43 / 97
第8話:夢の果て
Act-02 カルマ
しおりを挟むヘイアン宮――女帝ゴシラカワの御座所にも、木曽ヨシナカ敗北の報が届いていた。
「やはり負けたか」
玉座のゴシラカワが、淡々とした感想を述べる。だがその表情はヨリトモとは違い、口元に薄笑いを浮かべている。
それに、
「で、これからどうするつもりだ?」
摂政シンゼイが不快極まりないと言いたげな口調で、そう吐き捨てた。
御座所にはゴシラカワとシンゼイしかいない。だからゴシラカワも遠慮なく、
「いや、何もせんさ」
と、シンゼイを小馬鹿にする様に言い返した。だがそれはそれで、売り言葉に買い言葉ではなく、明確な本心であり『策』であった。
それが分かっているシンゼイも、
「ヨリトモに始末させる気か……?」
と、苦い顔をしながらも、その策の真意を問い質すと、
「ヨリトモは、うまくやっているな」
「何がだ⁉︎」
はぐらかす様なゴシラカワの言葉に、ついにシンゼイの堪忍袋の緒が切れた。
その反応が嬉しいのか、ゴシラカワはニヤリと笑うと、
「上総ヒロツネの誅殺の件さ。今回の上洛のある意味、最大の功労者を闇討ち同然に殺しておきながら、軍に動揺が見られない。むしろその軍を解体して、諸将に再編成した事で、ヨリトモの権威は高まっている」
「同時に従わない者はこうなるという、見せしめにもなった……確かに、あのヨリトモという女、ただ者ではないかもな」
シンゼイも、女帝の考察に同意を示す。女帝と摂政――この微妙な対立軸を抱く二人は、共に策士という面では、この様に協調する余地があった。
「平氏は一族を保護し過ぎた。キヨモリであれば、その不満を抑え込む事もできたが、ムネモリではな。その不満が平氏凋落に繋がった過去に、ヨリトモは学んでいる」
「黙っていても、ヨリトモはヨシナカを討つ……という事か?」
ゴシラカワの謎かけの様な言葉に、シンゼイが打てば響く様に応じるが、
「大した凡人だな……」
と、女帝はまたも、はぐらかす様にそう言うだけだった。
そんな噛み合わないやり取りにも慣れている摂政は、
「あと数日でヨシナカは戻ってくる。ヨリトモが動く前に、奴が暴発したらどうする?」
と、話題を転換して、ヨシナカが帰還後に、朝廷に危害を加えないかを懸念した。
「フフフッ」
それにゴシラカワが、また妖しく笑うと、
「補給線のないヨシナカに、早く平氏追撃に赴けと、尻に火を付けたのはお前だぞ!」
シンゼイは、キョウトという『空の器』を与えられ、退くも進むもままならないヨシナカに、勅命で平氏討伐を命じたゴシラカワのやり方を批判した。
「どの道、奴はこのままではいられなかった。私は、道を指し示しただけさ」
「もう少し穏便な方法も、あったはずだ! おかげでヨシナカは進軍にあたって、キョウト周辺の民から根こそぎ徴発をした。いや略奪だ! これでは平氏と何も変わらんではないか!」
「では、穏便な方法とは何だ?」
「平氏と和議を結ぶ。奴らの勢力を均衡させれば、三すくみになって、我らのつけ入る隙も生まれるはずだ」
「ハハハッ!」
「何がおかしい⁉︎」
自身の献策を笑い飛ばされ、気色ばむシンゼイに、
「平氏はダメだ――ムネモリではな」
と、ゴシラカワは意味深な言い回しで、そのまま言葉を重ね続ける。
「トモモリなら、なんとかなったかもしれん。だがトモモリはあくまで、ムネモリを兄として、棟梁として立て続けている。それでは同じ事の繰り返しだ。律儀な事だ……キヨモリの実の子でもない男を、切り捨てる事ができんとは」
「なんだと⁉︎」
衝撃の事実に、シンゼイは愕然とする。
平氏の現棟梁であるムネモリが、大英雄であった先代、キヨモリの実の子でないとは。
「一族を切り捨ててでも次に進めぬ平氏は、一つの結論を見せた――」
まだ言葉の出ないシンゼイに構わず、ゴシラカワはそう言うと、
「今度は源氏の番だ。あ奴らが一族を切り捨ててでしか、次に進めぬのかどうか……」
一族を切り捨てる事ができない平氏。一族を切り捨てる事でしか生きられない源氏。
その言葉は、まるで破戒僧モンガクの嘆きをなぞっているかの様であった。
「ヨリトモ、ヨシナカ……そしてウシワカの出す答えを、私は見なくてはならん」
そう呟くゴシラカワが、いったい何を企んでいるのか――今さらながらシンゼイは、この同床異夢の女帝に、そら恐ろしさを感じた。
Act-02 カルマ END
NEXT Act-03 木曽軍無残
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
さよなら、私の愛した世界
東 里胡
ライト文芸
十六歳と三ヶ月、それは私・栗原夏月が生きてきた時間。
気づけば私は死んでいて、双子の姉・真柴春陽と共に自分の死の真相を探求することに。
というか私は失くしたスマホを探し出して、とっとと破棄してほしいだけ!
だって乙女のスマホには見られたくないものが入ってる。
それはまるでパンドラの箱のようなものだから――。
最期の夏休み、離ればなれだった姉妹。
娘を一人失い、情緒不安定になった母を支える元家族の織り成す新しいカタチ。
そして親友と好きだった人。
一番大好きで、だけどずっと羨ましかった姉への想い。
絡まった糸を解きながら、後悔をしないように駆け抜けていく最期の夏休み。
笑って泣ける、あたたかい物語です。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~
中岡 始
ファンタジー
「俺はただの経理なんだけどな」
ブラック企業の経理マンだった葛城隆司(45歳・独身)。
社内の不正会計を見抜きながらも誰にも評価されず、今日も淡々と帳簿を整理する日々。
そんな彼がある日、突然異世界に転生した。
――しかし、そこは剣も魔法もない、金と権力がすべての世界だった。
目覚めた先は、王都のスラム街。
財布なし、金なし、スキルなし。
詰んだかと思った矢先、喋る黒猫・モルディと出会う。
「オッサン、ここの経済はめちゃくちゃだぞ?」
試しに商店の帳簿を整理したところ、たった数日で利益が倍増。
経理の力がこの世界では「未知の技術」であることに気づいた葛城は、財務管理サービスを売りに商会を設立し、王都の商人や貴族たちの経済を掌握していく。
しかし、貴族たちの不正を暴き、金の流れを制したことで、
王国を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。
「お前がいなきゃ、この国はもたねえぞ?」
国王に乞われ、王国財務顧問に就任。
貴族派との経済戦争、宰相マクシミリアンとの頭脳戦、
そして戦争すら経済で終結させる驚異の手腕。
――剣も魔法もいらない。この世を支配するのは、数字だ。
異世界でただ一人、"経理"を武器にのし上がる男の物語が、今始まる!
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる