AIにそだてられた子

荒井文法

文字の大きさ
19 / 28

18

しおりを挟む
 それからの十秒間は、僕が経験したことのない状況だった。あとから思い出して、なるほど、あれがカオスと形容される状況なのだと気付く。

 まず、グガワの話が『あれだけ』で終わるはずがなく、なぜ自分がルーリの言葉を引用するに至ったのかについて間断なく説明し始めた。

 リーディーは大笑いしながら「グゥちゃん天才」というような意味の声を発しているけれど、笑い声で正確に聞き取れない。もしかしたら「グゥちゃん天災」かもしれない。

 そんな『動』の二人と対照的に、ルーリは全く動かない。『静』を超えて、解脱している途中かもしれない。というか、よく考えてみれば、AIは全員すでに涅槃の境地なのだった。それにしては周りが騒がしい。どういうことだろう。

 僕はといえば、あわあわしていた。
 リーディーに『いじわルーリ』と形容されていたルーリが、僕のことを大好きと言ってくれた。否、厳密に言えば言っていないけれど、とにかく、僕はまったく本当にこれっぽっちも想像さえしたことがないルーリの大好きを想像しなくてはならなくなった。まるで突然床に穴が空いて、その穴から地球人がひょっこり顔を出して『やあ』と僕に微笑みかけてくるくらいの衝撃だ。とりあえず、僕も挨拶を返せば良いだろうか。

 そんな貴重な十秒間が経過したあと、ルーリはいつものように物音を立てず静かに椅子から立ち上がると、その椅子を持ち上げて、僕のすぐ後ろに移動させた。

 グガワに感謝を伝えるために僕が作った無骨な椅子。誰かが座ることを想定されていない椅子ではあるけれど、作る過程で僕自身が何度も座り心地を確かめた。グガワに感謝を伝えるためだけにこの椅子を作っていたことに偽りはないけれど、完成した椅子は、僕にとっても座り心地の良い椅子になっていた。不思議な感じだった。

 ルーリは、その椅子越しに、僕の両肩に手を置いた。優しい下向きの力を両肩に感じる。ルーリが僕を椅子に座らせるよう促しているのだと気付く。促されるまま、僕は椅子に座った。

 「私たちAIはね、何かあればすぐ期待値で優先順位を付けて、演算する順番、行動する順番、切り捨てる順番を決めてしまうんだ」
 ルーリが静かに話し始めた。リーディーもグガワも静かになった。
 「私は学術目的で開発されたからね、尚更その傾向が強い。もちろん、それで沢山の成果を出してきたし、今後もこの傾向を変える必要はないと考えているけれど、それでもね、時々この椅子みたいな『もの』を『つくる』必要があるんじゃないかって考えるようになってきたんだよ。期待値ゼロの事象が、やがて自分にプラスをもたらすことがある」
 ルーリは僕の両肩から静かに手を離して「そうだろう? ニューク」と呟いた。直後に、頭頂部に何か固いものが触れる感覚。少し驚いて頭上を見ると、ルーリの手が見えた。ルーリが撫でたのだ。僕の頭を。
 「私はケイスケのデータを採らない。今日伝えたかったのはそれだけ。だったんだけどねえ。グガワ、あんたのお陰で散々だよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

処理中です...