神造のヨシツネ

ワナリ

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第8話:夢の果て

Act-02 カルマ

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 ヘイアン宮――女帝ゴシラカワの御座所にも、木曽ヨシナカ敗北の報が届いていた。

「やはり負けたか」

 玉座のゴシラカワが、淡々とした感想を述べる。だがその表情はヨリトモとは違い、口元に薄笑いを浮かべている。
 それに、

「で、これからどうするつもりだ?」

 摂政シンゼイが不快極まりないと言いたげな口調で、そう吐き捨てた。

 御座所にはゴシラカワとシンゼイしかいない。だからゴシラカワも遠慮なく、

「いや、何もせんさ」

 と、シンゼイを小馬鹿にする様に言い返した。だがそれはそれで、売り言葉に買い言葉ではなく、明確な本心であり『策』であった。

 それが分かっているシンゼイも、

「ヨリトモに始末させる気か……?」

 と、苦い顔をしながらも、その策の真意を問い質すと、

「ヨリトモは、うまくやっているな」

「何がだ⁉︎」

 はぐらかす様なゴシラカワの言葉に、ついにシンゼイの堪忍袋の緒が切れた。
 その反応が嬉しいのか、ゴシラカワはニヤリと笑うと、

上総かずさヒロツネの誅殺の件さ。今回の上洛のある意味、最大の功労者を闇討ち同然に殺しておきながら、軍に動揺が見られない。むしろその軍を解体して、諸将に再編成した事で、ヨリトモの権威は高まっている」

「同時に従わない者はこうなるという、見せしめにもなった……確かに、あのヨリトモという女、ただ者ではないかもな」

 シンゼイも、女帝の考察に同意を示す。女帝と摂政――この微妙な対立軸を抱く二人は、共に策士という面では、この様に協調する余地があった。

「平氏は一族を保護し過ぎた。キヨモリであれば、その不満を抑え込む事もできたが、ムネモリではな。その不満が平氏凋落に繋がった過去に、ヨリトモは学んでいる」

「黙っていても、ヨリトモはヨシナカを討つ……という事か?」

 ゴシラカワの謎かけの様な言葉に、シンゼイが打てば響く様に応じるが、

「大した凡人だな……」

 と、女帝はまたも、はぐらかす様にそう言うだけだった。

 そんな噛み合わないやり取りにも慣れている摂政は、

「あと数日でヨシナカは戻ってくる。ヨリトモが動く前に、奴が暴発したらどうする?」

 と、話題を転換して、ヨシナカが帰還後に、朝廷に危害を加えないかを懸念した。

「フフフッ」

 それにゴシラカワが、また妖しく笑うと、

「補給線のないヨシナカに、早く平氏追撃に赴けと、尻に火を付けたのはお前だぞ!」

 シンゼイは、キョウトという『からの器』を与えられ、退くも進むもままならないヨシナカに、勅命で平氏討伐を命じたゴシラカワのやり方を批判した。

「どの道、奴はこのままではいられなかった。私は、道を指し示しただけさ」

「もう少し穏便な方法も、あったはずだ! おかげでヨシナカは進軍にあたって、キョウト周辺の民から根こそぎ徴発をした。いや略奪だ! これでは平氏と何も変わらんではないか!」

「では、穏便な方法とは何だ?」

「平氏と和議を結ぶ。奴らの勢力を均衡させれば、三すくみになって、我らのつけ入る隙も生まれるはずだ」

「ハハハッ!」

「何がおかしい⁉︎」

 自身の献策を笑い飛ばされ、気色ばむシンゼイに、

「平氏はダメだ――ムネモリではな」

 と、ゴシラカワは意味深な言い回しで、そのまま言葉を重ね続ける。

「トモモリなら、なんとかなったかもしれん。だがトモモリはあくまで、ムネモリを兄として、棟梁として立て続けている。それでは同じ事の繰り返しだ。律儀な事だ……キヨモリの実の子でもない男を、切り捨てる事ができんとは」

「なんだと⁉︎」

 衝撃の事実に、シンゼイは愕然とする。

 平氏の現棟梁であるムネモリが、大英雄であった先代、キヨモリの実の子でないとは。

「一族を切り捨ててでも次に進めぬ平氏は、一つの結論を見せた――」

 まだ言葉の出ないシンゼイに構わず、ゴシラカワはそう言うと、

「今度は源氏の番だ。あ奴らが一族を切り捨ててでしか、次に進めぬのかどうか……」

 一族を切り捨てる事ができない平氏。一族を切り捨てる事でしか生きられない源氏。

 その言葉は、まるで破戒僧モンガクの嘆きをなぞっているかの様であった。

「ヨリトモ、ヨシナカ……そしてウシワカの出す答えを、私は見なくてはならん」

 そう呟くゴシラカワが、いったい何を企んでいるのか――今さらながらシンゼイは、この同床異夢の女帝に、そら恐ろしさを感じた。



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