好きな飲み物に手を伸ばす。もう個人でやればいいという雰囲気だった。
「安達さんはワインですか。なんか似合うなあ」
「そう。それを言うならば椎名さんじゃないかな」
 大地の感想に、友也は千春の方が似合いそうだと振る。その千春は酒ではなく、一緒に載っていたコーラに手を伸ばしていた。
「何と割るんですか」
「いや、このまま欲しいんだけど」
 それは意外と、話題を振った友也は悪いことをしたかなと苦笑だ。てっきり酒を飲むものだと思っていた。
「糖分が欲しいんですよ。今はお酒で気を紛らわすって気分でもないし」
「なるほどね。頭を活性化させるにはコーラが丁度いいと。俺は酒を飲んでも集中力は変わらないんですが」
「そうなんですか。羨ましい」
「はは。どうでしょうね。寝酒は出来ないタイプですよ」
「寝酒は身体によくないですからね」
 コーラでそんなに話題を広げなくていいと千春が抗議すると、友也がより一層笑った。そして大地も
「じゃあ、俺もコーラだけにしようかな」
 と乗っかって来た。いつしかお調子者となっている大地に、千春は困惑するしかない。徐々に慣れてきて素が出てきているということだろうか。千春も口調は普段通りになっているので、そうかもしれない。
「で、トランプは何をやるんだ?」
 コーラだけで盛り上がる若者たちに、忠文が苦笑して訊いてきた。その手にはちゃっかりトランプが握られている。そして慣れた手つきでカードをシャッフルした。
「何がいいですか。ナポレオンとか」
「渋いねえ」
 大地の提案に忠文はにやりと笑った。しかし千春は困る。ナポレオンと言われても、かの有名なフランス人しか思いつかない。それがどういうゲームなのか全く想像できなかった。
「すみません。それってどういうゲームなんですか」
「あれ、知らないか。説明しながらでもいいけど、他のにしましょかう。面白くないだろうからね。となると、メジャーなやつにしないとな。椎名さんはどういうのならばできますか」
 忠文はトランプを切りながら、何なら知っているのかと問うた。だが、これもまた困る質問だ。というのも、大人がやるような遊びはやったことがない。
「どういうのと言われても、ほぼやったことがないんです」
「ポーカーも」
「ええ」
「大富豪は」
「ないです」
「化石みたいな人ですねえ」
 まさかの例えに、千春はすみませんと謝ってしまう。しかし化石って、せめて子ども時代で止まっているくらいにしてほしかった。
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