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第12話:決戦ダンノウラ
Act-04 ラストアタック
しおりを挟む「クックックッ、始まったか……」
ヘイアン宮の皇帝御座所。その玉座でタマモノマエが妖しく笑う。
魔導力で現出させた映像には、大陸の西の果て――ダンノウラの海が広がっていた。
それを埋め尽くす白と赤の戦艦、空母、そして機甲武者。
ヤシマより落ちた平氏を、源氏が追い詰めた最終決戦――ダンノウラの戦いの模様であった。
「妾を討つために、源平が一つになる? とんだ茶番であったの……のう、シンゼイ?」
そう言って呵々大笑するタマモの視線の先には、怒りに震える摂政シンゼイの姿があった。
ゴシラカワの起死回生の一撃を退け、復活を遂げたタマモノマエ。
新帝となった彼女のそれからの動きは、実に見事な手際であった。
皇帝の崩御を布告すると同時に、後継者不在の状況を利用して、国母である自身のゴトバ帝としての即位宣言。そして朝政の掌握。
加えて、厭戦気分にあえぐ西方の源氏制圧地に、戦況の虚報と莫大なる恩賞を餌に寝返りを仕掛け、それを機能停止に追い込んでしまった。
復活からわずか三日で、東方を除く全土は再び混迷の戦場と化した。
すべてはタマモノマエの、恐るべき政治手腕であった。
「八年の封印の日々……それでも妾は見ていたぞ。お前たちの悪あがきをな」
玉座のタマモが頭上の梁を見上げる。そこに埋め込まれていたのは、これまで自分を同じ場所に封印していた先帝ゴシラカワであった。
「トキワ、お前にはまだ利用価値がある……だから殺さん。シンゼイ、お前もな」
封印した娘を嘲笑してから、タマモは再びシンゼイに目を移す。
かつてトバ帝の皇后として、そしてストク帝とタカクラ帝の国母として、ホウゲンの乱、ヘイジの乱を陰で主導したタマモの実力は計り知れない。
――今は耐える時だ。自分が倒れればゴシラカワ帝の遺志を継ぐ者がいなくなる。
シンゼイが仇敵であるタマモの摂政として、いまだ朝廷にいるのには、そういう思いがあった。
だがタマモの方でも、それは織り込み済みである。
「時を待って妾を殺す――だが三種の神器は揃うのかぁ? ダンノウラでその源氏と平氏は、今まさに殺し合いを始めようとしているぞぉ?」
勝ち誇るタマモノマエ。狐の耳と九本の尾を持つ化生の身を隠したその姿には、もはや皇帝としての確固たる威厳さえ備わっていた。
無念ながら、すべてタマモの言う通りであった。
三種の神器は朝廷に加え、源平が和合しなければ発動できない。
その源平が、今まさに戦端を開こうとしているのである。
「まずは愚か者同士の殺し合いを見物してから、勝った方を海の藻屑にしてやろう」
そう言ってタマモは、両手に魔導力を込めながら不敵に笑った。
フクハラ戦における、惑星カラによる日食。
そして、木曽ヨシナカのヘイアン宮襲撃に際した、魔導結界の停止。
それを引き起こした、天使であるタマモの強大なる魔導力を知るシンゼイは戦慄する。
「いずれ妾が完全復活した暁には、トキワの体を依り代に、妾の魔導鎧『ダッキ』を現界させてくれる。さすればヨリトモとやらも、ひと捻りに潰してくれよう。まあそれまでの命を、せいぜい妾のために使うがよい、シンゼイよ」
タマモの嘲笑を聞きながら、それに為す術ないシンゼイは、眼前のダンノウラの映像を見つめると、
――源氏よ、平氏よ。どうか生き残ってくれ。
人ならざる天使の侵略に――人類の運命を、もはや天に祈る事しかできなかった。
その時、ダンノウラ海上に布陣した源氏軍空母で、ウシワカはベンケイと共に出撃の時を待っていた。
西へ逃げる平氏を追って三日。
最果ての海ダンノウラに腰を据えた平氏艦隊が、遂に最終決戦の構えを見せたのだ。
ヤシマの戦いに勝利した事で、平氏を見限った日和見勢力の艦船も加わり、源氏軍の戦力は平氏軍とほぼ互角になっている。
その両軍は、一万メートルの距離をおいて対陣していた。
「潮流が激しいな」
潮の流れを見たウシワカが呟く。
ダンノウラは大陸の最果てゆえに、独特の潮の満ち引きがあり、今も所々に渦潮が起こっている。
現在は西側の平氏が追い潮、東側の源氏が向かい潮であった。
「潮の流れが変わるまで待った方が――」
ウシワカが言い終わる前に、平氏軍からの艦砲射撃の音が響いてきた。
それからすぐ後、それに応射する自軍の砲声も。
「なんで一旦引かないんだ、カゲトキは」
もう一隻の空母で全体指揮をとる、梶原カゲトキの采配にウシワカが苦言を漏らす。
だがウシワカの目にはこれまでの様な、蔑みの色はなかった。
それは言うなれば、呆れたといった風なひどく柔和なものだった。
そこに常陸坊カイソンが、メカニックの作業着姿で近付いてくると、
「ウシワカ、もうすぐ出撃だね。飛行形態のシャナオウの出力低下には気を付けてね。ベンケイさんがいれば大丈夫だとは思いますが、出力が落ちたら弾丸補給も兼ねてすぐに戻ってきてください。空母でも海面に接している分、いくらか霊脈とコンタクトできるはずですから」
と、ウシワカ、ベンケイ両名にテキパキと機体の注意点を告げる。
今やシャナオウの専属メカニックとなった彼女の逞しい姿に、ウシワカとベンケイも出撃前の緊張がほぐれ、思わず笑顔になる。
そこに伊勢サブローが、那須ヨイチと共に合流すると、
「ヨイチ、アンタもウシワカに負けない様に頑張らなきゃだね!」
と、底抜けに明るい声で、思い人にハッパをかける。
そんな一見和やかな雰囲気の中、ツクモ神であるベンケイは心にある、得体の知れない不安を拭いきれないでいた。
先のヤシマの戦いでの源氏軍の詰めの甘さ。
タマモ復活を共に知ったはずの、ツクモ神トキタダのこれまでの沈黙。
そして、先ほどのウシワカの人が変わった様な、達観した表情。
考えても仕方がない。だがそう思うほどに不安が募っていく。
もはや通信さえ途絶した最果ての海。目の前にいるのはウシワカの宿敵、平氏。
戦うしかない。その葛藤がピークを迎えた時、
「ベンケイ」
そう言って、宙に浮くベンケイの手をウシワカが握ってきた。
「行こう」
短い言葉と共に微笑むウシワカ。
(――この子は私のすべてをかけてでも、守ってみせる!)
瞬間、そう決意すると、
「ええ、行きましょう!」
ベンケイも、いつもの景気のいい声でそれに応じた。
そして手を繋いだまま、射出カタパルトにスタンバイするシャナオウに向けて、走っていく二人。
それを見計らってから、この空母を指揮する大江ヒロモトが、残ったヨイチに近付き何かを耳打ちした後、
「まもなく機甲武者戦に移ります。これが最後の戦いです!」
と、放った号令に、「おー!」と応える将兵の雄叫びが艦上にこだまする。
それに負けじと、シャナオウのコクピットに座ったウシワカも、背中から自分を抱くベンケイに目配せしてから、声高らかに発進を告げる。
「源ウシワカ。シャナオウマークⅡ、出る!」
カタパルトから射出され、大空に舞い上がる薄緑の鳥。
『滅びの物語』の最後の幕が上がった。
Act-04 ラストアタック END
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