君が望む幸福を

nonnbirihimawari

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第2章 フィオレ

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ルークと出会ってからの、二度目の襲撃だった。
 フィオレの失神の術から完全に回復した男三人が、再び碧柱石を求めてやってきた。
 男三人とも、見かけはさほど他の人と変わらず、好印象を受けるのに、中身の方はどす黒いものを持っているんだな、とルークは剣を交わせながら思う。
――殺さないで。
 フィオレの言った言葉が、頭の中で反芻する。
――確かにひどい人達だけれど、殺さないで。人を殺めたら……、地獄にしか行けないわ。ルークにはそうなってほしくないの。
 そうフィオレに言われても、ルークはこの三人が殺したいほどに憎かった。彼女を傷つけ、苦しめる奴。それはルークにとって許し難いものだ。
 逃げても、逃げても、彼らは追ってくる。だから、碧柱石をあの泉に返す。そうすれば、彼らがフィオレを追う理由がなくなる。

 フィオレは氷の術をぶつけ、三人の動きを止めてから、失神の術をぶつけた。 三人はばたり、と倒れる。きっと完全に回復するまで一週間はかかるはず。
 そんなことを考えながら、フィオレは自分が疲れていることを感じていた。
――やっぱり二回目じゃまだまだ疲れが大きいわ。一回目のように、倒れたりはしないけれど。
 ルークは剣をしまい、急いでフィオレの元に駆け寄った。
「フィオレ」
 フィオレは、ルークの方に振り返る。
「大丈夫か?」
「ええ。平気よ」
 ルークに笑顔を向けて、フィオレは言った。
 アストラルシティーには、明日の午後着く予定になっている。
 ルークはそこで、軍に長期休暇を出すと言った。フィオレは軍の制度をよく知らないため何とも言えないが、彼が大丈夫と言ったので、それを信じることにした。
「ねえルーク」
 車の助手席に座ったフィオレが、ルークに声を掛ける。ルークはエンジンを入れてから、何、とそれに言葉を返した。
「次の街は何てところ?」
 ルークがアクセルを踏んで、車は動き出した。
 数十メートル前進したところで、ルークは口を開く。
「〝ステラリィ〟ってとこ。〝星の瞬く街〟って意味らしいよ」
「星の瞬く……。綺麗な名前ね……」
 フィオレは胸に手を当てて、小さく微笑んだ。
 まだ明るい空を見上げる。春の澄んだ蒼い空には、ましゅまろのような雲がぽつりぽつりと浮かんでいた。
 前を見たまま運転を続けるルークは、そんな彼女を一瞥した。
「フィオレは〝美しい花〟とか〝希望〟〝光〟って意味だよな」
 それを聞いて、フィオレははにかんだように笑った。
「名前負けしなきゃいいんだけれど」
 ルークはその言葉にくすりと笑う。それから、前を見たまま口を開く。
「似合ってるよ、すごく」
 フィオレはきょとん、とルークを見て、それから少し赤くなった。
 車の走る音に掻き消されてしまいそうな小さな声で、フィオレはありがとうと恥ずかしそうに言った。


* * *


 部屋には、スタンドに乗せられたラジオの音だけが響いていた。
 しかしラジオを自分の傍らに置いた張本人は、そこから流れてくる音声を聞いている様子はない。ベッドに座り、ホテルで無料サービスとされている紅茶を飲みながら、じっと他のことを考えていた。
 部屋にひとつだけ付いているシャワー室からは、水を流す音が微かに聞こえてくる。
 ルークは小さくため息をついた。顔を上げる。フィオレがまだシャワー室から出て来ないのを察して、紅茶のおかわりをもらうため部屋を出た。
「なんだっけなあ……」
 ホテルの廊下を歩きながら、ルークは一人小さくつぶやく。
 思い出せそうで思い出せない。
 今、彼はそういう状態に頭を悩ませていた。
 あの三人の男。今日、改めてもう一度会って、やはりどこかで見たことがあるとルークは確信した。しかし、一番重要なその〝どこで〟が思い出せない。ホテルに着いてからそのことをずっと考えているのに、記憶の糸はどうしても繋がらなかった。
 ポット室に着き、ルークは紅茶を入れる。もうすぐシャワー室から出てくるであろうフィオレの分も、多めに砂糖を入れてカップに注いだ。フィオレは甘党のようで、いつも食事時に出される紅茶には、ルークには絶対飲めそうにない量の砂糖を入れていた。
 ルークはカップ二つを手に取ると、再び歩き出す。思考の渦の中へ引き戻されていった。
――コルウェールの時の奴じゃないよな……。
 〝コルウェール〟はルークの故郷だった。南地方〝バジル〟の隅っこにある、農業が中心の穏やかな町だ。そこには、今は両親だけが住んでいる。姉はすでに結婚していて、首都の方で暮らしていた。軍に入ってからは、一年に一回の夏休暇の時に、里帰りをしていた。
 ルークは故郷の風景を思い浮かべ、近所の人々を順々に思い出していく。思いつく限りの人物を思い出して、やはりそこにあの三人の姿はなかった。
――そうだよな……。近所の奴だったらはっきり覚えてるよな……、普通。
 結局、状況は何も変わらないまま、部屋の前に着いた。二つのカップを両手に持っているので、ドアが開けられないことに今さらながら気が付いた。
 ルークは一つため息をついて、肘で部屋のインターホンを押した。
「は、はーい」
 中からフィオレの声がして、そのあと少し待って、と付け加えられた。中でどたどたと走り回っている音が聞こえる。それがおさまったあと、ドアは開けられた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
 フィオレは遅くなった理由は言わないで、謝罪だけを述べた。ルークはフィオレが肩にかけているタオルを見て、彼女がまだ着替え途中だったことを察した。悪いことをしたと思いながらも、それをわざわざ彼女に言うのもどうかと思い、結局何も言わなかった。
「紅茶持ってきたけど、飲む?」
「ええ。ありがとう」
 フィオレは頷いて、タオルを洗面所に戻してから、部屋に戻ってきた。
 ルークはラジオを小さな音量にして、椅子に座る。フィオレはルークの向かい側の椅子に座った。
 フィオレは薄桃色のガウンの上に、温かそうなカーディガンを羽織っていた。長い髪はまだ少し濡れていて、光の反射できらきらと輝いていた。
「明日のことだけど……」
 紅茶を一口のみ、ルークが話を切り出す。
「昼食べてから、本部の方に行く。一人で、大丈夫だよな?」
 こくり、とフィオレは頷いた。それでも、ルークは少し心配そうな瞳でフィオレを見た。それに気が付いて、
「大丈夫よ。わたしのことは心配しないで」
 フィオレは小さく微笑んで言った。ルークはそれにうん、と返事を返しはするものの、その表情は曇っていた。
 ルークが彼女を一人にするのを心配する理由は、あの三人の男のこともあったが、もう一つ、別の理由があった。それは、フィオレ自身のことだった。
 〝ずっと一緒にいよう〟
 そう約束したけれど、やはり彼女から少しでも手を離すと、どこかに消えてしまいそうな、そんな予感があった。その根拠も何もない漠然とした不安は、ルークの心の隅に大きな巣をつくっていた。
 彼女のことは信じている。
 それでも、この不安から逃れることは出来なかった。
「ルーク?」
 フィオレの声で、ルークは我に返る。どうしたの、と尋ねられ、ルークは何でもないと小さく首を振って答えた。

 それから話の話題は自然と逸れていく。
 窓の外は暗く、空には美しい満月と星たちが浮かんでいた。
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