7 / 28
6
しおりを挟む
ガッチャガッチャと大きな音を立てながら近付いてきて玄関の扉を開けたアルコルフが、家中に響き渡る大きな声で僕の名前を呼ぶ。
「おーーい! ケイスケいるかーー?」
アルコルフは家の中に僕がいることを知っているし、さらに言えば、アルコルフが玄関に到着する百メートルくらい手前から僕がアルコルフの物音に気付いていることも察しているはずだ。それにも関わらず、彼は玄関を開けたあと、大声を出して僕の名前を呼ぶ。嫌がらせだろうか。嫌がらせにしてはフレンドリーだ。苦情を申し立てたことはないけれど、声の音量なら簡単に調節できるはずなので、この機会に進言することにしよう。
「いるの分かってるくせに」
自分の部屋で独り呟いたあと、僕は階段を降りて玄関に向かった。
「いや、分かってねーから呼びかけるんだぜ」
僕の顔を見るなり相変わらずの大きな声でそう言ったアルコルフには、集音装置もばっちり装備されている。
「声が大きいよ、部屋まで来ればいいじゃないか」
「ケイスケの部屋へ行くよりも音声出力した方がロス少ねーだろ」
「セイロンティー」
「アールグレイ」
「アぁルコぉル」
「アルコルフ!」
アルコルフが自分の名前を叫びながらポーズを決めた。
もう百回近く僕の目の前で繰り返されている光景だけれど、一度も同じポーズを見たことはない。今日は、片足を天高く真っ直ぐに上げて、その爪先を片手で持ちながら、コマのように回るポーズだった。たぶん、氷の上で滑るスポーツの真似をしているんだろうけれど、その回転速度は三秒間に一回転くらいのとてもゆったりしたものである。アルコルフの足下を確認すると、いつの間にか、アルコルフは小さな神輿のようなものの上に立っていて、その神輿が回っていた。理解不能である。
「……今日のテーマは?」
「夏が来た、冬が来た」
「え? 北半球、南半球?」
「どう聞き間違えたらそうなるんだ?」
「夏と冬が同時に来ることを成立させるためには、それしかないでしょ。あ、北極南極、赤道直下、なんてのもいいね」
「芸術に野暮は無しだぜ」
「そうだね。なんたって、アルコルフの芸術は」
「世界イチィー!」
アルコルフが叫ぶと、足下の神輿の回転速度が速くなった。二秒間に一回転くらいに。
……と、ここまでがお決まりのやり取りであり、いつもどおり、リーディーとシルフは無言で様子を見ているだけである。助け舟というものを出してくれたことは一度もない。たぶん、助け舟を出しても、アルコルフが先に乗って壊してしまうからだろう。
「気が済んだ?」
「おう」
僕の質問に頷きながら答えたアルコルフは、足下の小さな神輿から降りた。その神輿はヨタヨタ歩き始めると、玄関から外へ出て行った。あの子はどこへ行くのだろう。スクラップ場でないことを祈る。
「用件は?」
「散歩に行こうぜ」
アルコルフが答えた。
アルコルフの散歩が、散歩で済んだことは一度もない。
今日は、シルフという名の門限に怒られることなく帰ってくることができるだろうか。
「おーーい! ケイスケいるかーー?」
アルコルフは家の中に僕がいることを知っているし、さらに言えば、アルコルフが玄関に到着する百メートルくらい手前から僕がアルコルフの物音に気付いていることも察しているはずだ。それにも関わらず、彼は玄関を開けたあと、大声を出して僕の名前を呼ぶ。嫌がらせだろうか。嫌がらせにしてはフレンドリーだ。苦情を申し立てたことはないけれど、声の音量なら簡単に調節できるはずなので、この機会に進言することにしよう。
「いるの分かってるくせに」
自分の部屋で独り呟いたあと、僕は階段を降りて玄関に向かった。
「いや、分かってねーから呼びかけるんだぜ」
僕の顔を見るなり相変わらずの大きな声でそう言ったアルコルフには、集音装置もばっちり装備されている。
「声が大きいよ、部屋まで来ればいいじゃないか」
「ケイスケの部屋へ行くよりも音声出力した方がロス少ねーだろ」
「セイロンティー」
「アールグレイ」
「アぁルコぉル」
「アルコルフ!」
アルコルフが自分の名前を叫びながらポーズを決めた。
もう百回近く僕の目の前で繰り返されている光景だけれど、一度も同じポーズを見たことはない。今日は、片足を天高く真っ直ぐに上げて、その爪先を片手で持ちながら、コマのように回るポーズだった。たぶん、氷の上で滑るスポーツの真似をしているんだろうけれど、その回転速度は三秒間に一回転くらいのとてもゆったりしたものである。アルコルフの足下を確認すると、いつの間にか、アルコルフは小さな神輿のようなものの上に立っていて、その神輿が回っていた。理解不能である。
「……今日のテーマは?」
「夏が来た、冬が来た」
「え? 北半球、南半球?」
「どう聞き間違えたらそうなるんだ?」
「夏と冬が同時に来ることを成立させるためには、それしかないでしょ。あ、北極南極、赤道直下、なんてのもいいね」
「芸術に野暮は無しだぜ」
「そうだね。なんたって、アルコルフの芸術は」
「世界イチィー!」
アルコルフが叫ぶと、足下の神輿の回転速度が速くなった。二秒間に一回転くらいに。
……と、ここまでがお決まりのやり取りであり、いつもどおり、リーディーとシルフは無言で様子を見ているだけである。助け舟というものを出してくれたことは一度もない。たぶん、助け舟を出しても、アルコルフが先に乗って壊してしまうからだろう。
「気が済んだ?」
「おう」
僕の質問に頷きながら答えたアルコルフは、足下の小さな神輿から降りた。その神輿はヨタヨタ歩き始めると、玄関から外へ出て行った。あの子はどこへ行くのだろう。スクラップ場でないことを祈る。
「用件は?」
「散歩に行こうぜ」
アルコルフが答えた。
アルコルフの散歩が、散歩で済んだことは一度もない。
今日は、シルフという名の門限に怒られることなく帰ってくることができるだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる