神造のヨシツネ

ワナリ

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第8話:夢の果て

Act-01 終末への足音

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 木曽ヨシナカ軍が、キョウト西方の平氏本拠地――フクハラに攻撃を仕掛け、大敗したという報に接しても、源氏軍大将のみなもとのヨリトモは、その表情を変えなかった。

「そうか」

 ただその一言を発しただけの姉に、ウシワカは激しく戸惑った。

 それだけでなく、ヤマト平定の初戦で、上総かずさヒロツネと二人の叔父を、ヨリトモの腹心――梶原カゲトキが暗殺したのをこの目で見たウシワカは、姉がそれを指示したのかと問い質す事もできず、あの日から悶々とした日々を送っていた。
 
 ――これが源氏です。
 
 もしこの先、ヨリトモの妹として生きていくのなら、この事を忘れるな、とカゲトキは言った。
 だから口をつぐんだウシワカに、事件後、姉の腹心である大江おおえのヒロモトは、いかにヨリトモが微妙な立場に立たされているのかを教えてくれた。
 
 亡き源氏の棟梁、ヨシトモの忘れ形見として、反平氏勢力の頂点に立っているとはいえ、あくまでヨリトモは、それら烏合の衆をまとめる『象徴』に過ぎない事。

 そして、それら諸勢力は平氏に奪われた『利権』を取り戻す事が目的であり、ヨリトモはその保障者でなくてはならない事。

 その中で、ヨリトモは巧妙に源氏嫡流の威光を取り戻す必要があり、そんな中、最大兵力を誇り、傲慢な振る舞いの多い上総かずさヒロツネを粛清するのは、今をおいてなかった事。
 
 それは十五歳の少女には難解な『政治』であったが、まだ二十歳を少し過ぎたばかりのヨリトモは、その難題に懸命に向かい合っているのである。

 その事は理解したので、ウシワカは姉の意向に従おうとしたのだが、それに追い討ちをかける様に、ヨリトモのもう一人の腹心である梶原カゲトキが――今後は突出した行動は控える様にと、またもや釘を刺してきた。

 それはウシワカが、神造兵器の機甲武者シャナオウで、華々しい戦果を挙げている事を指しており、源氏本軍に参加してから、事実、彼女は目立つ存在となっていた。

 明言は避けたが、カゲトキの言いたい事は『参戦諸将の活躍の場を奪うな』という事であり、それは先のヒロモトの説明にもあった『利権』の保障にも繋がる。

 だが言い方の問題なのか、沈着なヒロモトの言葉は素直に聞けても、上総かずさヒロツネ暗殺の時もそうだったが、一方的に通告してくる様なカゲトキの言葉は、ウシワカのかんにさわるのであった。

 それもあってかウシワカは、どれだけ戦果を挙げてもヨリトモが自分を褒めてくれないのは、このカゲトキのせいではないかと、まったくお門違いな感情まで抱く様になり、その意趣返しとばかりに戦場に出る度に、先陣を切って平氏軍を蹴散らし続けていた。

 そして首都キョウトの南方である、ここヤマトの平定戦も最終段階に入り、その軍議に赴いた本陣で、ウシワカたちは木曽ヨシナカ軍の敗報を受け取ったのである。

 ――そうか。

 そう言ったっきり押し黙ったままの、姉の次の言葉をウシワカは待った。ヨリトモの表情はいつものごとく、水面の様に平坦だった。

「では、軍議を始めよう」

 淡々としたヨリトモの一声で、まるで何事もなかったかの様に軍議が始まった。

「――――!」

 キョウト守護を担当したヨシナカが負けたのである。
 なのに、この落ち着き様はなんだ。

 しかもそれは姉ヨリトモだけでなく、ヒロモトも、カゲトキも、宙に浮くツクモ神マサコも、およそこの軍議に招集されるクラスの将たちは、みな同じ態度をとっている。

「お姉ちゃん!」

 思わずウシワカは叫んだ。
 その呼び方にカゲトキが顔を曇らせるが、

「なんだ――ウシワカ?」

 と、ヨリトモは無表情のまま妹を真っすぐ見つめた。

「ヨシナカが……負けたんだよ……平氏に」

「そうだな」

 ここまでくれば、いかに鈍感なウシワカでも、ヨシナカの敗戦は源氏本軍にとって予定通りだった事が分かる。だから、それ以上何も言えなくなった。

 天真爛漫を絵に描いた様なウシワカも、なぜかヨリトモには逆らえない、というより、逆らうという選択肢がなかった。
 それほどウシワカにとって姉は、崇拝、敬愛、畏敬――どんな言葉でも言い表せない、特別な存在であったのだ。

 だが、かろうじて、

「でも、お姉ちゃん……」

 と絞り出した声を、

「ウシワカ殿!」

 もうお黙りなさい――という意味を込めた、カゲトキの一言が抑え込んだ。

 源氏という軍閥の本質を知るごとに、ウシワカにはそれが理解できなかった。したくなかったのではなく、本当に理解できなかったのだ。

 だからウシワカは、その拠り所を姉に求め、ますますヨリトモへの盲目的な傾倒を深めていく。
 それが悪循環だと分かっていても、今もウシワカの傍らにいるツクモ神ベンケイは、自身が朝廷に属する立場という遠慮から、源氏の問題には介入しなかった。

 それもまた悪循環であり、源氏の嫡流、そして皇女であるウシワカの運命は、また一歩確実に、悲劇の終末へと近付いていくのだった。



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