兄貴は天然准教授様

渋川宙

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第21話 違和感

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「ああ。要するにゴム鉄砲の応用なのか」
 昴が言うと、そうではなくパチンコだなと翼はズボンのポケットからゴムで出来たパチンコを取り出す。そんなもの、いつ用意したのだろうか。
「おもちゃでは小石などを飛ばすものだ。これを大きくすると投石器という武器になる。今回の事件では、その二つの中間のものが使われたということだ。要するに力学の応用だ」
 翼は取り出したパチンコを伸ばしながらそう言う。が、すぐに想像できるものではなかった。この限られた空間をパチンコの装置にしてしまう。たしかに状況や物的証拠がそうだと示している。しかし可能なのか。
「使うのは本棚だ。まず、あの入り口側の本棚と奥の本棚を結んでおく。凶器となるバケツはあっち。奥の本棚の上に設置する」
 その指示に従い、洋平がてきぱきと動いてやっていく。こういう時も自分で動かない翼は、まさしく小説などで見かける探偵そのものだった。
「ゴムに余裕を持たせてくれ。すぐに飛んで来ることになるぞ」
「はい」
 そんな注意をするところも、何だか手慣れた感じだ。この人、本当に職業は准教授なのだろうか。
「なるほど。凶器は上から落ちてきて被害者の後頭部を直撃したということか。しかし、どうやってコントロールする。その高さからだと、バケツは全く違う方向に飛んでいくよな」
 麻央はそう指摘し、すぐには納得しない。たしかに本棚の一番上に置くとなると、高さは二メートルほどのところとなる。これでは直撃は無理だ。
「そこで、次に必要になるのがこれだ」
 翼はそう言うと、パチンコを仕舞って釣り糸を取り出した。そしてそれをまずドアに巻き付けた。そしてするすると伸ばし、手前の本棚で釣り糸が切れるように引っ掛け、そしてバケツを括りつけているゴム紐と結ぶ。
「ちょっとバケツを押さえておいてくれ。長さを調節するから」
「はい」
 洋平にしっかりとバケツを固定させ、翼は釣り糸がぴんと引っ張られる位置を探していく。そしてそれを終えると、今度はゴム紐の長さを調節した。
「これはここの研究室のドアが外開きだからこそ可能なトリックだ。外に向かって開かれることにより、ぎりぎりの長さである釣り糸が切れる。そしてそれにより」
 そこで翼はバケツをとんとんと叩いた。これが落下を開始する、そういうことなのだ。
「そうか。ドアのノブに括り付けたことによって下に力が働くようになる。でも、それだと被害者は俯せに倒れなければおかしいんじゃ」
 昴の指摘に、そのとおりと翼は頷いた。しかし忘れてはいけないことがあると指摘する。
「えっ」
「振り子だよ。そこが普通の投石器とは違ってパチンコだと指摘する点でもあるな。重石を付けて弾くまではいい。しかし、その重石はこんな具合に固定されているんだ。そこから起こる現象は解るだろ」
「ああ。戻って行ったのか。つまり被害者の頭に直撃した段階で力が弱まらず、そのまま通過。ん、ということは、ドアを開けたのは被害者か」
 そうでなければ話が繋がらない。昴は状況を思い浮かべた。まず、犯人が研究室のドアをノックする。もちろん、約束か何かしていたことだろう。そして何も気づいていない被害者は、待ち合わせていた犯人がやって来たと思いドアを開けた。
 その瞬間、後ろから勢いよくバケツが襲ってくる。バケツには砂が詰められていたから、その重さを借りて加速。すぐに被害者の頭部に当たったことだろう。しかしそこで終わらなかった。衝撃で被害者の首が下に向いたことでバケツは被害者を通過。そして、ゴムは戻ろうとする。倒れそうになる被害者を直撃し、そのまま飛んで行ってしまった。被害者は無抵抗の状況で二回目を食らうことになるから飛ばされ、結果として死体は机の上に仰向けに倒れることとなったわけだ。
「なるほどな。それで耳と首に擦過傷があったのか。戻ったゴムにやられたと」
「ええ。戻った時に被害者に当たったため、結び目が解けた。なにせ人一人を吹っ飛ばしている。そして新たな衝撃によってゴムがそこで止まり、結果として凶器は重いために遠くへと飛んで行ってしまった。だから窓ガラスが割れていた。それだけだ」
 トリックは単純だ。しかし実際に仕掛けるのは相当大変だっただろう。
「本当に被害者と恋人が揉めていたのか。まだ信頼関係があったのかもしれないな」
 その言葉は一体誰に向けて言われたものなのか。翼の視線を辿って行くと、そこには慶太郎の姿がある。
「――」
 その慶太郎は、僅かだが微笑んだように昴には見えた。その姿はそれまで、研究室のメンバーが亡くなって悲しんでいたものとは、非常にかけ離れた印象を受けた。
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