23 / 142
急な誘い
しおりを挟む
「あったか……」
大学終わりにバイト先に来ると、スタッフルームはまるで天国だった。休憩用ソファの前に石油ストーブが置かれていて、その前には休憩時間中のおば様が休んでいる。僕もまだ勤務時間より少し早いのでソファに座ってぬくぬくする。
「あら、ゆっちゃん。今日は早いわね」
ここで働いているおば様たちは皆気の良い人ばかりで、よくお世話になっている。
「はい、大学が早めに終わって」
「大学行ってバイトもしてえらいわねえ、あたしなんかバイトなんてちょこっとで切り上げて、よく映画とか見に行ってたのに」
おば様は懐かしそうにしながらにこにこと話してくれた。
「あ、そうだゆっちゃん。あなたこの前珍しく休んだじゃない? あたしたちの間で噂になってるのよ。もしかして彼女が出来たんじゃないかって! ほら、怪我した時以外今まで休んだことなかったからみんな気になっちゃって」
「あー……。いや、違いますよ。たまには遊びに行きたいな、と思いまして」
僕は苦笑しながら答えた。女性はこういった話が好きだ。彼女たちは僕が人を好きになることが出来ない人間だということを知らないし、僕も言うつもりはない。祖母だって「孫の顔が見たい」とよく言っていたけど、その質問に僕が困っていたことは知らない方がいいだろう。
「なんだ、そうなの。じゃあもし出来たら最初にあたしに教えてね」
「考えておきます」
出来ることはきっと一生ないけれど。こうやって気さくに話しかけてくれることが嬉しくて、差し障りのない答えを返した。
今日は在庫確認の作業が主で、足りないものはリストに追加して発注しなければならない。レジ打ちと違って人と話さなくて良いので気分は楽だが、仕事量は思いのほか多い。こういう単純作業が性に合わない人にはなかなか苦になるだろう。
ここは大きなスーパーなので、会いたくない誰か達に会う危険もかなりあるが、最も働きやすくて儲かる良い職場だ。
……あ、シーザードレッシングが品切れしてる。調味料類は減ることは多いけれど、品切れは珍しい。誰かが補充を忘れたのかもしれない。
うーん……1ダース注文しておくか。
†―――――――――――――――――†
リスト三枚分くらいがいっぱいになったころ、バイト終了時刻になった。リストを持ってスタッフルームに戻ると、それを発注担当者のデスクに置いておく。
自分用のロッカーを開けて、制服から元の服に着替える。あとは帰るだけ。
帰る前にスマホの通知を見ると、LINEが数件来ていた。
えーっと、御園と、友人達と、冴木さんと。…………誰だこれ。
見覚えのない黒猫のアイコンと、「A」という名前。Aさんとかいう数学の問題に出てきそうな知り合いは、当然ながらいない。ちょっと考えても分からなかったので、とりあえずメッセージを見てみることにした。
ちょっと危ない人だった場合、ブロックしてしまえばいい。
開いてみると、短い四文が。
『突然悪い』
『有栖だ』
『LINEは冴木から聞いた』
『読んだら何か返信をくれ』
…………本当に有栖なのかよく分からないので、一度冴木さんにLINEをする。たまたま手が空いていたのか、すぐに返信が来た。
『ああ、ごめんね、それ本当に有栖だから安心して』
『遊沙くんのおかげか最近イライラすることが減ってきてね』
『良い兆候だな、って思っていたら、急に連絡先を教えろって言われて』
『君には迷惑かなと思ったんだけど、有栖が我が儘言うの、珍しいんだ』
『だから、つい教えてしまって..;)』
『迷惑ばかりかけて申し訳ないのだけど、良ければ相手をしてあげて』
なるほど、そういう経緯なのか。別に知らない人じゃないならブロックする理由もないかな。
『分かりました』
『聞かれたことに返信するくらいなら出来ますから、任せてください』
まずは冴木さんに返信して、それから有栖に返信する。
『読んだよ』
『事情は冴木さんから聞いた』
『どしたの?』
有栖は忙しいし、これに気付いたら暇なときに返してくれるだろう。僕は一旦スマホを閉じて、帰路についた。
家に着いてから風呂を沸かしたりご飯を作ったりしていると、スマホの通知音が聞こえた。見に行ってみると、両方から返信が来ている。
…………そういえば有栖のLINEに気を取られて、御園たちのメッセージに返信してなかった。
御園たちからは課題を教えてとかおすすめの漫画の話とか、遊びの約束の話とかだったので、ノートの写真を送ったり軽く返信したりした。
出来上がったご飯を食べながら有栖たちのLINEを確認する。行儀は悪いが時間も有限なので許して欲しい。
冴木さんからは、
『本当にありがとう』
『有栖はあのとき誰であっても助けただろうけど、助けたのが遊沙くんで本当に良かった』
『君も何かあったら、いつでも連絡してね』
とのこと。頭を下げているスタンプも送られてきていた。僕はちょっと迷って、「こちらこそ」のスタンプを送る。文字で返信すると冴木さんも文字で返してくれると思うから、ここはスタンプを送って会話を終わらせた方がいいだろう。あの方も暇ではないので、こんなことで時間を浪費させないようにしなくては。
有栖からは一言、
『お前、暖房器具持ってるか?』
とだけ。「持っていない」と返信すると、すぐ既読がついた。そして、ぽんっと返信が来る。
『なら俺の家に住め』
…………はい?
大学終わりにバイト先に来ると、スタッフルームはまるで天国だった。休憩用ソファの前に石油ストーブが置かれていて、その前には休憩時間中のおば様が休んでいる。僕もまだ勤務時間より少し早いのでソファに座ってぬくぬくする。
「あら、ゆっちゃん。今日は早いわね」
ここで働いているおば様たちは皆気の良い人ばかりで、よくお世話になっている。
「はい、大学が早めに終わって」
「大学行ってバイトもしてえらいわねえ、あたしなんかバイトなんてちょこっとで切り上げて、よく映画とか見に行ってたのに」
おば様は懐かしそうにしながらにこにこと話してくれた。
「あ、そうだゆっちゃん。あなたこの前珍しく休んだじゃない? あたしたちの間で噂になってるのよ。もしかして彼女が出来たんじゃないかって! ほら、怪我した時以外今まで休んだことなかったからみんな気になっちゃって」
「あー……。いや、違いますよ。たまには遊びに行きたいな、と思いまして」
僕は苦笑しながら答えた。女性はこういった話が好きだ。彼女たちは僕が人を好きになることが出来ない人間だということを知らないし、僕も言うつもりはない。祖母だって「孫の顔が見たい」とよく言っていたけど、その質問に僕が困っていたことは知らない方がいいだろう。
「なんだ、そうなの。じゃあもし出来たら最初にあたしに教えてね」
「考えておきます」
出来ることはきっと一生ないけれど。こうやって気さくに話しかけてくれることが嬉しくて、差し障りのない答えを返した。
今日は在庫確認の作業が主で、足りないものはリストに追加して発注しなければならない。レジ打ちと違って人と話さなくて良いので気分は楽だが、仕事量は思いのほか多い。こういう単純作業が性に合わない人にはなかなか苦になるだろう。
ここは大きなスーパーなので、会いたくない誰か達に会う危険もかなりあるが、最も働きやすくて儲かる良い職場だ。
……あ、シーザードレッシングが品切れしてる。調味料類は減ることは多いけれど、品切れは珍しい。誰かが補充を忘れたのかもしれない。
うーん……1ダース注文しておくか。
†―――――――――――――――――†
リスト三枚分くらいがいっぱいになったころ、バイト終了時刻になった。リストを持ってスタッフルームに戻ると、それを発注担当者のデスクに置いておく。
自分用のロッカーを開けて、制服から元の服に着替える。あとは帰るだけ。
帰る前にスマホの通知を見ると、LINEが数件来ていた。
えーっと、御園と、友人達と、冴木さんと。…………誰だこれ。
見覚えのない黒猫のアイコンと、「A」という名前。Aさんとかいう数学の問題に出てきそうな知り合いは、当然ながらいない。ちょっと考えても分からなかったので、とりあえずメッセージを見てみることにした。
ちょっと危ない人だった場合、ブロックしてしまえばいい。
開いてみると、短い四文が。
『突然悪い』
『有栖だ』
『LINEは冴木から聞いた』
『読んだら何か返信をくれ』
…………本当に有栖なのかよく分からないので、一度冴木さんにLINEをする。たまたま手が空いていたのか、すぐに返信が来た。
『ああ、ごめんね、それ本当に有栖だから安心して』
『遊沙くんのおかげか最近イライラすることが減ってきてね』
『良い兆候だな、って思っていたら、急に連絡先を教えろって言われて』
『君には迷惑かなと思ったんだけど、有栖が我が儘言うの、珍しいんだ』
『だから、つい教えてしまって..;)』
『迷惑ばかりかけて申し訳ないのだけど、良ければ相手をしてあげて』
なるほど、そういう経緯なのか。別に知らない人じゃないならブロックする理由もないかな。
『分かりました』
『聞かれたことに返信するくらいなら出来ますから、任せてください』
まずは冴木さんに返信して、それから有栖に返信する。
『読んだよ』
『事情は冴木さんから聞いた』
『どしたの?』
有栖は忙しいし、これに気付いたら暇なときに返してくれるだろう。僕は一旦スマホを閉じて、帰路についた。
家に着いてから風呂を沸かしたりご飯を作ったりしていると、スマホの通知音が聞こえた。見に行ってみると、両方から返信が来ている。
…………そういえば有栖のLINEに気を取られて、御園たちのメッセージに返信してなかった。
御園たちからは課題を教えてとかおすすめの漫画の話とか、遊びの約束の話とかだったので、ノートの写真を送ったり軽く返信したりした。
出来上がったご飯を食べながら有栖たちのLINEを確認する。行儀は悪いが時間も有限なので許して欲しい。
冴木さんからは、
『本当にありがとう』
『有栖はあのとき誰であっても助けただろうけど、助けたのが遊沙くんで本当に良かった』
『君も何かあったら、いつでも連絡してね』
とのこと。頭を下げているスタンプも送られてきていた。僕はちょっと迷って、「こちらこそ」のスタンプを送る。文字で返信すると冴木さんも文字で返してくれると思うから、ここはスタンプを送って会話を終わらせた方がいいだろう。あの方も暇ではないので、こんなことで時間を浪費させないようにしなくては。
有栖からは一言、
『お前、暖房器具持ってるか?』
とだけ。「持っていない」と返信すると、すぐ既読がついた。そして、ぽんっと返信が来る。
『なら俺の家に住め』
…………はい?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる