64 / 97
第10話:イチノタニの空
Act-05 偽りの出陣
しおりを挟む「ではヨリトモ様、出陣いたします」
「武運をな」
平氏討伐軍を率いる梶原カゲトキの言葉に、源氏の棟梁、源ヨリトモが短く答える。
今や源氏軍の首都本拠地となったロクハラベース。そこでの閲兵を終えたヨリトモの眼前に大軍勢が展開していた。
その構成は、機甲武者ガシアルが約三百機。それに付随する戦闘車両群、歩兵を加えれば、その兵力は万を優に超えていた。
それが首都キョウト西方、フクハラを目指し進撃する。攻撃目標は天然の要害『イチノタニ』に守られた、平氏の本拠地フクハラベース。
そして、白一色の源氏軍が西に向け、次々と進軍していく。それを複雑な表情で見送るヨリトモに、傍らに浮くツクモ神マサコが――あたりに人がいない事を確認してから――心配そうに声をかけた。
「大丈夫、ヨリトモ?」
「ここが正念場だ。あとはトモモリ殿が、ムネモリを説き伏せてくれれば――事は成る」
気丈に振る舞いながら、力強くそう答えたヨリトモだったが、
「でも、事情を知らないムネモリが首を縦に振るかしら?」
それに懸念を抱くマサコの目は、険しさを増していく。
「アントク様を、キョウトに戻してくれればそれでいい。私個人の事で済むならば、降伏しても構わない」
ヨリトモは、また表情を殺している。それが困難に直面している時の、彼女のサインだと知り抜いているマサコは、
「源氏は今や官軍なのよ。官軍が賊軍に降伏なんて、あなたが認めても諸将が納得しないわ」
と、呆れ顔でそう呟いた。
まさに問題はそこなのであった――
ヨリトモからの、和議申し入れの密書を受け取った平トモモリが、それを受諾する返書を出してから約半月――今日の出兵を迎えるまでに、双方の間に幾度もの書簡の往来があった。
タマモノマエ討伐に必要な『三種の神器』発動のため、源平がこれまでの遺恨を水に流す事は、ヨリトモ、トモモリ共に合意した――だがそれは、あくまで二人の間だけでの話であり、各々の背後にある組織までもが、それを承認した訳ではなかった。
ヨリトモの源氏は、平氏に不満を持つ東方の諸勢力を糾合した連合体である。ゆえに彼らは『実利』のためにヨリトモを旗頭として仰いでいるだけであり、その望みは平氏を滅亡させ、その領土を恩賞として手に入れる事であった。
対するトモモリの平氏は、つい先年まで惑星ヒノモトを牛耳り、「平氏にあらずんば人にあらず」とまで言わしめた、貴族的体質を持つ軍閥である。今は都落ちの身ながら、その屈辱を晴らさんという意識は強く、先の木曽ヨシナカ軍の撃破もあって、源氏なにするものぞ、と首都奪還の機運は最高潮に達していた。
その両勢力ともに、タマモノマエの正体は知らない。また、公表して事が収まるなら、とうの昔にゴシラカワが勅命を発して源平を糾合していたはずであった。
それをしなかったのは、『異星の天使』といっても、神の時代より千年を経たヒノモトに、その脅威に対する危機感を期待できなかったのが理由である。追い詰められなければ動かない――人とはそうした生き物なのである。
またシラカワ帝が、タマモノマエを皇室に取り込んだ事も事態をややこしくした。
人の姿に身を変えたタマモは、シラカワ帝の種を宿しストク帝を産み、トバ帝の種でタカクラ、ゴシラカワの二帝を産んだ。ストクの事は秘事としても、皇后となったタマモは歴とした『国母』なのであった。
その国母を殺すというのは重大事であると同時に、太祖の天使の直系を称する皇室に、異星の天使の血が入った事を世に知らしめる事となる。現に先帝タカクラ、今上帝ゴシラカワは、タマモの子であり、その二人の子たちであるアントクとウシワカは、タマモの孫であった。
もはやヒノモトの統治体系さえ揺るがしかねない、この事実は慎重に扱わなくてはならず――ゆえにゴシラカワから事実を明かされたヨリトモは、同じく事実を知る平トモモリと共に、隠密に事に対処しているのであった。
タマモを討つための神造兵器『三種の神器』の発動要件は、朝廷、源氏、平氏が心を一にする事――そのためゴシラカワも、平ムネモリや木曽ヨシナカなど、その障害となりうる要素を政治的に排除してきた。
だがゴシラカワの予想を超えて、封印していたタマモは復活を早めた。その蝕まれた体では、もはやゴシラカワは次代に望みを託すしかなく、その担い手となったヨリトモとトモモリが、源平和合を目指しているのだが――先に触れた様に、停戦条件が噛み合わないのであった。
「フクハラ他、西方都市を割譲の上、皇女アントクを返還。平氏の直轄地はヤシマのみとする……。いくら弱り目の平氏でも、こんな条件を呑む訳ないわ」
遠く消えていく、白一色の自軍を見送りながらマサコが呟く。
「アントク様は、神器発動に欠く事はできない。なんとしてもアントク様を取り戻さなければ……」
それに対するヨリトモの呟きは、もはや答えになっていなかった。
「だからって、軍を出して威嚇しても、平氏が応戦してしまっては、すべて水の泡よ?」
「それはトモモリ殿に事前に知らせてある。これは偽りの出陣。けっして当方から手は出さぬゆえ、そちらも応戦なき様にと。その間に、なんとかムネモリを説き伏せてくれる事を願うのみだ……」
マサコの指摘に希望的観測しか言えないヨリトモは、そのまま押し黙ってしまう。
そして、しばしの沈黙の後、意を決したマサコが口を開く。
「ねえ、ヨリトモ。もし平氏との和睦が成っても……それで、すべてうまくいくのかしら?」
「マサコ?」
「あなたの思う通り、アントクが戻ってきても……ヤサカニの勾玉とベンケイは、アントクを主と認めるかしら?」
「――――!」
痛い所を突かれたヨリトモは言葉が出ない。
「私はあなたが命じれば、ウシワカにクサナギの剣を託す事もいとわない。それはたぶんトキタダも同じでしょうね。でもそんな形を整えただけで、本当に心が一になるのかしら?」
マサコの指摘はもっともであった。
「こじれた人の心は、そんなに簡単に解けるものじゃない……。それは源氏も平氏も同じ。あなたの妹のウシワカだって……果たしてあなたの思う通りに動いてくれるかしら?」
三種の神器発動には、ウシワカの存在も欠かせない。だが『無垢なる狂犬』たるウシワカを、果たしてヨリトモが統制できるのか――それは、あまりにも不確定要素すぎるのが事実であった。
さらにマサコの言葉は続く。
「あなたは天下人となると決めた時、あのウシワカを乗り越えると言った。でも、もしあの子が、この先あなたの障害となるとしたら――」
「マサコ!」
禁断の思考を打ち消すべく、ヨリトモが叫ぶ。だがマサコは、そんな主の正面に宙に浮いたまま向き直り、その肩を掴むと、
「聞きなさい、ヨリトモ! もし源平和合の策が破れた時。タマモノマエが復活してしまった時――その時こそ、あなたはヒノモトを統べる『真の天下人』になるべきよ!」
「真の……天下人?」
「そう。異星の天使がどんなものかは分からない。でもきっと、その力に民は蹂躙されるでしょう」
そう言ったマサコの目は、気迫に満ちていた。
「なら誰かがそれに抗わなくては、民を導かなければ、ヒノモトは滅びるわ。あなたの力はその時にこそ必要なはず。そして、その障害となるものがあれば……あなたは天下人として、それが何であろうと討ち果たさなければならないわ」
「マサコ……」
「ごめんなさい。意地悪を言ってるつもりじゃないの。でも、この事も……あなたは考えておいて」
そう言ってマサコは、ヨリトモの肩に置いた手に力を込めると、姉の様に優しく微笑んだ。
――薄氷の上を進む様な、源平和合策。
それがまさか、ウシワカの手でぶち壊しになろうとは、この時のヨリトモどころか、彼女の粛清をほのめかしたマサコですら知る由もなかった。
そしてその頃、キョウト北方クラマ――亡き鎌田マサキヨの整備場では、木曽軍の急襲により全壊したシャナオウが、新たな息吹を上げようとしていた。
Act-05 偽りの出陣 END
NEXT Act-06 マークⅡ胎動
0
あなたにおすすめの小説
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる