神造のヨシツネ

ワナリ

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第10話:イチノタニの空

Act-08 燃える都

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 都が――フクハラが、アントクの目の前で燃えていた。

 見上げた空からイチノタニの断崖を急降下してきた正体は、ウシワカの駆る飛行形態のシャナオウマークⅡ。
 それが、搭載されたキャノン砲を放った瞬間、フクハラベースに爆炎が上がった。

 地上攻撃をものともしない、天然の要害イチノタニをあざ笑う様に、シャナオウは舞い上がり急降下を繰り返すと、やがて平氏の都は紅蓮の炎に包まれた。

 そして頃合いよしと判断すると、緑の鳥は人型へと姿を変えた。
 その姿をアントクは知っていた――それは憎っくき源氏の女、ウシワカが乗る機甲武者であると。

「いやーーーっ!」

 半ばアントクは発狂状態になった。

 それをシゲヒラが肩を抱いて制するが、シャナオウは人型形態でも翼を広げホバリング状態を維持すると、手にした二十ミリ機関砲を撃って撃って撃ちまくった。
 格納庫、弾薬庫、果ては居住区まで――無差別射撃であった。

 そして、シャナオウがいくつ目かのマガジン交換を終えると、機体はフクハラベースの大手門に向かい飛んでいく。
 目的は一つ――外に布陣している源氏軍を引き込む事であった。

 その頃、討伐軍の総大将である梶原カゲトキも、伝令からの報告でフクハラベースの異変を知ったところであった。
 難攻不落をうたわれたフクハラベースが燃えている。これはどうした事であろうか。

「急ぎ斥候を――」

 カゲトキが口にした時――もう軍は動いていた。

 白の軍団――源氏軍が燃える都に向け、ひた走る。

「待て、動くな! ヨリトモ様は動いてはならぬと!」

 そんなカゲトキの叫びなど届くはずもなかった。仮に届いたとしても、笑止千万と一笑に付されるのがオチであったろう。

 源氏諸将の目的は恩賞である。そのために彼らはみなもとのヨリトモという、魔導適性すら持たない女を棟梁として仰いでいるのである。

 ヨリトモの惑星ヒノモトを救わんとする、気高き理想など彼らは知る由もない。
 そもそもヨリトモはそれを明かしていないし、彼らの利権に対する欲望を利用して、フクハラまで進軍させたのもまた事実である。

 ならばこの状況において、これは当然の結果だったといえる。

 そして餓狼の群れと化した源氏軍は見た。フクハラベースの大手門を破壊し、颯爽と上空に舞い上がる薄緑色の機甲武者を。

 源氏軍においてそれは戦陣の女神――例えるなら、百年戦争時のジャンヌダルクに見えたかもしれない。
 それに導かれる様に源氏軍は、フクハラベースへと乱入した。
 

「緑の機甲武者! あれは源氏の――奴か!」

 フクハラベースの司令室でも、たいらのトモモリが動揺と共に絶叫していた。

 以前、ヘイアン宮強襲の際に遭遇したシャナオウが、自分たちに奇襲を仕掛けてきた――それはすなわち、源平和合の交渉が破綻した事をこの聡明な武人はすぐに悟った。

 そして状況を確認する。
 外郭はともかく――想定外の空からの攻撃に――無防備なベース内は、その七割がなんらかの被害を受けている様子であった。

「ヤシマに撤退するぞ!」

 すぐにトモモリは決断を下した。

「ちょ、ちょっとトモモリ⁉︎」

 それにツクモ神トキタダは戸惑う。
 だがその時のトモモリの顔は、焦燥の中でも冷静そのものであった。

「もうここで戦線を維持するのは無理だ。時を逸すれば――ここで平氏は終わる!」

「……分かったわ」

 亡きキヨモリの才を強く受け継いだトトモリ。彼がそう言い切った事で、トキタダも腹をくくった。

「アタシは、アントクのとこに行くよ」

「頼む。俺は軍をまとめて一旦迎撃に出る」

 それから機甲武者部隊を率いたトモモリが参陣した事で、すぐに両軍の戦闘は互角の様相となった。

 その理由は、状況に対応したとはいえ、抜け駆け同様の源氏軍の動きは、その統制が取れていなかったのである。
 半月近い意味の分からない対陣。それに飽いた彼らは、その鬱憤を晴らす様に乱取りに走ったのだから、それも無理からぬ所であった。

 ゆえに奇襲の効果が薄れてきた頃、新型機甲武者――水陸両用機『カイト』を率いたトモモリが、木曽軍を壊滅させた水堀からの強襲をかけると、今度は源氏軍が算を乱す展開となった。

 名目上の総大将――その実質は源氏諸勢力の軍監――である梶原カゲトキの参陣で、源氏軍もようやく態勢を立て直したが、戦上手のトモモリの迎撃に手も足も出ない状況は変わらなかった。
 ベース内に乱入した源氏軍も、次第に押し戻されている。

 そして、このまま戦闘がジリ貧となり、両軍ともこれ以上の戦果が見込めないと判断した時――戦は終わる。
 迎撃軍を率いるトモモリも、すでにその後の撤退計画を考えていた。

 その時同じく、戦がもうすぐ終わると判断した者がいた。

 残された時間はあとわずか――その間に、もっとも敵に痛撃を与えられる人間を討ち取る、と。

 ――天才戦術家の冷徹なる計算。

 それはシャナオウで燃えるベース内を、くまなく探索するウシワカであった。

「どこかにアントクの御所があるはず! ベンケイ、それを探して!」

 血走った目でウシワカが叫ぶ。
 フクハラベースは要塞都市であるため、その全体は想像以上に広い。上空から探してもそれは困難な作業であった。

 全天周囲モニター上を、ウシワカとベンケイの二人の目がせわしなく動く。
 そして奥まった小さな湖畔の傍らに、壮麗な建築物を見つけたベンケイが、

「見つけた、きっとあれよ!」

 と、その方角を指さすと、瞬間、ウシワカの顔は歓喜に破顔した。

「キシ、キシシシッ」

 ウシワカが妙な笑い声を漏らす。

 ようやくアントクを殺せる――先帝の娘だかなんだか知らないが、シャナオウさえ反応する強大な魔導力を持ち、事あるごとに自分にその独善的な正義をぶつけてきた小娘。

 憎かった。生理的に純粋に憎かった。

 おまけにアントクは、源氏の仇敵である平氏が奉戴している。それを殺す事は使命である。

 きっと姉ヨリトモも喜んでくれる。ようやく自分の事を褒めてくれる。

 ――お姉ちゃん。お姉ちゃん。ヨリトモお姉ちゃん。

 もはやすべてを曲解した無垢なる狂犬は、その姉がなんとしても保護したかった皇女を殺害するべく、御所に急行する。

 そしてシャナオウを、飛行形態から人型形態に変形させると、

「死ね、死ね、死ねーっ!」

 ウシワカの狂気の叫びと共に、その二十ミリ機関砲が雨のごとく御所に向け撃ち込まれた。



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