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第11話:シズカゴゼン
Act-04 ヨリトモ即位
しおりを挟む皇帝ゴシラカワとの二ヶ月ぶりの対面。
その変わり果てた姿に、ヨリトモは驚愕した。
タマモノマエ封印と、その復活による侵食が原因なのであろうが――女帝の顔に明らかな死相が出ていたのだ。
「ウシワカはいかがであった?」
そんなヨリトモの動揺する心を見透かした様に、ゴシラカワが先手を打ってくる。
しかも情勢についてではなく、妹の件を持ち出された事に、ヨリトモはさらに動揺した。
「…………」
「まあよい。さてヨリトモ――」
返答できないヨリトモに思わせぶりに微笑むと、構わずゴシラカワは言葉を重ねようとする。
「陛下!」
それをヨリトモが、決意に満ちた顔で制した。
「源平和合……相成りませんでした。申し訳ございません。これも私の力が、足りなかったせいでございます」
綴る陳謝の言葉。だが平トモモリとの和平交渉の中で起こった、ウシワカの奇襲というアクシデントをゴシラカワは把握していた。
それは千里眼を持つ女帝でさえも、予想できない事態であった。
だがこの若き源氏の女棟梁は、妹の独断専行については一切口にせず、すべての責をその一身にて背負おうとしている。
同時にゴシラカワはヨリトモの目に、以前にあった迷いの色が消えている事に気付いた。
きっと多くの事を考え、そして何かを決断したに違いない。
ヨリトモはヨリトモなりに懸命に、ヒノモトをタマモノマエから守るべく尽くしてくれた。
女帝が画策した理想は夢と消えたが、その努力は真のものであった。
だから、「大義――」という短い言葉に万感の思いを込め、ゴシラカワは偉大なる凡人の労苦に感謝の意を示した。
それに深く頭を下げると、
「つきましては以後は、源氏一統にて……政では成しえませんでした源平和合を、武にもって成就させたく存じます」
引き続きヨリトモは、彼女が決意した『武』による統一をここに宣言した。
「うむ……」
「我ら源氏で平氏を完膚なきまでに叩き、それを取り込んで後――和と誠をもって一つとなってご覧に入れます」
まるで子供の様な理想論。それができれば苦労はしなかった。武による屈服は必ずそこに憎しみを残す。平時ならば、笑い飛ばしている理論であった。
だがヨリトモは真剣であった。すべてを切り捨てなくてはならないのが源氏なら、そのすべてを切り捨てた上に新たなる秩序を築く。
それはすべての手を尽くした、血を吐く様な葛藤の末にたどり着いた結論であった。
それをゴシラカワも理解した。
だからヨリトモの変わらぬ凛とした目を見つめると、
「よかろう」
短くそう言った。傍らに立つ僧形の摂政シンゼイも、それになんの異論も挟まなかった。
意外な展開にヨリトモは、そこにただならぬ何かを――言うなれば漠然とした『終焉』を感じ取り、しばし言葉を失う。
だが宙に浮く源氏のツクモ神マサコの視線を感じ、ヨリトモは我を取り戻した。
ここに来た真の目的をまだ達成していない――彼女たちは、日和見を決め込んでいる西方諸勢力に、勅命を発してもらうためにここに来たのである。
そして、それをヨリトモは単刀直入に申し入れた。
すると――
「それだけで良いのか?」
という、ゴシラカワからの返答にヨリトモは戸惑った。
「それだけ……と申しますと?」
「私の勅命だけで良いのか、という事だ。権威というのは時に重要だ。そこに目をつけた事は褒めてやろう。だが、それだけでは足りん」
「…………」
「ヨリトモ、お前に国をやろう」
「――――⁉︎」
ゴシラカワからの突然の申し出に、ヨリトモばかりかマサコも驚いた。
だが摂政シンゼイは落ち着いている。その彼が一歩前に進み出ると、
「源氏棟梁、源ヨリトモ。勅をもって東方の王に――『東王』に任ずる!」
と、皇帝からの勅書を目の前で読み上げた。
王に任じる――帝政国家内での王への冊封は、すなわち国の中に国を作る事を、天子が認めた事になる。
「陛下……」
まだ驚きから覚めないヨリトモに、
「私は、あと数日で果てる」
ゴシラカワは淡々とそう言った。
「――――!」
驚愕に次ぐ驚愕に、再び言葉を失うヨリトモとマサコ。
「そうなればタマモが復活する。まずこの都がどうなるか分からん……。なのでヨリトモ、お前は変事が起きれば、急ぎキョウトを離れカマクラにて開府せよ――」
そこで一息つくと、まるで遺言の様にゴシラカワは言葉を重ねていく。
「私はついに帝として、タマモを……母上を討つ事は叶わなんだ。後を任せるといえば都合のよい話だが……ヒノモトの事を頼む――ヨシトモの娘よ。そしてそのツクモ神よ」
そう言い終えると女帝はヨリトモとマサコに向かって、玉座から深々と頭を下げた。
「陛下⁉︎」
驚き身を乗り出すヨリトモ。それを制する様に、
「聞かせなさい、トキワ!」
と、ツクモ神マサコが言葉を放った。
先の棟梁ヨシトモの後妻でもあったゴシラカワを、『源氏の疫病神』と言ってはばからないマサコは、女帝をその即位前の名前で呼ぶと、
「ヨシトモも……アンタと同じ思いだったの⁉︎」
と――表向きは朝廷内の主導権争いといわれる――『ヘイジの乱』で討ち死にした、ヨリトモの父親について言及した。
顔を上げるゴシラカワ。それから彼女は、
「ヨシトモは、タマモを討つために……負けると分かっていてヘイジの乱を起こした。私もヨシトモも若かった……まだ早かったのさ」
静かにそう言って、遠き日を懐かしむ様に目を伏せた。
早かった――それは三種の神器の発動要件が揃っていなかった事を意味しているのは、今のヨリトモとマサコには理解できた。
さらにマサコは問う。
「もう一つ、聞かせなさい――アンタがタマモを討ちたいのはヒノモトのため⁉︎ ヨシトモのため⁉︎」
「両方さ」
即答だった。その思いを受け取ると、
「アンタの思い、アタシがヨリトモと一緒に成し遂げてみせるわ!」
マサコは言った。これまでの、すべてのわだかまりが消えた真っすぐな瞳で。
そして宙に浮くツクモ神が、源氏棟梁の肩を抱くのを合図に、
「陛下、東王即位の件――源ヨリトモ、謹んで拝命いたします」
そう答えた瞬間――ヨリトモは王になった。
「お前は本当にヨシトモによく似ている……会えて嬉しかったぞ。さらばだ」
そして御座所を退出したヨリトモとマサコは、続いて呼び出されたウシワカとベンケイとすれ違う。
その時、ヨリトモは、
「ヤシマに出撃する――先鋒はウシワカ、お前だ」
妹の目を見ずにそう言った。
「えっ⁉︎」
ウシワカの驚く声にも振り返らず、ヨリトモはそのままヘイアン宮を後にする。
そして少し離れた場所で、ようやくヨリトモは壮麗なる皇帝の御所を仰ぎ見ると、
――ゴシラカワ帝はすべてを清算したかったのだ。自身の事も、父ヨシトモの事も、そして私とウシワカの事も。
と、なぜ自分と妹が同時に招かれたのかという疑問に、彼女なりの答えをつけた。
そして今、自分が立っている場所が、
(そういえば、このあたりだったな)
忘れかけていたウシワカとの初対面の――最初で最後の姉妹が分かり合えた瞬間の――地だった事を思い出すと、
(最後に……思い出せてよかった)
と、その事を心の内でゴシラカワに感謝しながら、静かに目を閉じた。
この瞬間――彼女もすべての清算を終えたのだった。
Act-04 ヨリトモ即位 END
NEXT Act-05 女帝墜つ
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