神造のヨシツネ

ワナリ

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第9話:修羅の道

Act-07 笑顔の代価

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 乱射により、拳銃のマガジン全弾を撃ち尽くしたウシワカが、そのリロードを素早く終え、再び銃口をトモエに向ける。

 だが引き金は引かない――トモエは大将車から離れ、ヨリトモから距離をおいた。ならウシワカには、彼女を撃つ理由がなかったからだ。

「トモエーっ!」

 またそう叫びながら、近寄ってくるウシワカ。
 その顔は――笑顔であった。

 常識で考えれば、頭がおかしいと思わざるをえない。
 いくら姉を守るためとはいえ、銃で肩を撃ち抜いた相手に、まるで手を振る様に駆け寄ってくる少女の心理は、やはり異常であった。

 だがトモエは、そんなウシワカを苦笑で出迎える。
 この子は無垢なだけ――トモエもこの時点では、まだそう思い、自身と夫が愛したこの少女を擁護しようとした。

 そして二人が向かい合う。

 周囲の源氏将兵も、それを息を呑んで見守った――というより、ひとつ間違えれば姉を、いや棟梁を殺害しかねない行為の後で、平然と笑顔でいられるウシワカに、思考を停止させられたといった方が正しいかもしれない。

「トモエ……」

 息を切らしながら、銃をおろすウシワカ。
 ヨリトモをここまで追い詰めたトモエも、もはやこれまでかとセイバーをおろす。

 周囲は敵に完全包囲された状況――加えてツクモ神マサコとベンケイもいる。
 渾身の一刀はヨリトモに受け止められ、自身はウシワカの銃撃で左肩を負傷した――もはや手負いの身では、再度の奇襲などできるはずもなかった。

 自分も夫も、キソを守るために戦った。ウシワカもまた姉を守りたかっただけ。ならば、これも戦さの世のならい――と、刃を収めようとしたトモエだったが、

「――――⁉︎」

 ウシワカが手に持つ、銀色のオートマチックピストルに目をとめると、何かに気付き、色を失った。

「それは……」

 夫ヨシナカの銃。それで彼女はすべてを悟った。

「どうして……どうしてなの⁉︎」

 トモエが肩を震わせる――その意味が分からず、ウシワカはキョトンとしている。

 皇帝御座所に突撃したヨシナカは、駆けつけた源氏本軍に、乱戦の中で討ち取られたと思っていた――だから、その大将であるヨリトモを復讐の対象として狙った。

 なのに、なのに、なのに――

「どうしてあなたはヨシナカを殺したの? いえ、殺せたの⁉︎」

「トモエ……?」

「どうしてあなたは私の前で、笑顔でいられるの⁉︎」

 何も理解していないウシワカに、ついにトモエは逆上した様に声を荒げる。

「ヨシナカは、あんなにあなたの事を思っていたのに……! 私たちは……あなたの様な子供が欲しかったのに……」

 ――やはり、この子の無垢さはすべてを滅ぼす!

 ウシワカが木曽軍加入を断った時に、トモエが抱いた懸念――源氏棟梁の妹であり、皇帝の娘という数奇な運命を、血にまみれながら笑顔で進む少女にかきたてられた『庇護欲』と、その先に見えた『破滅』。

 それが現実のものとなった事で、一度消えかけたトモエの炎は再び燃え上がった。

「やはりあなたの進む道は、血の道に――修羅の道になる!」

 そう叫びながら、トモエがウシワカに斬りかかる。

「ウシワカ!」

 少し離れた位置にいたベンケイが援護に向かおうとするが、それを制したのは、共に宙に浮かぶマサコの手だった。

「あの子なら大丈夫――見届けましょう」

「マサコ……」

 落ち着き払った眷属の言葉の意味は、ベンケイにもすぐに分かった。
 すでに疲労の限界を超え、さらに銃撃で負傷したトモエには、もはやその剣技の冴えは失われていた。

「私が、あなたを救ってあげる! あなたを解放してあげる!」

 気力だけでウシワカに刃を振るい続けるトモエ――それは『母性』の最後の執念であった。

「ねえ、トモエ……聞いて」

 刃をかわしながら、ウシワカが静かに口を開く。

「ヨシナカがね、最期に言ったんだ――『夢を』って」

 見守る一同も、この異常な光景に息を呑みながら、少女の次の言葉を待つ。

「それがどういう意味か、私にはまだ分からない。それは天下を取る事だったのかもしれない――でも、きっとヨシナカはその先に……みんなが『笑顔』で暮らせる世の中を、作りたかったんじゃないかな」

 ウシワカの顔は――その時も笑顔だった。

 そして、それに応えたトモエも、ついにセイバーを振るう手を止めると、

「そう……」

 と、夫と自分が愛した少女に――優しい笑顔を送り返した。

 次の瞬間、

「だから、私はそれを見届けるために――まだ死ぬ訳にはいかない!」

 ウシワカはそう叫びながら、ヨシナカの銃でその妻を撃った。そこにためらいなどは微塵もなかった。

 鳴り続ける銃声――そして、全弾を食らった女武者が大地に倒れた。

 すべての者が、ウシワカの鬼畜の所業に唖然とする。だがトモエだけは、清々しいほどの笑顔で、

「ヨシナカの……夢を背負ってくれるのね……ありがとう」

 と、ウシワカを見上げそう言うと、目を閉じた。

 その体が薄い光を放ち始める――それは、死して大地の霊脈に還る、ヒノモトの人間の最期の合図であった。

 だが、まだ体が砂状に崩れない。もはやトモエの死は免れないが、九ミリ弾程度では鍛え上げた彼女の肉体には、すぐの致命傷にはならなかった様である。
 それを理解したウシワカが、トモエの体に馬乗りになる。

 まさか! と、見守る一同がさらに唖然とすると、ウシワカは腰のベルトに差した短刀――源氏の宝刀『ヒザマル』を抜き、トモエの首にあてる。

「今日のトモエも……すごくカッコよかったよ」

 出会ってから短い間だったが、同じ女魔導武者として、トモエはウシワカにとって憧れの存在だった。

「ウシワカ……ありがとう」

 トモエも、そんな無垢なる少女ウシワカが大好きだった。その彼女と分かり合えた上で、介錯をしてもらえるなら本望だった。
 だからトモエも夫と同じく、ニッコリ微笑んだ。

 そして血しぶきが上がり――トモエという存在すべてが大地に吸い込まれた。

 彼女はヨシナカの様に、残留思念で地上に何かを残す事はなかった――すべてをやり遂げたという思いを胸に、ヨシナカのもとへと旅立ったのだろう。

 その時、血にまみれたヒザマルを手に、ウシワカはそれをくれた母、ゴシラカワの、

 ――源氏の道は、修羅の道ぞ。

 という言葉を思い出していた。

 同時に、ヨシナカの時と同じく、止まらぬ涙を流し続けていたが――それは浴びた返り血と混ざり合い『血の涙』となっていた。
 その姿は見る者に、この無垢なる少女を『修羅』と思わせただろう。

 
 そして木曽軍が壊滅した事で、源氏本軍はこの先、平氏討伐に乗り出す事となり――ここから真の修羅の道――イチノタニ、ヤシマ、そして運命の決戦、ダンノウラの三連戦が始まろうとしていた。



Act-07 笑顔の代価 END

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