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第6章 正しい歪み
第71話 異常か正常か
しおりを挟む「……はぁ、絶対上手くいかねぇ」
「そんなネガティブになるなよ。大丈夫だって、メサさんもメイカちゃんもあんなの見た事ないって言ってただろ?ねぇ?二人ともぉ?」
「はい!あんな凄い芸があるとは思っていませんでした!」
「確かに凄かったけどね…目をつけられない?」
現在、カレナさんや悠、間宮、……落ち込みまくりのリーナから見送られて《ナサーハ》へと馬を走らせている。操縦しているのはメサで、その隣にメイカが補佐として座っている。
メサは前を見つつも声を弾ませ、メイカは呆れたようにしつつも、心配してくれているようだ。
「ほらぁっ!この世界の奴が言ってるんだから間違い無いって!!もっと自信持てよ!そう思うよね!朱音さん!!」
巧が話を振った相手、お嬢様は何をしているのかというと、俺が道具作成で作り出した3着の曲芸師用の衣装を見比べていた。あまりにも真剣に考えていたようで、少し遅れて返事した。
「………あ、うん!陸人なら大丈夫だって!それよりももうちょっと色が派手なタイプ……作って?」
「またですか……」
両手を合わせて顔の前に立てて、ウィンクをしつつお願いをしてくるお嬢様に対して、俺は断る術を身に付けておらず、道具作成で服を作り出す。
実は最初は1着だったのだが、「もう少し地味なやつ!」やら「少しカラフルな方が良いよね!?」とか言って3着になってしまったのだ。……まあたった今、4着になったが。
「朱音さん、俺も手伝ーー」
「駄目!これは私が決める!!」
いつもあまり自己主張をしないお嬢様が珍しく譲らない姿勢を取った。あまりにも急なのと予想外すぎて巧も「…お、おう」とだけ言って引き下がった。いつもなら粘るくせに。
「……はぁ、そもそもこの世界の曲芸師は一体何をするんだ?」
「…一回だけ見た事があるわ」
俺の独り言を聞いたのか、メイカが顔だけを軽く俺の方へ向けた。
「と言っても、ほとんど魔法に頼り切ったものと………奴隷を使った見せしめぐらいだけどね」
「ちょっと!メイカっ!!」
メサが声を荒げた事を気にも止めず、メイカは話を続ける。
「曲芸師は人々を楽しませる職業。だから、人を笑わせる為には何でもやるのが普通よ。それこそ、人を甚振ったりして。それで笑いが起きたり、人々が楽しめたら………人を殺したって何にも言われない」
人を殺しても、その言葉に俺だけでなく巧とお嬢様も改めて実感しただろう。この世界の異常さに。だが、それがこの世界の常識。
「…本当にこの世界はおかしいね……」
お嬢様が溢した呟きに同意しようとした矢先、とんでもない言葉を聞いてしまった。
「そうか?そいつがそれで色んな人たちを楽しませているなら別にーー」
巧がさも当然かのように言っているのが我慢出来ず、俺は巧の胸倉を掴む。
「おい。お前自分が何を言っているのか気付いているか?」
「………え?…………悪りぃ、俺何か言ってたのか?」
少しの間でまるで中身が入れ替わったかのように、冷酷な感じで言っていた巧から、何があったのかよく分からない様子のいつもの巧へと変わった。……何だ今のは?もしかして……この世界に毒されているのか?
「人さえ殺す曲芸師はおかしいと思うか?」
「…あ、ああ。そんな人を殺してまで芸をする奴なんて、イかれていると思うぞ…?」
再度さっきと同じ質問をすると、真逆の正常な答えが帰って来た。
思わずお嬢様の方を見ると、お嬢様も驚いた表情になっている。俺やお嬢様だけでなく、顔を覗かせていたメイカも同じく驚いていた。巧だけが、何も分からず首を傾げている。
「巧、今の気持ちを忘れるなよ?」
「……?おう、もちろんだ」
巧はよく分かっていない様子だったが、何となく察したらしい。結局、それ以上この世界と日本での比較は避け、普段と変わりない会話を弾ませた……。
夕飯を終え、馬車が停まってある場所の近くで馬車を風除けにして焚き火をしていると、お嬢様がやって来た。巧は俺と同じテントで先に寝て、メサとメイカもお嬢様と一緒に馬車に入って行った筈なんだが、お嬢様だけ戻って来た。
お嬢様は俺が道具作成で作り出したフリルの付いた、この世界には場違いな可愛らしいパジャマ姿で焚き火の近くに来ると、ベンチ代わりとして置いていた丸太に腰を下ろした。
「どうされました?見張りはしっかりしていますよ」
「そうじゃないよ。陸人だって、私が何で来たか分かってるでしょ?」
道具作成で作り出したマグカップに注がれたホットミルクを受け取りながら、お嬢様は真剣な表情で俺を見つめている。
もちろん、分かっている。昼の巧の事だろう。あの様子は普通では無かった。明らかにあいつの意思とは離れたところにあるものだと感じた。
「……城を出る前に特訓したでしょ?その日の夜、陸人が夕ご飯を作るために私と巧くんから離れた時に言われたの。『魔法使いなのに何で格闘戦をするんだ』って」
やっぱり巧はお嬢様にそんな事を言っていたのか。巧に肩を掴まれていたのに全く動かなかった訳だ。
「恐らく、この世界に影響されているのだと思います。にわかには信じ難い事ですが…」
「そうだよね。私たちは何とも無いのにどうして巧くんだけ……」
………そうだ。何故巧だけなんだ?俺はもちろん、お嬢様にも影響を受けている感じは無い。久しぶりに会った悠も間宮も大丈夫だったというのに、どうして巧だけなんだ?
任務先で何かあったのか?なら、悠や間宮もなっているはず…。いや、悠と間宮にあんまり接していないから気付いていないだけかもしれない。
……駄目だ。あまりにも情報が少なすぎる。現状ではいくつかの推測しか出来ないな。
深く考え込んでいた間に来たのか、肩に何かが当たった感覚と右腕辺りに柔らかい感触が突然来て、右へ視線を向けると、お嬢様の顔がすぐ近くまで来ていた。
女の子特有の甘い匂いと柔らかい腕や肩が当たって俺の脈拍は急速に上がっていく。そして、その脈拍をお嬢様に知られる訳にはいかないと、頭にいくつもの数式や言語を思い浮かべて意識を逸らせる。
お嬢様はそんな事なんて気付いていない様子で、不安そうなか細い声で俺の腕を両腕で抱きしめながら口を開く。
「怖いね、私たちも元の世界の良心が無くなると思うと。…本当に」
「……………」
俺はお嬢様に気の利いた言葉をかける事が出来ず、黙り込む。だって、俺はもうこの世界に適応してしまった。人の死を見ても、何にも思わないだろうし、何かのためなら躊躇いなく人を殺せる自信もあるからだ。
「陸人……。お願い、私を置いて行かないでね」
「……当たり前です。自分はお嬢様と共に……」
真っ暗な空の下、小さな光の前で互いの身を寄せ合い、交わした言葉はすぐに闇へと消えた。だが、互いの胸に残ればそれで良い。
俺はお嬢様のために生きる。お嬢様の為に剣を振るい、引き金を引く。それを再確認というより……再認識出来た。
『闇夜の暗殺者』の『暗転』、お前が俺とお嬢様を別つ、キッカケとなるのなら、些細な存在だとしても、俺はお前を殺してやろう………。
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