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第10話:イチノタニの空
Act-04 三種の神器
しおりを挟む源氏の棟梁、源ヨリトモが、皇帝御所に参内してから十日後――
首都キョウトの西方、都落ちした平氏の本拠地フクハラベースでは、一門の副将たる平トモモリが、ツクモ神トキタダと密談に及んでいた。
「和議って……本気で言ってるのかい、トモモリ?」
「ああ……。源ヨリトモから、正式の申し入れがあった」
雲をつかむ様な話。それにトキタダが怪訝な顔を見せると、トモモリはヨリトモからもたらされた密書を黙って彼女に差し出した。
トキタダは宙に浮いたままの姿勢でそれを受け取ると、平氏を守護するツクモ神の立場としてそれに目を通す。
源氏と平氏――共に皇帝の支族として並び立ちながらも、これまで数多の抗争を繰り広げてきた仇敵。
その過去を水に流して和議を結ぶべし、と綴られたその書き出しに、
――何を今さら。
と――源平に属する者なら当然抱くであろう感情に――顔を歪めるトキタダだったが、密書を読み進めていく内に、その顔付きに焦りの色が加わっていった。
「タマモノマエが……復活⁉︎」
その衝撃の内容に、神の眷属であるトキタダでさえ驚いた。
それに黙って頷くトモモリ。その落ち着き払った態度は、さすが平氏最強の魔導武者たる見事なものであったが――トキタダは動揺の中、ある事に気付くと、
「でもトモモリ……アンタ、いつからタマモの事を知っていたんだい⁉︎」
と、限られた者しか知り得ない『惑星ヒノモトの秘事』を、一武将にすぎないトモモリが把握していた事に不審を抱き、それを問い質した。
「都落ちの時……陛下から直々に告げられた――俺だけにな」
そう言って、トモモリは皇帝拉致を狙ったキョウト撤退戦の折、単騎でゴシラカワの玉座まで踏み込んだ時の事を思い出す。
あの時、トモモリは見せられた――玉座の上の梁に埋め込まれた異形の怪物を。
狐の耳に九本の尾を携えた裸形の女。それは美しくもあり恐ろしくもあり、歴戦の武人たるトモモリでさえ、その禍々しさに息が止まるほどの衝撃を受けた。
そしてゴシラカワは言った。
――トモモリよ、こ奴こそが我らの真の敵、タマモノマエだ、と。
それから短い時間であったが――タマモノマエが惑星カラより来た異星の天使である事。シラカワ帝の御代に朝廷に入り込み、トバ帝の皇后として『ホウゲンの乱』『ヘイジの乱』を陰から主導した事。そして今はゴシラカワの魔導力で封印しているが、それも長くは保たない事など――ヨリトモに語ったのと同じ内容を、先んじてトモモリに伝えたのだった。
それから都落ち後、トモモリは攻め寄せてきた木曽ヨシナカ軍を返り討ちにしながらも、首都奪還の兵を起こす事なく、ここフクハラベースに留まり続けていた。
それはゴシラカワから告げられた、
――タマモノマエを討つには、『源平和合』が必要だ。三種の神器を朝廷、源氏、平氏が心を一にして用うる時、人が天使を討つ事ができる。
という言葉のためであった。
書状には、それについても触れられていた。つまりヨリトモも、今やトモモリと――情報を共有する――同じ立場という事であった。
「朝廷が持つ『ヤサカニの勾玉』、源氏が持つ『クサナギの剣』――」
「そしてアタシが宿った平氏の『ヤタの鏡』……。太祖の天使ヨシツネが、一千年前の天使争乱を鎮めるために用いた三つの神造兵器――三種の神器」
トモモリの言葉を、ツクモ神トキタダが遮る様に繋ぐ。ここから二人の問答が流れる様に続いた。
「陛下は、神器を使うためには『鍵』が必要だと言った」
「そう、神器は誰にでも使える訳じゃない。それぞれの一族を代表するクラスの、直系子孫のみが使用者の候補となりうるわ」
「なら、あの緑の機甲武者は――」
「シャナオウ。あれは朝廷の神器、ヤサカニの勾玉を依り代にした神造兵器。ウシワカって小娘は、その主と認められたのね」
「陛下はアントク様も、それに代われると言っていたが」
「もちろん。アントクは先帝タカクラの直系。タカクラの姉のゴシラカワの娘であるウシワカとは、血の濃さではなんの遜色もないわ」
「同時にアントク様は、平氏の血も継いでおられる」
先帝タカクラの皇后。すなわちアントクの母が――自身の妹でもある――平キヨモリの娘である事に、トモモリが触れると、
「それはウシワカも同じ。あの小娘は、ゴシラカワと源氏の先の棟梁ヨシトモとの間に生まれたガキよ」
トキタダは、自身が愛するアントクとあまりに境遇が似通っているウシワカについて、吐き捨てる様にそう言った。
「アントク様とウシワカは、ヤサカニの勾玉の主となれると同時に、源平それぞれの神器の主にもなれるという事だな」
「そうね。あの子たちは『一応』どちらの立場も選べるわ。でも神器とそのツクモ神がそれを認めるかは別問題。すでにヤサカニの勾玉はシャナオウとして現界して、そのツクモ神ベンケイと共に、ウシワカを主としているわ」
「ゴシラカワ帝は、もしできるのであれば――」
そこまで言って、トモモリは神妙な顔付きになると、
「アントク様を、ヤサカニの勾玉の主に。そして俺に、ヤタの鏡の主になれと……それでも構わないとも仰せられた」
「トモモリ……アンタ、自分の事……?」
「兄ムネモリは父上の弟の子……。父上の直系は、俺とシゲヒラだと……父上が亡くなられた後、母上から聞かされた」
呆然とするトキタダに、しっかりとした声でトモモリは言い切った。
それにまだ言葉が出ないトキタダに構わず、
「そして父上――平キヨモリが、シラカワ帝の落胤であると」
さらにそう言ってから、トモモリは目を伏せる。
「そう……。アンタ……知ってたのかい……」
突然の事にトキタダも驚いた。だがそれならと、宙に浮いたまま彼女は居住まいを正すと、
「キヨモリもね、すべてを知っていたの――」
と前置きしてから、
「シラカワ帝が、異星の天使の力を利用せんとした事。もしそれが制御できなくなった時、天使を討つための神器を統べる『鍵』となるために、自分がシラカワ帝と平氏の娘との間に産まされた事。神器発動のためには、源氏が一族相克の宿命を乗り越えなくてはならない事。ゴシラカワが自分の命を削って、タマモを封印し続けていた事。そしてウシワカの存在も…………」
亡き主の知られざる秘密を、その息子に向けツクモ神は一息に語り尽くした。
それから、
「キヨモリはね……知っててすべてを見守っていたの。いつか来る天使討伐の日のために……そのために生涯を費やしたの。キヨモリは、世間では冷酷な覇王みたいに言われてたけど、違う! 時が来るまで、ヒノモトをまとめ上げるには、ああするしかなかったのよ。あの人は……誰よりも優しかったのよ」
「トキタダ……」
ヒノモトを制覇した偉大なる父、平キヨモリ。その父を今も慕うトキタダに、トモモリの胸にも熱い思いがこみ上げた。
そして、しばしの沈黙の後、
「アンタがキヨモリの遺志を継ぐというのなら――アタシは協力するわ」
トキタダは、はっきりとそう宣言した。だが続けて、
「でも、アントクがヤサカニの勾玉、アンタがヤタの鏡の主になれても……残るひとつ、クサナギの剣は『魔導適性』のないヨリトモには使えないわ」
と、源氏の棟梁が抱える問題が、このプランの障害となっている点に言及した。
「結局、クサナギの剣はあのウシワカにしか使えないのよ。あの狂った小娘が、アントクやアタシたちに従うとは思えない……」
加えて、一人しかいないその候補者が、平氏への憎悪のみに突き動かされているという現実に触れると、そのままトキタダも口をつぐんでしまったが、
「そもそも源平和合など夢物語かもしれない……」
「トモモリ?」
「だが、それを承知で俺に書状を送ってきた源ヨリトモ――俺は、あの女を信じてみようと思う」
そう口にしたトモモリの顔は、源ヨリトモと共に、この惑星ヒノモトの命運を担うという決意に満ちていた。
「…………分かったわ」
それに、もはやトキタダも異論は挟まなかった。
「すぐに返書を出す。くれぐれもこの事、兄上には気取られぬ様にな」
そう言って足早に立ち去るトモモリ。その横顔に、ありし日のキヨモリの姿が重なって見えたトキタダは、彼の背中にそっと微笑んだ。
Act-04 三種の神器 END
NEXT Act-05 偽りの出陣
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