25 / 41
第25話 現場検証
しおりを挟む
「いいだろ。人の過去を根掘り葉掘り聞くもんじゃない」
「ええっ。だって気になるよ。その見た目とのギャップが生まれたきっかけ。何なの。誰とトラブルになったの?」
美樹が目を輝かせてぐいぐい朝飛に近づいてくる。それに、女性人たちは微笑ましそうに、男性陣、特に信也からは冷ややかな視線を送られることになった。これは拙い。
「俺、トイレ」
「あっ、逃げた」
「何とでも言え」
立ち上がってそそくさとレストランの外へと逃れる。トイレは一階の大浴場に併設されたトイレを使うことになっていた。
が、実はトイレは先ほど済ませているので、本当に完全に逃げるための口実だ。
朝飛はロビー部分に出ると、そこに寝かされている志津の死体を見る。
一体どうして、どうやって殺されたのだろう。トイレに行った時もそうだが、こうしてあのシートを掛けられた死体が目に入る度に思ってしまう。
「あっ、小宮山さん」
「ああ、斎藤さん」
ぼんやりと、ちょっと距離を取って志津の死体と対面していた朝飛に、遠慮がちに声を掛けてきたのは日向だった。その手には大きなバケツがあり、中には氷が入っていた。
「そろそろなくなるかと思いまして」
「ああ、そうですね。手伝いましょう」
「すみません」
一人でやるつもりだった日向は、たまたま居合わせた朝飛が手伝ってくれるというのを申し訳なく思いつつも、一人でやるには気の滅入る作業だ。だから、素直にその申し出を受けていた。
「何か、解りましたか」
二人で志津の前に屈むと、日向が丁度よく二人になれたからと質問した。
「トラブルとしては、足立さんが田中さんに告白してフラれたことがある、というものしか出て来なかったですね」
「そ、そうなんですか」
あっさりと告げられるにはびっくりな内容に、日向は思わず掴んでいた氷を落としてしまう。
「しまった」
「大丈夫ですか」
床に落ちた氷を拾い上げつつ、落下かと朝飛はじっと氷と志津を見比べる。
「あの」
「ああ、すみません。どうして落下させたのか。これが大きな謎だなと思うんですよね」
氷を手早く遺体の傍に置きつつ、わざわざ落とす必要はなかったはずではと、朝飛は日向に意見を求める。
「そうですね。どう殺したにせよ、犯人は確実に部屋の中にいたはずです。となると、廊下に出てしまえばいい。オートロックとはいえ、内側から開ける分には関係ないですし」
「ええ。まさにそれです。防犯ブザーが鳴ることを知らなかったとしても、窓から逃げる必要はないですし、わざわざ落としておく必要もないんです。まさか発見を早めたかったわけじゃないでしょう。それなのに、死体は窓を割って落とされていた」
「不自然ですね」
犯人がどうやったのか、どうやって逃げたのか。それと、この志津の死体が窓の外にあったのは関連しているはずだ。何だかもやもやして、そこに答えが隠されていることは解るが、決定的にこれだというのが掴めない。
「犯人はどこに行ったのか、いや、誰なのかも大きな問題ですしね」
「ええ。まさか外部犯ということはないでしょう。しかし、あの時、俺たちはみんな一階のレストランにいた。もし犯行が窓が割れた時間と同じだとすれば、不可能だということになる」
「そうですね。トリックを使ったのならば別でしょう」
「もしくは、見つかっていない倫明か聡明さんならば」
「ええ」
そこまで確認して、堂々巡りだなと朝飛は溜め息を吐く。つまり、事件発生から夜までの間に何一つ思考に進歩がない。
「もし落としたのがトリックだったら。この前提で一度考えてみるほうがいいかもしれないです」
朝飛はそう言って立ち上がると、日向に付き合ってもらって三階に行くことにした。
人の気配のない三階に辿り着き、ここに倫明たちが隠れている可能性はないなと確信する。
そのまま二人揃って志津の部屋へと入った。
「鍵は部屋の中にあった、か。まあ、オートロックですからね。次に入ることを前提としていない限り要らないか」
朝、鍵は部屋の中にあったのは確認済みだ。
「となると、犯人は部屋に入って出たのは一度ということですか」
「そうなりますね」
部屋に来てみて、ようやく条件が増えてきた。朝飛は頷くと、段ボールで補強された窓に近づく。
朝飛の部屋もそうだが、この宿泊棟の窓は大きい。何日も逗留することになるのを考えてだろう。高校の教室ように大きな窓で、開け閉めも自由に出来る。少々高さがあるものの、乗り越えられないわけではない。つまり、割る必要はどこにもない。
「そうですね。どうして犯人は、わざわざ割るという選択をしたのでしょう」
日向も開け放てばいいだけではないか。その指摘に頷いた。もし志津の死体を落としたいだけならば、それでよかったはずだ。しかし、犯人はあえて割るという選択をしている。
朝飛は窓からベッドへと視線を向けた。ベッドは窓に対して横向きだ。部屋の作りそのものは一般的なビジネスホテルと変わりがなく、入り口付近右手にはクローゼット、左手側にはユニットバスがある。
「ベッドから死体を投げたわけじゃないだろうし」
「えっ」
突飛な発想に、日向が驚いて朝飛を見る。しかし、朝飛は真剣な眼差しで窓とベッド、さらには入り口のドアを見比べていた。まさかドアの取っ手に引っ掛けてと考えているのだろうか。
日向は思わずドアの取っ手を確認したが、そこは綺麗なものだった。何かを引っ掛けたのだったら必ず痕跡があるだろうに、そういう傷はない。
「そういう痕跡はなさそうですが」
日向は遠慮がちにそう報告したが、朝飛は聞いていないようだった。ただぶつぶつと何かを言いながら、あらゆる可能性を探っているように視線をあちこちに向けている。これは黙って待つ方がいいようだと、日向は朝飛が目では確認できない部分を調べることにした。
「どこかに何かあるのか」
朝飛の様子から、犯人がここに何か痕跡を残している可能性があるらしいと解り、日向は風呂場のドアを開けた。
「ストップ」
すると朝飛が急に声を上げた。ストップというので、日向は慌ててドアを引っ張ったまま立ち止まることになる。そして、そろっと朝飛を窺い見た。
「そのドアに、何かおかしな点はありませんか」
「えっ」
つかつかと寄って来て訊く朝飛は、まるで別人のようだった。が、その真剣さに日向は飲まれる。そしてようやく、この人物が誰からも一目置かれる理由を知った。
「と、特にないようですが」
「うん」
何かあれば開けた時に気づいたはずだ。それに朝飛は頷きつつも、手でドアノブを触り、次にドア全体に手を這わせた。まるでこのドアに何かあったかのようだ。
「あっ」
そして、ある一点で朝飛の手が止まった。慌てて日向も確認すると、僅かながらドアがへこんでいるのが解る。奇妙にそこだけ波打っているかのようだ。
「これは、窓が開いた時の影響でしょうか。水に濡れたような跡がありますね」
「解らない。しかし、何かトリックがあったとすれば」
「思いついたんですね」
「ううむ」
しかし、朝飛ははっきりとした答えを述べなかった。が、しきりにドアを確認した後、今度は窓に向かって歩き始める。その足取りは一歩ずつきっちり同じになるように注意している。
「ふうむ」
頭の中で何か可能性が閃いているのは確かだった。しかし、その様子からまだ決め手が足りないのだろうと日向は気づく。
「何が足りませんか」
「そうだな。いわばエネルギー」
「エネルギー」
「そう。死体を吹き飛ばすほどのエネルギーをどうやって生み出したか。それがここからだけでは導き出せないんだ。距離から換算しても、この部屋の中だけでは足りないからね」
「はあ」
エネルギー。
「ええっ。だって気になるよ。その見た目とのギャップが生まれたきっかけ。何なの。誰とトラブルになったの?」
美樹が目を輝かせてぐいぐい朝飛に近づいてくる。それに、女性人たちは微笑ましそうに、男性陣、特に信也からは冷ややかな視線を送られることになった。これは拙い。
「俺、トイレ」
「あっ、逃げた」
「何とでも言え」
立ち上がってそそくさとレストランの外へと逃れる。トイレは一階の大浴場に併設されたトイレを使うことになっていた。
が、実はトイレは先ほど済ませているので、本当に完全に逃げるための口実だ。
朝飛はロビー部分に出ると、そこに寝かされている志津の死体を見る。
一体どうして、どうやって殺されたのだろう。トイレに行った時もそうだが、こうしてあのシートを掛けられた死体が目に入る度に思ってしまう。
「あっ、小宮山さん」
「ああ、斎藤さん」
ぼんやりと、ちょっと距離を取って志津の死体と対面していた朝飛に、遠慮がちに声を掛けてきたのは日向だった。その手には大きなバケツがあり、中には氷が入っていた。
「そろそろなくなるかと思いまして」
「ああ、そうですね。手伝いましょう」
「すみません」
一人でやるつもりだった日向は、たまたま居合わせた朝飛が手伝ってくれるというのを申し訳なく思いつつも、一人でやるには気の滅入る作業だ。だから、素直にその申し出を受けていた。
「何か、解りましたか」
二人で志津の前に屈むと、日向が丁度よく二人になれたからと質問した。
「トラブルとしては、足立さんが田中さんに告白してフラれたことがある、というものしか出て来なかったですね」
「そ、そうなんですか」
あっさりと告げられるにはびっくりな内容に、日向は思わず掴んでいた氷を落としてしまう。
「しまった」
「大丈夫ですか」
床に落ちた氷を拾い上げつつ、落下かと朝飛はじっと氷と志津を見比べる。
「あの」
「ああ、すみません。どうして落下させたのか。これが大きな謎だなと思うんですよね」
氷を手早く遺体の傍に置きつつ、わざわざ落とす必要はなかったはずではと、朝飛は日向に意見を求める。
「そうですね。どう殺したにせよ、犯人は確実に部屋の中にいたはずです。となると、廊下に出てしまえばいい。オートロックとはいえ、内側から開ける分には関係ないですし」
「ええ。まさにそれです。防犯ブザーが鳴ることを知らなかったとしても、窓から逃げる必要はないですし、わざわざ落としておく必要もないんです。まさか発見を早めたかったわけじゃないでしょう。それなのに、死体は窓を割って落とされていた」
「不自然ですね」
犯人がどうやったのか、どうやって逃げたのか。それと、この志津の死体が窓の外にあったのは関連しているはずだ。何だかもやもやして、そこに答えが隠されていることは解るが、決定的にこれだというのが掴めない。
「犯人はどこに行ったのか、いや、誰なのかも大きな問題ですしね」
「ええ。まさか外部犯ということはないでしょう。しかし、あの時、俺たちはみんな一階のレストランにいた。もし犯行が窓が割れた時間と同じだとすれば、不可能だということになる」
「そうですね。トリックを使ったのならば別でしょう」
「もしくは、見つかっていない倫明か聡明さんならば」
「ええ」
そこまで確認して、堂々巡りだなと朝飛は溜め息を吐く。つまり、事件発生から夜までの間に何一つ思考に進歩がない。
「もし落としたのがトリックだったら。この前提で一度考えてみるほうがいいかもしれないです」
朝飛はそう言って立ち上がると、日向に付き合ってもらって三階に行くことにした。
人の気配のない三階に辿り着き、ここに倫明たちが隠れている可能性はないなと確信する。
そのまま二人揃って志津の部屋へと入った。
「鍵は部屋の中にあった、か。まあ、オートロックですからね。次に入ることを前提としていない限り要らないか」
朝、鍵は部屋の中にあったのは確認済みだ。
「となると、犯人は部屋に入って出たのは一度ということですか」
「そうなりますね」
部屋に来てみて、ようやく条件が増えてきた。朝飛は頷くと、段ボールで補強された窓に近づく。
朝飛の部屋もそうだが、この宿泊棟の窓は大きい。何日も逗留することになるのを考えてだろう。高校の教室ように大きな窓で、開け閉めも自由に出来る。少々高さがあるものの、乗り越えられないわけではない。つまり、割る必要はどこにもない。
「そうですね。どうして犯人は、わざわざ割るという選択をしたのでしょう」
日向も開け放てばいいだけではないか。その指摘に頷いた。もし志津の死体を落としたいだけならば、それでよかったはずだ。しかし、犯人はあえて割るという選択をしている。
朝飛は窓からベッドへと視線を向けた。ベッドは窓に対して横向きだ。部屋の作りそのものは一般的なビジネスホテルと変わりがなく、入り口付近右手にはクローゼット、左手側にはユニットバスがある。
「ベッドから死体を投げたわけじゃないだろうし」
「えっ」
突飛な発想に、日向が驚いて朝飛を見る。しかし、朝飛は真剣な眼差しで窓とベッド、さらには入り口のドアを見比べていた。まさかドアの取っ手に引っ掛けてと考えているのだろうか。
日向は思わずドアの取っ手を確認したが、そこは綺麗なものだった。何かを引っ掛けたのだったら必ず痕跡があるだろうに、そういう傷はない。
「そういう痕跡はなさそうですが」
日向は遠慮がちにそう報告したが、朝飛は聞いていないようだった。ただぶつぶつと何かを言いながら、あらゆる可能性を探っているように視線をあちこちに向けている。これは黙って待つ方がいいようだと、日向は朝飛が目では確認できない部分を調べることにした。
「どこかに何かあるのか」
朝飛の様子から、犯人がここに何か痕跡を残している可能性があるらしいと解り、日向は風呂場のドアを開けた。
「ストップ」
すると朝飛が急に声を上げた。ストップというので、日向は慌ててドアを引っ張ったまま立ち止まることになる。そして、そろっと朝飛を窺い見た。
「そのドアに、何かおかしな点はありませんか」
「えっ」
つかつかと寄って来て訊く朝飛は、まるで別人のようだった。が、その真剣さに日向は飲まれる。そしてようやく、この人物が誰からも一目置かれる理由を知った。
「と、特にないようですが」
「うん」
何かあれば開けた時に気づいたはずだ。それに朝飛は頷きつつも、手でドアノブを触り、次にドア全体に手を這わせた。まるでこのドアに何かあったかのようだ。
「あっ」
そして、ある一点で朝飛の手が止まった。慌てて日向も確認すると、僅かながらドアがへこんでいるのが解る。奇妙にそこだけ波打っているかのようだ。
「これは、窓が開いた時の影響でしょうか。水に濡れたような跡がありますね」
「解らない。しかし、何かトリックがあったとすれば」
「思いついたんですね」
「ううむ」
しかし、朝飛ははっきりとした答えを述べなかった。が、しきりにドアを確認した後、今度は窓に向かって歩き始める。その足取りは一歩ずつきっちり同じになるように注意している。
「ふうむ」
頭の中で何か可能性が閃いているのは確かだった。しかし、その様子からまだ決め手が足りないのだろうと日向は気づく。
「何が足りませんか」
「そうだな。いわばエネルギー」
「エネルギー」
「そう。死体を吹き飛ばすほどのエネルギーをどうやって生み出したか。それがここからだけでは導き出せないんだ。距離から換算しても、この部屋の中だけでは足りないからね」
「はあ」
エネルギー。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる