憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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観覧車(有栖視点)

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「有栖、お願いだから絶対に離れないでね」


俺の左腕にしっかりとしがみついた遊沙が、そんなことを言ってくる。理性を試すテストではないとしたら、ここは天国なのだろうか。心を鬼にして理性を保っている俺と、そんな俺の心を激しく揺さぶってくる遊沙は、実際天国に近い場所にいた。


遡ること数分前。
俺たちは、せっかくこういう場所に来たんだからと観覧車に乗ろうとしていた。スリリングな乗り物ではないのであまり人気がある方ではなく、列もそんなに並んでいなかったから、すぐに乗れるだろうという期待も込めてだった。俺たちはそれまでに何度も何度も行列に並んでいて、正直もう疲れていた。
出来ることなら並ばずに乗りたい。
そんな全員共通の心境から自然とこの乗り物に足が向いたのだった。
待ち時間三分。カップラーメンが出来るほどの時間を目にして、これだけ嬉しくなるのもこういう状況ならではだろう。

そうして列の最後尾に加わったわけだが。どうしたことか、可香谷が狼男と冴木に何か囁いて、

「すみません、行きたいところが出来たので、観覧車はお二人で」

と言い残して二人と供に去ったのだ。狼男は酷く不満そうだったが、可香谷がもう一度何か囁くと、渋々といった感じで付いて行った。
急に取り残されて喜べば良いのかどうなのか分からなかったが、遊沙が疑問符を浮かべながらも、まあいいかといった態度だったので素直に喜ぶことにした。彼は確実に分かっていないだろうが、あの医者が気を利かせてくれたに違いない。


彼の気遣いによって、俺と遊沙は二人でこうして観覧車に乗ることになったわけだ。俺は観覧車は初めてだし、聞けば遊沙もかなり久しぶりらしい。乗ったことはあるらしいが記憶にないという。相当小さいときに乗ったのかもしれない。
だから、俺も遊沙もわくわくしながら乗って、しばらくは景色を楽しみつつ他愛もない会話をしていた。しかし、頂上が近付いてくるにつれ、遊沙の様子がおかしくなった。そわそわと落ち着きがない。どうやら段々遠くなっていく地面を見て怖くなったらしい。

そして、今に至る。
最初は二人掛けの席に一人ずつ座って向かい合うような形だったのに、今は片側に二人で座っている。途中で遊沙が移動してきたのだ。
普段は感情の波が薄いというか、冷静でクールな印象を受ける彼だが、さっきから俺の腕にしがみついて落ち着きなく辺りを見回している様子は新鮮で可愛かった。普段は彼がしっかりし過ぎて俺が甘えているせいで、遊沙から甘えられたことはあまりない。
…………別に甘えているわけではないだろうが、この際それはどうでもいい。

彼は、遙か下にある地面を見て身震いしながら俺に体を密着させてくるこの行動が、どれだけそういう感情を煽るのか知らないようだ。一つ下のゴンドラにいちゃいちゃカップルが乗っているのを見て羨ましい気分になる。
俺は、離れないでねと言う彼に、

「離れるわけないだろ」

と言って肩に腕を回して抱き寄せた。元々くっついていた体が更にぴたりと密着する。怖がる遊沙のちょっと早い鼓動がよく伝わってくる。

キスくらいなら、許されるだろうか。
ほっぺならいけるかもしれない。
でも、いきなりしたら怒られるかもしれない。
だけど、言っても断られるかもしれない。


俺は少し迷って、

「わっ」

遊沙を抱き上げると、自分の膝の上に乗せた。後ろから抱き込むようにして抱きしめる。

「有栖?」

遊沙は怖がることを一瞬忘れて不思議そうな声を出す。

「こうしてれば、怖くないだろ」
「…………うん」

遊沙はほっとしたような声で頷くと、小さくありがとうと言って、彼に抱き付いている俺の頭に左手を伸ばして撫でてきた。
俺は彼の首筋に噛みつきたくなるのを我慢して、代わりに彼のうなじに顔を埋めた。
そこはふわりとシャンプーの香りがした。
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