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第6章 正しい歪み
第81話 執事とお嬢様は
しおりを挟む朝日が出てからそこそこ時間が経っている事もあり、街中にはそれなりに人が出歩いていた。朝食の買い出しや食材の売り付けで賑わう中、俺とお嬢様は手を繋いでヒソヒソと人とぶつからないように歩いている。
何故、朝から出かけているのかと言うと、この街の調査の為だ。
始めはお嬢様たちの説教を終えて文送屋へと向かっていた。馬車を取りに行くのも面倒だったので歩いて向かった。
そうして、目的地に着き、あまり気に食わない副騎士団長さんの返事を貰ったのだが、内容が衝撃的だった。
『《ナサーハ》に着いたのならば任務を果たせ。こちらはカレナ様が行方不明になった事により、賊どもが押し寄せて来て手が離せない。任務を達成した後に帰還せよ』
俺がみんなに聞こえるように音読したが、誰も信じられないといった表情をしていた。
「ちょっと貸せ!」
言い間違えと思ったのか、巧は強引に返事が書かれた紙を奪い去ると文字を目で追う。だが、一言一句間違えていない事に気付いただけで、悔しそうに歯を食いしばるだけだ。
「……どうする?戻った方が良くない?」
「それではこの街の人に不信感を抱かれるかもしれません。そうなれば、もうこの街に入る事は叶わなくなります」
お嬢様が不安そうに提案したので、帰った場合のデメリットを伝えるとすぐに顔をうつむかせた。もちろん、必ずそうなるとは限らないが、あの門番の人が本当に宣伝をしていたとしたら、芸を一度もしないで帰るのは不信に思われるだろう。
だが、お嬢様が帰ろうと思うのも無理はない。何故なら、あの城はカレナさんが居て初めて平穏を保っていたからだ。
あの城で標準以上の実力があるのは国王と副騎士団長、置いてきたリーナくらいだ。その他の騎士は一定以上では無いので、もし、『闇夜の暗殺者』レベルの襲撃者が来た場合は耐えきれないだろう。それに、カトラも居る…。
そもそも、カレナさんはどうして居なくなった?襲撃を受けたのか?それなら行方不明になった原因は分かりそうだが、そういった事も書かれていないと判断のしようが無いな。情報が少なすぎる……。
「なら、これはどうよ?陸人は置いて城に戻るのは?」
巧が凄く良い案を思い付いたように提案する。……確かに、元々危険な任務だったし、俺1人なら馬を借りるか買えば王都へ戻る事も出来る。
何より、お嬢様をこの任務から離す事が出来る。特に否定する必要も無いな。
「そんなの駄目だよっ!」
巧の案に賛同しようと口を開きかけた時、お嬢様が声を荒げた。かなり興奮しているようで息遣いが荒い。
「この任務はみんなで受けたんだよ?それを陸人になすりつけて帰るなんて、卑怯だよっ。それに……向こうより危険な所に陸人を1人に出来ないよ」
お嬢様は言い終えた後に俺を睨むように視線を向け、威圧感のある雰囲気で俺に迫って来た。その威圧感についついたじろいでしまうが、お嬢様が迫って来る方が速くてすぐ近くまで迫られる。そうして、何をされるのかと思ったら、人差し指で俺の胸を突きながら口を開いた。
「そ れ に !陸人、今巧くんの案に乗ろうとしたよね?私をここから離せられるからって。……馬鹿にしないで。私は与えられた仕事をたった1人に押し付けて楽な方へ行くほど腐ってないよ」
「そうとは思ってはーー」
「執事なら!何があっても傍に居て、守り切ろうとしてよっ!」
お嬢様の切望にも似た喝を聞いて、俺は無意識に跪いていた。目から涙が出そうになるが、それをグッと堪えて顔を上げる。
興奮し過ぎて目に涙が薄っすらと見えるお嬢様は俺の言葉を待っている。いつものお嬢様では無く、旦那様や奥様と同じ人の上に立つ指導者の気迫を纏ったお嬢様に嘆願する。
「……申し訳ありません。自分は恐れていました。貴女様を失う可能性を考えるのも避けていました。ですが、それは貴女様の可能性を、自由を潰す事にもなりかねないと、今更ながら気付きました。どうか……この愚か者に挽回の機会を」
今思えば、俺はお嬢様を縛り過ぎていたのかもしれない。危険な事はさせない、汚れは俺が背負い、穢れなきままでいて欲しいと。
……俺はただ怖かったのだ。お嬢様が居なくなるかもしれないと考える事自体が。臆病に……子供のように駄々をこねていただけなのかもしれない。
「陸人、私の案を聞いてくれる?」
「もちろんです」
今まで、お嬢様は俺に少し頼る節があった。そのお嬢様が今、自分で考えて、周りの意見を参考にしようとしている。仕える者としてはこれ以上無い喜びだが、今までのお嬢様ではなくなってしまうかもと思うと……複雑な気分になった…。
そういった経緯があり、スキル姿隠しが使えるメサとメイカが街の重要な施設への侵入を担当。スキル隠密を使える俺がお嬢様と一緒にあの異様な光景の正体を探り、唯一、隠密行動が出来ない巧は馬車よりも速く移動出来る手段を探す事となった。
メサとメイカは今回の任務の遂行の為、巧はいち早く王都へ駆けつける為。なら、俺たちは何のために行動しているのかと言うと、今回の任務で『暗転』を倒すのだが、その後に犯人探しなどで街から出れなくなった場合、王都へ駆けつけるのが大幅に遅れる事になる。
なら、あの人たちの事情を調べてあわよくばその人たちの脱出に手を貸して混乱を作れれば、俺たちがその隙に街を出れるかもしれない。
もちろん、あの人たちが脱出をしたくなかった場合は違う策を打つ。だが、お嬢様はどうせなら、とあの人たちを利用という形で少しでも救おうとしている。
さあ、あの人たちの事情を調べさせてもらおうか。
まだ朝と言える時間帯に誰にも見つかる事も無く門の近くへやって来た。一応近くにあった木箱の影から門の出入り口の様子を観察すると、馬車の出入りは頻繁でそこそこ人の出入りがあるのだが、それでもチェックは欠かしていないようだ。
この世界に来て、一番厳しい警備態勢だろう。もし、俺にスキル武器作成が残っていれば《グノリア》の時のように侵入出来ただろうが、もうそのスキルは無い。
街で弓を買うか?……門に矢が刺さっているのがバレた事を考えると、出来れば顔を知られたくない。スキル無限収納にある銃を使うか?…駄目だ、銃は音が出るし、何より深く入り込み過ぎてスキル置換転移で何が起きるか分からない。
「陸人、私を抱えて門を駆け上がって」
なるべく安全な方法を探していたのだが、お嬢様から強気な命令をされた。……確かに出来るが、門は石レンガで出来ていて、木を駆け上がった時のように安全に登れるとは限らない。
「私の執事なんだもん。出来るよね?」
ウジウジと考えている俺と打って変わって、お嬢様は強い意思を持った目で俺を見つめる。俺を信じ切った結果の最善の方法がそれなんだろう。なら、俺は執事としてそれを全力で叶えよう。
「承知しました。では、失礼します」
覚悟を決め、お嬢様を両腕で抱える。お嬢様に目で合図を送り、頷いたので身体強化魔法をかけて一気に門まで走る。門の壁が迫っているが、そのまま速度を落とさず、壁の少し前でジャンプして壁に足をつけてそのまま走る。
危惧していた事も無く、無事に門の頂上に来た。そこから見える光景は初めてこの街に来た時と全く同じ、異様な光景が街を覆うように広がっていた………。
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