神造のヨシツネ

ワナリ

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第10話:イチノタニの空

Act-05 偽りの出陣

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「ではヨリトモ様、出陣いたします」

「武運をな」

 平氏討伐軍を率いる梶原カゲトキの言葉に、源氏の棟梁、みなもとのヨリトモが短く答える。

 今や源氏軍の首都本拠地となったロクハラベース。そこでの閲兵を終えたヨリトモの眼前に大軍勢が展開していた。
 その構成は、機甲武者ガシアルが約三百機。それに付随する戦闘車両群、歩兵を加えれば、その兵力は万を優に超えていた。

 それが首都キョウト西方、フクハラを目指し進撃する。攻撃目標は天然の要害『イチノタニ』に守られた、平氏の本拠地フクハラベース。

 そして、白一色の源氏軍が西に向け、次々と進軍していく。それを複雑な表情で見送るヨリトモに、傍らに浮くツクモ神マサコが――あたりに人がいない事を確認してから――心配そうに声をかけた。

「大丈夫、ヨリトモ?」

「ここが正念場だ。あとはトモモリ殿が、ムネモリを説き伏せてくれれば――事は成る」

 気丈に振る舞いながら、力強くそう答えたヨリトモだったが、

「でも、事情を知らないムネモリが首を縦に振るかしら?」

 それに懸念を抱くマサコの目は、険しさを増していく。

「アントク様を、キョウトに戻してくれればそれでいい。私個人の事で済むならば、降伏しても構わない」

 ヨリトモは、また表情を殺している。それが困難に直面している時の、彼女のサインだと知り抜いているマサコは、

「源氏は今や官軍なのよ。官軍が賊軍に降伏なんて、あなたが認めても諸将が納得しないわ」

 と、呆れ顔でそう呟いた。

 まさに問題はそこなのであった――

 ヨリトモからの、和議申し入れの密書を受け取ったたいらのトモモリが、それを受諾する返書を出してから約半月――今日の出兵を迎えるまでに、双方の間に幾度もの書簡の往来があった。

 タマモノマエ討伐に必要な『三種の神器』発動のため、源平がこれまでの遺恨を水に流す事は、ヨリトモ、トモモリ共に合意した――だがそれは、あくまで二人の間だけでの話であり、各々の背後にある組織までもが、それを承認した訳ではなかった。

 ヨリトモの源氏は、平氏に不満を持つ東方の諸勢力を糾合した連合体である。ゆえに彼らは『実利』のためにヨリトモを旗頭として仰いでいるだけであり、その望みは平氏を滅亡させ、その領土を恩賞として手に入れる事であった。

 対するトモモリの平氏は、つい先年まで惑星ヒノモトを牛耳り、「平氏にあらずんば人にあらず」とまで言わしめた、貴族的体質を持つ軍閥である。今は都落ちの身ながら、その屈辱を晴らさんという意識は強く、先の木曽ヨシナカ軍の撃破もあって、源氏なにするものぞ、と首都奪還の機運は最高潮に達していた。

 その両勢力ともに、タマモノマエの正体は知らない。また、公表して事が収まるなら、とうの昔にゴシラカワが勅命を発して源平を糾合していたはずであった。

 それをしなかったのは、『異星の天使』といっても、神の時代より千年を経たヒノモトに、その脅威に対する危機感を期待できなかったのが理由である。追い詰められなければ動かない――人とはそうした生き物なのである。

 またシラカワ帝が、タマモノマエを皇室に取り込んだ事も事態をややこしくした。

 人の姿に身を変えたタマモは、シラカワ帝の種を宿しストク帝を産み、トバ帝の種でタカクラ、ゴシラカワの二帝を産んだ。ストクの事は秘事としても、皇后となったタマモはれっきとした『国母』なのであった。

 その国母を殺すというのは重大事であると同時に、太祖の天使の直系を称する皇室に、異星の天使の血が入った事を世に知らしめる事となる。現に先帝タカクラ、今上帝ゴシラカワは、タマモの子であり、その二人の子たちであるアントクとウシワカは、タマモの孫であった。

 もはやヒノモトの統治体系さえ揺るがしかねない、この事実は慎重に扱わなくてはならず――ゆえにゴシラカワから事実を明かされたヨリトモは、同じく事実を知るたいらのトモモリと共に、隠密に事に対処しているのであった。

 タマモを討つための神造兵器『三種の神器』の発動要件は、朝廷、源氏、平氏が心をいつにする事――そのためゴシラカワも、たいらのムネモリや木曽ヨシナカなど、その障害となりうる要素を政治的に排除してきた。

 だがゴシラカワの予想を超えて、封印していたタマモは復活を早めた。その蝕まれた体では、もはやゴシラカワは次代に望みを託すしかなく、その担い手となったヨリトモとトモモリが、源平和合を目指しているのだが――先に触れた様に、停戦条件が噛み合わないのであった。

「フクハラ他、西方都市を割譲の上、皇女アントクを返還。平氏の直轄地はヤシマのみとする……。いくら弱り目の平氏でも、こんな条件を呑む訳ないわ」

 遠く消えていく、白一色の自軍を見送りながらマサコが呟く。

「アントク様は、神器発動に欠く事はできない。なんとしてもアントク様を取り戻さなければ……」

 それに対するヨリトモの呟きは、もはや答えになっていなかった。

「だからって、軍を出して威嚇しても、平氏が応戦してしまっては、すべて水の泡よ?」

「それはトモモリ殿に事前に知らせてある。これは偽りの出陣。けっして当方から手は出さぬゆえ、そちらも応戦なき様にと。その間に、なんとかムネモリを説き伏せてくれる事を願うのみだ……」

 マサコの指摘に希望的観測しか言えないヨリトモは、そのまま押し黙ってしまう。

 そして、しばしの沈黙の後、意を決したマサコが口を開く。

「ねえ、ヨリトモ。もし平氏との和睦が成っても……それで、すべてうまくいくのかしら?」

「マサコ?」

「あなたの思う通り、アントクが戻ってきても……ヤサカニの勾玉とベンケイは、アントクをあるじと認めるかしら?」

「――――!」

 痛い所を突かれたヨリトモは言葉が出ない。

「私はあなたが命じれば、ウシワカにクサナギの剣を託す事もいとわない。それはたぶんトキタダも同じでしょうね。でもそんな形を整えただけで、本当に心がいつになるのかしら?」

 マサコの指摘はもっともであった。

「こじれた人の心は、そんなに簡単に解けるものじゃない……。それは源氏も平氏も同じ。あなたの妹のウシワカだって……果たしてあなたの思う通りに動いてくれるかしら?」

 三種の神器発動には、ウシワカの存在も欠かせない。だが『無垢なる狂犬』たるウシワカを、果たしてヨリトモが統制できるのか――それは、あまりにも不確定要素すぎるのが事実であった。

 さらにマサコの言葉は続く。

「あなたは天下人となると決めた時、あのウシワカを乗り越えると言った。でも、もしあの子が、この先あなたの障害となるとしたら――」

「マサコ!」

 禁断の思考を打ち消すべく、ヨリトモが叫ぶ。だがマサコは、そんな主の正面に宙に浮いたまま向き直り、その肩を掴むと、

「聞きなさい、ヨリトモ! もし源平和合の策が破れた時。タマモノマエが復活してしまった時――その時こそ、あなたはヒノモトを統べる『真の天下人』になるべきよ!」

「真の……天下人?」

「そう。異星の天使がどんなものかは分からない。でもきっと、その力に民は蹂躙されるでしょう」

 そう言ったマサコの目は、気迫に満ちていた。

「なら誰かがそれに抗わなくては、民を導かなければ、ヒノモトは滅びるわ。あなたの力はその時にこそ必要なはず。そして、その障害となるものがあれば……あなたは天下人として、それが何であろうと討ち果たさなければならないわ」

「マサコ……」

「ごめんなさい。意地悪を言ってるつもりじゃないの。でも、この事も……あなたは考えておいて」

 そう言ってマサコは、ヨリトモの肩に置いた手に力を込めると、姉の様に優しく微笑んだ。

 ――薄氷の上を進む様な、源平和合策。

 それがまさか、ウシワカの手でぶち壊しになろうとは、この時のヨリトモどころか、彼女の粛清をほのめかしたマサコですら知る由もなかった。

 
 そしてその頃、キョウト北方クラマ――亡き鎌田マサキヨの整備場では、木曽軍の急襲により全壊したシャナオウが、新たな息吹を上げようとしていた。



Act-05 偽りの出陣 END

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