殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき

文字の大きさ
26 / 64

26:伯爵家当主と商会夫人の悲劇と愛の物語


「それで、どうして私とスコットを会わせたかったの?」

 単刀直入にプリシラが尋ねたのは部屋を出てすぐ。
 さすがに扉の前で話をする気にはならず隣の部屋に入ったが、かといってのんびりと椅子に座って話し込む気は無いとさっそく尋ねたのだ。
 クローディアはこの問いに対しても平然としており、それどころかどことなく楽しそうにさえ見える。……否、実際に楽しいのだろう。普段から機嫌のよい彼女だが、今日は特に上機嫌だ。

「プリシラの話を聞いて、私もアトキンス商会に興味を持ったんだ。最初はセリーヌ・アトキンスに会ってみようと思ったんだけど、時間が合わなくてまずはスコットに会ったんだけど、そこで面白いことに気付いてさ」
「面白いこと?」
「多分、いや、確実に彼は死ぬよ。それも近いうちにね」
「……え?」

 クローディアの話は物騒どころではない。だというのに彼女には悪びれる様子もなく、プリシラを怯えさせようとしている様子もない。
 淡々としていて軽い、まるで物語の先の展開を話すような口振り。
 彼女はただ事実を事実のまま伝えたに過ぎないのだ。それどころかまるで良い情報のように話している。

「どういう事?」
「死相が浮かんでる」
「し、死相……!?」
「というのもあるし、あとは単純にスコットの話を聞いてそうだろうと思ったの。それと、時戻しをする前も彼は亡くなってるしね」
「……それって、後者の理由の方が強いんじゃないの? 本当に死相が見えるの?」

 死相の話はもしや冗談では……、とプリシラが疑惑の視線を向けるも、クローディアはコロコロと笑うだけだ。これは誤魔化すための笑いだろうか。
 だがなんにせよスコットに死が迫っているのは事実なのだろう。この場でクローディアが嘘を吐く必要はないし、そもそも彼女はこんな下手な嘘で場を引っ掻き回して楽しむような性格ではない。掴みどころのない性格をしているがそれは分かる

 なにより、プリシラもまた彼の未来がそう明るくないことは勘付いていた。
 数年前から突如として体調不良に陥ったという話、そして今のスコットの痩せ衰えた姿から、彼の体力や気力が長くもつとは思えない。
 さすがに死相とは言わないがスコットは陰鬱とした空気を纏っており、健康とは縁遠い男なのだ。

 そんなスコットの姿を思い浮かべ……、ふと、プリシラはとある事を想い出した。

「体調が悪くなり始めたの、四年前って言ってたかしら……」
「あぁ、そうだね。四年前だって」
「私がダレンと結婚した年……。前回の人生でスコットが死んだのは?」
「来年だね」
「その翌年に私が殺される」

 プリシラとダレンが結婚した年からスコットの体調が悪くなり、彼が死んだ翌年にプリシラが殺された。
 これを偶然と考えるのは浅薄だろう。
 だが『もしかして』と考えつく仮定にはあまりにも悪意が込められており、プリシラは眩暈を覚えかけて無意識に額を押さえた。じわりと汗が浮かんでいる。

「私はダレンに殺されたわ。それははっきりと言える。でもスコットは……」
「彼の体調不良は明らかに不自然だよ。誰かが悪意をもってああしてる」
「……それってどういうこと?」
「セリーヌ・アトキンスにもダレン・フィンスターと同じ覚悟があるって事じゃないかな」

 楽しそうにクローディアが笑って話す。彼女からしたら人間の薄汚い行動も楽しむものでしかないのだろう。
 彼女が言わんとしている事は、つまりスコット・アトキンスの謎の体調不良はセリーヌが関与しているという事だ。プリシラも薄々勘付いてはいたが明確に口に出すには躊躇いがあった。

 だが、やはりそういう事なのだろう。
 プリシラだって時戻しの前の人生ではダレンに殺されているのだ。「そんな事ありえない!」だの「妻が夫を殺すなんて!」だのと言う気は無い。

「スコットとセリーヌの間には息子が一人いるの。スコット亡き後はその息子が商会を継ぐはずだけど、まだ子供だった。となれば実権はセリーヌが握るはず」
「なるほどね。夫を亡くした憐れなセリーヌは、忘れ形見 の息子と共に健気にも商会を支え続けた。そんなセリーヌを支えるのが……」
「同じく伴侶を亡くした憐れな男、ダレン・フィンスター。元より伯爵家と商会として顔見知りだった二人は次第に男女として惹かれ合っていった。伯爵家当主と商店の娘なら周囲も反対するだろうけど、セリーヌはアトキンス商会という大きな後ろ盾がある。それに、伴侶を失くした二人に文句をつけるのは野暮よね」
「悲しみに暮れた男女が手を取り合って愛により立ち上がる……。感動物語としては上々の出来じゃないかな」

 クローディアの楽し気な言葉に、プリシラは皮肉を込めて「駄作だわ」と吐き捨てた。
 だが世間はきっとこの話を美談と感じるだろう。過剰に悲しんで喪に服せば周囲も二人の仲を疑わず、子供のために前向きに生きなさいと新たな門出を祝うはずだ。
 これで晴れてダレンとセリーヌは結ばれ正式な夫婦になる。周囲は新たな縁と考え、当人達は内心で悲願が叶ったとほくそ笑みながら……。

「この事、スコットに話しても良いかしら? 彼、信じてくれると思う?」
「さぁどうだろう。どうなるか分からないなら話してみたら良いんじゃないかな」

 あっけらかんと答えるクローディアに、プリシラは相変わらずだと考えて肩を竦めた。

「そうね。少なくとも、『クローディアの正体は魔女で、実はこの時間は一度やり直してるの』なんて話よりは信じて貰えそうだわ」

 溜息交じりにそう告げれば、クローディアが「それは確かに」と楽しそうに笑った。


感想 8

あなたにおすすめの小説

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
商人であった父が、お金で貴族の身分を手に入れた。私というコマを、貴族と結婚させることによって。 でもそれは酷い結婚生活の始まりでしかなかった。悪態をつく姑。私を妻と扱わない夫。夫には離れに囲った愛人がおり、その愛人を溺愛していたため、私たちは白い結婚だった。 結婚して三年。私は流行り病である『バラ病』にかかってしまう。治療費は金貨たった一枚。しかし夫も父も私のためにお金を出すことはなかった。その価値すら、もう私にはないというように。分かっていたはずの現実が、雨と共に冷たく突き刺さる。すべてを悲観した私は橋から身を投げたが、気づくと結婚する前に戻っていた。 健康な体。そして同じ病で死んでしまった仲間もいる。一度死んだ私は、すべてを彼らから取り戻すために動き出すことを決めた。もう二度と、私の人生を他の人間になど奪われないために。 父の元を離れ計画を実行するために再び仮初の結婚を行うと、なぜか彼の愛人に接近されたり、前の人生で関わってこなかった人たちが私の周りに集まり出す。 白い結婚も毒でしかない父も、全て切り捨てた先にあるものは――

「愛があれば十分だ」と私を捨てた婚約者へ――では、その婚約破棄の条件から確認いたしましょう

師走
恋愛
伯爵令嬢リディア・エーヴェルは、貴族たちの婚約や離縁、持参金や相続に関わる条件調整を陰でまとめてきた実務家だった。 だがある夜会で、婚約者である王太子側近ユリウス・グランツから「君は条件ばかりで冷たい。愛があれば契約などいらない」と一方的に婚約破棄されてしまう。 静かに婚約破棄を受理したリディアは、その場で持参金返還、贈与品、名誉回復の文言など必要事項の確認を始めるが、誰もその意味を理解しない。 けれど彼女が婚約から外れた直後から、王都では縁談、婚約、離縁の調整が次々と滞り始める。今まで多くの案件を陰でまとめていたのは、ほかでもないリディアだったのだ。 そんな中、法務局の裁定官補佐セオドア・ヴァレントから、王女ヘレナの婚姻条件を見直してほしいと依頼が舞い込む。 北方大公家との政略結婚。けれど提示された条件は、婚姻ではなく人質の引き渡しに等しいものだった。 「条件は愛の代わりではありません。ですが、愛が壊れたときに人を守ることはできます」 傷つきながらも再び交渉の場に立つリディアは、王女の未来を守るため、そして自分自身の人生を取り戻すため、契約と誠意を武器に王都最大の婚姻交渉へ挑む。 一方、自分を支えていたものの大きさに気づいた元婚約者は、今更になって復縁を望み始めるが――。 小説家になろう様でも掲載中

婚約破棄? ありがとうございます。やっと本当の人生が始まります

たくわん
恋愛
婚約破棄された令嬢がすべきことといえば、泣くか、喚くか、復讐を誓うか——らしい。 リーナ・フォスター公爵令嬢がしたことは、荷造りだった。 「冷たくて人を愛せない」と王太子に切り捨てられた夜、リーナは一度も振り返らずに王城を出た。向かった先は辺境の荒れ地。目的は薬草の栽培と薬品事業の立ち上げ。前世の記憶から温めてきた、誰にも言えなかった計画の実行だ。 リーナはそこで不器用だが誠実な騎士ヴァルターと出会う。一方、残された王太子とその新しい婚約者は、少しずつ、静かに、取り返しのつかない方向へと歩んでいたーー。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。