婚約破棄された聖女は、真実の愛に目覚めた二人に一生離れられない祝福を授ける

弥生

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2.聖女とは何たるか?

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 聖女の職務とは何か、それを問われて全てを正確に答えられる人間はごくわずかであろう。
 一部は分かっていても答えられない者の方が多い、それはこの国の王太子も例外ではなかった。

 三十代後半と思われる女性が鏡に向かって話しかけている。
 彼女が覗いている鏡に映っているのは十代半ばの少女、先日国を出た元聖女リゼットだった。
 女性と少女は鏡越しに会話をしていた。

『全く、ようやく荷が下りましたよ。ジョルジュ殿下が聖女にどこまでの事を求めておられるのか知りませんが、あの仕事量でまだ足りないと言われては過労死してしまいますよ…』

 何年も人を朝から晩までこき使っておいて怠惰聖女だなんて。

「殿下は聖女への施しは享受して、と言っていたのですって?」

 確かに聖女は神殿と同じ敷地内の宿舎暮らしで、必要最低限の衣食住は保証されている…しかし言い換えればそれだけなのである。

 毎日災害が起こらないように祈りを捧げ、病人や怪我人が出れば治癒魔法をかけに向かい、豊作祈願や大漁祈願、そして他国からの襲撃を受けないように、国中を覆う程の結界を張る。

 リゼットはこれに同時進行で王太子妃教育まで受けていたのだ、休日など無かったし充分に睡眠時間を確保する事さえ困難だった。
 大好きな祖父母の死に目にさえ会えなかったのだ。

『その上鼻を高くしたいだの、目を切れ長にしたいだの、美容整形の範疇の王太子の個人的な要求まできいていられませんよ…大方女性にモテる為でしょうけれど』

「ああ、それで貴女を怠惰聖女だなんて呼んだのね…自分の要求が通らなかったから」

『女性にモテたければ、彼は外見よりも性格を整形手術するべきですね』

「それはどんな名医でも匙を投げるでしょうね」

 リゼットは元々聖女になどなりたくなかった、田舎で小売業をする祖父母と一緒に暮らしていたかったのだ。
 
 六歳で聖女の力が覚醒して、祖父母と無理矢理引き離され王都に連れて行かれ、望んでもいないのに王太子の婚約者にされたのだ。

 それから実に八年聖女の役目と王太子妃教育を両立してきた、リゼットはまだまだ遊びたい年頃だったのに。

 高貴な物の役目だから給金は発生しないと言っておいて、その男の息子がリゼットに対して下賎な血とのたまうのだから呆れてしまう。

「ところで次の聖女はあのマリーナと言う、脳ミソにシワ一つなさそうな男爵令嬢になるって本当なの?」

『ええ、ジョルジュ殿下はそう言っておりましたわ』

「彼女からは聖女の力は感じないけれど…」

『愛があれば聖女の力も目覚めるのではないですか?まあ、なんてロマンチック!』

「そんな前例聞いた事ないわよ?」

 聖女の力は生まれつきのもので、覚醒していなかったとしても同じ聖女には分かるもの。
 もちろんリゼットもマリーナから聖女の力は感じなかった、しかし『愛の力があれば奇跡だって起こるはず』と解釈をする事にしたのだ。

『聖女だけでなく将来王妃様にもなられるそうですよ?』

「何よそれ、この国はお先真っ暗じゃない」

『お師匠様も面倒な事になる前に、早いところその国から出た方が良いのではないですか?』

「うーん、私は成り行きを見届ける事にするわ、こんな面白…じゃなかった何が起こるか分からない時に、先代聖女である私だけでも国にいないと」

『気が済んだらいつでも逃げられるように、準備しておく事をおすすめしますよ。…ではお師匠様お身体に気を付けて下さい』

「ええ、貴女も慣れない船旅でしょうけれど気を付けてね」

 鏡からリゼットの姿は消え、『お師匠様』と呼ばれた女性が映っている…もう普通の鏡だ。

 彼女はリゼットの前の代の聖女カミラ、リゼットに聖女の仕事を教えた先生であり、そして物心がつく前に両親を亡くしていたリゼットのもう一人の母親のような存在。

 現在国外逃亡まがいの船旅中のリゼットが、何故国内にいるカミラと会話が出来たのか?
 それは先程の鏡越しの会話は力の系統が似ている者同士の通信手段で、リゼットとカミラはお互い鏡さえ持っていれば世界中の何処にいても話をする事が出来るのだ。

 リゼットは確かに、ジョルジュ王子とマリーナ男爵令嬢に祝福を与える時に聖女の力を使い果たした。
 しかし『使い切った力が戻らない』とは一言も言っていない。
 一晩眠れば力は全回復する、ただ何も聞かれなかったから言わなかっただけで何一つ嘘は言っていない。

 先々代聖女カミラにジョルジュ王子が泣き付くまであと少し…
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