兄貴は天然准教授様

渋川宙

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第29話 結局頼れるのは兄貴

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 どういうトリックが使われたのか。それを悩んでいる間に、なんと次の事件が起こってしまった。深夜、急に消防車が大きなサイレンを鳴らして大挙して過ぎていく。それに何の予感もしなかったわけではないが、まさかという思いがあった。なぜなら、それまで事件は連続して起こっていないからだ。
 そしてそれは、警察も消防も同じだった。誰も同じことが繰り返されるとは思わなかった。しかし、二件目のマグネシウムを用いた事件は発生してしまったのだ。今回は火の勢いが強まったところで気づき、消火方法を変えたということだが、被害者の死亡は避けられなかった。
「なるほど。今回もまた何かあるということか」
 麻央もこれには困ったようで、ついに翼を巻き込むことにした。今回の事件に裏があるとして、その中心にいるのは翼ではないか。そう疑っているだけに乗り気ではなかったが、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。そう判断したのだ。
 しかし場所は大学ではなく、月岡邸のダイニングだった。公に繋がりを疑われるようなことは避ける。そういう配慮である。昼間、両親がいない時間を狙い、麻央はここにやって来たのだ。そしてコーヒーを飲みながら事件の相談ということとなった。
「そうだ。しかも今回の二人目の被害者もまた物理の奴だ。月岡は知っているんじゃないか。井上貴明という奴だ。ちなみに前の奴は宮下七海」
 そう訊く麻央に、知らないなと翼は首を横に振る。同じ物理という括りでも、研究分野ごとに細かく分かれているのだ。学部生同士ならば知り合いということはあっても、教職員同士ではそうはいかない。どちらもすでに研究に従事している人物のようで、昴も知らなかった。
「どうにも大学という場所は面倒だな」
 特に理系の場合はどことどこが違うのか解らないと、麻央は腕を組んで悩んだ。これもまた翼に協力させようと考える要因の一つだった。専門家がいた方がまだ効率がいい。
「物理以外に詳しく知らないのか」
「ちょっと待ってくれ」
 真剣に悩む麻央を放置できるほど、翼も冷淡ではない。ちょっとは力を貸してやろうと、そう訊いたのだ。しかし、これは非常に珍しいことである。それを知る麻央は気が変わる前にと手帳を繰った。
「あった。被害者はどちらも惑星について研究しているということだ。だからこの間、お前の専門は宇宙がどうとかって言っていたから知っていると思ったんだがな」
 なんだ違うのかと、麻央は納得できないようだ。それに翼は、これだから素人は困るという顔をする。
「だって、どっちも宇宙に関することなんだろう」
「そうだ。しかし惑星に関してやっている連中は、惑星の内部であったり軌道であったり銀河系であったりを計算、もしくは観測している連中だ。最近話題の系外惑星というのはこの分野がターゲットにしているものだ。一方、俺がやっている宇宙論は宇宙空間そのものに関する研究だ。宇宙がどうやって今の大きさに広がったのか。加速膨張を続けるのはどうしてか。こういうことを研究している」
 さらっと説明し、だから違うと翼は言い切って終わった。詳しく説明する気は端からない。
「まあ、何となくイメージは出来た。大雑把なイメージで言うと、殺された連中がやっていたのは天文学者に近いってことだな」
「そうだ」
 細かくは違うが、今は物理学者と天文学者を分けることは少ない。だから翼はそのイメージでいいと頷いた。
「なるほどな。お前に関わりがあるようで関りがないのか。この大学で事件が連続していることについて、お前はどう思う」
 ここでいきなり核心を問うか。昴は思わず持っていたコップを落としそうになった。そして翼はどういう反応をするのか。じっと向かいに座る翼の顔を凝視してしまった。
「俺かどうかは不明だが、事件に連続性があると考えている」
 翼にしては珍しくきっぱりと意見を言った。研究の場以外ではなかなかないことだ。
「ほう。そう考えるだけの何かがあるのか?」
 これは麻央も意外だったようで、思わず根拠を訊ねていた。じわじわと攻める作戦だったというのにと、顔には解りやすく不満も浮かんでいる。
「根拠は色々とあるな。まず、この大学のしかも理系に限られて事件が連続している。世間でもどうしてこの大学でという論調になっていたが、マンモス校だということで確率的にあり得るという話になっていたな。しかし理系と文系の学部の比率を考えると、数から考えておおよそ三対七。つまり三割しかいない中でこの事件は起こっているんだ。これはどうも奇妙だと考えるに至る」
 たしかにそうだなと昴も思った。どう考えても文系の方が多いわけで、そちらで事件が連続している、もしくは文理の隔てなく事件が起こっているならば納得できる。しかし事件は理系の、それも工学系と物理系だけなのだ。これは不自然なバイアスがある。そう考えるべき項目だ。
「次に事件がどれも咄嗟の犯行ではないということだ」
「トリックを使っているからな。すぐに思いつくはずがないし、都合よく塩酸やゴム紐を用意できるはずもない。そこら辺に落ちているものではないからな」
 麻央の言葉に、翼はそうだと頷く。他にも釘やバケツ、荒縄といったホームセンターに行かなければ手に入らないようなものもあった。
「それに、どちらも大学にとって不名誉な事項を含んでいる」
「それって、高利貸しと研究費の不正流用のことか」
 昴が言うと、そのとおりだと翼は頷いた。どうやら研究の不正に関して掴んでいないようだ。それとも考慮する必要がないと考えているのか。
「なるほど。要因がそれだけ揃っていれば繋がっていて当然ということだな」
 そしてその答えに麻央は満足そうだ。あれ、ひょっとして俺に話したことはどうでもよくなったのか。昴は不安になる。
「そうだ。ただ、一体誰がそんなことを起こすというのか。この点が解らない。大学に関して不名誉とはいえ、殺人事件もまた不名誉のはずだ。しかも、人の命を奪うなど言語道断の行いをしている。そこに整合性を見出せない。つまり、解を求めるには他の要素が必要ということだ」
 翼の意見に、やはりなと麻央は頷いた。そして鞄からファイルを取り出して翼に渡した。
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