偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第27話 推理を進めると

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 なるほど、それで上り下りを減らしたり荷物を持とうとしなかったりしたわけか。朝は土嚢積みが出来ていたのは、痛み止めが効いていたからなのだろう。
「着いた時、ビール飲もうとしてませんでしたか」
「うるせえな。怪我してても飲みたいんだよ」
 朝飛の呆れた問いに対して、ぎっと睨んで信也は噛みつく。
 これはどうやら本当に膝が悪いらしい。信也は見栄っ張りなところがあるから、これほど堂々と怪我を話してくれることも珍しい。
「じゃあ、足立さんは手伝いの子たちと一緒にレストランに残ってください。他は固まって確認で大丈夫ですか」
 こうして信也に一階の警備を託し、他は各部屋を隈なく捜索することで落ち着いたのだった。



「で、結果、見つからずか」
「ええ。一階は異常なしですか」
「ないね。台風の風の音が強くなった気がするくらいだ。人が少ないと、滅茶苦茶聞こえるからな」
 一時間後。
 レストランに戻って報告した朝飛に、困ったもんだなと信也は顎を掻く。しかし、ちゃっかり靴を脱いで足を延ばしていた。やはり相当痛いらしい。
「この天気が余計にいけねえんだな。薬を飲んでもしくしくと痛みやがる」
「そういうのも、天気が関係するんですね」
「みたいだな」
 こんな間の抜けた会話しか出来ないくらい、全員が疲れ切っていた。
 立て続けに起こった犯人不明の不可解事件。
 どうして二人は死んだのか。どう考えても事故ではないだろうというのに不可解だ。
 さらに、行方不明の佐久間兄弟。
 彼は今、どこで何をしているのだろうか。
「しかし、石井さんの場合は事故の可能性もあるんじゃないですか」
「いえ。石井さんの場合も、トイレだと言ったのに大浴場にいた謎が残りますから。誰もトイレを使っていなかったのが確実だというのに、風呂場に入り込む必要はありません」
「ああ」
 健輔の証言から、男性陣でトイレを使用した人はいないことが確実なのだ。そんな中、よほど緊急だったとしても、わざわざ風呂場で用を足す必要はない。
「そうですよね。一度、石井さんの身体を調べますか」
「いや、今日はもうやめておきましょう。それより、寝た方がいいのかもしれません」
「そうですね」
 日向は頷くが、この状況で寝られる人は多分いないだろう。誰もが疲れ切って休憩スペースで足を延ばしているものの、不安そうに窓を見たりスマホを見ている。日向は一度、立ち上がって藤本に何かを指示したが、すぐに朝飛の横に戻って来た。
「お疲れのところすみませんが、先ほどの話の続きをしてもいいですか」
「えっ」
「小宮山さんが考えているトリックに関してです」
「あ、ああ」
 そう言えば、二人で志津の部屋の検証をしているところに事件の知らせがあったのだった。日向は中途半端に内容を知ったために気になっていたらしい。
「そうですね。さっき、エネルギーの問題を持ち出したところですか」
「ええ」
「えっ、何か解ったの?」
 そこに地獄耳なのか、美樹が加わってくる。おかげで全員の視線がこちらに向いてしまった。
「あくまで仮説だ」
「とはいえ、何か解ったんだよね」
 日向以上にぐいぐい来る美樹に、朝飛は溜め息を吐くしかない。これはここで考えを一時的に披露するしかないようだ。そこに藤本がやって来て
「皆さま、宜しければ温かいスープをどうぞ」
 と、端に避けられたテーブルの上に鍋を置いた。そこからトマトのいい香りが漂ってくる。
「もらいます」
「私も」
 女性陣が勢いよく手を挙げるので、朝飛たちも釣られるように手を挙げることになった。
「じゃあ、全員分入れますね」
 藤本はにこっと笑うと、目の前で取り分け始めた。それをお手伝いの二人がお盆に載せて配ってくれる。
「さっき指示しに行ったのは、これを用意してもらうためですか」
「ええ、まあ。皆さん神経が高ぶっているようでしたから、何かお願いしますと藤本に頼んだんです。彼のチョイスに任せてよかった」
 レストランの中にいい香りと笑顔が戻り、日向はほっとしたようだった。そんな日向には、藤本自らがカップを配ってくれる。
「斎藤さんも適度に休憩してくださいよ。あなたに倒れられたら大変です」
「確かにそうですね」
「いえいえ。俺より、小宮山さんの方が重要でしょう。それに、疲れないんですか」
「疲れてはいますけど、気張ってない分、まだ余裕がありますかね」
「小宮山君の場合、もう少し気を張る練習をした方がいいんじゃない」
「何でだよ」
 美樹の指摘はおかしいだろと言うと、美樹はべっと舌を出して揶揄ってくる。
 まったく、何なのか。
「いいコンビですね」
 そんな二人に、日向は呆れた様子で言った。なんというか、年の近い兄弟のように見える。
「いいコンビ」
 朝飛が不可解だという顔になるので、日向は苦笑してしまう。どうやら無自覚らしい。
「ええっと、兄弟のよう、と言いますか」
「ああ、まあ、感覚的にはそれに近いですかね」
「ひどっ」
 日向の指摘に頷く朝飛に、もう少し何かないのかと美樹は噛みつくが、他の意見は引き出せそうになかった。
 とはいえ、美樹も朝飛相手だとどうにも甘い空気にはならない。そういうものだと諦めるしかないのか。
「はあ。それより小宮山君、何を思いついたのよ。エネルギーがどうこうって言ってたけどさ」
「ああ、それね。もしあの部屋に入らずに死体を動かすにはどうすればいいか。そう考えただけだよ」
「なんで、そんな必要があるのよ」
「発想の逆転さ。そうしない限り、窓を割る必要性がないから」
「ああ、そうか。脱出方法としては不適切だから」
 それはそうかと、美樹はすぐに納得した。
 さすがはしつこくトリックを考えろと言っていただけあって、犯人がどこに行ったのか、あれこれ考えていたのだろう。
「そう。脱出したのではないとすれば、何らかの理由で死体を外に出す必要があったと考えるしかない」
「なるほど。だから、死体を移動させるために割った、ですか」
 日向はそれで死体を飛ばしたという発想になったのかと、ようやく納得できた。
「そうです。ただ、その場合、犯人は防犯ブザーが鳴ることを知っていたということになりますね」
「えっ」
「そうか。犯行時刻を誤魔化すためね」
 驚いた日向とは違い、美樹はなるほどと手を叩いた。朝飛は喜ぶなよと注意したかったが、他のメンバーもうんうんと頷いているので、仮説としては間違っていないようだ。
「そう。あえて全員がレストランに揃っている時刻を狙って窓を割り、死体を落とした。そう考えるのが素直だと思う」
「ううん。となると、時限式の仕掛けか、遠隔操作が可能かということになるね」
「そう。そして、死体を動かして窓を割るだけのエネルギーが必要だ」
 時限式にしろ遠隔操作にしろ、それ相応の装置がいることは間違いない。それと同時に、勢いよく死体を動かす動力源が必要だ。
「台風を利用することって出来ないんですか」
 日向が今なお猛威を振るう台風を思い出して訊く。
 窓の外は夜で何も見えないが、風の音と雨がガラスに当たる様子で、暴風雨が続いていることが解る。
「まだ俺も考えが煮詰まっていないんで、そこまで考えていませんでしたね。確かに、あの時間でも凄い風が吹いていた。ドアを開ける際に圧を感じたほどですからね。うん、利用するのが早いのかもしれないな」
 説明しつつ、それもあり得るかと気づいた朝飛は、最後は独り言のように言って頷く。そこから一人でぶつぶつと言い始めた。
「あっ、駄目だ。しばらく話しかけても無駄ですよ。冷めないうちにスープを頂きましょ。この人、考え出したら何も目に入らなくなるんです。耳だって留守になるんだから」
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