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第10話:イチノタニの空
Act-09 憎悪の炎【イラスト有り】
しおりを挟む「――――⁉︎」
ウシワカが感じた違和感。
皇女の仮御所に機関砲を撃ち込んだのに、その守備兵、文官、雑仕女たちが皆――『我が身第一』と燃える御所を捨て、四方へ逃げ散っている。
――アントクはここにいなかったのか。
すぐにウシワカはそう判断すると、シャナオウを飛行形態に変形させ、再びベース内を捜索するべく、仮御所を後にした。
そして、ウシワカがチラリと大手門方面を見る。
平氏軍の反撃を受けた源氏軍は、その大半がベース外に押し戻された様子だった。
――チッ、役立たずが。
心の内で、舌打ちする。
ウシワカはシャナオウマークⅡの――機甲武者の概念を覆す――上空攻撃で、本来ならこのフクハラベースを全制圧できるものと思っていた。
だが奇襲の混乱を活かしきれず、源氏軍はウシワカの期待を裏切った。
――誰が指揮をとっているんだ? 大方、カゲトキあたりの能無しか。
そんな悪態をつき続けていると、
「ウシワカ、そろそろ限界よ。一度、地上に降りて!」
という、ベンケイの切迫した声が聞こえてきた。
機甲武者はヒノモトの大地に流れる『天使の霊脈』を動力源とする。それはシャナオウも例外ではない。
マークⅡへの改修を終え、飛行形態という新たな力を得たシャナオウだが、大地との恒常的なコンタクトが途切れた分、備蓄霊力が無くなればそれを補給しなくてならない。
強大なウシワカの魔導力と、ツクモ神であるベンケイの神通力で、ここまで無理に無理を重ねてきたが、ついにその稼働限界が近付いてきたのであった。
「クッ!」
迫るタイムリミットを前に焦るウシワカも、やむなくシャナオウを人型形態に変形させ、地面に着陸する。
だが、それが功を奏した。
中庭らしき地に降り立ったシャナオウの眼前に――なんと、皇女アントクがいたのである。
「――! ――!」
モニターに映るアントクは、そばにいる男に肩を抱かれながら、何やら叫び続けている。
ウシワカは知る由もないが、彼女の奇襲に錯乱した状態が依然続いていたのである。
だが、そんな事はどうでもいいウシワカは、この僥倖に歓喜すると同時に悪魔の笑みを漏らすと、
――くたばれ!
とばかりに、二十ミリ機関砲の引き金をシャナオウに引かせるが、
「――――⁉︎」
機体から伝わってくるのは空撃ちの感触――なんとこの場面での弾切れであった。
焦るウシワカが予備マガジンをチェックするが、それももうない。両肩に新規搭載されたキャノン砲も、大手門を破壊するためにすでに全弾撃ち尽くしていた。
「ちいいいーっ!」
僥倖の後に訪れた不運。それにウシワカが顔を歪めると同時に、その視界に――彼女がもっとも見たくないものが飛び込んできた。
それは視線――アントクがこちらを見つめていたのである。
まだ正気は取り戻していないのだろうが、その目にはウシワカが独善的と断じた、正義の光が満ちていた。
「――――!」
瞬間、ウシワカは逆上した。今度は彼女が発狂せんばかりの怒りに身を震わせた。
――殺してやる! こいつは私の手で殺してやる!
そしてウシワカは、シャナオウのコクピットハッチを開いた。自らの手でアントクを刺し殺そうと思ったのである。
「ウシワカ!」
さすがにそんなバカな真似はさせじと、ベンケイがシートの後ろからウシワカを離さない。
ならばとウシワカはヒップホルスターから、木曽ヨシナカから譲られた銀のオートマチックピストルを引き抜くと、血走った目を向けるアントクに向け、次々と撃ち放った。
正確な軌道を描く銃弾。少女を殺すなら九ミリ弾でも十分であった。
「はわっ!」
それを受け、上がる絶叫。
だがそれはアントクのものではなく――彼女の傍らにいた男――平シゲヒラのものであった。
「シゲヒラーっ!」
己を庇い銃弾に倒れたシゲヒラの姿に、正気を取り戻すアントク。
すかさず次弾を撃ちたかったウシワカだったが、シゲヒラの体がアントクに覆い被さり邪魔だった。
そのシゲヒラの目は、再び会えた魔導武者の少女に以前と変わらぬ憧憬の思いを放っていた。
今や悪鬼と化したウシワカ――だがそれでもシゲヒラにとって、彼女の姿は美しいものだったのである。
「シゲヒラ、シゲヒラ!」
悲しき貴公子の思いなど知る由もないアントクは、思い人の受難に叫び続ける。
(ああ、あいつは平《たいらの》平シゲヒラか。まだ生きていたのか)
そんな冷徹な思いに思考が一瞬逸れたおかげで、ウシワカは逆上していた自分の判断ミスに気付く――ここは、シャナオウのセイバーで一刀のもとに叩き潰すべきだった、と。
そうなるとウシワカの動きは早い。
シャナオウのハッチを閉じると、すぐに機関砲を捨て、左腕に格納されたセイバー『ハチヨウ』を引き抜き、その光刃でアントクに斬りかかった。
全長八メートルの機甲武者で、十一歳の少女を打ち殺さんとする所業も、ウシワカにはなんのためらいもない。
だが、その刃は――アントクに届かなかった。
凶刃を阻んだのは、天使直系の皇族が持つ強大なる魔導力――危機を察知した皇女アントクが素早く展開した、魔導シールドであった。
規格外の巨大な魔法陣に、受け止められる斬撃。
それでもその衝撃は凄まじく、アントクの体は十メートル以上、後方に吹き飛ばされた。
「パワーが落ちてるのか⁉︎」
アントクを両断できなかった事で、機体の機能低下を感じるウシワカ。
そこに、「アントクー!」と叫びながら、ツクモ神トキタダが、その救護のために到着した。
ツクモ神トキタダ――神器『ヤタの鏡』から生まれし彼女は、ヘイアン宮での一戦でシャナオウを、赤子の手をひねる様に圧倒した。
あの時はアントクを餌にする奇策で一撃を加えたが、まともに戦って勝てる相手ではなかった。
しかもシャナオウは、長時間飛行に費やした霊気の補充が万全でない状態である。
「ここが、退き時ね」
ウシワカに、パートナーのベンケイが現実を告げる。
奇襲からの数々の非道――それにも、戦ならばやむなき事とそのすべてを受け入れ、『無垢なる狂犬』と運命を共にすると誓った、このツクモ神の言葉にはウシワカも心から耳を傾ける。
――撤退か。
そう決断したウシワカの目に――まだ眼前に横たわるシゲヒラの姿が映った。
するとウシワカの意を受け、シャナオウは狙撃されぐったりした彼の体を、乱暴につまみ上げた。
「シゲヒラーっ!」
アントク、そしてトキタダの叫びが聞こえた。
それがウシワカには、たまらなく心地よかった。
――こいつは撤退のための人質になる。それに、どうやらアントクはこいつを好いてるらしい。
戦術と加虐を重ね合わせ、ウシワカは悦に入る。
――手を出せば、こいつを殺す!
そうアピールしながら緑の機甲武者は、確保された安全の中、悠然とフクハラベースの大手門へと向かう。その事に、ベンケイも異は唱えなかった。
そして大手門に到達したシャナオウの姿に、源平両軍が動きを止めた。
高々と掲げられたその腕には、血にまみれた平氏の貴公子の姿があった。
「シゲヒラ……」
弟の変わり果てた姿に、迎撃部隊を率いるトモモリも絶句する。
そして、それが合図の様に戦闘は――ウシワカの奇襲により始まった『イチノタニの戦い』は終わりを迎えた。
夜半――
フクハラより撤退する御座船の中で、アントクは止まらぬ涙を流し続けていた。
自分の無力。そのせいで一度ならず、二度までもシゲヒラを危難に遭わせ、ばかりかその身を源氏に奪われてしまった。
――憎い、憎い、憎い。あのウシワカという女が憎い。殺してやりたいほど憎い!
聖なる皇女の胸に宿った、憎悪の炎であった。
そして泣き疲れ眠ったアントクから離れ、甲板に出たトキタダを待っていたのは、海風に身をさらすトモモリだった。その目が西方を見つめている。
「すまない……シゲヒラの事」
「いや、あれは仕方なかった……。ところで――」
意気消沈しながら謝罪するトキタダに労いの言葉を送ると、トモモリは表情をあらため、
「ヤタの鏡……あれを機甲武者にできるか?」
声を細めてそう切り出した。
「『カラス』を……現界させるのかい?」
そう言って驚いたトキタダだったが、トモモリの目に宿る気迫を受けとめると、
「分かったわ……ヤシマに着いたら、そこから一緒に『イツクシマ』に向かいましょう」
と、同じくその目に決意の光を宿らせると、二人は並んで西の海を見つめた。
西海――そこにあるのは、神器ヤタの鏡を封印せしイツクシマ。
そして、その先にあるのは運命の決戦場――ダンノウラであった。
Act-09 憎悪の炎 END
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