炎の誓い

柊木しまのり

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第一章

炎の誓い

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長編小説 『炎の誓い』 作者:柊木しまのり





登場人物紹介



篠原しのはら 悠真ゆうま

年齢:16歳

物語の主人公。真っすぐな心を持ち、仲間のために身を投げ出す勇敢さと優しさを併せ持つ少年。炎の力を受け継ぎ、自らを鍛えながら大切な人を守るために戦う。姉を深く尊敬しており、その影響で「仲間を決して見捨てない」という信念を胸に抱いている。



篠原しのはら 美咲みさき

年齢:18歳(故人)

悠真の姉。気品と強さを兼ね備えた女性で、幼い頃から悠真にとって憧れの存在だった。聡明で面倒見がよく、周囲から慕われる。悠真に「人は守るべきものを持つことで強くなれる」と教え、その言葉が悠真の生き方を支えている。



篠原しのはら 莉奈りな

年齢:14歳

悠真の妹。明るく無邪気で、周囲を和ませる存在。まだ幼さを残すが、仲間を信じ、支えようとする強い心を持っている。おてんばな一面もあり、悠真や仲間をからかって場を和ませることも。



蒼井あおい 氷河ひょうが

年齢:16歳

氷を操る力を持つ少年。クールで無口に見えるが、内には強い情熱を秘めている。幼い頃に両親を連れ去られ、行方を追い続けている。その孤独と怒りを原動力に戦うが、仲間と出会ったことで心の氷が少しずつ溶けていく。



大石おおいし 雷太らいた

年齢:16歳

雷の力を持つお調子者。ムードメーカー的存在で、ギャグや軽口で仲間を笑わせるが、その裏には強い責任感がある。誰よりも友情に厚く、仲間を守るためには命を懸ける覚悟を持っている。時に空回りするが、その純粋さは仲間の支えとなる。



風間かざま 隼人はやと

年齢:22歳

風の力を操る青年。冷静沈着でリーダー気質を持ち、仲間から信頼される存在。経験も豊富で、若い悠真たちを導く兄貴分のような存在。戦闘では冷静に状況を見極め、的確な指示を飛ばす。



如月きさらぎ 澪みお

年齢:20歳

剣術の達人であり、かつて高校時代には剣道大会で優勝した実績を持つ。現在はジャーナリストとして活動しており、真実を追い求める強い信念の持ち主。芯が強く、凛とした性格だが、仲間に寄り添い温かく支える面もある。隼人とは互いに信頼し合う関係にある。



カロリング・ルナ

年齢:14歳

ルクセンブルクに生まれた少女で、伝説のカロリング王朝の子孫。控えめで内向的だが、心根は優しく、仲間のために勇気を振り絞ることができる。代々受け継がれる「魔法石」によって特別な力を解放できる鍵を持つ。まだ力のすべてを理解していないが、その存在は仲間たちにとって欠かせないものとなっていく。



カロリング・ウメ

年齢:不明(老婆)

ルナの付き添いとして旅を共にする老婆。豪快でおおらか、時に雷太をからかっては笑いを誘う。だがその正体はただの婆さんではなく、かつて強力な魔法使いとして名を馳せた人物。炎・氷・雷の攻撃魔法を自在に操り、隠された実力は計り知れない。彼女の過去や真意はまだ謎のベールに包まれている。



黒木くろき 龍一郎りゅういちろう

年齢:30歳

属性:闇

冷徹かつ寡黙な男。ラファエル・シュナイダーに仕え、その右腕として暗躍する最高幹部。
人間離れした精神力と洞察力を持ち、戦場ではわずかな隙も見逃さない。
闇を操る能力の持ち主であり、その必殺技 「ダーク・アーム」 は巨大な影の腕を顕現させ、すべてを飲み込み、消し去る絶大な力を持つ。
彼の瞳は冷たい闇を映し出し、何を考えているのか窺い知ることはできない。
また、感情を表に出すことが少なく、仲間であっても彼の本心を知る者はいない。
その存在感はラファエルの支配の象徴の一部であり、彼が戦場に姿を現すだけで、人々の心に恐怖が広がる。
黒木龍一郎――その名は「闇の執行者」として世界に轟いている。



ラファエル・シュナイダー

年齢:不明

性別:男性

悠真たちの前に立ちはだかる最強の宿敵。
最大の特徴は「相手の能力を瞬時にコピーし、自在に使いこなす」という人智を超えた力。そのため、悠真の炎、氷河の氷、雷太の雷、すべての能力者を模倣し、彼らを圧倒する。力を盗むだけでなく、それを「本来の持ち主以上の精度と破壊力」で再現することができるため、彼の前では誰一人として無力となる。
感情を表に出すことは少なく、常に冷ややかな微笑を浮かべている。戦場では敵を「駒」としか見ず、人の心を逆撫でするような言葉を口にする。人間離れしたカリスマを持ち、その存在感は圧倒的。

【容姿】

髪:長く伸びた白銀の髪が背中まで流れ、光を受けると氷のように輝く。
瞳:深い蒼色で、光を反射するとガラスの刃のように鋭く光る。人を見透かすような視線を放ち、心を揺さぶる。
顔立ち:整った彫刻のような顔立ち。美しさと冷徹さを兼ね備え、性別を超えた威圧的な美貌を持つ。年齢不詳で、若くも老いても見える神秘的な雰囲気を纏う。
体格:高身長で引き締まった体躯。鎧のように鍛えられた肉体ではなく、むしろ細身で華奢に見えるが、そこから繰り出される力は絶大。
衣装:漆黒のロングコートをまとい、裾は地面を滑るように揺れる。胸元には不思議な紋章が刻まれた銀のペンダントを下げている。そのコートの裏地は血のように深い紅色で、戦場に立つと影と融合したかのように見える。

【能力】

完全コピー能力:敵の力を一度見ただけで複製し、さらに発展させて使いこなす。
精神支配:戦いの最中、相手の心に入り込み操ることができる。抵抗心が弱い者は容易に人形と化してしまう。
戦闘技術:魔法だけでなく剣術や格闘術も超一流。何を使っても一流以上の成果を出す「万能の怪物」。

【性格】

冷静沈着で、常に一歩先を読んで行動する策士。
人間を下等な存在と見なし、彼らの「希望」を奪うことを楽しむ冷酷な一面を持つ。だがその奥底には「なぜ彼がこれほどの力を求めるのか」という謎が隠されており、真の目的はまだ誰にも分かっていない。









炎の誓い ― 第一話「全ての始まり」



 高校一年生の篠原悠真しのはら ゆうまは、どこにでもいる普通の少年に見えた。成績は平均的、部活もそこそこ。友人と笑い合うこともあれば、教室の隅でぼんやりすることもある。特に目立つわけでも、暗い影を背負っているわけでもない――少なくとも、周囲からはそう思われていた。



 だが、悠真には誰にも打ち明けられない秘密があった。

 掌から炎を生み出す、生まれながらの「異能」。



 幼いころ、ほんの出来心で灯した火は、周囲を驚かせ、恐れさせた。そのとき以来、悠真は決意した。二度と人前で炎を見せない。感情を押し殺し、平凡な仮面をかぶって生きていく。

 ――ただ、家族の前でだけは素直でいられた。



 姉の美咲みさきは十八歳。聡明で優しく、弟を導く光のような存在。妹の莉奈りなは十四歳。明るく甘えん坊で、兄にとって癒しそのものだった。

 三人で過ごす何気ない日常は、悠真にとって世界で最も大切な宝物だった。



 だが、その日常は唐突に崩れ去る。



 ――卒業旅行先で、美咲が亡くなった。

 最初に届いた報せは「事故死」だった。しかし数日後、報道は一転する。「他殺の疑いあり」。

 信じられなかった。信じたくなかった。だが、捜査が続いているという現実が、無情に真実を突きつけてきた。



 葬儀の夜。

 灯りを落とした部屋で、悠真は膝を抱えて座り込む。涙が止まらない。

 ――なぜ、姉さんが。



 その思いと共に、胸の奥に押し込めていた炎が、ふっと立ち上がった。掌の中に、赤々と揺らめく火が灯る。



 「……犯人を、見つける。絶対に」



 それは、隠すだけの力ではなくなった。

 炎は誓いの証、復讐の道を歩むための唯一の武器へと変わる。



 たとえ、その炎が自らの未来を焼き尽くすことになろうとも――。



 こうして、平凡を装っていた少年は、燃え盛る炎と共に暗い戦いへと踏み出していく。







炎の誓い ― 第二話「影の手がかり」



 葬儀が終わって数日が経った。

 家の中はまだ、姉・美咲の不在に馴染めず、どこかぽっかりと穴が開いたように静まり返っていた。



 リビングに座ると、妹の莉奈がいつもと変わらぬ調子でテレビを眺め、何気ない日常を装っている。だが悠真にはわかっていた。その後ろ姿に怯えと不安が隠れていることを。



 夜、莉奈が眠りについたあと。悠真はこっそりと美咲の部屋へ入った。

 姉の香りがまだ残るその空間は、彼の胸を締めつける。机の引き出しをそっと開けると、旅行のしおりと、一冊のノートが出てきた。



 ノートの最初のページには、美咲の整った字が並んでいた。



 > 「行き先はルクセンブルクの古城めぐり。このどこかに真実がある」



 悠真の目が鋭く細められる。

 真実――? 旅行前にこんな言葉を残していたとは。

 これは単なる観光旅行ではなかったのか。



 ページをめくる指が震える。しかしそれ以上の記述はなく、ノートは唐突に終わっていた。



 「姉さん……」

 ノートを強く握りしめながら、悠真は唇をかむ。



 ――美咲は何かを知っていた。

 そしてそれが、彼女の死に繋がったのかもしれない。



 放課後、悠真はひとり街外れの公園に立っていた。

 人影のないベンチに腰を下ろし、拳を見つめる。

 「……俺が突き止める」



 次の瞬間、掌の中に赤い炎が立ち上がった。

 怒りと焦りに呼応するかのように、炎は青白い光を帯び、熱が広がる。だが制御が効かず、近くの草花が焼けそうになる。慌てて手を握りしめた。



 「くそ……まだ思うように操れない」



 そのときだった。背後から声が響く。



 「面白いものを持ってるな」



 振り向いた瞬間、悠真の胸が跳ねた。

 街灯の影に、ひとりの青年が立っていた。二十代前半ほど、無造作な髪と鋭い瞳。悠真の炎をまっすぐに見据えている。



 「誰だ……!」



 悠真が構えると、青年は片手を軽く掲げた。

 空気がねじれ、風の渦が生まれる。まるで生き物のように渦巻く風に、悠真は息をのんだ。



 「俺も同じ“側”の人間だ。能力者――ってやつだな」



 淡々と放たれる言葉に、悠真の鼓動が速まる。

 自分以外にも、能力を持つ人間がいる――その現実。



 「……お前、姉さんのことを知っているのか?」



 必死の問いかけに、青年は意味ありげな笑みを浮かべた。

 「真相を知りたいなら――ついてこい」



 その言葉は、挑発のようでもあり、導きのようでもあった。



 悠真の中で、炎がごうっと燃え上がる。

 怒りと決意と、そしてかすかな希望。



 ――姉が残した「真実」。その謎に近づくために。



 悠真は立ち上がり、青年の背中を追った。



 闇に沈む公園を、炎の灯火が小さく照らす。

 復讐の道は、今まさに新たな扉を開こうとしていた。







炎の誓い ― 第三話「試される炎」



 悠真は、謎めいた青年――風間隼人の背を追って、街外れの廃工場へと足を踏み入れた。



 崩れかけたコンクリートの壁、錆びた鉄骨がむき出しになった広い空間。

 夜風が吹き抜け、金属片がカランと音を立てた。



 隼人は工場の中央で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 「ここなら、遠慮なく力を試せる」



 悠真は眉をひそめた。

 「試す……?」

 隼人はにやりと笑う。

 「お前の炎が“本物”かどうか。復讐なんて言葉を口にする資格があるのか。……俺が見極めてやる」



 挑発的な言葉に、悠真の胸に怒りが込み上げる。

 「ふざけるな……! 俺は、本気だ!」



 瞬間、掌から炎が噴き上がり、床を焦がす。

 だが――。



 「甘い」



 隼人が手をかざすと、轟音と共に突風が巻き起こった。炎は一瞬で吹き消され、悠真は後方へ吹き飛ばされる。



 「ぐっ……!」

 背中を鉄骨に打ちつけ、激しい痛みが走った。



 隼人の眼差しは冷酷で、それでいてどこか試すように光っている。

 「力を振り回すだけのガキじゃ、敵に勝てない。……お前が本当に何を望んでいるのか、その炎に示してみろ」



 挑発の刃が悠真の胸に突き刺さる。

 頭に浮かぶのは、姉・美咲の笑顔。そして冷たい棺の中で眠る姿。



 「……俺は、姉さんを奪った奴を必ず見つける。絶対に……!」



 心の奥で押し込めていた感情が爆ぜ、炎が再び湧き上がる。

 今度は炎は獣のように唸り、悠真の周囲を取り囲んだ。



 隼人は風をまとい、軽やかに跳躍する。

 風の刃が、音を裂きながら襲いかかる。



 「来い! その炎で、俺を焼けるならな!」



 悠真は全身の力を込め、拳を振るった。

 炎は咆哮を上げて巨大な火球となり、隼人に向かって轟音と共に放たれる。



 「炎獣――!!」



 火球が獣の形を取り、隼人へと食らいつくように突進する。

 だが隼人は臆することなく、両腕を広げた。



 「――風牙衝!」



 烈風が嵐となって吹き荒れ、炎の獣と真正面から激突する。

 轟音、閃光、熱風。廃工場全体が揺さぶられ、鉄骨が崩れ落ちる。



 悠真は歯を食いしばり、力をさらに込めた。

 「負けるか……! 俺には、守るものがあるんだ!」



 炎は赤から蒼白に変わり、熱を超えた鋭さを帯びる。

 隼人の目がわずかに驚愕に見開かれた。



 「ほう……!」



 炎と風が互いを食らい合い、爆発的な閃光を放った。



 ――数秒後。



 煙の中で、悠真は膝をついていた。息は荒く、全身が汗で濡れている。

 それでも瞳だけは燃えるように輝いていた。



 隼人がゆっくりと歩み寄る。衣服の一部は焦げていたが、表情はむしろ満足げだった。

 「悪くない。……怒りだけで燃やしているようで、その奥に“誓い”がある。だから炎は消えなかった」



 悠真は顔を上げる。

 「お前……俺を試していたのか」



 隼人は口元を吊り上げた。

 「その通り。力を持つ者は、持たぬ者のために戦う覚悟が必要だ。お前の炎がただの破壊じゃないこと……少しはわかった」



 悠真は息を整えながら、拳を握る。

 「なら……俺に教えてくれ。姉さんの死の真相を」



 隼人の瞳が一瞬だけ曇る。

 そして静かに告げた。



 「お前の姉が最後に調べていたのは――ルクセンブルクの古城に隠された“闇”。そこにすべての答えがある」



 その言葉は、悠真の胸に深く突き刺さった。

 炎の誓いは、もはや一人の復讐を越え、世界の闇へと続く道となろうとしていた。





炎の誓い ― 第四話「氷の少年」



 蒼井氷河あおい ひょうがの記憶は、白く冷たい夜に始まっていた。



 幼いころ、まだ物心がつきはじめたばかりの氷河の家に、見知らぬ黒衣の男たちが押し寄せた。母の悲鳴、父の怒声、そして強引に引き裂かれる腕。最後に見たのは、必死に自分の名を呼ぶ両親の姿だった。



 ――そのまま、彼らは闇に呑まれた。



 以後、氷河は施設で育った。優しい大人もいたが、孤独の穴は決して埋まらなかった。何より、自分の体に宿った“異能”のせいで周囲から恐れられるようになった。泣き叫んだ夜、涙と共に空気が凍りつき、同室の子どもたちが寒さに震えたこともある。氷河は次第に感情を押し殺し、心まで氷のように冷えていった。



 ――両親は生きているのか、それとも。



 その答えを探し続けるために、氷河は今日まで生きてきた。



  夜。人気のない工場街を、氷河はひとり歩いていた。月光が金属片を照らし、冷たい風が吹き抜ける。

 ふと、耳に轟音が届いた。炎が爆ぜる音と、風がうなりを上げる音。



 「……騒がしいな」



 氷河は無意識のうちに足を向けた。錆びた扉の隙間から覗いた光景に、目を細める。



 そこでは、炎をまとった少年と、風を操る青年が激しくぶつかり合っていた。

 炎は獣のように吠え、風は刃となって空気を切り裂く。吹き荒れる衝撃波が鉄骨を揺らし、床を焦がしていく。



 氷河は眉をひそめた。

 「……くだらない」



 彼にとって、力を見せびらかすような戦いはただの浪費だった。自分の力は、そんなもののためにあるのではない――そう思いながらも、目を逸らすことはできなかった。



 炎を操る少年。その顔を氷河は知っていた。同じ高校の一年生――篠原悠真。だが学校ではほとんど接点もなく、ただの同級生に過ぎないはずだった。



 「……あいつも能力者だったのか」



 氷河の胸に、微かなざわめきが生まれる。

 炎と風。相反する力が、必死にぶつかり合っている。

 その光景は、かつて両親を奪った“何か”の記憶を呼び覚ました。



 「……組織が動いている」



 氷河はそう呟き、月明かりに銀白の髪を揺らす。

 両親を連れ去った連中と、この力を持つ少年たち――何かが繋がっているのではないか。



 冷気が氷河の足元から立ち上り、周囲の鉄床を白く染めていく。

 炎と風の衝突に、氷の気配がゆっくりと侵入していった。



 やがて、悠真と隼人が互いに全力をぶつけ合おうとしたその瞬間――。



 「――そこまでだ」



 氷河の冷たい声が、戦場に落ちた。

 次の瞬間、工場内に氷が走り、炎すらも凍りつかせる。



 悠真と隼人は驚愕の表情で振り返る。

 その視線の先に、蒼い月光を背負った少年――蒼井氷河の姿があった。



 氷と炎と風。三つの力が交差することで、運命の歯車はさらに加速していく。



 物語は、次なる波乱へと進もうとしていた。







炎の誓い ― 第五話「雷鳴轟く乱入者」



 鉄骨の隙間から差し込む月光が、荒れ果てた廃工場を照らしていた。

 炎と風がぶつかり合う轟音の中に、突如として冷気が走った。



 「――そこまでだ」



 その声と共に、床を覆うように白い霜が広がり、赤々と燃え盛っていた悠真の炎までも一瞬で凍りついた。



 「な……!」



 悠真は息を呑む。風を操っていた隼人でさえ目を見開いた。

 声の主は――銀白の髪を月光に揺らす少年。冷たい視線を向けるその名は、蒼井氷河。



 「……お前も能力者か」悠真がかすれた声で問いかける。

 氷河は短く答えた。

 「炎も風も、くだらない。……騒がしすぎる」



 その言葉と共に、氷の槍が宙に形作られ、二人の間に突き刺さった。冷気が空気そのものを凍りつかせ、場を支配していく。



 「何のつもりだ、氷河」隼人が低く問う。

 氷河は視線を逸らさず、しかし感情のない声音で告げる。

 「俺には関係ない。だが――『組織』が動き出している。のんびりしてると、お前ら全員まとめて消されるぞ」



 悠真の胸がざわつく。やはり姉の死と「組織」は繋がっているのか――。

 だが氷河はそれ以上語らず、背を向けようとした。



 その時だった。



 ――ドォンッ!!



 工場の壁が爆発したかのように破れ、火花が四方に散った。轟く雷鳴が空を裂き、紫電が夜闇を切り裂く。



 「おいコラァ!! 派手にやってんじゃねえかァ!!」



 壁の残骸を吹き飛ばして現れたのは、肩幅の広い大柄な少年。

 短く刈った髪の間から紫の稲妻がほとばしり、その全身からは雷光がほとばしる。



 大石雷太おおいし らいた。



 「……誰だ、あいつ」悠真が思わず呟く。

 隼人も目を細めた。

 氷河でさえ表情を変えずに見つめていたが、その空気が一瞬だけざわついた。



 雷太は豪快に笑うと、拳を鳴らしながら一歩踏み出す。

 「炎、風、氷……? ははっ! まるで見世物じゃねぇか! だったらよォ――オレの雷も混ぜてやるよ!!」



 その瞬間、紫電が奔り、床の鉄骨が焼け焦げる。稲妻が蛇のように走り、空気そのものが震えた。



 「やめろ! ここを壊す気か!」悠真が叫ぶ。

 だが雷太は聞く耳を持たない。豪快に笑いながら拳を振り下ろすと、雷光が爆ぜ、鉄骨が火花を散らして砕け散った。



 「うおおおおっ!! もっと暴れさせろォ!!」



 暴風のような風が渦巻き、炎が立ち昇り、氷が床を覆う。そこに雷が乱入したことで、工場はまるで自然災害の渦と化していった。



 「……あいつ、ただの乱暴者じゃねぇか!」悠真が顔をしかめる。

 隼人は小さく笑った。「だが、面白ぇな」

 氷河は冷ややかに告げる。「……余計なのが増えた」



 四人の能力者が、ひとつの場に揃った。



 炎、風、氷、そして雷。

 それぞれが異なる力と目的を抱えながら、運命の糸で引き寄せられたのだった。



 夜空に稲光が走り、雷鳴が轟く。

 混沌は、ここから始まる――。







炎の誓い ― 第六話「衝突、そして影」



 廃工場を満たすのは、もはや人の手で作られた建物の音ではなかった。

 轟音、爆ぜる炎、凍てつく空気、稲妻の閃光。自然の災厄が四つ同時に暴れ狂い、空間そのものが揺さぶられていた。



 悠真の炎は赤々と燃え盛り、熱で鉄骨が軋む。

 氷河の冷気が瞬時にそれを封じ、霜が地面を這う。

 雷太の稲妻が空気を切り裂き、火花をまき散らす。

 そして隼人の暴風が全てをかき乱し、渦のように吹き荒れる。



 「ハハッ! 燃やすだの凍らすだの――まとめて感電させてやるぜ!」

 雷太が拳を振り下ろすと、床を稲妻が奔り、鉄骨が炸裂音を立てて弾け飛んだ。



 「……騒がしい奴だ」

 氷河が冷ややかに指を鳴らす。瞬間、雷太の足元が一面の氷で固められ、稲妻の奔流が鈍った。



 「チッ……なめんなッ!」雷太は力任せに氷を砕き、火花を散らしながら突進する。



 「待てってば!」悠真が二人の間に割って入り、炎の壁を作り出す。

 「今は戦ってる場合じゃ――」



 言葉は雷鳴に掻き消された。炎と氷と雷、三つの力が真正面から衝突し、鉄骨の天井がきしむほどの爆音が響く。



 その混沌を、一陣の強烈な突風が切り裂いた。



 「いい加減にしろ!!」



 隼人の怒声が響き渡る。吹き荒れる風が炎も冷気も稲妻も無理やりかき消し、三人を大きく弾き飛ばした。



 「……ッ!」悠真が尻もちをつく。雷太は舌打ちをし、氷河は無言で髪をかきあげる。



 隼人は鋭い眼で三人を見渡し、低く言い放った。

 「敵は外にいる。今ここで潰し合ってどうする」



 その声には圧があった。場の空気を支配する、戦士としての迫力。

 悠真は拳を握りしめて立ち上がり、氷河は視線をそらしながらも冷気を収め、雷太は不満げに鼻を鳴らした。



 ――妙なことに、三人の間に言葉にならぬ一体感が生まれ始めていた。



 しかし、緊張の空気はすぐに破られた。



 「……来やがったな」



 隼人が低く呟いた次の瞬間――。

 工場の天井が轟音と共に突き破られ、漆黒の影がぞろぞろと降り立った。



 外套に身を包み、顔を覆面で隠した男たち。背には禍々しい紋章。

 その佇まいだけで、彼らが「組織」の刺客であることが分かった。



 「……組織の連中か」悠真の声が震える。

 「待ちくたびれたぜ!」雷太が稲妻を纏って大笑いする。



 刺客たちは武器を構えた。

 刀身に電流を流す者。

 影のように動く者。

 糸を空間に張り巡らし、獲物を絡めとろうとする者。



 それぞれが異能を操る、危険な暗殺者たち。



 隼人は仲間たちを振り返り、短く告げる。

 「ここからは――共闘だ」



 その言葉に呼応するように、悠真の炎が燃え上がる。

 氷河の冷気が刃を形作り、雷太の稲妻が唸りをあげる。



 工場を舞台に、初めての本格的な戦いが幕を開けた。



 炎、氷、雷、風。

 四つの力が、漆黒の影に立ち向かって炸裂する――!







炎の誓い ― 第七話「共闘の炎」



 ――空気が震えた。



 漆黒の刺客たちが工場に潜り込んだ瞬間、場の温度が一気に変わる。

 影のように床を這い忍び寄る者。

 鋼糸を操り、蜘蛛の巣のように空間を張り巡らす者。

 電流を刃に纏い、青白い光を散らす者。



 その動きは人間離れしており、明らかに「普通」ではなかった。



 「……やはりか」

 隼人が低く呟く。その声音は怒りよりも冷徹さを帯びていた。

 「こいつら、ただの兵隊じゃない。**組織の強化実験の“失敗作”**だ」



 「実験……?」悠真の心臓が跳ねる。

 胸の奥にざわめきが広がり、脳裏に姉の笑顔がよぎる。

 「姉さんが……その実験に……?」



 隼人は口を閉ざした。だが、その沈黙が何より雄弁だった。



 「なら話は簡単だろ!」

 雷太が一歩前に出る。体中を稲妻が走り、工場全体が紫電に照らされた。

 「ぶっ飛ばしゃ全部分かる! 答えなんざ後から拾やいい!」



 「まったく……」氷河が吐息をもらし、掌に冷気を集める。



 次の瞬間、戦いが弾けた。



 雷太が先陣を切り、稲妻をまとった拳を振るう。鋼糸の刺客が糸で絡めとろうとするが――

 「んなもん効くかァッ!」

 電撃が走り、鋼糸は焼き切れ、刺客ごと吹き飛んだ。



 「……調子に乗るな」

 氷河の足元から冷気が広がる。影の刺客が背後から斬りかかろうとした瞬間、床が凍り付いて動きが止まった。氷の刃が音もなく突き上がり、敵を一瞬で封じる。

 「足音ぐらい……隠せ」



 「おおっ、ナイスだ氷野郎!」雷太が笑うが、氷河は目を細めて無視した。



 悠真は拳に炎を集中させ、電流の刃を持つ刺客へと突進する。

 「……姉さんを殺したのは……お前ら組織なんだなッ!」

 炎が爆ぜ、電撃を飲み込む。衝撃波が工場を揺さぶり、敵は灼熱に吹き飛ばされた。



 だが、その倒れた刺客がかすれた声を漏らした。

 「……シノハラ……ミサキ……標的……」



 「――ッ!?」

 悠真の胸が凍りつく。姉の名前。知られるはずのないその名を、敵が知っていた。



 「やっぱり……姉さんは……!」



 思考が乱れ、動きが止まる。その背後――影が忍び寄った。



 「悠真、下がれッ!」

 隼人の怒号と同時に暴風が吹き荒れ、刺客が吹き飛ばされる。



 「ここで死んだら何も分からない!」

 隼人の瞳が鋭く光る。

 「お前の炎は……まだ燃やす場所があるんだ」



 悠真は歯を食いしばり、再び拳を握る。

 雷太の笑い声が轟き、氷河の冷気が工場を支配する。



 炎、雷、氷。三つの力が激しくぶつかり合い、刺客たちを押し込んでいく。



 「悠真は前衛! 雷太は突破役! 氷河は制圧だ!」

 隼人が声を張り上げる。

 「合わせろ! 奴らを叩き潰す!」



 三人はほんの一瞬だけ互いに視線を交わした。

 そこに宿ったのは敵意ではなく、戦うための信頼。



 ――姉の真実を知るために。

 ――組織を打ち砕くために。



 燃え盛る炎が轟き、氷刃が閃き、雷鳴が空を裂く。



 「行くぞ――!!」



 三人の異能が、初めて「共闘」という形で結びついた。

 そして戦場はさらに熱を増し、工場全体が光と轟音の渦に包まれていった。







炎の誓い ― 第八話「三つの力」



 刺客たちの咆哮が工場を揺らす。

 異能の光と影が交錯し、鉄骨むき出しの空間はまるで戦場そのものへと姿を変えていった。



 悠真の炎が赤々と燃え、雷太の稲妻が紫電を走らせ、氷河の冷気が白く空気を凍てつかせる。

 三つの異能はぶつかり合い、やがて絡み合いながら敵を呑み込んでいった。



 「雷太、右だ!」

 隼人の鋭い声が飛ぶ。



 「オォラァァッ!!」

 雷太が叫びと共に踏み込み、右側から迫る鋼糸の刺客を雷光の拳で叩き砕いた。

 電撃が奔流となり、鋼糸は火花を散らして焼き切れ、刺客は壁に叩きつけられる。



 だが、その背後から影が忍び寄る。

 「……甘い」

 氷河が冷ややかに囁く。

 床を這う氷が一瞬にして影の足を絡め取り、次の瞬間には鋭い氷柱が突き上がった。

 影の刺客は悲鳴を上げる間もなく凍りつき、砕け散る。



 「クソ、まだ来るか!」

 悠真の炎が爆ぜ、電撃を纏った刺客が正面から襲いかかる。

 悠真は怒りと共に拳を振り抜いた。

 「燃え尽きろォ!!」



 灼熱の渦と稲妻の刃が正面衝突し、爆音が工場全体を震わせる。

 火花と炎が混じり、まるで雷炎の竜が咆哮するかのようだった。



 「悠真、下がれ!」

 隼人が風を操り、爆発の衝撃を一気に外へ押し流す。

 「無茶をするな! 力を合わせろ!」



 三人は視線を交わした。

 氷河が無言で床一面を凍結させる。氷の鎖が敵の足を封じ、動きが鈍る。

 その瞬間、悠真が全力で炎を解き放った。

 「行くぞ――烈火旋陣ッ!!」

 燃え盛る炎の壁が氷ごと敵を包み込み、巨大な火柱へと昇華する。



 「トドメはオレだァァァッ!!」

 雷太の雷撃が火柱を貫き、紫電が炎と融合する。

 轟音と共に炎と雷が絡み合い、雷炎爆破となって炸裂した。



 閃光。衝撃。

 工場全体が白と赤と紫に染まり、刺客たちの悲鳴が次々に掻き消されていく。



 ――やがて、静寂。



 床に倒れ伏す刺客たち。その身体は焼け焦げ、凍りつき、稲妻に痺れて動けない。

 残ったのは、肩で息をする悠真たち四人の姿だけだった。



 「……終わったか」悠真が荒い息をつく。

 「ふん……手間をかけさせるな」氷河は背を向けるが、その氷の瞳はどこか満足げだった。 

 「ハハッ! やっぱ最高だなァ!」雷太は豪快に笑い、拳を打ち合わせた。



 隼人だけは沈黙し、倒れた刺客へと歩み寄る。

 その外套の中から、一枚の黒い金属板を取り出した。三つの三角形が絡み合う奇妙な紋章――。



 「……これが組織の印だ」隼人の声は低く重い。



 悠真の脳裏に、美咲のノートが浮かぶ。そこに描かれていた、同じ紋章。

 「やっぱり……姉さんは……組織に狙われていた……?」



 さらに、倒れた刺客の唇がかすかに動いた。

 「……標的……“実験体”…シノハラ……」



 「……ッ!」悠真の心臓が凍りつく。

 炎が無意識に掌で揺れる。しかしそれは怒りだけではなかった。

 恐怖、疑念、そして確信――姉はただの犠牲者ではなかった。



 静まり返った工場に、四人の荒い息だけが響いた。

 戦いは終わった。だが、真実への扉はようやく開かれたばかり。



 炎と氷と雷――三つの力は確かに交わった。

 だがそれは、これから訪れる嵐の前触れにすぎなかった。





炎の誓い ― 第九話「残された影」



 工場での激闘が終わり、夜風が焼け焦げた鉄骨を撫でていた。

 倒れた刺客の身体からはもう動きはなく、ただ鉄と血と焦げた匂いだけが残っている。



 悠真は震える手で、拾い上げた金属板を見つめた。

 三つの三角形が絡み合う、不気味な紋章。

 ――姉のノートに描かれていた印。



 「……やっぱりだ。姉さんは“組織”と……」



 悠真の呟きに、氷河が冷ややかに言葉を差し込んだ。

 「つまり、お前の姉は“組織”と接触していた。……あるいは」

 「あるいは……?」悠真が顔を上げる。



 氷河の瞳は氷のように冷たかった。

 「その一員だった可能性もある」



 ――カチン、と何かが胸の奥で切れた音がした。



 「……何だと」悠真の声が低く震える。

 「姉さんが……組織の仲間だと? ふざけるなァァ!!」



 怒りと共に炎が爆発した。掌から溢れる火が夜闇を照らし、周囲の鉄骨が赤く焼ける。

 悠真はそのまま氷河に殴りかかった。拳に炎を纏わせ、目の前の冷酷な少年を焼き尽くす勢いで。



 「お前に――姉さんを侮辱する権利はねぇッ!!」



 だが、その拳が届くより早く、強烈な風が吹き荒れた。

 隼人が背後から悠真を羽交い絞めにし、全身で押さえ込む。



 「やめろ悠真! 落ち着け!」

 「離せ隼人ッ! こいつだけは許さねぇ!!」



 炎が暴走し、隼人の服の裾を焦がす。だが隼人は構わず力を込めた。

 「感情に任せて仲間を潰すつもりか! それで真実が掴めると思うのか!」



 「うるせぇ!! 姉さんを汚すやつは――」



 「悠真ッ!!!」



 隼人の一喝が、炎の轟きに勝った。

 その声には怒りと同時に必死さが混じっていた。



 悠真の動きが止まる。

 炎が揺れ、やがてしゅうっと音を立てて小さくなっていく。



 隼人は息を吐き、悠真の肩を強く掴んだまま言った。

 「氷河は事実を言っただけだ。可能性を示したに過ぎない。……信じたくない気持ちは分かる。だが今、感情に流されて暴れれば、姉の真実は永遠に闇の中だ」



 悠真の拳は震えていた。

 悔しさと怒りで涙が滲む。

 「……っ、くそ……! ……姉さんは……そんな人じゃない……!」



 氷河は冷たい表情のまま、ただ視線を逸らした。

 「信じるのは自由だ。だが事実は待ってはくれない」



 「テメェ……!」雷太が睨みつけ、今にも突っかかりそうになる。

 だが隼人が手で制し、静かに首を振った。



 その緊張を破ったのは、乾いた「カシャッ」という音だった。



 「……?」悠真が顔を上げる。

 工場の外、街灯の下に人影があった。レンズの光が一瞬だけ反射する。



 「カメラ……?」氷河が低く呟く。

 人影は一瞬こちらを見て、すぐに闇へと駆け去った。



 「見られてたか!」雷太が稲妻を散らし、走り出そうとする。

 隼人は即座に指を鳴らし、風を走らせた。

 「追うぞ! 情報を握ってる可能性がある!」



 悠真は燃え尽きそうな心を奮い立たせ、炎を再び灯した。

 ――姉さんの真実を掴むために。



 夜の街を駆け抜ける四人の影。

 彼らの胸に、怒りと疑念と焦燥が渦巻いていた。



 だが誰も知らなかった。

 その夜の出会いが、新たな“影の真実”を暴き出す始まりになることを――。







炎の誓い ― 第十話「影を追って」



 ――シャッター音。

 その刹那に映ったのは、確かにカメラを構えた影だった。



 「待ちやがれッ!!」

 雷太の稲妻が路地を駆け抜ける。乾いた空気を裂き、夜の街を白く照らす。



 人影は闇の中へ消える。まるでこの街の路地裏を知り尽くしているかのように、迷いなく走る。



 「速い……!」悠真が舌打ちし、炎を足元に噴き出す。

 爆ぜる炎が推進力となり、身体が矢のように加速した。



 隼人は冷静に声を飛ばす。

 「散らばるな! 俺の風で動きを読め!」

 ビルの隙間に風を流し込み、足音と空気の震えを捉える。

 「――右の路地だ!」



 氷河がその先に氷の壁を展開した。

 「逃げ道は塞いだ」



 だが人影は怯むことなく、ポケットから金属球を取り出した。

 ――閃光弾。



 「っ!!」

 爆発的な光が夜を切り裂いた。



 「悠真!」

 隼人が叫ぶより早く、悠真の炎が燃え上がり、光を遮断するように壁を作る。

 「……ちくしょう、見えねぇ!」雷太が歯を食いしばる。



 光が収まった時には、人影はすでに氷の壁をすり抜けていた。

 氷が僅かに溶け、蒸気が漂う。まるで――熱を帯びた何かで切り裂いたように。



 「何だ……今のは」氷河が低く呟く。



 再び走り出す四人。

 路地を抜け、大通りに出た瞬間――その人影は立ち止まっていた。



 月明かりに照らされ、ゆっくりとフードを外す。

 現れたのは一人の若い女性だった。



 切れ長の瞳、透き通るように澄んだ眼差し。

 長い黒髪が肩を流れ、月光に照らされて艶めく。

 すらりとした体躯、女性らしい曲線を帯びたシルエット。

 その立ち姿は、ただの一般人には見えなかった。



 「……お前は」悠真が息を呑む。



 女性は落ち着いた声で名乗った。

 「私は――如月きさらぎ 澪みお。フリーのジャーナリストよ」



 その瞬間、隼人の胸が一瞬ざわめいた。

 彼女の澄んだ眼差しが正面から自分を射抜く。

 時が止まったかのように、雑音が消えた。

 ――なんて、美しい瞳だ。

 強さと優しさを兼ね備えた光に、隼人の心は無意識に魅了されていた。



 だが雷太が鼻を鳴らす。

 「ジャーナリストだぁ? 嘘くせぇな。テメェ、組織の回し者じゃねぇのか」



 氷河は冷ややかに見据える。

 「……本物かどうかは、すぐに分かる」



 隼人は二人を制し、澪へと問いかけた。

 「澪……お前は何を知っている」



 澪は静かにカメラを下げ、ポケットから一枚の写真を取り出した。

 「……これを見て」



 そこに写っていたのは、三人の女性。

 ――真ん中にいるのは、確かに篠原美咲。悠真の姉だった。



 「っ……姉さん……!」



 そして、その左右に立っているのは――。

 左側に澪。

 そして、右側には――なぜか妹の莉奈の姿が。



 「え……莉奈!? なんで……ここに……?」悠真が驚愕する。



 澪は一瞬だけ目を泳がせ、慌てて笑みを作った。

 「莉奈ちゃんは……たまたま遊びに来てたの。一緒に撮っただけよ」

 その声色には、どこか無理に取り繕う響きがあった。



 悠真は混乱しつつも、再び写真に視線を落とす。

 ただの犠牲者ではなかった。

 姉は確かに、闇と戦っていたのだ――。



 澪の声が震える。

 「私と美咲は“組織”を追っていた。表では普通の学生、でも裏では……記者のように証拠を集め、命を削ってでも真実を暴こうとしていた」



 その眼には、涙が溢れていた。

 「美咲は……私の親友だった。……なのに、私は守れなかった」

 肩を震わせ、唇を噛む。

 「だから誓ったの。犯人を……絶対に見つけるって」



 悠真の胸が締め付けられる。

 「……姉さん……」



 澪は涙を拭い、震える声で続けた。

 「美咲は……最後に私へ託したの。――“もし私に何かあったら、弟と妹を守ってね”」



 悠真の瞳に熱い涙が溢れた。

 心臓の奥で、炎が揺れる。

 「姉さん……!」



 夜の街は静まり返り、四人と澪を包み込む。

 その一瞬の静寂の中で、それぞれの胸に――確かな決意が芽生えていた。





炎の誓い ― 第十一話「闇の執行者」



 その瞬間、轟音が夜空を裂いた。

 ビルの屋上から、黒装束の影が次々と降り立つ。

 無機質な仮面を被り、全身を武装で固めた部隊――組織の「実験体部隊」。



 「……来やがったな」隼人の声が低く響く。

 「能力者を狩るために作られた……組織の駒だ」



 刃の閃き、電磁武器のうなり。

 標的はただ一つ――悠真たち能力者。



 「姉さんを守れなかった。でも――今度は守る!」悠真の炎が燃え上がる。

 氷河は冷気を纏い、雷太は雷光を弾けさせた。



 その背後で、澪が声を張り上げる。

 「気をつけて! 奴らは“能力者を殺すために作られた”!」

 カメラを構えながらも、瞳には迷いがなかった。



 ――次の瞬間。

 鉄骨がきしみ、影が迫る。



 「来いよォ!」雷太が吠え、稲妻の拳を振り抜く。

 閃光が敵を焼き、複数の兵が一瞬で吹き飛んだ。



 氷河は床を凍らせ、突撃してくる兵の足を凍結。

 「動きを止める」

 氷柱が一斉に立ち上がり、敵の身体を串刺しにする。



 悠真は炎を纏い、突進する兵を迎え撃つ。

 「うおおおおッ!」

 爆ぜる拳が兵を一掃し、炎の衝撃波が倉庫を震わせる。



 だが――。



 「まだ来るのかよッ!」雷太が舌打ちする。

 倒しても、倒しても、新たな兵が湧き出るように現れる。

 その波に呑まれかけたその時――。



 鋭い音が夜を切った。



 振り返ると、澪が地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げ、剣のように構えていた。

 背筋を伸ばし、無駄のない動作。

 その姿は剣道場の凛とした佇まいそのもの。



 「……はああッ!」

 澪が踏み込み、鉄パイプが稲妻のような速さで閃く。

 一閃。

 兵の首筋を打ち据え、次の瞬間には別の兵の膝を的確に砕く。

 まるで流れる水のように無駄のない動き。



 「な……速すぎだろ……!」雷太が目を丸くする。



 澪の鉄パイプはしなやかにしなり、敵の武器を弾き飛ばす。

 剣道全国大会優勝者――その実力は伊達ではなかった。

 彼女は兵の群れの中を縦横無尽に駆け抜け、影のような速さで次々と敵をなぎ倒していった。



 「悠真! 隙を作ったわ、今よ!」

 澪の叫びに応じ、悠真の炎が爆ぜ、兵たちをまとめて焼き払う。



 だが――戦場を支配する空気が一変した。



 ――重い。

 圧倒的に、重い。



 耳を裂くような低音の轟き。

 倉庫の天井を突き破るように、闇が降り注いだ。



 「……来たか」隼人の声が震える。



 漆黒のコートを纏った長身の男が、ゆっくりと歩み出る。

 無数の兵士たちが自然と道を開け、その中央に彼は立った。

 顔の半分を覆う仮面。その奥から覗く瞳は、凍えるほど冷たい。



 その存在感だけで、空気が凍りつき、人々の心臓を鷲掴みにする。



 「黒木……龍一郎……!」澪が蒼ざめた声で呟く。

 「“闇の執行者”……世界が恐れる殺戮者……!」



 その名を聞いた瞬間、悠真の背筋を冷たい汗が伝う。

 隼人ですらわずかに目を細め、氷河の呼吸が乱れる。

 雷太の拳が震えた。



 黒木の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。

 「ここまで持ちこたえるとは……少しは楽しめそうだな」



 ただ一言。それだけで戦場の空気が張り裂ける。

 兵たちが息を呑み、仲間たちの心臓が強く脈打つ。



 ――闇の執行者。

 黒木龍一郎。



 その名は、世界を覆う恐怖そのものだった。







炎の誓い ― 第十二話「闇を裂く誓い」



 夜の倉庫街を、黒き奔流が覆い尽くした。

 黒木龍一郎の歩みに合わせ、影は生き物のように蠢き、壁を這い、天井を飲み込み、灯火すらも塗り潰していく。

 そこに立つだけで、空気は震え、全員の胸を圧迫した。



 「これが……“闇の執行者”……」

 隼人の声は低く、だがわずかに震えていた。



 澪の顔色は蒼白だった。

 彼女は知っている。黒木龍一郎――その名が世界の裏社会に轟くことを。

 その男の登場に、幾千の兵ですら膝を折ったことを。

 「……あの人は……伝説じゃない。本物の怪物よ」



 黒木の眼差しが、悠真たちを見渡す。

 「くだらん。火遊びの小僧どもが、ここまで生き残るとはな」

 声は低く、だが圧倒的な冷酷さに満ちていた。



 次の瞬間。



 ――闇が爆ぜた。



 影は奔流となり、一瞬で倉庫を呑み込む。

 鉄骨が軋み、壁が溶ける。

 光は遮られ、呼吸さえ重くなる。



 「っ……来るぞ!」氷河が叫んだ。

 悠真は炎を纏い、雷太は稲妻を走らせ、隼人の風が防壁を作る。



 だが――その闇は、全てを飲み込んだ。



 「これが……“ダーク・アーム”……!」澪が絶句する。

 黒木の右腕から伸びる闇は、まるで無数の鞭のようにしなり、鉄骨を粉砕しながら襲いかかる。



 「ふざけるなァッ!」雷太が雷光で迎撃する。

 だが、稲妻すら闇に吸い込まれ、かき消された。



 「なんだと……!」雷太の目が見開かれる。



 「お前たちの力など、この闇の前では無力だ」

 黒木の声は冷たい。

 次の瞬間、闇の鞭が雷太の胸を打ち据えた。

 「ぐあッ!」雷鳴が途切れ、彼の身体が吹き飛ぶ。



 「雷太ッ!」悠真が叫ぶ。

 炎を爆発させ、闇に拳を叩き込む。



 轟音と衝撃。

 炎と闇が激しくぶつかり合い、倉庫全体が震えた。

 だが、炎は押し返される。

 「なっ……俺の炎が……!」



 「炎は光。光は闇に呑まれる」

 黒木の低い声が、悠真の心を凍らせた。



 ――その瞬間。



 「甘く見るな!」氷河が叫び、氷刃を放つ。

 氷の刃は何十本もの矢となり、黒木を包囲した。

 だが、闇は渦を巻き、全ての氷を砕いた。



 隼人の風が唸りを上げる。

 「散れッ!」

 暴風が闇を切り裂き、一瞬だけ視界が開けた。



 その隙に――澪が飛び込む。

 手に握るのは、さきほどまで戦場に転がっていた鉄パイプ。

 彼女の構えは美しく、鋭かった。



 「ハァッ!!」

 踏み込み。突き。払い。

 連撃が音を置き去りにし、黒木へ迫る。



 ――が。



 黒木は視線すら向けず、闇の腕をひと振りした。

 爆風のような衝撃が走り、澪の身体が宙に舞う。



 「澪ッ!!」隼人が叫び、風で彼女の落下を受け止める。

 澪は悔しげに歯を食いしばった。

 「……やっぱり化け物……!」



 黒木がゆっくりと歩み出る。

 闇の奔流がさらに膨れ上がり、倉庫を完全に覆い尽くそうとしていた。



 悠真の胸に煮え立つような怒りが込み上げる。

 ――姉さんも、この闇を見たのか。

 ――これに立ち向かって、命を落としたのか。



 「ふざけるな……!」

 悠真の全身から炎が爆発する。

 「俺は……二度と誰も失わないッ!!」



 轟音。

 炎が暴走するように広がり、隼人の風、氷河の氷、雷太の稲妻と重なった。

 四人の力が束ねられ、巨大な光の奔流となる。



 「おおおおおッ!!!」



 光と闇が正面から激突した。

 轟きは夜空を裂き、衝撃波が街を揺らす。

 地面が砕け、倉庫が崩壊していく。



 「ぐっ……!」黒木の表情が、初めてわずかに歪む。

 押し返すはずの闇が裂け、彼の輪郭が揺らいだ。



 だが、黒木は笑った。

 「……面白い。少しは楽しませてもらった」



 闇が収束し、彼の姿が溶けるように消える。

 最後に残された声は冷酷だった。

 「覚えておけ。“核心”で待つ」



 闇が消え、残されたのは崩壊した倉庫と、荒い息を吐く仲間たち。



 「……ちくしょう、逃げやがった……!」雷太が吐き捨てる。

 氷河は黙り込み、瞳を細める。

 隼人は澪を支え、静かに頷いた。



 悠真は拳を見つめた。

 血と炎の残滓にまみれたその手が、まだ震えている。

 ――俺はまだ弱い。だけど……必ず強くなる。

 姉さんの仇を討つまでは、絶対に倒れない。



 その時、澪が一歩前に出た。

 「……“核心”。その名に心当たりがあるわ」



 仲間たちの視線が一斉に彼女に向けられる。

 悠真は深く息を吸い、焦げた空気を肺に収めながら拳を握りしめた。



 ――必ず辿り着く。姉さんが残した真実に。







炎の誓い ― 第十三話「姉の記録」



 戦いの翌日、悠真たちは澪の案内で彼女のアパートに集まった。

 狭い部屋だが、本棚や机の上には無数の資料やノートパソコンが散乱している。壁には地図や相関図まで貼られていた。



 「ここは……」悠真が呟く。

 澪は苦い笑みを浮かべた。

 「美咲と一緒に調べていた“現場”よ。彼女は高校生活の裏で、ずっと組織の証拠を集め続けていた」



 机の引き出しを開くと、綴じられた手帳が出てきた。

 表紙には見覚えのある字で――「美咲」と署名されている。



 悠真の胸が締め付けられる。

 「……姉さん……」



 澪がそっと手帳を開いた。

 そこには細かなメモがびっしりと書かれていた。

 ・組織の研究施設の所在地

 ・能力者の追跡ルート

 ・実験体と呼ばれる子供たちのリスト

 そして――最後のページには震える文字でこう残されていた。



 「核心に至れば、真実は暴かれる」



 その言葉を見て、隼人が低く息を吐いた。

 「やはり……昨日のリーダーの言葉と一致する」



 氷河は腕を組み、冷静に分析した。

 「核心……おそらく、組織の中枢施設の暗号名だ」



 雷太が机をドンと叩く。

 「なら話は早ぇ! そこに乗り込んで全部ぶっ壊せばいい!」



 「……簡単にはいかない」澪が首を振る。

 「“核心”は都市の地下にあると噂されてる。場所も防衛も徹底していて、正面から行けば確実に全滅する」



 沈黙が落ちる中、悠真は姉の手帳を胸に抱きしめた。

 ページに残るインクの滲みを指でなぞりながら、心の奥に火が灯る。



 ――姉さんは、ここまで辿り着いていた。命を懸けて。

 今度は俺が、その続きをやるんだ。



 「……行こう。“核心”に」悠真の声は震えていなかった。

 雷太がニッと笑い、氷河は黙って頷く。隼人は風のような静かな眼差しで彼を見守った。



 澪は机から一枚の古い地図を取り出した。

 「一つだけ、入り口の可能性がある。裏社会でもほとんど知られていない“地下輸送路”。組織が物資を運ぶのに使っている秘密の通路よ」



 赤い丸がつけられた場所は、繁華街の外れ――廃ビルの地下。



 「そこからなら、“核心”の近くに潜入できるかもしれない」



 悠真は拳を握りしめ、姉の手帳をリュックにしまった。

 「姉さん……必ず真実を暴く。今度こそ、守るから」



 こうして四人と澪は、新たな潜入調査へと動き出すのだった。







炎の誓い ― 第十四話「光の少女」



 翌朝。

 核心への潜入作戦を前に、悠真たちは拠点として借りている古びたビルに集まっていた。

 緊張感が漂う空気の中、突然――ドアが勢いよく開かれた。



 「おにいちゃーんっ!!!」



 明るい声と共に、ひとりの少女が飛び込んできた。

 肩までの栗色の髪が揺れ、ぱっと花が咲いたような笑顔。

 悠真の妹、莉奈。中学二年生、十四歳。



 「り、莉奈……!?なんでここに……」

 悠真が目を見開く。



 「ふふーん♪ お兄ちゃんがコソコソ危ないことしてるの、前から知ってたんだよ? だから――もう黙って見てるのイヤ!」



 その天真爛漫な宣言に、場の空気が一瞬で和らいだ。

 雷太が身を乗り出す。

 「おおっ! ちょ、ちょっと待てよ……めっちゃ可愛いじゃん!!」



 莉奈は首をかしげて笑う。

 「あなたが雷太くんだね? お兄ちゃんから聞いたよ。うん、元気でいい人だって!」



 「は、はははっ! ま、まぁな!!」雷太の顔は一瞬で緩み、ニヤニヤが止まらない。



 だが、莉奈の視線はすぐに別の人物へ――

 蒼井氷河へ向けられた。



 「……氷河くん♡」

 その声はほんのり甘く、彼女は迷いなく距離を詰めて彼の腕に抱きついた。



 「ちょ、なっ……!?」氷河の頬が一気に赤く染まる。

 「やだぁ、氷河くん冷たい! 私、氷河くんのそばが一番安心するのに」



 「はぁ……」悠真は額を押さえ、呆れ半分でため息をついた。

 雷太は歯ぎしりしながら叫ぶ。

 「お、おいっ! なんで氷河なんだよ!! 俺の方が絶対いいだろ!」



 「雷太くんは……うん、ペットみたいで可愛い♡」

 「ああああぁぁぁ!?!?」



 氷河は顔を真っ赤にしながら、必死で腕を振り払おうとする。

 「やめろ! 離れろ! ……全く、子供が……!」

 「えへへ♪ 私、もう子供じゃないもん♡」



 ――その瞬間、彼女の周囲に淡い光がふわりと舞った。

 傷ついた机のひびが、光に触れると音もなく修復されていく。



 悠真が息を呑む。

 「……やっぱり……莉奈、お前……」



 莉奈はにっこり笑った。

 「うん。私も“能力者”。光の力を持ってるの。傷も、壊れた物も直せるし……」

 言葉を区切り、真剣な瞳で兄を見つめた。

 「なにより……あの黒い力を、消せるんだよ」



 その一言に、場の空気が凍りついた。

 隼人が目を細める。

 「黒木龍一郎の……闇を?」



 莉奈は小さく頷いた。

 「澪さんにずっと隠れてるように言われてたけど……もう、そうしてる場合じゃないよね」



 澪は唇を噛み、やがて観念したように頷いた。

 「……そうね。莉奈ちゃんの力があれば、確かに突破口になる」



 悠真は複雑な思いで妹を見つめる。

 姉・美咲と澪と共に活動していたこと。自分の炎を知っていながら、ずっと知らないふりをしてくれていたこと。

 そして――これから危険な戦いに巻き込むこと。



 「……莉奈。お前は――」

 「ダメって言っても行くよ!」

 兄の言葉を遮って、少女は満面の笑みを浮かべた。

 「だって私、お兄ちゃんの妹だもん!」



 その言葉に、悠真の胸の奥が熱く震えた。



 ――炎と光。

 新たな仲間を迎え、核心への道が、いま始まろうとしていた。







炎の誓い ― 第十五話「潜入の始まり」



 夜の街の外れに、ひっそりと佇む廃ビル。

 そこが澪の示した「核心」への入口だった。

 地下輸送路へ続く通路は、通常の道からは閉ざされている。唯一の潜入ルートは――天井の空調ダクト。



 「……よりによって、ダクトかよ」雷太が頭を掻いた。

 氷河は無言のまま冷たい視線をダクトへと向ける。

 悠真はため息をつき、莉奈の方へ視線を送った。



 そこにいたのは――

 ミニスカート姿で元気いっぱいに準備運動をしている莉奈だった。



 「よーしっ、潜入ミッションって感じ! 私、こういうの一度やってみたかったんだぁ♪」

 「おい莉奈……なんでそんな短いスカートなんだ」悠真が呆れ顔で指摘する。

 「えー? だってこの方が動きやすいし♪」くるりと回って、ひらりと裾が揺れる。



 雷太の目が輝く。

 「な、なんて最高なんだ……! 莉奈ちゃんっ、お前は天使か!? いや、女神か!?」

 「やめろ雷太……」悠真はまた深くため息を吐いた。



 氷河は咳払いし、わざとそっぽを向く。

 「馬鹿か……そんな格好で潜入なんて……」

 莉奈はにっこりと笑って、彼の腕にしなだれかかった。

 「えへへ♡ 氷河くん、顔が赤いよ?」

 「っ……!」氷河は視線を逸らし、耳まで真っ赤になった。



 ――潜入前から既に騒がしい。



 「ほら、行くわよ」澪が呆れ混じりに声をかけ、全員が順番にダクトへ潜り込む。

 先頭は隼人、続いて莉奈。四つん這いで金属の通路を進んでいく。



 その直後――氷河の視界に、否応なく飛び込んできた。

 ひらひらと揺れるスカートの下、真っ白な綿の布地が。



 「っ――!!!」

 氷河の顔が一瞬で真っ赤に染まり、慌てて視線を逸らす。

 しかしダクトの狭さが仇となり、どうしても視界の端に映り込んでしまう。



 「ひ、氷河くん? 後ろで顔が熱そうだけど、大丈夫?」

 莉奈が振り返ってにこっと笑う。

 「だっ、大丈夫だっ! 前を向け!」

 「えへへ♡」



 後方の雷太は大喜びで小声を漏らす。

 「くぅ~~~! 最高だぜこの作戦!!でも氷河のケツしか見えねえ!」

 「……黙れ雷太」悠真が低く唸り、拳を握る。



 やがて全員がダクトを抜け、静かな地下通路に降り立った。

 澪が囁く。

 「ここから先が“核心”……組織の心臓部よ」



 緊張感が走る仲間たち。

 だが莉奈だけは明るく笑い、氷河の腕をぎゅっと握った。

 「大丈夫。私が光で、みんなを守るから」



 氷河は顔を逸らしながらも、強く息を吐いた。

 「……勝手に守れると思うな。俺たちが守るのは、お前の方だ」

 「……♡」莉奈の笑顔がさらに輝きを増した。



 ――こうして、彼らの核心潜入が始まった。







炎の誓い ― 第十六話「闇と光」



 地下通路はまるで生き物の喉奥を進むようだった。

 湿った空気、低く響く水滴の音、どこからか漂う鉄錆と血の臭い。

 悠真たちの足音は石造りの通路に反響し、不気味な緊張が一行を包み込む。



 「……この先だな」

 隼人が低く呟く。

 風が彼の周囲で揺れ、まるで見えない何かを警告しているかのようだった。



 そして、曲がり角を越えた瞬間。



 「来やがったなァッ!!」

 雷太が吠える。

 通路の奥から、黒装束の兵士たちが一斉に飛び出した。

 無機質な仮面をつけ、刃と銃を構える――組織の雑兵。だが強化処置を受けた肉体は常人を遥かに超えていた。



 「数が多い……!」悠真が炎を構える。

 「ならまとめて焼き払うだけだ!」雷太の拳に稲妻が奔る。



 戦いが始まった。



 炎が通路を紅蓮に染め、氷刃が敵の足を封じ、雷が轟音を響かせながら兵を吹き飛ばす。

 澪は鉄の棒を拾い、剣道の構えを取った。

 「ハァッ!」

 鋭い突きと払いで敵を切り裂き、音すら置き去りにする速さで数人を無力化する。



 だが――数の暴力は容赦なかった。

 敵の一人が雷太の脇腹を刃でかすめ、血が飛び散る。

 澪もまた、無数の敵を相手にしながら肩口に深い切り傷を負った。



 「ぐっ……!」

 「澪ッ!」隼人が風で援護し、敵を吹き飛ばす。

 だが雷太も膝をつき、息が荒い。



 「脇腹だ……油断した…」

 歯を食いしばる雷太。

 その身体は血に濡れていた。



 その瞬間――。



 「大丈夫!」

 莉奈が前に出た。

 彼女の身体から溢れ出したのは、まばゆい純白の光。



 ふわり、と仲間たちの身体を包み込む。

 裂けた肉が繋がり、血が止まり、痛みすら霧散する。

 雷太が目を見開く。

 「お、おい……傷が……ねぇ!? すげぇ!」

 澪もまた肩を押さえながら、驚愕の声を漏らす。

 「莉奈ちゃん、前も言ったけど……この力……本当に人間のものなの……?」



 悠真はただ莉奈を見つめ、胸が熱くなった。

 ――こんなにも優しい光を持っていたんだ。



 「立てる?」莉奈が微笑む。

 「当たり前だァ!」雷太が雄叫びをあげ、再び立ち上がった。

 「ありがとう…」澪も鉄パイプを構え直し、凛とした瞳を前へ向けた。



 光に癒された仲間たちは再び奮起し、最後の兵を打ち倒した。

 そして――重厚な鉄扉の前に辿り着く。



 「ここが……“核心”の門か」氷河が低く呟く。



 隼人が深呼吸をし、仲間たちを見渡した。

 「準備はいいな。……ここを越えた先に、答えがある」



 悠真は拳を握りしめ、姉の笑顔を心に浮かべた。

 ――必ず辿り着く。真実に。



 鉄扉を押し開けた瞬間、視界に広がったのは――広大なホールだった。



 冷たく広がる石の大地。

 天井は高く、闇に覆われ、どこまでも深い奈落のように見える。



 そして、その中央に――。



 漆黒のコートを纏った長身の男が、静かに立っていた。

 黒木龍一郎。



 「……やはり来たか」

 低く響く声は、空気そのものを震わせた。



 彼の背後からは黒い瘴気が立ち昇り、壁や床を侵食していく。

 光が消え、音が消え、ただ“闇”だけが残る。



 隼人がわずかに息を呑んだ。

 「黒木龍一郎……闇の執行者…」



 澪はその姿を見て、身体を強張らせた。

 「……やっぱり、本物……。世界を震え上がらせた怪物……!」



 黒木はわずかに笑った。

 「お前たちに選択肢は二つ……。生きるか……死ぬかだ……」



 その言葉と同時に、闇が渦を巻いた。

 腕のような影が何十本も伸び、ホール全体を覆い尽くす。



 「来るぞ!!」悠真が炎を纏い、雷太が稲妻を走らせた。

 氷河は氷壁を立て、隼人の風が刃を生む。



 しかし――。



 「無駄だ」黒木の声が響いた瞬間。

 炎は呑まれ、雷は掻き消され、氷は砕け、風はねじ曲げられた。

 闇はすべてを吸い込み、二倍の力で押し返してきた。



 「……これが、絶望だ…ダーク・アーム!!」

 黒木の瞳は漆黒に輝き、彼の存在そのものが希望を塗り潰していく。



 影の奔流が仲間たちを呑み込もうとした、その時――。



 「――もうやめて!!」



 莉奈の声が響き渡った。

 彼女の身体から放たれた光が、闇を押し返す。

 仲間の傷が癒え、砕けた床や壁が音もなく修復されていく。



 黒木の瞳が細められる。

 「……その力……光か」



 莉奈は怯まずに一歩前へ。

 「そう。私は“光の能力者”。あなたの闇を――浄化する力を持ってる!」



 眩い光がホール全体を照らし出し、黒木の闇と真正面からぶつかった。

 浄化の輝きと、破滅の闇。



 相反する二つの力が、今、運命を賭けて激突する――!



 光がさらに強さを増し、闇の触手を次々と溶かしていく。

 悠真が驚愕する。

 「莉奈……こんな力まで……」



 氷河は黙ったまま、莉奈の背に立ち、冷気の壁で彼女を守った。

 「無茶はするな」



 「氷河くん……」振り返った莉奈の頬が赤らみ、笑みがこぼれる。

 「やだ、カッコいい♡」

 「っ……!」氷河は視線を逸らし、耳まで真っ赤に染めた。



 雷太はその様子を見て、地団駄を踏む。

 「ちくしょーーー! なんで氷河ばっかり!!」

 悠真はもう慣れたように、ため息を吐くだけだった。



 だが戦況は、確実に変わり始めていた。

 莉奈の光が、黒木の闇を一歩ずつ押し返していく。



 「あり得ん……俺の闇が……浄化されている……?」

 黒木の声がわずかに揺らぐ。



 莉奈は強く叫んだ。

 「あなたのその力は、人を傷つけるだけ。でも……私の光は、みんなを守るためにあるの!」



 眩い光がホール全体を包み込む。

 影の奔流が霧散し、黒木の漆黒のコートさえも淡く揺らめいた。



 「……小娘……!」

 黒木が歯を食いしばり、闇をさらに膨張させる。

 しかし、その闇の核へと真っ直ぐに差し込む一条の光――。



 莉奈の光と黒木の闇が、真正面からぶつかり合った。







炎の誓い ― 第十七話「光、闇を照らす」



 ホールに満ちる闇と光。

 黒木龍一郎の放つ影は、触れるものすべてを飲み込むかのように蠢き、

 莉奈の放つ光は、その闇を溶かすように広がっていく。



 「――ふっ、面白い」

 黒木の声は低く響き渡った。

 「この俺の闇を正面から打ち破ろうとするとは……だが、光ごと呑み込んでやろう」



 影が巨大な波となって押し寄せる。

 悠真たちは一歩も引かず、それぞれの力で支援に回る。



 炎が影を焼き、雷が貫き、氷が防ぎ、風が切り裂く。

 だが決定打を放つのは――莉奈の光だ。



 「みんなを守る! そして……あなたの心の中の闇も、絶対に!」



 莉奈の声に呼応するように、光が一層強く輝いた。

 柔らかなのに鋭い、温かいのに揺るぎない――人を救うための光。

 黒木の闇がひび割れを起こし、亀裂から眩い光が染み込んでいく。



 「ぐっ……!? この力……ただの光ではない……!」

 黒木の膝が沈み、漆黒のコートが淡く白に照らされる。



 その瞬間、莉奈は一歩踏み込み、両手を差し伸べた。

 「黒木さん……もう、闇に縛られないで!」



 光が奔流となり、黒木の全身を包み込む。

 影は悲鳴のように揺らめき、やがて霧散した。



 ――静寂。



 光が収束すると、そこには片膝をついた黒木がいた。

 力尽きたように肩で息をしながらも、その瞳は穏やかに澄んでいた。



 「……馬鹿な……俺が……敗れるとは……」

 だがその声には、怒りも憎しみもなく、どこか晴れやかさがあった。



 莉奈は微笑み、彼に手を差し伸べた。

 「ううん、負けたんじゃないよ。ようやく自由になったんだよ」



 黒木はしばし黙し、やがて小さく笑った。

 「……小娘の言葉に救われるとはな。

  俺は……ずっと闇に囚われ、組織の道具に成り下がっていた。

  だが……お前たちと共に戦うなら……まだ俺にも、戦う理由があるかもしれん」



 悠真が一歩前に出る。

 「……本気で言ってるのか、黒木」



 「俺はもう、あの闇に戻るつもりはない」

 黒木の瞳には、確かな決意が宿っていた。



 雷太が目を丸くする。

 「マジかよ!? あんだけ暴れてたやつが、今度は味方って……」



 氷河は静かに答える。

 「……敵だからこそ分かるものもある。彼の力は、これから必要になる」



 澪も頷いた。

 「黒木さん。あなたが核心の情報を持つなら……一緒に来て」



 黒木は立ち上がり、深く頷いた。

 「いいだろう。俺の知る限りの全てを教える。……だが覚悟しておけ。お前たちの想像を超える“裏の支配者”が存在する」



 その言葉に場が張り詰める。

 ――組織のさらに奥に潜む存在。

 すべての能力をコピーできるという、恐るべき“本当のボス”。



 悠真は炎を握りしめ、莉奈は光を強く放った。

 「姉さんの残した真実を……必ず暴く。そのために」

 「うん。私も一緒に戦うよ!」



 黒木は新たな仲間として、その場に立った。

 こうして、炎と光と闇を抱えた新たなチームが誕生したのだった。







炎の誓い ― 第十八話「裏の支配者」



 黒木龍一郎を仲間に迎え、悠真たちは「核心」のホールに腰を下ろしていた。

 壁にはまだ闇の痕跡が残っているが、莉奈の光で徐々に修復され、静けさを取り戻しつつあった。



 しかし、緊張は誰ひとり解けていなかった。



 「黒木さん。……“裏の支配者”って…いったい…?」悠真が切り出す。



 黒木は重々しく口を開く。

 「組織の本当の支配者は、表には姿を見せん。俺たち幹部ですら、直接会った者は限られている。

  だが……一度だけ対峙した。あの男は――」



 言葉を切り、拳を握りしめる。

 「すべての能力をコピーする力を持っていた」



 空気が凍りつく。

 雷太が眉をひそめた。

 「……コピー? じゃあ、俺の雷も……悠真の炎も……」

 「氷河の氷も、隼人の風も……全て奴の手に落ちる」黒木は静かに頷いた。



 隼人の表情が険しくなる。

 「そんな化け物が存在するのか……」



 黒木は続ける。

 「だが、一つだけ奴が奪えぬ力がある」



 皆の視線が一斉に莉奈へ向く。

 彼女はきょとんとした顔で首を傾げた。

 「……え? もしかして、私?」



 黒木は頷いた。

 「光――お前の力だけは、奴が触れても、決してコピーできなかった」



 莉奈の笑顔が一瞬だけ揺らぐ。

 「……なんでだろう。私、特別なのかな……」

 氷河は黙って彼女の隣に立ち、短く言った。

 「特別だからだ」

 莉奈の頬が一気に赤らみ、彼の腕にしがみつく。

 「きゃー♡ 氷河くん、そういうのズルい!」

 「なっ……! 今は真剣な話をしてるんだ、離れろ!」

 悠真は頭を抱えて深くため息をついた。



 しかし――次の瞬間。



 ホール全体が低い振動に包まれた。

 天井の照明が一斉に消え、深い闇が広がる。

 どこからともなく、声が響いた。



 「……なるほど。黒木、お前は敗れたか」



 全員が身構える。

 だがその声は実体を持たず、ただ空気を震わせるように広がっていた。



 「炎、雷、氷、風……そして光。なるほど、実に面白い」

 「……お前は誰だ!」悠真が叫ぶ。

 「名など不要。ただの真実だ。お前たちの力は、すでに我が手の中にある」



 次の瞬間――影が渦を巻き、悠真の炎が突如として迸った。

 「なっ……俺の力が……勝手に!?」



 雷太の手から稲妻が走り、氷河の掌に氷の刃が生まれる。隼人の周囲に風が吹き荒れた。

 全員の力が、意思に関係なく暴走させられていた。



 「これが……コピーの力……!」氷河が息を呑む。



 莉奈だけが光に包まれ、暴走の影響を受けていなかった。

 声は続く。

 「黒木、貴様もまた無用となった。……次に狙うのは“光”だ。唯一我がものとできぬ、忌まわしき力」



 「……!」莉奈が息を飲む。



 その瞬間、影の腕が伸び、莉奈へと迫る――。

 だが黒木が咄嗟に身を投げ出し、影を受け止めた。

 「ぐっ……俺はもう、お前の手先には戻らん!」



 闇は霧散し、声も消える。

 ただ冷たい余韻だけが残った。



 澪が震える声で呟く。

 「……今のは……本物の“裏の支配者”……」



 隼人は強く唇を噛みしめた。

 悠真は妹を抱き寄せ、炎を纏った拳を握りしめた。

 ――これが、本当の戦いの始まりなのだ。







炎の誓い ― 第十九話「新たな拠点、交わる想い」



 組織の要塞「核心」は、かつて闇に覆われていたが、今は莉奈の光と仲間たちの手によって少しずつ姿を変えつつあった。

 瓦礫は片付けられ、破壊された壁や床も莉奈の修復能力で次々と甦っていく。



 「ふふっ、どう? 新品みたいでしょ!」

 光を指先から広げながら莉奈が胸を張る。

 氷河は冷静に頷いた。

 「……悪くないな」

 「もうっ、“すごい”って素直に言えばいいのに~」

 莉奈は氷河の腕に抱きつき、頬をすり寄せる。

 「や、やめろ! 仕事中だろ!」

 氷河は真っ赤になり、顔を逸らした。

 雷太はその様子を見て大喜びで爆笑する。

 「氷河~、お前顔真っ赤だぞ! 莉奈ちゃんにメロメロじゃねぇか!」

 「黙れ、雷太!」

 悠真は工具を片付けながら、呆れ顔で小さくため息をついた。



 廊下では澪と隼人が資料を並べ、作戦会議用の部屋を整えていた。

 澪がふと立ち止まり、汗を拭おうとした瞬間、隼人がさりげなくハンカチを差し出す。

 「……ありがとう」

 「気にするな。俺が傍にいる」

 澪は一瞬だけ彼の瞳を見つめ、少し照れたように微笑んだ。

 「ほんとに……いつも支えてくれるのね」

 「お前の強さに、俺が惹かれてるんだ」

 低く真っ直ぐな声。澪の胸が熱くなる。



 広間に戻ると、莉奈は修復した床に座り込み、氷河にスカートをひらひらさせて挑発していた。

 「ねぇねぇ、短いほうが可愛いでしょ? 氷河くん♡」

 「ばっ……! 動きにくいだろうが!」

 「動きやすいもんっ!」

 わざとくるりと回転し、氷河の視線が思わず下がる――慌てて顔を逸らし、耳まで真っ赤にする。

 「……お前ってやつは……」

 莉奈はくすくす笑い、さらに腕に絡みつく。

 「えへへ、照れてる氷河くんも好き~」



 雷太はテーブルを叩いて大はしゃぎ。

 「おぉー! ラブコメだ! 最高だな!」

 悠真は再びため息をつき、手帳を閉じる。

 「……まったく、落ち着く暇がない」



 それでも、不思議な温かさがあった。

 闇の残滓が漂う核心に、人の声と笑顔が戻ってきたのだ。



 黒木は遠くからその様子を静かに見ていた。

 「……光と炎……こいつらが、この時代を変えるのかもしれんな」

 その声は誰に聞かせるでもなく、かすかに響いた。



 そして――束の間の平穏の中で、彼らは再び迫り来る嵐を知る由もなかった。







炎の誓い ― 第二十話「囚われた想い」



 核心に日常の温もりが戻ってから数日。

 仲間たちはそれぞれの役割を果たしながら、嵐の前の静けさのような時間を過ごしていた。



 だが――その平穏は長くは続かなかった。



◆夜の核心



 薄暗い廊下を澪は一人で歩いていた。

 調べ物のため資料室へ向かう途中、足を止める。

 「……気配?」

 背後に広がる冷たい空気。次の瞬間、壁に影が滲み出すように揺れ動いた。



 澪は即座に短刀を抜いた。

 「誰……!」

 返事はなかった。ただ、影が人型を成し、囁く。



 「光は……渡さぬ」



 その声を聞いた刹那、澪の身体は影に絡め取られた。

 抵抗する間もなく、視界が闇に覆われていく――。





 「澪が……消えた!?」

 駆け込んできた隼人の声が響き、皆が動揺する。

 雷太は椅子を蹴って立ち上がる。

 「はあ!? どういうことだよ!」

 隼人は肩で息をしながら、必死に言葉を絞り出す。

 「……気配を追った。間違いない……“裏の支配者”の仕業だ」



 氷河が目を細める。

 「……コピーの男か」

 「……くそっ!」雷太が拳を叩きつける。



 莉奈は両手をぎゅっと握りしめ、泣きそうな顔で呟いた。

 「澪さんが……そんな……」





 広間の片隅で、隼人は膝をつき、うつむいていた。

 普段冷静な彼の肩が小刻みに震えている。

 「……俺が、守るって……誓ったのに」

 拳を握り、唇を噛み切るほど強く歯を食いしばる。

 悠真は静かにその隣に立った。

 「澪さんは……必ず取り戻す。俺たち全員で」

 だが隼人は答えられない。ただ胸の奥に渦巻く後悔と怒りに押し潰されていた。





 「……奴は動いたか」

 黒木龍一郎が低く呟く。

 「裏の支配者は、光を奪えぬと知って焦っている。だが……あえて澪を攫ったのは、我々を揺さぶるためだ」



 悠真は拳を握り、強く言った。

 「揺さぶりなんかに屈するもんか。澪を助け出す……必ず!」



 莉奈も氷河の袖を掴みながら頷く。

 「私の光が……きっと役に立つはず。だから、行こう!」



 氷河は小さくため息をつき、だが真っ直ぐな眼差しで莉奈を見た。

 「……危険だぞ」

 「うん、でも……私だって戦う。澪さんを助けたいから!」

 その無邪気で強い言葉に、氷河の心は少しだけ揺れる。





 隼人がゆっくりと立ち上がった。

 その目には深い悲しみと怒り、そして燃えるような決意が宿っていた。

 「……澪を奪った奴を……絶対に許さない」



 悠真たちは頷き合う。

 こうして――仲間を救うための新たな戦いが幕を開けた。







炎の誓い ― 第二十一話「決戦への支度」



 澪を奪われてから二日。核心の拠点には張り詰めた空気が漂っていた。

 誰もが焦燥を抱えながらも、それを表に出さず、ただ準備を進めていた。



◆戦略会議室



 机の上には地図と設計図が広げられ、悠真、隼人、氷河、雷太、莉奈、そして黒木が集まっていた。



 黒木が低い声で口を開く。

 「裏の支配者の居城は“影の要塞”と呼ばれる場所だ。周囲を特殊な結界で覆い、外部からの侵入は不可能に近い」

 雷太が舌打ちをする。

 「ふざけやがって……じゃあどうやって突っ込むんだよ!」

 「結界を破るには“光”が必要だ」黒木の視線が莉奈へと向いた。



 莉奈は少し緊張しながらも、しっかりと頷く。

 「私の光なら……きっと道を開ける」

 氷河は腕を組んだまま、心配そうに彼女を見やる。

 「無茶をするな。お前の力はまだ安定していない」

 「……でも、澪さんを助けたいの。私にしかできないことがあるなら、やる」

 その瞳の強さに、氷河は言葉を失った。





 雷太は自分の巨大ハンマーを磨きながら、わざと明るい声を出した。

 「よーし! 敵の結界なんざ粉々にしてやるぜ! なぁ悠真!」

 悠真は炎を手のひらに揺らめかせ、静かに答える。

 「ああ……今度こそ、絶対に守る」

 その炎は迷いのない強さを帯びていた。



 隼人は机に拳を置き、低く呟く。

 「……澪を奪い返すまで、俺は死んでも止まらない」

 その目は炎よりも鋭く、誰もが息を飲んだ。





 準備の合間、莉奈は氷河の部屋を訪ねた。

 「ねぇ、氷河くん……怖くない?」

 彼は窓際で夜空を見ていた。



 「怖くないと言えば嘘だ。だが、背を向けるわけにはいかない」

 莉奈は彼の背にそっと抱きつき、頬を寄せた。

 「私も一緒に戦うから……守られるだけじゃ嫌なの。だから、お願い、信じて」

 氷河はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。

 「……お前は本当に、厄介だな」

 「えへへ、好きって言えばいいのに」

 「言うか!」

 顔を真っ赤にして振り払おうとする氷河に、莉奈は嬉しそうに笑った。



 翌朝。



 黒木が皆を前に宣言する。

 「結界を破るのは莉奈。その隙に俺と隼人が突入し、囚われた澪を探す。悠真と雷太は正面の兵を引き受けろ。氷河は……莉奈を護れ」



 氷河は短く頷いた。

 「必ず守る」

 莉奈の胸がどきりと高鳴る。



 悠真は全員を見渡し、拳を掲げた。

 「行こう……澪を取り戻すために!」

 その声は仲間たちの決意を一つに束ねた。



 こうして――奪還作戦の幕は静かに上がった。







炎の誓い ― 第二十二話「影の要塞」



 夜の街外れ。

 人の気配のない廃工場群を抜けた先に――巨大な黒い城壁のような構造物がそびえ立っていた。

 その異様な存在感に、誰もが息を呑む。



 「……ここが“影の要塞”か」

 悠真の声は低く、炎の揺らめきが瞳に宿る。



 黒木が前に出て説明する。

 「外壁一帯は影の結界で覆われている。普通に踏み込めば即座に飲み込まれるだろう」

 雷太が舌打ちをして肩を回した。

 「上等だ……全部ぶっ壊してやる」

 「無理だ」黒木は首を振る。

 「だが、光の力なら……」



 その視線が莉奈に向けられる。

 皆の視線を受け、莉奈は小さく息を吸った。

 「私に……やらせてください」



 莉奈は両手を胸の前で組み、静かに目を閉じる。

 次の瞬間、柔らかな光が彼女の全身を包み込んだ。

 光は揺らめきながら白い波紋となり、要塞を覆う黒い靄に触れていく。



 「……光が……闇を押し返してる」氷河が呟いた。

 やがて――暗黒の壁が裂け、一本の細い道が浮かび上がった。



 莉奈は振り向き、汗を滲ませながら笑った。

 「今のうちに……!」



 悠真は頷き、拳を握る。

 「突入する!」



 足を踏み入れた瞬間、闇の兵士たちが現れた。黒い鎧を纏い、赤い眼を光らせて迫る。



 「出たな、雑魚ども!」雷太が雄叫びを上げ、巨大なハンマーを振り下ろす。地面ごと兵士たちを吹き飛ばした。

 悠真は両腕を炎に包み、燃え盛る拳で敵を薙ぎ払う。

 「道を開けろ!」



 その隙に隼人と黒木が奥へと駆ける。

 「俺たちが澪を探す!」



 氷河は莉奈を守るように背後につき、剣を抜いた。

 「お前は結界を維持しろ。俺が絶対に守る」

 莉奈は嬉しそうに頷き、光を強める。

 「……ありがとう、氷河くん」

 「礼はいらん。……集中しろ」

 頬を赤くしながら、氷河は視線を逸らした。





 戦いの最中、不意に城内の空気が変わった。

 闇が一層濃くなり、兵士たちが一斉に消え去る。



 低く響く声が、全方位から響き渡った。

 「――ようこそ、我が影の檻へ」



 悠真の背筋が凍る。

 「……裏の支配者……!」



 天井から、無数の黒い影が垂れ下がる。その中心に、漆黒の仮面を纏った長身の男が姿を現した。

 「力を求める者よ。だが無駄だ……光以外、すべては我が影に呑まれる」



 莉奈の光がかすかに揺らいだ。

 氷河は彼女の肩を掴み、耳元で囁く。

 「怯えるな。お前の光だけは……奴に奪えない」



 莉奈は震えながらも、必死に頷いた。



 こうして――仲間たちはついに「裏の支配者」と対峙する。

 澪を救い出す戦いが、今始まろうとしていた。







炎の誓い ― 第二十三話「光の限界」



 漆黒の影の中、姿を現したのは金髪碧眼の長身の男だった。

 冷ややかな笑みを浮かべ、声は透き通るように響く。



 「我が名はラファエル・シュナイダー。この世のあらゆる力を掌握する者だ」



 悠真の拳が震える。

 「……お前が……姉さんを!」

 「そうだ。無力な女はただ消えただけ。お前の復讐心すら、私の糧となる」



 悠真の炎が激しく燃え上がる。だがラファエルは一歩も動かず、ただ手をかざすだけで周囲の闇が生き物のように広がり、仲間たちを飲み込もうとする。



 雷太が雄叫びを上げ、ハンマーで影を粉砕する。

 「ざけんなよッ!」

 氷河も剣を振り抜き、影を裂いた。だが次々と湧き出す影に、前進すらままならない。



 その時、天井の瓦礫が崩れ落ち、莉奈の頭上に迫った。

 氷河が振り返るよりも早く、鈍い音が響く。



 「きゃっ!」

 瓦礫が莉奈の太ももを直撃し、鮮やかな血がスカートを濡らした。



 「莉奈!」氷河が駆け寄る。

 「だ、大丈夫……でも……」

 顔を歪めながら、彼女は小さく告げた。

 「私の力……他人は癒せても……自分には使えないの」



 氷河の胸に熱いものがこみ上げる。

 「……そんな無茶をして……馬鹿か!」

 彼は迷わず莉奈をおんぶして、剣を構えた。

 「俺が……守る。絶対に」



 莉奈は氷河の背中に額を押し当て、震える声で囁いた。

 「……ありがとう、氷河くん」



 その光景を見ていたラファエルの青い瞳が、冷酷に光る。

 「光は消える。絶望と共に」



 莉奈の放つ光が揺らぎ、次第に弱まっていく。

 闇が迫り、彼女の輝きを飲み込もうとした。



 ――圧倒的、不利。







炎の誓い ― 第二十四話「三位一体の閃光」



 ラファエルは莉奈だけに集中していた、その一瞬の隙を見逃さなかった。

 「悠真、今だ!」隼人の声が響く。

 黒木と隼人が背を合わせ、力を解き放った。

 「竜巻――黒竜派ッ!」



 黒き竜巻が渦を巻き、ラファエルの身体を宙に吹き飛ばす。彼の胸に裂傷が走り、血が散った。



 「ナイスだ隼人さん!」悠真が吠える。

 「ここで決めるぞ!」



 悠真、氷河、雷太の三人が一列に並び、力を重ねる。

 炎、氷、雷――三つのエネルギーが融合し、眩い閃光となる。



 「三位一体――轟滅の閃ッ!!」



 閃光が一直線に走り、空中のラファエルを直撃。

 轟音と共に闇が吹き飛び、敵は地に叩き落とされた。



 煙の中、誰もが息を殺す。



 「……やったか?」雷太が呟いた瞬間――



 ズ……ズズ……ッ。

 傷ついたはずのシュナイダーの身体が、光を帯び始めた。

 「な……なんだ……?」悠真が目を見開く。



 その光は莉奈のものと同じ、癒しの輝き。

 「馬鹿な……光の自己回復……そんな力、莉奈には……!」氷河が絶句した。



 シュナイダーはゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。

 「愚かだな。私はお前たち全ての力をコピーした。光すらも、より完全な形で」



 次の瞬間、炎、雷、氷、風、闇――そして光までもが渦を巻き、彼の肉体が異形の輝きを放ち始める。



 「これこそが……完全体の超魔生物」



 圧倒的な存在感に、仲間たちは言葉を失った。



 「だが……今は興が乗らぬ」

 ラファエル・シュナイダーは冷笑を浮かべ、闇に身を溶かすように姿を消した。



 残されたのは、崩れ落ちる影の要塞と、荒い息を吐く仲間たち。

 悠真は拳を握りしめ、血の滲む唇を噛む。

 「……絶対に……許さない。必ず倒す……姉さんの仇を」



 こうして――真の敵との戦いは、さらに深き絶望の淵へと進んでいった。







炎の誓い ― 第二十五話「新たなる旅立ち」



 ――すべてが終わったわけではなかった。



 ラファエル・シュナイダーは完全体の“超魔生物”へと至り、そして消えた。

 だがそれは決して終焉ではなく、新たな幕開けにすぎなかった。



 崩壊した施設の奥、鎖に繋がれ、冷たい床に倒れていた澪。

 その姿に誰よりも早く駆け寄ったのは隼人だった。



 「澪……!」

 膝をつき、震える手で頬に触れる。

 かすかに目を開いた澪は、弱々しいながらも微笑んだ。



 「……遅いじゃない、隼人」

 その一言に隼人の胸が熱くなる。

 堪えきれず、彼女の手を強く握りしめた。



 「もう二度と……お前を離さない」

 澪の瞳から涙がこぼれ、彼女は隼人の胸に顔を埋める。

 ――生きていた。彼女は、まだ生きていた。



 しかし、ラファエルの姿はすでに闇の中に消えていた。

 残されたのは不気味な沈黙と、わずかなデータの断片だけ。



 やがて、解析を終えた黒木龍一郎が低く言った。

 「奴の本拠地……ルクセンブルク。ヴィアンデン城の地下に“闇の実験施設”が存在する」



 その名を聞いた瞬間、悠真の心臓が激しく跳ねた。

 ――美咲の卒業旅行。あのとき彼女が訪れていたのは、ルクセンブルクの古城巡りだった。



 点と点が、線で繋がる。

 姉の死、ラファエルの陰謀、そして“核心”。

 悠真は唇を噛み、静かに頷いた。



 「……そうか。やっぱり……犯人はラファエル・シュナイダー……!」

 目の奥に燃える炎は、かつてないほどに強かった。

 「そこに行けば……姉さんの真実が、必ずある」



 その時、隣に座る莉奈が不安そうに彼を見上げていた。

 小さな手は震えていたが、瞳には揺るぎない意志が宿っている。



 「お兄ちゃん……私も行く。絶対に一緒に」



 悠真の胸に迷いがよぎった。

 彼女を危険に巻き込みたくはない。だが――彼女はもう、ただ守られるだけの妹ではなかった。



 「……分かった。だが約束しろ。どんな時も、絶対に生き延びるって」

 莉奈は力強く頷いた。

 「うん、約束する!」



 

 旅立ちの朝。

 傷ついた施設を後にし、仲間たちは新たな道へと歩み出す準備をしていた。



 氷河は無言で装備を整えていた。すると、袖をそっと引かれる。

 振り向けば、莉奈が心細げに立っている。



 「ねえ氷河くん、私……本当に役に立てるかな」

 氷河は一瞬言葉を探し、やがて顔を赤らめながら答えた。

 「……お前がいなきゃ、このチームはとっくに終わってた。自信持て」



 その言葉に莉奈は破顔し、氷河に飛びついた。

 「やっぱり氷河くん大好きっ!」

 「ばっ……離れろ! こんな時に何やってんだ!」

 赤面して狼狽える氷河。



 その様子を見た雷太は、近くの石壁に頭を打ち付けて泣き崩れる。

 「うわぁぁぁ! 俺の莉ナー! なんでそんなに氷河ばっかりィ!」

 彼の絶叫が響き渡り、場の緊張が少しだけ和らいだ。



 隼人と澪は人目を避けるように並んで立っていた。

 「危険な道になる。でも……俺は、もうお前を失わない」

 低く、揺るがぬ声。

 澪は柔らかく微笑み、彼の手を握った。

 「……だから私も、どこまでもついていく」



 二人の間には、戦場を越えた者だけが知る確かな絆が芽生えていた。



 

 悠真は最後に振り返った。

 雷太の豪快な笑顔。

 氷河の無口な背中。

 澪と隼人の確かな決意。

 そして、鋭い眼光を光らせる黒木龍一郎。



 そして何より――隣に立つ妹・莉奈の温もり。



 「――行こう、ルクセンブルクへ!」

 悠真は拳を握り、強く言い放った。

 「俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ!」



 仲間たちの声が重なった。

 その瞬間、バラバラだった心が一つになった。



 新生チームは、ラファエル・シュナイダーを追い、世界の深淵へと歩み出した。

 その先に待つのは――未だ見ぬ“闇の実験施設”。

 そして悠真が求め続けた、姉・美咲の真実だった。







炎の誓い ― 第二十六話「ルナ姫との邂逅かいこう」



 東京からヴィアンデン城があるルクセンブルクへ――

 直接便はない。悠真たちは、パリ経由での乗り継ぎを経て、総飛行時間は17~20時間ほどとなる長旅を疲れ知らずで耐えて、ついにこの地に到着した。



 窓の外に広がるルクセンブルク上空の青空を見る頃には、誰もが戦士から一人の旅行者に戻るようなひとときを味わっていた。



 ルクセンブルクの青い空の下、悠真たちは石畳の街道を進んでいた。

 ヴィアンデン城――山頂に聳えるその姿は、まるで中世の絵画から抜け出したように荘厳で、誰もが思わず息を呑む。



 だが、あの城の地下には“闇の実験施設”がある。

 そして、そこに至るには封印された魔法の扉を開かねばならない。



 「……問題は、その扉を開く“魔法石”だな」

 氷河が地図を睨みながら呟く。



 黒木が補足する。

 「ただの石じゃない。カロリング王朝の血を継ぐ者しか反応しない。千年以上続く血統の娘が必要だ」



 その言葉に、場の空気が重くなった。

 悠真が眉を寄せる。

 「……そんな子、本当にまだ生き残ってるのか?」



 そのときだった。

 街外れの小さな広場で、数人の男たちが少女を取り囲んでいた。

 薄いブルーのドレスを着た、栗色の髪の少女。大きな瞳を伏せ、震えている。



 「……おい、やめろ!」悠真が駆け出した。



 氷河と雷太も続き、瞬く間に男たちを撃退する。

 男たちが逃げ去ると、少女は両手を胸に当て、小さな声で礼を述べた。

 「……助けていただいて……ありがとう、ございます」



 その声は澄んでいて、どこか儚げだった。

 悠真は思わず見惚れ、胸が高鳴る。

 「(なんだ……この感じ……)」



 そこへ杖をついた老婆が現れ、雷太の背中をバシンと叩いた。

 「おうおう、なかなかやるじゃねぇか! だがまだまだ半人前だなぁ!」



 「いてぇ!? 誰だよアンタ!」



 「この子の付き添いさ。“ルナ姫”を守るのがあたしの役目だよ」

 老婆は豪快に笑い飛ばす。その迫力に雷太がたじろぐ。一方、莉奈はキラキラした目で少女を見つめた。



 「ねえ、お名前は?」



 少女は少し恥ずかしそうに答えた。

 「……カロリング・ルナ、と申します」



 「ルナちゃん、カワいいいい…!!」



 その名を聞き、黒木の目が細められる。

 「やはり……王家の血筋か」



 ルナは真実を聞かされ、怯えたように首を振った。

 「わ、私なんかに……そんな大役、務まるはずありません……」



 悠真は一歩近づき、真剣な瞳で彼女を見つめた。

 「君しかできないことなんだ。……俺たちに力を貸してほしい」



 ルナの頬が赤く染まり、視線を逸らす。

 「……わ、私なんかでよければ……」



 莉奈はにやにやと笑って、二人の間に飛び込んだ。

 「お兄ちゃん、顔まっかー! もう! これはもう恋人候補だね!」

 「なっ……!」悠真とルナは同時に真っ赤になり、慌てて視線をそらす。



 氷河は小さくため息をつき、雷太は「なんで悠真ばっかりィ!」と地面を転げ回った。

 老婆はそんな光景を見て、豪快に笑った。

 「こりゃ旅が賑やかになるねぇ!」



 こうして――カロリング・ルナ姫と、その豪快な付き添いの婆さんが新たな仲間に加わった。

 やがて一行は、荘厳なヴィアンデン城の前に立つ。



 そこには未だ誰も開けたことのない魔法の扉が眠っていた。

 そして、悠真たちの運命を大きく変える試練が待ち構えているのだった。







炎の誓い ― 第二十七話「魔法の扉」



 ヴィアンデン城の地下深く――。

 ひんやりとした空気が漂う石造りの回廊の先に、荘厳な巨大扉がそびえていた。



 黒曜石のような闇色の表面、中心には謎めいた円形のくぼみ。

 まるで千年もの時を超えて、彼らを待ち続けていたかのように静かに佇んでいた。



 「これが……魔法の扉か」

 隼人が低く呟く。



 雷太が腕を組み、唸った。

 「開けるってどうやんだ? カギ穴もねぇし、…カギもねぇ」



 そのとき、老婆――カロリング・ウメが杖を突きながら前に出た。

 「ふふん、探しても無駄だよ。カギは――あたしが持ってる」



 全員の視線が集まる。

 「なにぃ!? 婆さん、持ってんのかよ!?」雷太が飛び上がるように叫ぶ。



 ウメは懐から布に包まれた小さな石を取り出した。

 深い青の光を秘めた宝玉――それこそが魔法石だった。



 「ちょっと待て! 婆さん名前なんだ?」雷太がいきなり訊いた。

 「……あたしの名かい? カロリング・ウメさ」

 「ウメ!? なんだよその古風な名前!」

 「うるさいわい!」

 ごつん! 杖で雷太の頭を小突く。

 「いってぇえ!」

 「昔はあたしもお姫様だったんだよ。アンタの恋人になってやろうか?」

 「ひぃぃぃ!? ご勘弁をぉ!」

 仲間たちが一斉に吹き出し、緊張が少し和らぐ。



 ウメは石をルナに渡した。

 「さあ、ルナ。これは代々、あんたに託されるべきだったものだ。……いま、時は来た」



 ルナは震える指で石を受け取り、巨大な扉の前に立つ。

 澄んだ青い瞳が不安に揺れる。

 「……わ、私に……できるでしょうか」



 悠真が静かに頷いた。

 「君にしかできない」



 ルナが石をかざすと、石はふわりと光を放ち始めた。

 やがて閃光となり、扉の中心へと一直線に伸びてゆく。



 「……!」澪が目を見開く。「これが、千年の封印……」

 隼人は低く呟いた。「血と意志が、ようやく重なったのか」

 黒木は腕を組み、静かに見つめる。「まるで扉が……呼吸しているようだ」



 ゴゴゴゴ……。

 地鳴りのような振動と共に、扉全体が淡い光を帯び、ゆっくりと開き始めた。



 雷太が大声をあげる。

 「うおおおっ! まるでRPGのイベントだぁ!」

 氷河は息を呑み、顔を引き締めた。

 「いや……これは現実だ。油断するな」

 莉奈は目を輝かせながら叫ぶ。

 「すごい……! まるで光が生きてるみたい!」

 悠真はルナを見守りながら、小さく誓う。

 「必ず守る……この先に、姉さんの真実があるなら」

 最後にウメが杖を掲げ、笑った。

 「さあ、行きな! ここからが本当の冒険の始まりだよ!」



 ズズズ……!

 巨大な石扉は開ききり、内部には眩い光の渦が広がっていた。



 次の瞬間――。

 全員の身体が一斉に吸い込まれる。



 ゴオオオオオ――ッ!



 バタン!!

 扉は背後で容赦なく閉ざされ、完全に封じられた。

 静寂の中に残ったのは、誰一人戻れぬという冷たい現実だけだった。







炎の誓い ― 第二十八話「闇の実験施設」



 光の渦に呑まれ、目を開けたとき。

 そこはすでに城の地下深く――異様な空気が漂う空間だった。



 天井は見えず、黒い金属の壁が無限に続くように並んでいる。

 赤いラインが床を這い、心臓の鼓動のように脈打っていた。



 「ここは……」澪が声を震わせる。

 「ただの地下じゃねぇな」雷太が低く唸った。

 氷河はすぐに空気の違和感を察した。「……呼吸が重い。まるで……空気そのものが闇に汚されてる」



 通路の両脇には、ガラス状のカプセルが並んでいた。

 中には人影――いや、人の形をした“何か”が眠っている。



 「……これは……」黒木が足を止めた。

 「……実験体か」隼人の声は低く冷たい。



 莉奈が青ざめて氷河の腕を掴む。

 「お兄ちゃん……これ、子供だよ……まだ小さい……」

 氷河は彼女を抱き寄せ、唇を噛む。

 「……組織は、ここまで……」



 ルナは膝を震わせながら後退った。

 「な……なにこれ……ひ、人を……こんな……」

 ウメがそっと彼女の肩に手を置いた。

 「見ろ、ルナ。これが奴らの正体さ。目を背けちゃいけない」



 その時だった。

 ――ヒュウゥ……。



 冷たい風が吹き抜け、奥の闇から声が響いた。



 「よく来たな……勇敢な小羊たちよ」



 全員が一斉に身構える。



 闇の奥からゆっくりと歩み出てきたのは、長身の金髪の男。

 透き通るように白い肌、氷のような青い瞳。

 黒いマントを翻しながら、不気味な微笑を浮かべている。



 「……!」悠真の拳が震えた。

 「お前が……ラファエル・シュナイダー……!」



 ラファエルは一歩ごとに空気を支配してゆく。

 「愚かな黒木も、ついに飼い犬をやめたか……まあいい。

 貴様ら全員、私の“標本”として保存してやろう」



 黒木が一歩前に出る。

 「俺はもう、お前の駒じゃない」



 「ふふ……逆らうか。だが――無駄だ」



 ラファエルの指が軽く振るわれた瞬間、背後のカプセルが一斉に砕けた。

 実験体たちが呻きながら這い出し、異形の声をあげる。



 雷太が叫んだ。

 「おいおいおい! なんかゾンビ映画始まったぞ!?」

 氷河が剣を構える。

 「……来るぞ!」



 戦いが始まる直前、ラファエルの視線は一瞬、ルナへと向いた。

 「……ふむ。血の継承者か。なるほど――扉を開けたのはお前か」



 ルナの背筋が凍りつく。

 悠真が彼女を庇い、睨み返す。

 「ルナには指一本触れさせない」



 ラファエルは笑った。

 「その決意、どこまで保てるかな?」



 次の瞬間、床が赤黒く光り、無数の実験体が牙を剥いて飛びかかってきた。



 ――闇の実験施設での死闘が、今、幕を開ける。







炎の誓い ―第29話「帰る場所」



 地下施設の空気が凍りつく。

 現れたのは、無数の呻き声をあげる「実験体」――生気を失った瞳、腐敗を思わせる皮膚、歪んだ身体。

 その群れの中に、悠真たちは信じられない姿を見つける。



 「……お母さん……?」

 ルナが声を震わせる。よろめきながら近づいてきたのは、彼女の母であり――ウメの娘でもある女性だった。



 「そんな……あんたをずっと探してたのに……!」

 ウメが絶叫する。皺だらけの手を伸ばすが、ゾンビとなった娘の目には光がない。



 さらに、氷河の表情が凍りついた。

 「……父さん……母さん……?」

 歩み寄る二つの影。間違いようもなく、彼の両親だった。



 「氷河くんの……!」莉奈が息を呑む。



 実験体たちの群れは叫びをあげ、一斉に襲いかかってきた。



 雷太が拳を構えた瞬間、悠真の声が響く。

 「待てッ! この人たちはみんな……帰る場所があるんだ!」



 その一言に皆が動きを止める。

 誰も攻撃しない。ただひたすら避ける。

 隼人は風の壁で進路を逸らし、氷河は氷の障壁で道を塞ぎ、雷太は鉄壁の肉体で受け流す。

 黒木ですら剣を抜かず、闇の幕を張って動きを止めるだけに徹していた。



 「くっ……!!」悠真は歯を食いしばる。

 心臓を貫きそうな恐怖。しかし拳を振るえば、そこにあるのは仲間の「家族の命」。



 実験体の数は膨大。息が切れ、仲間たちの体力も削られていく。

 そのとき――



 「……もう、いいよね」



 前に出たのは莉奈だった。

 短いスカートを翻しながら、胸に両手を当て、目を閉じる。



 「みんな……帰ろう。大切な人のもとに!」



 莉奈の身体から、まばゆい光が溢れ出す。

 「――リザレクション・ルミナス!」



 光は波となって広がり、ゾンビたちの身体を包む。

 濁った瞳が次々と澄み、腐敗した皮膚が修復され、失われていた人の姿が戻っていく。



 「……お母さん!」

 ルナが涙を流し、母に抱きつく。



 「……おまえ……!」

 ウメが娘の頬に触れ、肩を震わせる。



 「父さん……母さん……」

 氷河は声を詰まらせながらも、再び家族を腕に抱いた。



 ――皆の頬に涙が流れていた。



 悠真は拳を握りしめ、莉奈の背中を見つめる。

 妹の光が、人々を救った。

 それが何よりも、彼女の強さだった。







炎の誓い ―第30話「避難」



 ゾンビから解放された人々は涙を流し、互いを抱きしめ合っていた。

 しかし、その安堵の瞬間を打ち砕くように――



 「……やはり、光は厄介だな」



 冷たい声が地下に響き渡った。

 振り返れば、闇の気配を纏ったラファエル・シュナイダーが、悠然と歩み出てきていた。

 金髪が冷たく輝き、青い瞳が氷のように冷酷に光る。



 「逃げる者は逃がしてやる。だが……お前たちは、ここで終わりだ」



 その言葉と同時に、漆黒の魔力が迸り、天井が軋むほどの圧力が押し寄せた。



 「くっ……!!」悠真たちが構える。



 だがそのとき、ルナが震える手で魔法石を掲げた。

 「……この扉を、もう一度……!」



 ウメが娘を背に庇いながら、ルナの肩に手を置いた。

 「行け、ルナ! あんたの血に宿る力で、皆を救うんだ!」



 ルナは唇を噛みしめ、巨大な扉の前に立つ。

 その手に握る魔法石が強烈な光を放ち――

 やがて扉の中心に埋め込まれた石へと、一筋の閃光となって伸びる。



 「……光ってる……!」莉奈が呟いた。



 澪は息を呑み、隼人が真剣な眼差しを向ける。

 黒木は闇の瞳でその光を睨みつけながらも、低く呟いた。

 「……これが、古代の力か……」



 ごうごうと轟音を立てながら、扉がゆっくりと開きはじめる。



 「よっしゃぁ!」雷太が叫ぶ。

 「本当に……開いた……」氷河が驚愕を隠せない。

 「すごい……ルナちゃん!」莉奈が目を輝かせる。

 悠真は歯を食いしばりながら頷いた。

 「必ず……生きて戻る!」

 最後にウメが笑い、声を張り上げる。

 「さあ行け! 未来はあんたたちのもんだ!」



 次の瞬間――

 ゴオオオオオオ!

 轟音とともに、光の奔流が仲間全員を扉の中へと吸い込んでいった。



 「なっ……!」ラファエルが手を伸ばしたが、間に合わない。



 バタン!!



 扉が閉ざされる。

 もう、二度と開くことはなかった。







炎の誓い ―第31話「光のバリア」



 光に包まれた悠真たちは、次の瞬間、どこか別の空間へと転送されていた。

 そこは、かつて栄華を誇ったであろう壮大な回廊――だが、今は瓦礫と闇に覆われた荒廃した地下都市だった。



 「……ここは……?」悠真が呟く。

 「ヴィアンデン城の……地下か」氷河が険しい表情を浮かべた。



 だが、安心する間もなく、背後から闇の気配が押し寄せた。

 ――ラファエル・シュナイダー。

 扉を追って転移してきたのだ。



 「ふははは…逃げ場などない」

 ラファエルは片手を掲げると、漆黒の波動を解き放つ。

 空気が凍りつき、地響きが響き渡る。



 「くっ……!!」悠真たちは必死に身構えるが、その闇は強大すぎた。



 その瞬間――莉奈が前に躍り出た。

 「――絶対に、みんなを傷つけさせないっ!」



 両腕を広げ、全身から光を解き放つ。

 まるで天から降り注ぐような輝きが、仲間たちを包み込む。



 ――ドンッ!!



 ラファエルの闇の波動が直撃する。

 しかし、莉奈の光のバリアがそれを完全に弾き返した。



 「なっ……!!」ラファエルの表情がわずかに揺らぐ。



 「効かない……!?」隼人が驚きの声をあげる。

 「すげぇ……!」雷太が叫んだ。

 黒木でさえ目を細め、低く呟いた。

 「この光……闇を無効化するのか」



 莉奈の顔は汗で濡れ、唇を噛みしめながら必死に光を維持していた。

 「……私が……守るの……氷河くんも、悠真お兄ちゃんも……みんな……!」



 全身全霊を込めた光の力。

 ラファエルの攻撃は一歩も通じず、仲間たちは守られ続けた。



 「バカな……私の闇が、通じない……?」

 ラファエルが苛立ちを隠せず、さらに力を高める。



 その圧力に耐えながら、莉奈は必死に光を広げ続けた。

 ――だが、その光はいつまでも持つものではなかった。



 悠真は拳を握りしめ、氷河は無言で前に出ようとする。

 澪と隼人は互いに視線を交わし、黒木は静かに闇を解き放つ構えをとった。



 戦いは、次の段階へ突入しようとしていた。







炎の誓い ―第32話「操られる氷河」



 莉奈の放つ光のバリアは、なおも仲間たちを守り続けていた。

 ラファエルの闇はすべて弾かれ、砕け散る。



 「ちっ……小娘の光など……」

 ラファエルの蒼い瞳に冷たい怒りが宿る。

 「ならば――その光の守護者を、自ら崩壊させてやろう」



 右手を掲げ、闇の呪印を描く。

 「我がもう一つの力……“精神支配”」



 ズン……と重い圧力が空気を満たした瞬間――

 氷河の身体がぴたりと硬直した。



 「……!?」悠真が振り返る。

 「氷河……?」隼人が鋭い声を発した。

 だが次の瞬間。



 氷河は無言で莉奈に歩み寄る。

 その冷徹な瞳の奥に、普段の意志はなかった。



 「ひ、氷河くん……?」莉奈の声が震える。



 そして――

 彼の手が莉奈の顎をクイッと持ち上げた。



 「――っ!!」



 唇が重なる。



 ――ズギューーーーーーーンッ!!!



 抱きしめられ、深く重ねられるキス。

 莉奈の目が大きく見開かれ、声にならない声を漏らす。



 「は、はう!! んっ……んっ……!!」



 心臓が爆発しそうな鼓動。

 全身が熱に溶けるように震える。

 大好きな氷河に突然奪われた唇――。



 (え……えええっ!? な、なにこれ……夢……!?

  うそ、うそっ……でも……嬉しい……!

  嬉しいよ……氷河くん……っ!!)



 頬が真っ赤に染まり、目の奥がとろける。

 理性はもうどこかへ消え去り、胸いっぱいに広がるのは幸福の衝撃。



 「んっ……んんっ……♡」



 次第に瞳が潤み、ついには――

 ハートの輝きを宿したように見開かれたまま、莉奈は失神した。



 氷河はなおも抱きしめ、長く深く唇を重ね続ける。

 その姿は愛にも似て、しかし冷酷な支配の産物だった。



 「氷河を……操ったのか!?」悠真が叫ぶ。

 「外道が……!」黒木の声は怒りに満ちる。



 ラファエルは嗤った。

 「ふははは……心の守護者を堕とせば、光は消える。

  さぁ……絶望せよ」



 その言葉どおり、莉奈の光が次第に弱まっていく。

 光が消え――仲間たちを守る防壁は崩れ始めた。



 「今こそ見せてやろう……コピーした闇の極致を!」

 ラファエルの両腕から、黒木と同じ漆黒の波動が噴き出す。



 ――「ダーク・アーム!」



 渦巻く闇が巨大な腕となり、全てを飲み込もうと迫ってきた。







炎の誓い ―第33話「闇に飲まれる」



黒木龍一郎の口元がわずかに歪む。

ラファエル・シュナイダーが掲げた手から、漆黒の渦が広がり、空間そのものを呑み込むような圧が押し寄せていた。



「――これが、闇の極致ダークアームだ」

ラファエルの声は低く、残酷に響きわたる。



巨大な影の腕が伸び、仲間たちへと襲いかかる。

澪が悲鳴をあげ、隼人が剣を振るうが、闇の腕はその刃を飲み込み、無力化していく。



悠真が炎を放ち、氷河が氷の壁を築き、雷太が雷を落とす。

だが全て、飲まれて消えた。



「……光がいなければ、俺たちは虫けら以下か」

黒木は闇の奔流を見つめながら、心の奥底で呻く。

かつて己が誇った闇の力。その完全上位互換を前に、無力感が胸を締めつける。



(――一度、この闇に呑まれて……出直すしかない)

己が編み出したダーク・アーム。この闇に呑まれた者がどうなるのか、彼は熟知していた。



黒木は歯を食いしばり、叫んだ。

「――あの場所へ集合だ!!」



「黒木!? 何を――」悠真が振り返るより早く、闇の腕が一行を捕らえた。



「ははははは! 終わりだ!!」

ラファエルは高らかに勝利を宣言する。

「これで世界は我が掌中にある! 愚かな光も、希望も……すべて闇に沈めてやる!」



仲間たちは次々に呑み込まれていった。

莉奈が最後に振り返り、氷河に手を伸ばす。

「……お兄ちゃん、氷河くん……っ!」



氷河がその手をしっかりと握り返した瞬間――

視界は漆黒に閉ざされ、世界は消え去った。



ラファエルは、静まり返った空間にひとり立ち尽くす。

やがて、満足げに吐き捨てる。



「……光も、炎も、氷も、雷も……すべて呑み込んだ。……勝者は、このラファエル・シュナイダーただひとりだ!」

ラファエルの首に架かる『銀のペンダント』が、まるで意思を持つように、まばゆい光を発していた。



黒い外套が翻り、影は虚空に溶けていく。

誰一人、生き残ってはいない。



……そう、彼は信じていた。







炎の誓い ―第34話「運河に映る月」



冷たい夜風が頬を撫でた。

目を開けた悠真は、石畳の上に倒れている自分に気づき、慌てて身を起こす。



視界に広がったのは――静かな運河。

水面には街灯の光と、丸い月が揺らめいていた。



「……ここは、小樽……?」

呟いた悠真の横で、小さな呻き声が聞こえる。



「うぅ……」

振り向けば、そこにはルナの姿。淡い青のドレスの裾を濡らしながら、石畳の上で意識を取り戻していた。



「ルナ!」悠真は慌てて駆け寄り、肩を抱き起こした。

「大丈夫か!? 怪我は……」



「……はい。少しびっくりしただけ……」

ルナはゆっくりと目を開け、夜空を見上げた。

「わたしたち……生きてるんですね」



悠真はその顔を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じた。

ラファエルの圧倒的な闇を前に、すべてを失ったと思った。

だがこうして隣にルナがいる――それが奇跡のようで、言葉が出なかった。



「……運河、きれい……」

ルナがぽつりと呟く。

水面に映る月と街灯の光は、まるで二人を包み込むように揺らめいていた。



悠真は思わず、彼女の手を握っていた。

ルナが驚いて顔を上げる。



「……あっ、ご、ごめん!」

悠真は慌てて手を離そうとした。だがルナは小さく首を振る。



「……このままで……」

頬を赤く染めたまま、ルナは小さな声で言った。



胸の鼓動が早鐘のように打ち鳴らされる。

悠真は息を呑み、ルナの横顔を見つめるしかなかった。



――あの場所へ集合だ。



黒木の言葉が脳裏によみがえる。

核心へ戻らなければならない。だが今は、彼女を守ることが全てだった。



「ルナ……絶対に守るから」

「……はい」

二人はそっと寄り添い、月の光に照らされながら運河の静寂に身を委ねた。



やがてルナが微笑む。

「……なんだか、デートみたいですね」



悠真の顔が一気に真っ赤になった。

「なっ、なに言ってんだよ!」



ルナは恥ずかしそうに目を伏せ、しかしその笑顔は、運河の月よりも温かかった。







炎の誓い ―第35話「エッフェル塔の下で」



「……っ、ここは……?」

氷河は目を開けた瞬間、眼前にそびえ立つ巨大な鉄の塔を見て言葉を失った。

夜空に浮かび上がる無数のライト――そう、ここはパリの象徴、エッフェル塔の真下だった。



「ひゃぁぁ~~~っ! すごいすごいっ!」

隣で声を上げてはしゃいでいるのは莉奈だった。

「まさかフランスに来ちゃうなんて! ねぇ氷河くん、デートだよデート!」



「だっ……誰がデートだっ!」

氷河は顔を赤らめて否定するが、莉奈はもう彼の腕にしがみついていた。



「だって二人っきりだよ? こんな夜景の下で♡」

「ば、バカ……!」



エッフェル塔の周りには観光客もいない。深夜だからだろう。

その分、二人だけの時間が強調される。



氷河はそっと腕を振り払おうとした。だが莉奈はさらに近づき、耳元に顔を寄せる。



「ねぇ氷河くん……わたしね、ほんとはずっと言いたかったんだ」

「……な、なにを……」



莉奈は一瞬ためらったあと、小さな声で囁いた。



「氷河くんのこと、大好き」



心臓が一瞬止まったように感じた。

氷河は慌てて顔を背ける。

「な、何言ってんだ! 今はそんな場合じゃ……」



「えへへ、顔真っ赤だよ?」

莉奈はスカートの裾をひらりと揺らし、わざと足を組み替える。

白い太ももが月明かりに照らされ、氷河の視線は反射的にそらされた。



「っ……! だからそういう格好やめろって……!」

「動きやすいんだもん♪」



氷河の心臓は爆発寸前。

莉奈は楽しそうに笑い、彼の胸に頭を預けた。



「……怖かったの。ラファエルの闇に呑まれて……氷河くんが、いなくなっちゃうんじゃないかって」

「……」

「だから、こうして隣にいてくれるだけで、もう幸せ」



氷河は言葉を失った。

いつも明るく甘えるだけの彼女が、こんな不安を抱えていたなんて。



胸の奥に熱がこみ上げ、気づけば彼の手は莉奈の肩を抱いていた。

「……大丈夫だ。俺は、絶対に離れない」



莉奈は涙を浮かべ、満面の笑みで顔を上げた。

「うんっ♡」



――その時、莉奈の頬に熱が広がる。

 脳裏に浮かんだのは、つい先ほどの出来事。氷河に強引に奪われたあのキス。



(あ、あの時の……き、キス……!)



 莉奈の顔は一気に真っ赤に染まった。鼓動が速まり、視線を泳がせる。



 氷河はそんな様子を見て、首をかしげる。

「……どうした?」

「な、なんでもない!」

 慌てて否定する莉奈。だが心臓は止まってくれない。



 ついに耐え切れず、彼女は口を開いた。

「……ねえ、氷河くん。あの時のこと……覚えてないの?」



 氷河の眉がぴくりと動いた。

「……“あの時”? どういう意味だ」

「だ、だから……き、キス……」



 その瞬間、氷河の顔にも赤みが差す。

「ば、馬鹿を言うな。俺は……そんなこと、してない」



 必死に否定するが、声が裏返っている。操られていたことを知る氷河にとって、記憶はない。だが莉奈にとっては鮮烈に焼き付いたままなのだ。



「ううん……してた。しっかり、わたし……感じたもん」

「や、やめろ! それ以上言うな!」

 氷河は耳まで真っ赤になり、慌てて目をそらした。



 莉奈はそんな反応を見て、くすっと笑みを浮かべる。

 そして、わざとスカートの裾をひらひらと揺らしながら、挑発的な瞳で見上げた。



「じゃあ……今度は、本気でしてみる?」



「なっ……!!」

 氷河の心臓が爆発した。



 莉奈の言葉に頭が真っ白になる。思わず半歩下がり、手を振り回しながら叫んだ。

「ふ、ふざけるな! そんなわけ……あるか!!」



 必死のツッコミに、莉奈は声を立てて笑った。

「ふふっ……氷河くん、顔真っ赤」

「う、うるさいっ!」

エッフェル塔のライトアップが、二人の影を長く映し出す。

その影は、まるで一つに重なって見えた。







炎の誓い ―第36話「マカオの風」



 熱気とネオンが入り混じる街――マカオ。

 煌びやかなカジノの光に包まれた通りの片隅で、隼人はゆっくりと身を起こした。



「……ここは……」

 隼人の視界に映ったのは、鮮やかな夜景の向こうに広がる大きな観覧車。

 そのすぐそばで、澪が気を失ったように横たわっていた。



「澪!」

 駆け寄り、優しく揺さぶる。彼女の胸が小さく上下しているのを確認し、隼人は安堵の息を漏らした。



 やがて澪のまつげが震え、ゆっくりと目が開く。

「……隼人……?」



「よかった……無事だ」

 隼人は強く抱きしめた。澪は一瞬驚き、それから頬を赤らめる。



「……人前で、こんな……」

「人前なんて関係ない。お前が……無事でよかったんだ」



 澪の胸に、隼人の鼓動が強く響いてくる。

 いつも冷静で、仲間を導く風のような彼が、今は必死に自分を抱きしめている。

 それがたまらなく愛しく、澪はそっと彼の胸に手を添えた。



「……ありがとう。あなたがいてくれるだけで、私……強くなれる」



 夜風が二人の髪を揺らす。

 カジノの派手な光景も、この瞬間だけは遠くに霞んで見えた。



「澪」

 隼人は真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「……もう二度と、離さない。俺が……必ず守る」



「……隼人……」

 澪の頬を、隼人の手がそっと撫でる。

 そして、二人の距離は自然と近づき――唇が重なった。



 短いが、確かに深い口づけ。

 それは嵐の後に吹く穏やかな風のように、澪の心を温かく包み込んだ。



「……こんな場所なのに、ロマンチックね」

「お前と一緒なら、どこだって特別な場所になる」



 澪は微笑み、隼人の胸に顔を埋めた。

 二人を夜風が包み、マカオの街は眩しく輝き続けていた。







炎の誓い ―第37話「極寒サバイバル(雷太&ウメ in 北極)」



 凍てつく吹雪。

 白銀の大地が果てしなく広がる中、雷太の絶叫が響き渡った。



「なんでだあああああ! よりによって北極って!! 死ぬだろ俺!!」



 彼の隣には、分厚い毛皮をまとった老婆――カロリング・ウメが腕を組み、仁王立ちしていた。

「文句を言うな、大石雷太! 極寒の地で男が泣き言とは情けない!」



「泣き言じゃねぇよ! 北極だぞ!? 氷点下だぞ!? 俺の心もチ〇コも凍りつくわ!」

「ふん、若いのに元気だけはあるな。よし、わしが恋人になって温めてやろうか?」



「だれがババアに抱きつくかあああああ!」

 雷太が雪の中でのたうち回ると、ウメはガハハと豪快に笑い、杖で彼の頭をコツンと小突いた。



「いってぇ! なんだよババア、殺す気か!」

「うるさい! この程度で泣き喚くな。わしは昔、お姫様だったんだぞ!」



「えっ!? ウメが!? お姫様!? マジかよ!? その名前で!?」

「名前がなんじゃい! ウメという名はな、力強さと気品の象徴よ!」



「どこがだよーーー!!」



 吹雪の中で繰り広げられるコントのようなやり取り。

 雷太は寒さよりも、ウメのツッコミの方で頭が痛い。



「おいババア……食料とか持ってんのか?」

「もちろんだ。腹が減っては戦もできぬ」

 そう言ってウメが取り出したのは――干し肉と酒。



「いや、ババア……それ絶対自分用だろ!? 俺の分は!?」

「ない」

「ないんかい!!!」



 結局、雷太は凍った魚を素手で掘り出し、焚き火で焼く羽目になった。

 しかし不思議なことに、そんな無茶苦茶な時間が、なぜか楽しく思えてきた。



「……なんかさ、こうして二人きりってのも悪くねぇな」

「おう、そうだろう。わしはまだまだ若い。いざとなればお前の女に――」

「やめろぉぉぉぉ!!!」



 雪原に雷太の絶叫が再び響き、オーロラが静かに夜空を彩った。

 二人の珍道中は――どうやらしばらく続くことになりそうだった。







炎の誓い ―第38話「帰還・核心の地へ」



 ――小樽運河の夜。

 悠真とルナは、冷たい潮風に吹かれながら電車の座席に身を預けていた。

 異国の観光客で賑わうはずの駅も、今は閑散としている。ようやく乗り込んだ列車の中、ルナは小さく肩をすぼめて悠真の隣に座っていた。



「……これで、本当に帰れるんですよね」

 不安げに問いかけるルナに、悠真は強く頷いた。

「帰れる。核心が……俺たちの居場所なんだ」

 ルナは頬を赤らめてうつむき、膝の上で手をぎゅっと握った。

(悠真さんの声……こんなに頼もしいんだ……)



 長い移動の末、二人は無事に帰還を果たす。

 地下の拠点――核心の広間に現れた悠真とルナを見て、待機していた黒木龍一郎が駆け寄った。



「悠真っ!」

 黒木を見上げ。悠真は笑みを浮かべた。

「……無事でよかった」

 黒木も微笑み返す。



 隣ではルナが緊張気味に立っていたが、黒木が腕を組みながら静かに見つめていた。

「カロリング王朝の娘か……なるほど、運命の巡り合わせというわけだな」



 その翌日――。



 成田空港に降り立った氷河と莉奈、隼人と澪。

 長旅の疲れも見せず、彼らは真っすぐ核心へと向かう。



 氷河と莉奈は道中からずっとやり取りをしていた。

「スカートで飛行機乗るのはどうなんだ……」氷河がぼやく。

「だって、氷河くんがドキドキするでしょ?」

「なっ……!」顔を赤らめ、窓の外を凝視する氷河。その姿に莉奈はくすくすと笑った。



 隼人と澪は並んで歩きながら、互いの手を強く握っていた。

「離れ離れの時間……もう二度と味わいたくない」

「……ああ。今度こそ俺が守る」

 二人の結びつきは、以前よりもずっと深くなっていた。



 そして――核心の広間で、再び再会の抱擁が繰り広げられる。



「莉奈っ!」悠真が駆け寄る。

 莉奈は兄に笑顔を見せながらも、氷河の腕にしっかりと抱きついて離れなかった。

「お兄ちゃん、ただいまっ! 氷河くんと一緒に帰ってきたんだよ!」

「……あ、ああ。よく帰ったな」悠真は苦笑を浮かべる。



 澪と隼人もまた、仲間たちと抱き合い、無事を喜び合った。

 その場に笑顔と涙が広がるが、ひとつだけ欠けたものがあった。



「……雷太とウメは?」悠真が声を落とす。



 ルナが首飾りから魔法石を取り出す。

「これで通信を繋ぎます」



 光が放たれ、そこから雷太の大声が響いた。

『おーーーーい!! 聞こえるか!? 俺たち今、北極だぞ北極!! なんでだよ!? 死ぬって!!』

『ガハハ! 何を情けないこと言うんだ若造! 寒さも試練のうちだ! 酒飲んで寝れば暖かい!』ウメの豪快な声。



 広間にいた全員が吹き出した。

「やっぱり雷太だな……」氷河が肩を震わせる。

 莉奈までけらけら笑い、「雷太お兄ちゃん、またギャグ要員だね!」と声を弾ませた。



 通信は途絶えたが、無事が確認できたことで皆の胸に安堵が広がった。



 その後、会議室に全員が集まり、悠真が黒木に問いかける。

「黒木。お前が叫んでいた“あの場所”……核心のことだったんだな?」



 黒木は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。

「そうだ……俺たちが立ち返る場所はここしかない」



「だが、お前自身はどこに飛ばされた?」氷河が問う。



 黒木はわずかに顔をしかめ、低く呟いた。

「……東京、上野動物園の猿山の中だ」



 沈黙。次の瞬間――莉奈が吹き出した。

「く、黒木さんが……猿山に……!」

 場が一気に崩れ、隼人までも笑みを隠せずに肩を揺らした。



 黒木は眉をひそめながらも続けた。

「手を触れていた者同士は二人で同じ場所に飛ばされる……それは間違いない。俺の場合は一人だったから単独で猿山だ」



 悠真が息を呑む。

「……つまり、ダークアームは」



 黒木は目を鋭く光らせた。

「俺のダークアームはいわばブラックホール。吸い込んだ者は必ずホワイトホールで世界のどこかに吐き出される。生きている限り、再び集合できるんだ。――幸運なことに、奴ラファエルはそれを知らない」



 言葉が落ちた瞬間、広間の空気が震えた。

 仲間たちは互いの顔を見つめ合い、拳を固める。



 ――核心に戻った。

 ここからが、真の反撃の始まりだった。







炎の誓い ―第39話「反省会」



 ――傷が癒え、嵐のような戦いから一週間が経った。

 核心の地下拠点は、かつての混乱を忘れたかのように静けさを取り戻していた。



 だが、円卓の間に集まった仲間たちの顔は、明らかに以前よりも険しい。

 円卓には悠真、隼人、澪、氷河、莉奈、ルナ、そして黒木が腰を下ろし、緊張感の漂う会議が始まった。



「……まず、俺から言わせてもらう」

 隼人が静かに切り出した。

「前の戦い……俺たちは莉奈に頼りすぎた。彼女の光がなければ、あの場はとっくに壊滅していたはずだ」



 莉奈が目を伏せ、手を握りしめる。

「そんなこと……私はみんなを守りたくて力を使っただけ……」



 だが、隼人は首を横に振った。

「だからこそ、だ。俺たちが自分の力を磨かずに、ただ“守ってくれ”じゃ……勝てる戦も勝てなくなる」



 その言葉に続くように、澪がゆっくりと口を開く。

「……私もそう思う。隼人を支えることばかり考えてた。でも……支えるだけじゃなく、私自身も戦わなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、隼人の隣に立てない」

 その瞳は、以前の不安げな色を完全に脱ぎ捨てていた。



「今のままじゃ……勝てねぇな」

 氷河が短く吐き捨てるように言った。

「正直、あのラファエルって男……強すぎる。力も頭も……すべてが桁違いだ。俺の剣技じゃ、まだ足りない」

 そう言いながらも、横目で莉奈をちらりと見る。その視線に気付いた莉奈は真っ赤になり、顔を伏せた。

(氷河くん……もっと強くなる気なんだ……わ、私も……)



 最後に悠真が深く息を吸い込む。

「……俺は、姉さんの仇を討つ。そのためには、もっと強くならなきゃならない。ラファエルを倒せる力を……必ず身につける」



 強い決意の声に、場の全員が頷いた。

 この反省会は、誰一人としてただの慰め合いで終わらない。

 ――それぞれが己の弱さを認め、前に進むための誓いの場だった。



 全員の決意が円卓の上で一つに重なる。そんな空気の中、黒木が静かに口を開いた。

「……ルナ」



呼ばれた少女は少し驚いたように顔を上げる。

「は、はい……黒木さん」



「お母さんは……元気か?」



一瞬、空気が和らいだ。ルナは微笑み、力強く頷いた。

「はい。莉奈さんの光で、人間に戻ることができました。けれど……闘いには向かないので、母国に残りました。でも、『悠真さん達と頑張って。ウメ婆さんがいれば安心ね』って、静かに応援してくれています」



その言葉に、悠真も小さく微笑んだ。

「……よかったな、ルナ」



黒木はうなずくと、次に氷河へと視線を向けた。

「氷河……お前の両親は無事か?」



氷河は短く息を吸い、そして表情を少し和らげる。

「ああ……日本に無事に帰ったと連絡がきた。莉奈のおかげだ……本当に」



その言葉に、莉奈は慌てて手を振った。

「い、いえ! 私はただ……」



しかし次の瞬間、彼女の脳裏に“あの光景”がフラッシュバックする。

――氷河に顎クイから、強引に奪われた唇。

「っ……あの時の……き、キス……!」



顔が一瞬にして真っ赤になり、心臓が破裂しそうなほどドキドキしてくる。

(ど、どうしよう! 思い出しただけで……!!)



「きゃーーーーーー!!」

思わず両手で顔を覆い、目はハート、口元からはよだれがツツーッ。



仲間たちは一斉に目を丸くする。



「……おい、莉奈?」氷河が引き気味に声をかける。

「はっ!!」莉奈は飛び上がり、バッと姿勢を正した。

「す、すみませんです!! は、はいっ!!」



――気まずい沈黙。



その静寂を、豪快な声が突き破った。



「おーーーーーいっ!!! ただいま帰ったぞぉぉぉぉーー!!!」



 突然、拠点の扉が開き、雪まみれの雷太が転がり込んできた。

 その後ろから、巨大な毛皮をまとったウメがドカドカと足音を響かせて入ってくる。



「ちょっ……! なんで今!? 会議中なんだぞ!」悠真が慌てる。



「会議じゃと? そんな小難しいことより暖かいスープじゃ!早よおくれ!腹が減っては戦はできん!」ウメが豪快に笑いながら雪を払い落とす。



「いやいやいや!! 俺たち、雪山で遭難しかけたんだぞ!? テントも吹き飛ばされて、マジで死ぬかと思ったからな!!」雷太がわめく。



「お前が火を起こせなかったからだろ! 昔の男は火くらい自分でつけられたもんだ! やれやれ……若いのは軟弱だねぇ!」

「婆さんの基準おかしいだろーー!!!」



 雷太が絶叫する横で、全員が堪えきれずに吹き出した。

 重苦しい会議の空気が、一瞬で吹き飛んでいく。



 悠真は笑いながらも、雷太とウメを見て心の中で思う。

(やっぱり……俺たちには、この仲間たちが必要だ)



 こうして反省会は、シリアスな誓いと豪快な笑いに包まれながら幕を閉じた。

 ――それぞれの決意を胸に、ラファエルへの反撃の準備が始まろうとしていた。







炎の誓い ―第40話「それぞれの修行へ」



 ――反省会から数日後。

 核心の拠点は、かつてない熱気に包まれていた。



 全員が己の弱さを痛感したあの日以来、誰一人として休むことなく鍛錬に励んでいる。

 それぞれの決意を胸に、仲間たちは新たな力を手に入れるため、過酷な修行へと挑んでいた。



◆悠真と黒木



「悠真、まだ甘い!」

 黒木の闇の影が襲いかかる。



「ぐっ……!」悠真は炎を拳に宿し、必死に受け止めた。

 黒木は炎と対極の闇を操り、あえて悠真の炎を削るような訓練を仕掛けている。



「お前の炎は強いが、荒すぎる。感情のままに燃やせば、いずれ自分を焼き尽くすぞ」



「……わかってる。でも、俺は……燃やし尽くしてでも、守りたいんだ!」



 その叫びと共に、悠真の両拳から真紅の炎が奔った。

 それは従来の炎よりも濃く、熱く、そして美しい赤。

 轟音とともに黒木の影を吹き飛ばす。



「――《赤き紅の衝撃烈火》!」



 黒木は吹き飛ばされながらも、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「……やっと、お前の炎に“心”が宿ったな」



◆氷河と莉奈



 氷河は氷の剣を片手に、氷壁へと切りかかっていた。

 しかし振り抜いた刃は砕け散り、すぐに溶けて消える。



「……まだ、形にならねぇ」



「氷河くん……」

 後ろで見守る莉奈が、ぎゅっと手を握りしめる。



 氷河は汗をぬぐい、再び氷を練り上げた。今度は剣だけでなく、剣気そのものに冷気を纏わせる。

 ――刹那。

 氷の剣は蒼白の光を宿し、吹雪を纏って煌めいた。



「――《ブリザード・ソード》!」



 一閃。

 氷壁は粉雪となって舞い散る。



「やった……!」莉奈が駆け寄り、瞳を輝かせた。

「氷河くん、すごい! かっこいいよ!」



 照れ臭そうにそっぽを向きながらも、氷河の頬はほんのり赤かった。



◆隼人と澪



 核心の地の広間を抜けると、そこには古代から残された訓練場があった。

 石畳が広がる広大な舞台。その周囲には風を受けると鈴のような音を立てる石柱が並んでいる。



「ここか……俺と澪の修行場は」

 隼人が息を吐き、腰に佩いた刀へと手を添えた。



「ふふっ。なんだか舞台みたいね」

 澪は剣を軽やかに構え、風になびく髪をかき上げる。

 彼女は高校時代、剣道大会を制した実力者。その姿は、戦場よりも舞台に立つ舞姫のようだった。



「俺たちの課題は――連携の強化、だ」

「ええ。私ひとりが斬るんじゃない。あなたと私で、ひとつの剣になる」



 二人の目が合う。

 その瞬間、訓練場に仕組まれた魔導機構が動き出し、無数の木人が現れる。鋭い刃を振り下ろす木人たちに、隼人と澪は同時に駆け出した。



「――はぁッ!」

 澪の剣が閃き、風を切る。

「……フッ!」

 隼人の刀も同じタイミングで振り下ろされ、二人の動きは不思議なまでに重なっていた。



 木人の群れが襲いかかる。

 澪は舞うように剣を振り、隼人は流れるように刀を抜く。その軌跡が交差するたび、風が生まれ、敵を薙ぎ払っていく。



「隼人さん、合わせて!」

「わかってる!」



 呼吸がぴたりと重なった瞬間、二人の身体はまるで踊るように動き出した。

 斬撃と斬撃が絡み合い、風と剣が奏でる旋律が訓練場を駆け抜ける。



「これが……私たちの技……!」

「――名付けるなら、『風の舞踏乱舞』だッ!」



 二人の剣が交差した瞬間、爆発的な風が木人たちを一掃した。

 突風が舞台を包み込み、二人の髪と衣が大きく翻る。



 澪はその場に軽やかに着地し、息を整えながら微笑んだ。

「……まるで本当に踊っているみたいね」

「踊り……か。俺は剣を振っただけだが」

 隼人は少し照れたように目を逸らす。



 澪はくすりと笑い、彼の手を取った。

「じゃあ……今度は本当に踊ってみましょうか? 戦いのためじゃなくて」

「なっ……! ば、馬鹿言うな……」



 顔を赤くした隼人はそっぽを向くが、澪の目は嬉しそうに輝いていた。

 戦いの中で生まれた絆が、確かな形を持ち始めていた。



◆ルナの修行



 ルナは拠点の広間で魔法石を握りしめていた。

 その周囲には水の粒子が集まり、やがて透明な水球となって浮かび上がる。



「……水が、言うことを聞いてる……」



 恐る恐る放つと、水球は矢のように飛び、壁を打ち抜いた。

 さらに両手を胸に当てると、柔らかな光が広がる。



「これは……癒しの魔法……?」



 見守っていた氷河の目が大きく開いた。

「ルナ……! お前の力なら、莉奈を回復させられる……!」



「えっ、わ、私なんて……」

「いや、すげぇ力だ。……これで、守れる幅が広がる」



 ルナは顔を赤らめ、両手で頬を押さえた。

(悠真さんの役に立てる……? そんなこと、できるの……?)



 こうして――。

 それぞれが己の修行に励み、新たな力を手にし始めていた。

 ラファエルに立ち向かうために。

 そして、大切な仲間を守るために。







炎の誓い ―第41話「忘れられた雷太とウメ」



 ――修行が始まって数日後。



 拠点の広場では、悠真や氷河たちがそれぞれ新技を磨き上げ、成果を出し始めていた。

 だが、その中で一組だけ――完全に忘れられていた存在があった。



「……おい」

 雷太が腕を組んで、じとっとした目で仲間たちを見渡す。

「なあ、気づいてるか? 俺と婆さんだけ……修行回、飛ばされたんだよな?」



「え?」とルナが首をかしげる。

「……そ、そういえば……」



 悠真も氷河も隼人も、気まずそうに目をそらす。



「おいぃぃぃ!! 完全に忘れてただろうが!!!」

 雷太のツッコミが拠点に響き渡った。





「ま、まあまあ。落ち着きな」

 どっかりと腰を下ろし、豪快に笑うのはウメ。



「婆さん、あんた戦闘の時ぜんぜん魔法撃たなかったけど……実は隠してたんだろ?」雷太が問い詰める。



「ふん、まあねぇ。あたしゃ昔から炎も氷も雷も使える魔法使いさ。あの時使わなかったのは……目立つと狙われるからよ」



「はぁぁぁ!? じゃあなんで今まで黙ってたんだよ!!」



「だってアンタ、騒がしいから面白いんだもん」



「ふざけんなああああああ!!」



 雷太が頭を抱えると、ウメは杖をひょいと掲げ、炎の火球、鋭い氷柱、稲妻を次々と放ってみせる。



「お、おおおお! 婆さん、マジで魔法ガチ勢かよ……!」

「当たり前さ。伊達に年食ってないよ」





「よし、雷太。アンタの雷と、あたしの魔法を組み合わせてみようじゃないか」

「お、おう!」



 ウメは雷太のお尻を狙って杖を構えた。

「いくよ――《おしおきのケツ叩き!!》」



バチィィィィン!!!



「ぎゃあああああああああ!!!!」

 雷光が雷太の体を駆け巡り、そのまま稲妻のごとく一直線に突撃!!

 訓練用の岩を粉砕した。



「な、なにこれぇぇぇぇ!!??」雷太が煙を吹きながら振り返る。

「いいじゃないの、必殺技完成だよ!」



「いやネーミングふざけすぎだろ!!!」



 しかし――その威力は本物だった。

 雷太とウメの合体技は、確かに新たな戦力となりうるものだった。





「ちょっと待て。これ……他のやつにも応用できるんじゃねぇか?」

 雷太の一言で、実験が始まった。



 まず悠真。

「やめろ雷太! 俺はゴメ――うわっ!?」



 バチィィィン!!!

「ぐわああああ!! ……な、なんだこれ……炎が増幅して……うおおおおっ!!」

 燃え盛る《烈火》がさらに巨大化し、拠点の一角を丸ごと吹き飛ばす。



「おいおいおい!! やばすぎだろこれ!!!」



 続いて氷河。

「やめろ、俺のケツに触れるな――ぐぉっ!?」



 バチィィィン!!!

 氷河の放つ《ブリザード・ソード》が一気に巨大化、氷嵐が吹き荒れる。



「なんだこれ……威力が倍増してる……!」

「ケツ叩かれただけでパワーアップする俺たちって一体……」悠真が呟く。





「こ、こりゃ面白いねぇ!」

 ウメが杖を手に笑いながら、悠真・氷河・雷太を追いかけ回し始めた。



「やめろ婆さーーーん!!」

「ケツを守れーーー!!」

「俺の氷は十分強えんだよ!!」



 拠点の中を逃げ回る三人。

 その姿は修行というより完全に鬼ごっこだった。





 その時――。



 ウメの杖が誤って隼人の尻を叩いた。



バチィィィィン!!!



「ぐあああっ!? ……っ、ちょ、ちょっと待て……あれ? 俺……ただ痛いだけなんだけど……」



 場が凍りつく。



「……あ、あれ? 風の魔法、増幅できなかった?」ウメが首をかしげる。

「すまん……ただケツが痛ぇ……」隼人がうずくまりながら涙目で答えた。



 一瞬の沈黙――そして爆笑。



「風は増幅できねぇのかよおおお!!!」

「くっ……ははははははっ!!!」



 拠点は笑いに包まれた。



 こうして雷太とウメは遅ればせながら、独自の修行で力を手に入れた。

 ギャグのようで、しかし確かな力。

 彼らの新技は、きっと戦いの中で大きな意味を持つことになるだろう――。







炎の誓い ―第42話「ルナの覚醒」



 ルナの修行は、仲間たちが見守る中で始まった。

 彼女の小さな掌に宿る水の力は、これまで制御が難しく、ただ溢れ出すように放たれるだけのものだった。

 だが――。



「大丈夫、ルナ。お前ならできる」悠真が励ます。

「……うん」



 ルナは静かに目を閉じ、魔法石を胸に当てる。

 水の魔力が彼女の周囲に集まり、青く透き通った光を帯び始めた。



「……水よ、我が祈りに応え、大地を潤せ――!」



 叫んだ瞬間、彼女の前に巨大な水の柱が立ち昇った。

 轟音とともに放たれた水は滝となり、訓練場の岩を一瞬で押し流して粉砕する。



「《ウォーターフォール》――っ!」



 水しぶきが虹を描き、辺りに爽やかな風が吹いた。



「やった……! 本当に……できた……!」

 ルナの肩が小刻みに震える。



「すげえ……」悠真が息を呑む。

「これが……ルナの必殺技か」氷河も感嘆の声を漏らす。





「それだけじゃないの」ルナが小さく微笑む。

「私……回復魔法の精度も上がったの」



 そう言って、そっと莉奈のもとへ歩み寄る。

 莉奈はこの前の戦闘で、太ももに大きな痣を作っていた。



「……治してみせるね。《水の癒し》」



 ルナの両手が淡く青く光り、すうっと水の波紋が莉奈の脚を包む。

 みるみるうちに痣が薄れていき、やがて跡形もなく消え去った。



「わっ……! 本当に……治ってる!」

 莉奈が驚きに目を丸くする。



「よかった……」ルナが胸をなでおろした。



「ありがとう、ルナ……」

 莉奈がにっこり微笑むと、氷河が腕を組んでうなずいた。

「これで万が一、莉奈が倒れても立ち直れる」



「おい、縁起でもねぇこと言うなよ!」悠真が慌てて言う。





 そんな中、莉奈はふとルナをじっと見つめた。

「ねぇ、ルナ。ひとつ……聞いてもいい?」



「え……な、なに……?」ルナが頬を染めてうつむく。



「……お兄ちゃんのこと、どう思う?」



「っ――!」

 ルナの顔が一瞬で真っ赤に染まった。



「そ、そそそ、それは……!」

 口ごもる彼女を、莉奈はにっこりと見つめる。



「私は……ルナに、お兄ちゃんの恋人になってほしいの」



「~~~~っ!!!」

 ルナは顔を覆い、耳まで真っ赤にした。

 その隣で悠真も同じように真っ赤になり、頭をかきむしっている。



「はいっ……まずは手をつなぐことからね!」

 莉奈は二人の手をぐいっと取り、無理やりつなげた。



「ちょっ……莉奈!?」「む、むり……!」

 二人の手のひらが重なった瞬間、電流が走るように全身が硬直した。



「いいじゃない。二人でちょっと歩いてみて」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」



 仲間たちが固唾を飲んで見守る中、ルナと悠真はしどろもどろになりながら、一歩踏み出す。



 だが――。



「……っ、右……あっ……!」

 二人はぎこちなく、同じ側の手足を同時に動かしてしまう。



右手と右足が前に。

左手と左足が前に。



カク、カク……とまるでロボットのような不自然な歩み。



「~~~~っ!!」

 二人は恥ずかしさで顔をゆでだこのように真っ赤に染め、カタカタ震えながら進んでいく。



 その光景に――。



「ぎゃはははははは!!!」

 雷太が腹を抱えて転げ回った。

「普通に歩けよ!! ぎこちなさすぎだろ!!」



 その場は爆笑の渦に包まれる。



 ルナは必殺技ウォーターフォールを習得し、回復魔法の力も高めた。

 そして――悠真との距離は、少しずつ、けれど確実に縮まり始めていた。







炎の誓い ―第43話「再戦・ルクセンブルクの古城ヴィアンデン城へ向けて」◆第一章・終幕



 核心の空気は緊張に包まれていた。

 円卓を囲む仲間たちの表情は、これまでにないほど引き締まっている。

 一度は敗北し、散り散りになり、辛うじて再び集結できた彼ら――。

 もう迷いも後退もなかった。





 悠真は拳を握りしめる。

 黒木との特訓の果てに編み出した炎の必殺技――《赤き紅の衝撃烈火》。

 掌に宿す熱は、かつてよりもずっと穏やかで、しかし爆発的な破壊力を秘めていた。



(姉さん……俺はもう迷わない。ルナを守る。この仲間を守る。そして必ず、ラファエルを倒す)



 隣に立つルナは、少し緊張した面持ちで胸に手を当てていた。

 魔法石と血筋の力を制御する訓練の末に得た必殺技――《ウォーターフォール》。

 水流は癒しにも変わり、彼女は仲間を支える力を得たのだ。



 そしてその瞳は、自然と悠真を追っている。

 莉奈に背中を押されて手を繋いだあの夜の記憶が、いまだ頬を赤らめさせる。



 氷河は背負う氷剣を握り、《ブリザード・ソード》を静かに抜いた。

 それは彼の氷を武器へと昇華させた結晶だった。

 その背後で莉奈が微笑む。



「氷河くん、頑張って♡」



 たった一言。その声が、彼に無限の力を与える。

 心臓が高鳴るたびに剣は鋭さを増し、氷河は確信した。



(……俺は、莉奈を守る。この力で)



 隼人と澪は、剣を交えながら息を合わせる。

 剣の達人へと成長した澪と、風を操る隼人。

 その合体技――《風の舞踏乱舞》。

 二人が舞うように踊り放つ攻撃は、優雅に敵を切り裂く。



「澪、頼りにしてるぞ」

「……うん、隼人。私もあなたを守るから」



 二人は互いに見つめ合い、頬を染めながら剣を下ろした。



 雷太とウメは、最後に登場した。

 新たに身につけた合体奥義――《おしおきのケツ叩き!!》。

 核心中庭での試し撃ちで、雷太は何度もウメの杖に尻を叩かれ、半泣きになったが……

 その度に稲妻を纏った突進は仲間たちの度肝を抜いた。



「雷太、しっかりせんか! ケツ叩きはまだ未完成じゃ!」

「お、俺のケツが犠牲になるのはもう嫌なんだよォォ!」



 仲間たちの爆笑が、会議の緊張をわずかに和らげた。





 皆の視線が黒木に集まる。

 円卓の奥で、彼は静かに口を開いた。



「俺たちは一度、ラファエルに敗れた」

 その声は低く、だが迷いはなかった。



「だが……奴は知らない。俺の《ダークアーム》が“ブラックホール”であり、吸い込んだ者を“ホワイトホール”から必ず吐き出すということを」



 全員が頷いた。

 彼らが再びここに集えたのは、黒木の知恵と決断があったからだ。



「――ここからだ。

 次は俺たちの反撃となる」





 全員が立ち上がる。

 円卓の中央に置かれた地図の一点を見つめる。



 ルクセンブルク。

 古城ヴィアンデン。

 その地下に広がる「闇の実験施設」こそ、ラファエルの本拠地。



「ラファエル……待っていろ」悠真の声が響く。

「必ず……決着をつける」氷河が剣を構える。

「俺たちで勝つんだ!」隼人が拳を突き上げる。

「うむ! ケツ叩きで決めてやるわい!」ウメが豪快に笑う。

「やめてくれえええ!!」雷太の絶叫が重なり、仲間たちの笑いが広がった。



 だがその笑いの奥に、確かな決意があった。

 これまでの日常も、訓練も、涙も笑いも――すべてが、この瞬間のためにあった。



◆第一章・終幕



 悠真はルナの手を取り、仲間たちと共に前を向いた。



 彼らの戦いはまだ始まったばかりだ。

 世界を覆う闇の支配者、ラファエルとの決戦へ――。



 再び、旅立ちの鐘が鳴り響く。



第一章・完 第二章へ続く



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