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第二章 聖メディアーノ学園編
21 ティア姫の登場
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入学式は、ビュッフェスタイルのパーティーだった。会場にはクロスのかかった円形のテーブルが無数に配置され、壇上では楽団が優雅な音楽を奏でる。制服姿の入学生達は思い思いの場所で会話を楽しんでいた。
「うわぁ~」
飛び上がったメラメラは、長いテーブルに所狭しと並んだ華美なご馳走に目が眩んだ。
「あははは……」
シャトヤンシーの輝く目で今にも涎をたらしそうな顔のメラメラに視線が集まり、マナは恥かしさのあまり誤魔化すように笑んだ。
「アルカード様、すみません。メラメラにご飯を食べさせてもいいですか?」
「あの様子では、止めおくのは可哀そうだね。早く食べさせてあげよう」
「メラメラ、おいで」
アルカードに手を引かれて行くマナの後を、メラメラが羽を動かしながら飛んでついていく。彼らの姿を多くの令嬢が目で追っていた。
ご馳走の並ぶテーブルを前に、メラメラはアップルグリーンの瞳を輝かせた。ユリカが無数の料理を手早く皿に取り分けていく。
「さあ、めしあがれ」
「いただきま~す!」
ユリカが近くのテーブルにご馳走山盛りの皿を置き、メラメラはそれの前に浮いた状態でフォークを器用に使って次々と料理を口に運ぶ。この三ヶ月間で、メラメラはずいぶん変わった。言葉もだいぶ流暢になったし、食事にはちゃんとフォークやスプーンを使うようになった。
「本当に良く食べるなぁ、体はちっさいのに」
シャルが言った。メラメラの食事の様子をマナと王太子が温かい目で見守っていると、人が集まってくる。
「アルカード様、ご機嫌よう」
令嬢たちが競うようにアルカードの前に、あいさつに訪れ、そのついでとでも言うように、一人がマナの事を訊ねてきた。
「あなたは、どこの御令嬢なのですか? アルカード様とご一緒しているくらいですから、よほど高名なお家の方とお見受けしますが」
「あの、わたしは平民の娘です」
その瞬間、その場の空気が凍り付いた。先ほどのざわめきから一転して、世界が反転したかのようにマナの周囲だけ重い沈黙に包まれた。そして、令嬢たちの目に憎しみが生まれ、その全てがマナに注がれた。
「……平民だなんて、ご冗談を」
一人の令嬢は、まさかという思いで口にすると、
「嘘じゃありません。本当に平民なんです」
それを聞いた周囲の貴族の令嬢達の胸に、激しい怒りと言葉が突き上げてきたが、彼女らがそれを声にする寸前に闖入者があった。
「皆さん、何の騒ぎです?」
貴族の令嬢たちが自然と間を開けて道を作る。それ程の身分を持った人物だった。
その青の制服からは、気品というものが香るように思える。彼女は開いた華美な扇子で口元を飾り、マナと王太子の姿を見つめた。
「あら、アルカード様でしたか。それに、あなたも」
マナはかの令嬢に向かって、スカートを摘んで挨拶した。
「アルメリア様、おはようございます」
「少しは礼節を身に付けてきたようですね」
シャルはマナの後方で、あからさまに嫌な顔をしていたが、アルメリアは気にも留めていなかった。
「ア、アルメリア様が、その平民の娘とお知り合いなのですか?」
周囲にいた令嬢の一人が言うと、アルメリアが眉を顰めた。
「平民? この子が? それは本当なのですか?」
「はい、皆さんには、わたしは平民とご説明しました」
「何という事、王妃様は何を考えていらっしゃるのか」
「これはマナが望んだ事なんだ」
アルメリアは、アルカードの説明に唖然としてしまった。
「何と愚かな……」
マナは、アルメリアの態度に不安が募った。どうしてか、アルメリアと対峙すると、決まって怖いような気持ちになる。
アルメリアは苛立たしさを扇子を閉じる動作に表し、目を逸らした。
「あなたの事など、どうでもよろしい。今日は紹介したい人を連れてきましたのよ」
先程から新入生たちの視線が、アルメリアの背後にいる人に集まっていた。
アルメリアが横に動いて道を開けると、煌めく様に美しい少女が前に進み出た。実際、彼女の長い髪は金色に輝いていた。パライバトルマリンのような瞳の光は優し気で、可愛らしい顔立ちをしている。制服はシャルと同じピンク色だが、同じ制服にも関わらず、シャルとは比べ物にならぬほど気品に満ち溢れていた。
「アルカード様、ご機嫌うるわしゅう」
「君はティア姫、久しぶりだね」
ティア姫は王太子への挨拶を済ませると、マナを見つめた。
「あなたがマナ様ですね。アルメリア様から、お話しは伺っています」
少女はスカートを摘まみ上げて挨拶する。その時、マナの目に、彼女の姿が後光が射しているいるかのように輝いて見えた。
「メルビウス王国第一王女、ティア・アーティア・ミク・メルビウスと申します。ティアと呼んで下さい」
「えっ!? あっ!? お、王女様!? よ、よ、よろしくお願いしますっ!」
マナは貴族式の挨拶も忘れて、深々と頭を下げてしまう。マナのいた世界では丁寧なあいさつでも、この世界の貴族の令嬢には無様な姿にしか見えなかった。周りから失笑が漏れる中、ティア姫は驚いて目を何度か瞬いていた。
「うふふ、変わった挨拶ですね」
ティア姫の可愛らしい笑い声とマナを慈しむ姿が、令嬢たちの失笑を止めさせた。ティア姫にはマナを蔑むような気持は一片もなかった。それが、彼女よりも軒並み身分が低い貴族の令嬢達を黙らせた。
マナは、目の前にいるこの人が、妃候補最後の一人だと誰に言われなくても分かった。そして、相手の強烈なカリスマ性の前に、マナは委縮してしまった。後ろで見ていたシャルも、想像を超える強敵の出現に、顔が少し引きつっていた。
「とても可愛らしい方ね。是非、お友達になりたいですわ」
ティア姫がマナの右手を両手で包んでくると、マナはもうどうしていいか分からなかった。
「あ、あ、あの、わ、わたしなんて、そんな」
もう、しろどもどろの言葉しか出てこない。主の様子がおかしいので、メラメラが食事を止めてマナの顔を覗き込んできた。
「まあっ! なんて可愛いらしい!」
ティア姫はメラメラを抱き上げて、新しい玩具をプレゼントされた子供のように興奮する。
「だぁれ?」
メラメラが首を傾げると、ティア姫の目が潤み、マナにはその中にハートマークが見えるように思えた。
「フェアリーをこの手で抱っこできるなんて、幸せです!」
メラメラはティア姫の豊かな胸に押し付けられて、体をじたばたさせる。姫の豹変を目の当たりにしてマナはあたふたしてしまった。
「あの、ティア様、メラメラが苦しがっています!」
「あら、ごめんなさいね」
ティア姫が抱く力を緩めると、豊かな胸に埋もれていたメラメラは、顔を上げて息を吐いた。
「あう~、苦しかったぁ」
「メラメラちゃん、名前も可愛らしいですね」
ティア姫がメラメラをマナに返す。メラメラはティア姫から受けたインパクトが覚めずに、マナの腕の中で脱力してしまっていた。
「マナは妖精使いなのですね。では、お父様かお母様は高位の聖職者なのかしら?」
「いえ、違います。どうして聖職者なんですか?」
「どうしてって、この国でフェアリーを連れているのは高位の聖職者だけですもの」
「そうだったんですね」
何も知らないマナを、ティア姫が不思議そうに見ていた。
「教会と関係のない方がフェアリーを連れているのは珍しいですね」
この時、楽団の音色が途切れて、ざわめきが波が引く様に消えていった。そして、壇上に上がった燕尾服の学園長に注目が集まる。
「これから学園長の入学式の挨拶があるよ」
「整列はしないんですか?」
マナの耳元でアルカードの笑みが零れた。
「整列なんてしないよ、このまま楽にして聞けばいいんだ」
元の世界の学校の入学式とはずいぶん違うなと、マナは思うのだった。
特に当たり障りのない学園長の挨拶の後、再び音楽が奏でられ、パーティーが再開された。
アルカードは立場上、マナの近くにばかりもいられず、懇意にしている貴族や王族と言葉をかわし、ティア姫もメラメラを構いたい気持ちを抑えて、王族としてやるべき事をしていた。この一瞬の隙を突いて事は起こった。
男性の給仕が数人集まって、中央のテーブルをいくつか運んでスペースを作っている。マナは何が始まるのかと、興味津々に様子を見ていた。その近くでは、別の給仕が銀の盆に無数のワイングラスを乗せて飲み物を提供していた。それが近くを通りかかった時、誰かがマナの背中を押して体が傾く。
「危ない!」
「うわぁ~」
飛び上がったメラメラは、長いテーブルに所狭しと並んだ華美なご馳走に目が眩んだ。
「あははは……」
シャトヤンシーの輝く目で今にも涎をたらしそうな顔のメラメラに視線が集まり、マナは恥かしさのあまり誤魔化すように笑んだ。
「アルカード様、すみません。メラメラにご飯を食べさせてもいいですか?」
「あの様子では、止めおくのは可哀そうだね。早く食べさせてあげよう」
「メラメラ、おいで」
アルカードに手を引かれて行くマナの後を、メラメラが羽を動かしながら飛んでついていく。彼らの姿を多くの令嬢が目で追っていた。
ご馳走の並ぶテーブルを前に、メラメラはアップルグリーンの瞳を輝かせた。ユリカが無数の料理を手早く皿に取り分けていく。
「さあ、めしあがれ」
「いただきま~す!」
ユリカが近くのテーブルにご馳走山盛りの皿を置き、メラメラはそれの前に浮いた状態でフォークを器用に使って次々と料理を口に運ぶ。この三ヶ月間で、メラメラはずいぶん変わった。言葉もだいぶ流暢になったし、食事にはちゃんとフォークやスプーンを使うようになった。
「本当に良く食べるなぁ、体はちっさいのに」
シャルが言った。メラメラの食事の様子をマナと王太子が温かい目で見守っていると、人が集まってくる。
「アルカード様、ご機嫌よう」
令嬢たちが競うようにアルカードの前に、あいさつに訪れ、そのついでとでも言うように、一人がマナの事を訊ねてきた。
「あなたは、どこの御令嬢なのですか? アルカード様とご一緒しているくらいですから、よほど高名なお家の方とお見受けしますが」
「あの、わたしは平民の娘です」
その瞬間、その場の空気が凍り付いた。先ほどのざわめきから一転して、世界が反転したかのようにマナの周囲だけ重い沈黙に包まれた。そして、令嬢たちの目に憎しみが生まれ、その全てがマナに注がれた。
「……平民だなんて、ご冗談を」
一人の令嬢は、まさかという思いで口にすると、
「嘘じゃありません。本当に平民なんです」
それを聞いた周囲の貴族の令嬢達の胸に、激しい怒りと言葉が突き上げてきたが、彼女らがそれを声にする寸前に闖入者があった。
「皆さん、何の騒ぎです?」
貴族の令嬢たちが自然と間を開けて道を作る。それ程の身分を持った人物だった。
その青の制服からは、気品というものが香るように思える。彼女は開いた華美な扇子で口元を飾り、マナと王太子の姿を見つめた。
「あら、アルカード様でしたか。それに、あなたも」
マナはかの令嬢に向かって、スカートを摘んで挨拶した。
「アルメリア様、おはようございます」
「少しは礼節を身に付けてきたようですね」
シャルはマナの後方で、あからさまに嫌な顔をしていたが、アルメリアは気にも留めていなかった。
「ア、アルメリア様が、その平民の娘とお知り合いなのですか?」
周囲にいた令嬢の一人が言うと、アルメリアが眉を顰めた。
「平民? この子が? それは本当なのですか?」
「はい、皆さんには、わたしは平民とご説明しました」
「何という事、王妃様は何を考えていらっしゃるのか」
「これはマナが望んだ事なんだ」
アルメリアは、アルカードの説明に唖然としてしまった。
「何と愚かな……」
マナは、アルメリアの態度に不安が募った。どうしてか、アルメリアと対峙すると、決まって怖いような気持ちになる。
アルメリアは苛立たしさを扇子を閉じる動作に表し、目を逸らした。
「あなたの事など、どうでもよろしい。今日は紹介したい人を連れてきましたのよ」
先程から新入生たちの視線が、アルメリアの背後にいる人に集まっていた。
アルメリアが横に動いて道を開けると、煌めく様に美しい少女が前に進み出た。実際、彼女の長い髪は金色に輝いていた。パライバトルマリンのような瞳の光は優し気で、可愛らしい顔立ちをしている。制服はシャルと同じピンク色だが、同じ制服にも関わらず、シャルとは比べ物にならぬほど気品に満ち溢れていた。
「アルカード様、ご機嫌うるわしゅう」
「君はティア姫、久しぶりだね」
ティア姫は王太子への挨拶を済ませると、マナを見つめた。
「あなたがマナ様ですね。アルメリア様から、お話しは伺っています」
少女はスカートを摘まみ上げて挨拶する。その時、マナの目に、彼女の姿が後光が射しているいるかのように輝いて見えた。
「メルビウス王国第一王女、ティア・アーティア・ミク・メルビウスと申します。ティアと呼んで下さい」
「えっ!? あっ!? お、王女様!? よ、よ、よろしくお願いしますっ!」
マナは貴族式の挨拶も忘れて、深々と頭を下げてしまう。マナのいた世界では丁寧なあいさつでも、この世界の貴族の令嬢には無様な姿にしか見えなかった。周りから失笑が漏れる中、ティア姫は驚いて目を何度か瞬いていた。
「うふふ、変わった挨拶ですね」
ティア姫の可愛らしい笑い声とマナを慈しむ姿が、令嬢たちの失笑を止めさせた。ティア姫にはマナを蔑むような気持は一片もなかった。それが、彼女よりも軒並み身分が低い貴族の令嬢達を黙らせた。
マナは、目の前にいるこの人が、妃候補最後の一人だと誰に言われなくても分かった。そして、相手の強烈なカリスマ性の前に、マナは委縮してしまった。後ろで見ていたシャルも、想像を超える強敵の出現に、顔が少し引きつっていた。
「とても可愛らしい方ね。是非、お友達になりたいですわ」
ティア姫がマナの右手を両手で包んでくると、マナはもうどうしていいか分からなかった。
「あ、あ、あの、わ、わたしなんて、そんな」
もう、しろどもどろの言葉しか出てこない。主の様子がおかしいので、メラメラが食事を止めてマナの顔を覗き込んできた。
「まあっ! なんて可愛いらしい!」
ティア姫はメラメラを抱き上げて、新しい玩具をプレゼントされた子供のように興奮する。
「だぁれ?」
メラメラが首を傾げると、ティア姫の目が潤み、マナにはその中にハートマークが見えるように思えた。
「フェアリーをこの手で抱っこできるなんて、幸せです!」
メラメラはティア姫の豊かな胸に押し付けられて、体をじたばたさせる。姫の豹変を目の当たりにしてマナはあたふたしてしまった。
「あの、ティア様、メラメラが苦しがっています!」
「あら、ごめんなさいね」
ティア姫が抱く力を緩めると、豊かな胸に埋もれていたメラメラは、顔を上げて息を吐いた。
「あう~、苦しかったぁ」
「メラメラちゃん、名前も可愛らしいですね」
ティア姫がメラメラをマナに返す。メラメラはティア姫から受けたインパクトが覚めずに、マナの腕の中で脱力してしまっていた。
「マナは妖精使いなのですね。では、お父様かお母様は高位の聖職者なのかしら?」
「いえ、違います。どうして聖職者なんですか?」
「どうしてって、この国でフェアリーを連れているのは高位の聖職者だけですもの」
「そうだったんですね」
何も知らないマナを、ティア姫が不思議そうに見ていた。
「教会と関係のない方がフェアリーを連れているのは珍しいですね」
この時、楽団の音色が途切れて、ざわめきが波が引く様に消えていった。そして、壇上に上がった燕尾服の学園長に注目が集まる。
「これから学園長の入学式の挨拶があるよ」
「整列はしないんですか?」
マナの耳元でアルカードの笑みが零れた。
「整列なんてしないよ、このまま楽にして聞けばいいんだ」
元の世界の学校の入学式とはずいぶん違うなと、マナは思うのだった。
特に当たり障りのない学園長の挨拶の後、再び音楽が奏でられ、パーティーが再開された。
アルカードは立場上、マナの近くにばかりもいられず、懇意にしている貴族や王族と言葉をかわし、ティア姫もメラメラを構いたい気持ちを抑えて、王族としてやるべき事をしていた。この一瞬の隙を突いて事は起こった。
男性の給仕が数人集まって、中央のテーブルをいくつか運んでスペースを作っている。マナは何が始まるのかと、興味津々に様子を見ていた。その近くでは、別の給仕が銀の盆に無数のワイングラスを乗せて飲み物を提供していた。それが近くを通りかかった時、誰かがマナの背中を押して体が傾く。
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