婚約破棄された聖女は、真実の愛に目覚めた二人に一生離れられない祝福を授ける

弥生

文字の大きさ
1 / 5

1.婚約破棄、貴方達の門出に祝福を…

しおりを挟む
「怠惰聖女リゼット!本日をもって貴様との婚約の破棄をする」

(ああ、やはりこうなってしまうのね…)

 リゼットと呼ばれた聖女はついさっきまで婚約者だった王太子にそう宣言をされ、どこか他人事のようにそう思った。

「ジョルジュ殿下、理由をお聞かせ願えますか?」
 正直理由なんて身に覚えのない事か、こじつけか、言い掛かりに近いものであろうと想像はつくが一応は聞いてみる。

「フン、理由など貴様自身が一番分かっている事ではないのか?」

(いえいえ、何通りか考えはしましたが殿下の奇行は毎回想像を越えるものですから)

「私には分からないから聞いているのですわ」
(まあ、このような行動に至った経緯は容易に想像がつきますが…)
 リゼットはため息をつきたくなる事を我慢しながら、ジョルジュの隣にいる人物を横目で見る。

 王太子ジョルジュに抱き付く女性、彼女は男爵令嬢マリーナ。
 肩までの長さのピンク色の髪をふわふわのカールにし、ぽってりとした唇は艶やかに光り、少し垂れた目を潤ませる様は、さぞかし殿方の庇護欲を掻き立てさせるであろう。

 うわーどんなグロスを塗れば、あんなに光るのでしょう?化粧品の知識など無い人が見れば、フライドチキンでも食べてサラダ油が付いていると思うでしょうね…
 などと、どうでも良い事を考えているとジョルジュ殿下は私を指差して叫ぶ。

「貴様は聖女であるにも拘わらず、修行を怠り祈りの役目を放棄し、責任を果たしてもいないのに聖女に対する施しだけは享受し、王太子であるこの俺の婚約者の立場に居座り続けるその姿勢もう我慢ならん!」

「ジョルジュさまぁ、そのような言い方はリゼット様がお可哀想ですわ…きっとリゼット様だって頑張っていらっしゃるのですからぁ」

「マリーナは優しいな、このような怠け者にも心遣いが出来て。この女にお前がそんな風に心を砕く必要は無い、それにたとえ努力をしていたとしても実力不足である事には違いは無い。それならいつまでも聖女の立場に縋り付かず、潔く辞するべきであろう!」

「もう、ジョルジュ様たらぁ…」

 何の三文芝居を観させられているのだろう?そしてマリーナという名の令嬢は、語尾を伸ばさないと会話が出来ないのであろうか?

「…つまりは聖女としての働きが至らない私は辞任をして、殿下の婚約者の立場からも降りるべきだと仰りたいのですね?」

「当然だろう?そもそも平民である下賎な血を王家に入れる事自体が問題なのだ、聖女という理由だけで俺の婚約者に指名されたようだが…」

「下賎な血…」
 確かにリゼットは平民だがそれを下賎な血であると言うのなら、平民上がりの男爵令嬢マリーナも血統ではそうなってしまうのではないか?

 全国民の九割以上を占める平民をそのように見下すとは、王太子が国王になった後のこの国の行く末など想像もしたくない。

「かしこまりました、私は聖女として精一杯努めておりましたが能力不足であったと仰るのならば、ここで身を引くしかございませんね。」

「何だ、随分物分かりが良いな?まあいい俺は貴様との婚約を破棄し今ここで新たな聖女マリーナとの婚約を宣言する!」

「まあ!ジョルジュ様私嬉しいですわぁ」

「真実の愛で結ばれた俺とマリーナが結婚するのは当然だろう?」

(最初からそれが目的であったでしょうに、それにしても彼女が新たな聖女?)
「…そうですか、では新しい聖女様の誕生と婚約者お二人の門出を祝して、及ばずながら私から祝福を差し上げたいのですが?」

「祝福だと?」

「はい、真実の愛に目覚められたお二人に…健康に長生きをし、どのような困難があろうとも死が二人を分かつまで添い遂げ離れない…そんな祝福の力を私の聖女の最後の役目として」

「フン!そこまで言うのなら祝わせてやろう」

「リゼットさまぁ、後の事は私にお任せ下さいねぇ」

 何一つ文句も言わず祝いの言葉までかけてくるリゼットに、ジョルジュとマリーナは一瞬怪訝な顔をしたが想像以上にうまく事が進みいい気になっていた。

「では、王太子ジョルジュ様そして男爵令嬢マリーナ様に聖女リゼットの祝福を…」

 リゼットが自らの胸の前で手を組み詠唱をすると、ジョルジュとマリーナの身体が光り力が湧き上がるのを感じる。
 やがて光りは収まり、聖女の祝福が終わった事が分かった。

「…終わりました、では私は今からこの神殿を去り数日中にこの国から発ちます。今までお世話になりました。」

「えっ!?別に国を去れとまでは言っていないぞ、何なら暫く王都にいても良いのだが?」

「いえ、私は先程の祝福で力を使い果たしました…お役御免となった聖女がいつまでも神殿にいるわけにはいきません、それに元婚約者が殿下の近くにいては不和の原因になります。」

「えっ力を使い果たしたのか?…いやしかしだな」

「女は引き際が大事、私は大丈夫です当てが無いわけではありませんし親代わりだった祖父母ももう亡くなりました、この国に残る憂いはありません。」

 狼狽える王太子を尻目にリゼットはそう答えると、宣言通りに数日でこの国から出て行ったのだ。

 リゼットが聖女の力を使い切ってしまう事は王太子にとって想定外であった。そしてジョルジュはまだ気付いていない…

 添い遂げるとは言ったが幸せを約束したわけでは無い事、長生きの期間を設けていなかった事、そして聖女が清らかな心を持つ善良な人間ばかりでは無い事を。

 ジョルジュ王子とマリーナ男爵令嬢がその事に気付くのは、まだもう少し先の事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「予備」として連れてこられた私が、本命を連れてきたと勘違いした王国の滅亡フラグを華麗に回収して隣国の聖女になりました

平山和人
恋愛
王国の辺境伯令嬢セレスティアは、生まれつき高い治癒魔法を持つ聖女の器でした。しかし、十年間の婚約期間の末、王太子ルシウスから「真の聖女は別にいる。お前は不要になった」と一方的に婚約を破棄されます。ルシウスが連れてきたのは、派手な加護を持つ自称「聖女」の少女、リリア。セレスティアは失意の中、国境を越えた隣国シエルヴァード帝国へ。 一方、ルシウスはセレスティアの地味な治癒魔法こそが、王国の呪いの進行を十年間食い止めていた「代替の聖女」の役割だったことに気づきません。彼の連れてきたリリアは、見かけの派手さとは裏腹に呪いを加速させる力を持っていました。 隣国でその真の力を認められたセレスティアは、帝国の聖女として迎えられます。王国が衰退し、隣国が隆盛を極める中、ルシウスはようやくセレスティアの真価に気づき復縁を迫りますが、後の祭り。これは、価値を誤認した愚かな男と、自分の力で世界を変えた本物の聖女の、代わりではなく主役になる物語です。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

婚約破棄は喜んで

nanahi
恋愛
「お前はもう美しくない。婚約破棄だ」 他の女を愛するあなたは私にそう言い放った。あなたの国を守るため、聖なる力を搾り取られ、みじめに痩せ細った私に。 え!いいんですか?喜んで私は去ります。子爵令嬢さん、厄災の件、あとはよろしく。

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

処理中です...