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第一章 異世界召喚編
7 いきなり妃候補!?
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真那はユリカの後ろを歩いていた。スカートが長くて裾を足で踏みはしないかと心配になる。
ふと横に見ると、広い中庭に様々な果樹や花々の姿が見えて感嘆が絶えない。庭の中央には清水を湛える池があって、さらにその中心に東屋があった。そこに人の姿が見える。
彼は真那が見た事もない美丈夫で、プラチナゴールド髪には女性のように柔らかな光沢がある。顔立ちは優し気で、真那が先程会ったカイナスとは真逆の雰囲気だ。
上着に丈が膝上程のサファイアブルーのコート、その袖口には白いカフスが付いていてボタンには琅(ろう)かんが使用されていた。コートの下に白いブラウス、首には白いスカーフを巻き、金糸で模様を刻んだズボンんも白だった。全体的に清潔感のある衣装が品の良い彼の雰囲気によく合っている。
美丈夫は情を込めた青玉のような瞳で真那を見つめて微笑んだ。瞬間、真那は痺れるような衝撃を受けて固まった。
「もうすぐ謁見の間につきます」
中庭の美丈夫に見とれていた真那が、侍女の声にはっとさせられる。止まっていた真那は離れていく侍女の背中を小走りで追いかけた。
「あの、王妃様ってどんな方ですか?」
「お優しい方ですよ、一目会えばマナ様もお分かりになります」
それを聞いて強張っていた真那の身体が少し柔らいだ。しかし、後に続くユリカの話が真那の緊張を一気に引き戻す。
「この国には宰相がいません、その代わりに王妃様が政を一手に担っているのです。その善政により王妃様への国民の信頼は絶大なものです。さらに王妃様は薬師としても超一流なのです。この世界には様々な国があり、様々が王妃がいますが、その中で最高の賢妃と自信を持って言い切ることができます」
「ふへぇ、そんなにすごいんだ……」
真那は変な声を出して顔を引きつらせた。その後で、中庭で見た青年の事を考えた。名も知らず一目見ただけの彼が、真那の胸の奥に贖い難い存在となって残っていた。
「こちらでございます」
ユリカの案内で着いた扉の前に、槍を携えた二人の衛士が立っていた。
「謁見の前に、メラメラちゃんはお抱きになった方がよろしいでしょう」
「あっ!? そ、そうだね……」
今や真那の頭の上がメラメラの定位置になりつつあり、真那もそれをアクセサリーでもあるかのように、当然のように受け入れていた。よく考えなくても、そんな姿で王妃に会うなど失礼だ。真那は、そんな事にも気が回らない自分にため息が出た。メラメラを胸に抱くと、衛士たちが遠慮がちに真那の容姿と珍しいフェアリーの姿を順繰り見た。彼らは既に真那の容姿を伝え聞いていたので頭を下げてアーチ形の扉に手をかけた。
「お入り下さい」
観音開きの扉が内側に向かって開かれ、ユリカが頭を下げた。
「失礼いたします、マナ様をお連れしました」
「ご苦労様」
王妃と思われる女性の声が聞こえると、真那の緊張は最高潮に達した。そんな状態なので部屋の状況を確認する余裕もない。彼女の視線は部屋の中央に立っていた女性に釘付けになった。
女性は袖がフレアの長袖で深緑のドレス姿で、少々赤味の入った銀色の髪をお団子ヘアに、それに花葉の銀のバレッタを飾っていた。碧眼の麗人だが、ゼノビアとは全くタイプが違う。こちらは可愛らしいという言葉が似合っている。
「ああっ! 本当に良かった!」
女性が駆け寄って真那を抱きしめてきた。その瞬間、長いこと忘れていた懐かしいもりを感じた。
「はあうぅ」
と間に挟まれたメラメラが苦し気な声を出した。
「あら、ごめんなさい」
女性は真那から離れると、少女に抱かれているメラメラを見て目を大きくする。
「可愛いわね! この子はなに?」
「王妃様、落ち着いて下さい。マナ様が驚いています」
ユリカに言われると、王妃と呼ばれた人がお転婆娘のように舌を出した。
――この方が、王妃様?
真那はもっと偉そうな人を想像していたが、王妃の印象は大きく予想に反していた。
「わたくし、シェルリ・エルザ・ミク・ロディスと申します。一応、この国の王妃です」
王妃シェルリがドレスのスカートを摘んで身を低くして正式な挨拶をすると、真那はどう返していいのか分からず、結局、直角に体を折った。
「よ、よろしくお願いします!」
「お座りになって、落ち着いてお話ししましょう」
王妃がさあと真那の手を取って導いた。ユリカは下がって壁際に立ち、他に控えていた王妃付きの侍女数人がワゴンを押して素早くお茶の準備をした。
ここは謁見の間と言っても客間に等しく、紅いビロードの絨毯の上にテーブルと椅子が置いてあるだけの部屋だった。もちろん、王座があって下々の者が王族に目通りする謁見の間も別に存在する。
王妃はシェルリを椅子に座らせると、自分は対面に回った。
「傷は酷いのですか?」
王妃が心配して、真那の頬のガーゼに触れるか触れないかの位置に手を置く。
「大丈夫です、お薬のおかげでもう痛みはありません」
「ロディスの薬はよく効くでしょう」
それにしてもと王妃が憮然として続ける。
「女の子の顔に傷を付けるなんて、許しがたい行為です。誰がそんな酷い事をするのですか?」
「そ、それは……」
正直、真那はそれを口にしたくなかった。そして王妃には、そんな真那の気持ちを悟る機微があった。
「向こうの世界で何があったのかは、わたしには分かりません。ただ、確かなことがあります。あなたが元いた世界に関わることはもうないでしょう。元の世界に返してあげることは不可能ではありません。けれどこの世界はあなたを抱擁し、そして二度と離しはしないのです」
王妃が何を言っているのか、真那にはさっぱり分からなかった。ただ、元の世界に関わらないと言われた事に安心し、同時にこれは現実なのだと実感し始める。
「あなたが元いた世界で苦労をしていたという事が、わたしには分かります。ここでの生活も、あなたにとっては楽なものではないでしょう。むしろ、これから大きな試練に立ち向かわなくてはなりません」
真那は既に亡き母親が目の前にいて、そう言っているように錯覚した。未だに夢見心地だった気持ちが消えて身が引き締まる。そんな状況の中で、メラメラは真那に抱かれながら安心しきって眠たげに頭を下げつもたげつしていた。
「わたしは、どうしてここにいるんですか?」
声が謁見の間に響いた。真那が自分でも驚くような、はっきりとした通りの良い声だった。王妃はにっこり微笑んで言った。
「ごめんなさいね、急に町の中に召喚されて心細かったでしょう。シャルは、わたしの意志に従って召喚術を行っただけですから、責任はわたしにあります」
「あの、責任とか、そういうのはいいんです。わたしはただ……」
真那がうまく言えなくてしどろもどろになっていると、王妃が真顔になって話し始めた。
「分かっています。あなたは妃候補としてこの世界に召喚されました。ロディスでは伝統的に、王妃、国王候補を異世界から招き、他の候補達と競わせるのです」
「き、競わせるって、競争するんですか?」
真那は至極当然の事を聞き返した。競うということが、彼女にとっては晴天の霹靂であり、恐怖の対象でもあったのだ。
王妃シェルリは頷いた。それが真那に計り知れない重圧を与えているとも知らずに。
「我が国は血筋を重んじてはいません。より優秀な人間にこの国を継がせて、より良き国を作るのが目的です。全ては民の為に、政治とは国の為ではなく、民の為に行わなければならないものなのです」
王妃の考えは崇高であった。故に真那は付いていけなかった。自分がどうするべきなのか、見当もつかなかった。
「あなたには聖メディアーノ学園に通い、教養を身に着けてもらいます。そして、そこで他の四人の妃候補と競ってもらいます。もしあなたが王妃に選ばれなかったとしても安心して下さい。妃候補として召喚された異世界人は、しかるべき身分を受けて誰もがこの国に少なからず貢献しています、あなたにも期待していますよ」
真那からすれば、王妃の言葉は心を縛り付ける無慈悲な鎖であった。だから異世界に対する期待も夢も持てなかった。王妃に自分には出来ないと、はっきり言いたかった。
「……どうして、わたしなんですか?」
真那はようやくその言葉を絞り出した。一国の王妃に拒絶を突き付ける程の強さなど、真那は持ち合わせてはいないのだ。
「召喚者は誰でも良いというわけではありません。これは詳しくはお話しできないのですが、いくつかの条件の下で召喚術を行います。その結果、この度はあなたが召喚されたのす」
以前、住んでいた世界と決別したことは、真那にとっては嬉しい事だった。その上で、王子様と結ばれるシンデレラストーリーが待ち受けていたのだとすれば、乙女らしく夢心地にもなろう。問題は妃候補として他の誰かと競わなければならない事だった。真那は争いごとは嫌いだ、それがどんな形であろうとも。そして、自分が他の妃候補に勝てるとは欠片ほども思えなかった。出来る事なら、この世界で普通の女の子として普通に暮らしたいと願った。
「どうかしたの? 心配事があるなら、何でも言ってちょうだい」
俯いてしまった真那を王妃が心配そうに見つめていた。
「あっ、あの、大丈夫、です……」
妃候補から外してくださいとはとても言えなかった。ユリカだけは真那の気持ちを察しているようで、もどかしい心情が面に表れていた。
「聖メディアーノ学園への入学は三ヶ月後になります。それと、ミノセ・マナという名前はちょっと奇抜かしら?」
王妃の後半の言葉は、真那には向けられず独り言のようになっていた。
「海ノ瀬が姓名で、真那が名前なんです」
「じゃあ、マナ・ミノセという呼び方が正しいわね。マナはあなたにぴったりの可愛らしい名前ね。ミノセというのは変わっているけれど」
王妃は頬に人差し指を置いて視線を上目に考えて、
「後で、あなたに相応しい姓名を考えましょうね。今は疲れているでしょうから、まずはゆっくりと体を休めて下さい」
話しを終わろうとしていた王妃が、大切なことを思い出して両手を合わせた。
「あ、それと、後で息子を紹介しますからね」
息子などと言われて、真那は何となく話を聞いていた。王妃の息子といえば、ロディス国の王太子である。真那がそこまで考えが及ばないのは、シェルリ王妃の喋り方に妙な馴染みがあって、真那は目の前にいるのが王妃だという意識が薄くなっていたからだ。まるで母親と他愛のない話をしているような気分だった。
真那と王妃の話が落ち着いたこの瞬間に、真那の懐から可愛らしい鼾が聞こえた。気持ちよさそうに眠っているメラメラを、真那と王妃は二人で見つめて愛らしい姿に破顔するのだった。
ふと横に見ると、広い中庭に様々な果樹や花々の姿が見えて感嘆が絶えない。庭の中央には清水を湛える池があって、さらにその中心に東屋があった。そこに人の姿が見える。
彼は真那が見た事もない美丈夫で、プラチナゴールド髪には女性のように柔らかな光沢がある。顔立ちは優し気で、真那が先程会ったカイナスとは真逆の雰囲気だ。
上着に丈が膝上程のサファイアブルーのコート、その袖口には白いカフスが付いていてボタンには琅(ろう)かんが使用されていた。コートの下に白いブラウス、首には白いスカーフを巻き、金糸で模様を刻んだズボンんも白だった。全体的に清潔感のある衣装が品の良い彼の雰囲気によく合っている。
美丈夫は情を込めた青玉のような瞳で真那を見つめて微笑んだ。瞬間、真那は痺れるような衝撃を受けて固まった。
「もうすぐ謁見の間につきます」
中庭の美丈夫に見とれていた真那が、侍女の声にはっとさせられる。止まっていた真那は離れていく侍女の背中を小走りで追いかけた。
「あの、王妃様ってどんな方ですか?」
「お優しい方ですよ、一目会えばマナ様もお分かりになります」
それを聞いて強張っていた真那の身体が少し柔らいだ。しかし、後に続くユリカの話が真那の緊張を一気に引き戻す。
「この国には宰相がいません、その代わりに王妃様が政を一手に担っているのです。その善政により王妃様への国民の信頼は絶大なものです。さらに王妃様は薬師としても超一流なのです。この世界には様々な国があり、様々が王妃がいますが、その中で最高の賢妃と自信を持って言い切ることができます」
「ふへぇ、そんなにすごいんだ……」
真那は変な声を出して顔を引きつらせた。その後で、中庭で見た青年の事を考えた。名も知らず一目見ただけの彼が、真那の胸の奥に贖い難い存在となって残っていた。
「こちらでございます」
ユリカの案内で着いた扉の前に、槍を携えた二人の衛士が立っていた。
「謁見の前に、メラメラちゃんはお抱きになった方がよろしいでしょう」
「あっ!? そ、そうだね……」
今や真那の頭の上がメラメラの定位置になりつつあり、真那もそれをアクセサリーでもあるかのように、当然のように受け入れていた。よく考えなくても、そんな姿で王妃に会うなど失礼だ。真那は、そんな事にも気が回らない自分にため息が出た。メラメラを胸に抱くと、衛士たちが遠慮がちに真那の容姿と珍しいフェアリーの姿を順繰り見た。彼らは既に真那の容姿を伝え聞いていたので頭を下げてアーチ形の扉に手をかけた。
「お入り下さい」
観音開きの扉が内側に向かって開かれ、ユリカが頭を下げた。
「失礼いたします、マナ様をお連れしました」
「ご苦労様」
王妃と思われる女性の声が聞こえると、真那の緊張は最高潮に達した。そんな状態なので部屋の状況を確認する余裕もない。彼女の視線は部屋の中央に立っていた女性に釘付けになった。
女性は袖がフレアの長袖で深緑のドレス姿で、少々赤味の入った銀色の髪をお団子ヘアに、それに花葉の銀のバレッタを飾っていた。碧眼の麗人だが、ゼノビアとは全くタイプが違う。こちらは可愛らしいという言葉が似合っている。
「ああっ! 本当に良かった!」
女性が駆け寄って真那を抱きしめてきた。その瞬間、長いこと忘れていた懐かしいもりを感じた。
「はあうぅ」
と間に挟まれたメラメラが苦し気な声を出した。
「あら、ごめんなさい」
女性は真那から離れると、少女に抱かれているメラメラを見て目を大きくする。
「可愛いわね! この子はなに?」
「王妃様、落ち着いて下さい。マナ様が驚いています」
ユリカに言われると、王妃と呼ばれた人がお転婆娘のように舌を出した。
――この方が、王妃様?
真那はもっと偉そうな人を想像していたが、王妃の印象は大きく予想に反していた。
「わたくし、シェルリ・エルザ・ミク・ロディスと申します。一応、この国の王妃です」
王妃シェルリがドレスのスカートを摘んで身を低くして正式な挨拶をすると、真那はどう返していいのか分からず、結局、直角に体を折った。
「よ、よろしくお願いします!」
「お座りになって、落ち着いてお話ししましょう」
王妃がさあと真那の手を取って導いた。ユリカは下がって壁際に立ち、他に控えていた王妃付きの侍女数人がワゴンを押して素早くお茶の準備をした。
ここは謁見の間と言っても客間に等しく、紅いビロードの絨毯の上にテーブルと椅子が置いてあるだけの部屋だった。もちろん、王座があって下々の者が王族に目通りする謁見の間も別に存在する。
王妃はシェルリを椅子に座らせると、自分は対面に回った。
「傷は酷いのですか?」
王妃が心配して、真那の頬のガーゼに触れるか触れないかの位置に手を置く。
「大丈夫です、お薬のおかげでもう痛みはありません」
「ロディスの薬はよく効くでしょう」
それにしてもと王妃が憮然として続ける。
「女の子の顔に傷を付けるなんて、許しがたい行為です。誰がそんな酷い事をするのですか?」
「そ、それは……」
正直、真那はそれを口にしたくなかった。そして王妃には、そんな真那の気持ちを悟る機微があった。
「向こうの世界で何があったのかは、わたしには分かりません。ただ、確かなことがあります。あなたが元いた世界に関わることはもうないでしょう。元の世界に返してあげることは不可能ではありません。けれどこの世界はあなたを抱擁し、そして二度と離しはしないのです」
王妃が何を言っているのか、真那にはさっぱり分からなかった。ただ、元の世界に関わらないと言われた事に安心し、同時にこれは現実なのだと実感し始める。
「あなたが元いた世界で苦労をしていたという事が、わたしには分かります。ここでの生活も、あなたにとっては楽なものではないでしょう。むしろ、これから大きな試練に立ち向かわなくてはなりません」
真那は既に亡き母親が目の前にいて、そう言っているように錯覚した。未だに夢見心地だった気持ちが消えて身が引き締まる。そんな状況の中で、メラメラは真那に抱かれながら安心しきって眠たげに頭を下げつもたげつしていた。
「わたしは、どうしてここにいるんですか?」
声が謁見の間に響いた。真那が自分でも驚くような、はっきりとした通りの良い声だった。王妃はにっこり微笑んで言った。
「ごめんなさいね、急に町の中に召喚されて心細かったでしょう。シャルは、わたしの意志に従って召喚術を行っただけですから、責任はわたしにあります」
「あの、責任とか、そういうのはいいんです。わたしはただ……」
真那がうまく言えなくてしどろもどろになっていると、王妃が真顔になって話し始めた。
「分かっています。あなたは妃候補としてこの世界に召喚されました。ロディスでは伝統的に、王妃、国王候補を異世界から招き、他の候補達と競わせるのです」
「き、競わせるって、競争するんですか?」
真那は至極当然の事を聞き返した。競うということが、彼女にとっては晴天の霹靂であり、恐怖の対象でもあったのだ。
王妃シェルリは頷いた。それが真那に計り知れない重圧を与えているとも知らずに。
「我が国は血筋を重んじてはいません。より優秀な人間にこの国を継がせて、より良き国を作るのが目的です。全ては民の為に、政治とは国の為ではなく、民の為に行わなければならないものなのです」
王妃の考えは崇高であった。故に真那は付いていけなかった。自分がどうするべきなのか、見当もつかなかった。
「あなたには聖メディアーノ学園に通い、教養を身に着けてもらいます。そして、そこで他の四人の妃候補と競ってもらいます。もしあなたが王妃に選ばれなかったとしても安心して下さい。妃候補として召喚された異世界人は、しかるべき身分を受けて誰もがこの国に少なからず貢献しています、あなたにも期待していますよ」
真那からすれば、王妃の言葉は心を縛り付ける無慈悲な鎖であった。だから異世界に対する期待も夢も持てなかった。王妃に自分には出来ないと、はっきり言いたかった。
「……どうして、わたしなんですか?」
真那はようやくその言葉を絞り出した。一国の王妃に拒絶を突き付ける程の強さなど、真那は持ち合わせてはいないのだ。
「召喚者は誰でも良いというわけではありません。これは詳しくはお話しできないのですが、いくつかの条件の下で召喚術を行います。その結果、この度はあなたが召喚されたのす」
以前、住んでいた世界と決別したことは、真那にとっては嬉しい事だった。その上で、王子様と結ばれるシンデレラストーリーが待ち受けていたのだとすれば、乙女らしく夢心地にもなろう。問題は妃候補として他の誰かと競わなければならない事だった。真那は争いごとは嫌いだ、それがどんな形であろうとも。そして、自分が他の妃候補に勝てるとは欠片ほども思えなかった。出来る事なら、この世界で普通の女の子として普通に暮らしたいと願った。
「どうかしたの? 心配事があるなら、何でも言ってちょうだい」
俯いてしまった真那を王妃が心配そうに見つめていた。
「あっ、あの、大丈夫、です……」
妃候補から外してくださいとはとても言えなかった。ユリカだけは真那の気持ちを察しているようで、もどかしい心情が面に表れていた。
「聖メディアーノ学園への入学は三ヶ月後になります。それと、ミノセ・マナという名前はちょっと奇抜かしら?」
王妃の後半の言葉は、真那には向けられず独り言のようになっていた。
「海ノ瀬が姓名で、真那が名前なんです」
「じゃあ、マナ・ミノセという呼び方が正しいわね。マナはあなたにぴったりの可愛らしい名前ね。ミノセというのは変わっているけれど」
王妃は頬に人差し指を置いて視線を上目に考えて、
「後で、あなたに相応しい姓名を考えましょうね。今は疲れているでしょうから、まずはゆっくりと体を休めて下さい」
話しを終わろうとしていた王妃が、大切なことを思い出して両手を合わせた。
「あ、それと、後で息子を紹介しますからね」
息子などと言われて、真那は何となく話を聞いていた。王妃の息子といえば、ロディス国の王太子である。真那がそこまで考えが及ばないのは、シェルリ王妃の喋り方に妙な馴染みがあって、真那は目の前にいるのが王妃だという意識が薄くなっていたからだ。まるで母親と他愛のない話をしているような気分だった。
真那と王妃の話が落ち着いたこの瞬間に、真那の懐から可愛らしい鼾が聞こえた。気持ちよさそうに眠っているメラメラを、真那と王妃は二人で見つめて愛らしい姿に破顔するのだった。
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