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第2章 フィオレ
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「ちょ、ちょっと! 嫌! ――ルーク!」
フィオレに呼びかけられて、ルークは振り返る。フィオレは必死にふわふわと飛んでいるモンシロチョウから逃げていた。
「…………。フィオレ……、虫に会うたびにいつもそんななの? 疲れない?」
ルークは少しあきれ顔で言った。
「そ、そんなことより早くこれをどうにかしてっ」
「はいはい」
ルークはぱしりと蝶の羽を掴むと、言葉とは裏腹に捕まえた蝶をフィオレの目の前に持っていった。
「ほら」
「きゃあああ!」
フィオレは悲鳴を上げ、ルークの背後に隠れた。ルークは蝶を放す。蝶はふらふらと二人の間を飛んだあと、彼らから離れていった。
「そこまで叫ばなくても……。なんか、蝶がかわいそうになってきた」
「だ、だって……」
「何もしてこないよ。蜂とかだったら別だけどさ」
フィオレは暫しの間考え込むと、
「やっぱり嫌」
一言言った。ルークは溜息をついて、フィオレの頭をぽんぽんたたいた。
「はいはい、分かったよ。フィオレはとにかく虫が嫌いなんだな。それはよおく分かった。……でさ、こっちの方をどうにかしてほしいんだけど。これじゃあ俺が怪しい人みたいじゃん」
「…………」
人が大勢い行き交っている大通り。その隅にある女性洋服専門店に二人はいた。両側に開くドアは大きく開けられていて、そこからは今まさに、さっきの蝶が出て行こうとしていた。
「だからこれでいいって言ってるのに……。お金、なくなっちゃうでしょ?」
「あー、お金のことは大丈夫。まだまだあ余ってるから。……それより、どうする?」
「これ」
フィオレはスラックスを取った。
「試着してみるわ。上はこのTシャツで。ジャケット、どっちがいいと思う?」
「こっち」
ルークは右の方のジャケットを指した。フィオレはその三着を持って、試着室に入っていった。
しばらくして、試着室のカーテンが開く。
「どうかしら? これ、動きやすそうでしょ」
「うん。フィオレは何着ても似合うな」
そう? とフィオレは返事を返して、そのままレジにその三着を持っていった。レジを済ませ、フィオレはルークの方に振り返る。店を出て、大通りに入ってからフィオレが口を開いた。
「何だかわたしばっかりお金使ってるみたいね」
「いや、でもフィオレの場合食費がかからないから」
「なあに、その言い方! まるで人をペットみたいに」
むっとして、フィオレは言い返す。ルークはその反応に吹き出して、笑いながら言った。
「嘘嘘。フィオレはフィオレだよ」
「…………」
きょとん、とした表情でフィオレはルークを見た。
――フィオレはフィオレだよ。
不意に記憶が蘇る。思い出したくないのに、完全に封じ込めることができない記憶。どうしてるかしら、あの人は。
「どうした?」
「……ルーク、わたしの知り合いに少し似てる」
「誰?」
フィオレはくすっと笑うと、静かに言った。
「あまり思い出したくないけれど、大切な人」
* * *
ピ――――――ッ
列車が、二人の乗っている車の横を通り過ぎていく。その時起きた風で、フィオレの金髪はふわりと持ち上げられた。列車が完全に通り過ぎ、彼女の長い髪は音もなくそろう。その際顔にかかった邪魔な髪を、フィオレは後ろで結んだ。
「フィオレ」
「何?」
ルークは前を向いたまま、フィオレに尋ねる。
「……さっきの、〝あんまり思い出したくないけど大切な人〟ってどういう意味?」
「…………」
フィオレはしばらくの間、ルークを見つめた。そして、反対に聞き返す。
「聞きたい?」
ルークは少し考える。
――あ、また。
フィオレはそうするルークを見つめながら、思った。彼はまた考えている。自分に聞くことを、躊躇っている。
「……フィオレが嫌ならいいや」
ルークは見切ったように、言った。
フィオレはルークを見て、自分の胸元を見て、遠く景色の拡がる前方に目を向ける。
「もう、会うこともないと思うわ」
「……喧嘩でもしたの?」
フィオレは言葉を探すように、少しの間考える。
「喧嘩ではないけれど……、まあそれに似たようなものよ」
「ふーん……」
風が吹く。フィオレは伏し目がちに自分の手元を見ていた。
昔のことなんて今まではほとんど思い出さなかったのに、最近はよく思い出す。きっとそれは、ルークの存在が自分を安心させ、そういう余裕を作っているからだ。
――感傷的になっている暇なんて、本当はないはずなのに。
あの三人のこともある。この先のこともある。他に考えなくてはいけないことはたくさんあるのに、今は考えたくないという気持ちがあった。
「フィオレ」
気持ちを入れ替えたかのように、ルークは今までとうって変わった声色でフィオレを呼んだ。
前方にはもう街が見えていた。赤い屋根がきれいに並んでいて、遠くから眺めると、それはなんともたとえられないものがあった。
フィオレは目線だけをルークに向けて、上目遣いで彼を見る。ルークは口を開く。
「お昼食べたあと、公園行かないか? ここの国立公園、世界重要保護遺産に入ってるんだよ」
「世界重要ほ……?」
フィオレが言葉に詰まって、
「保護遺産」
ルークが続きを言った。
「俺もここには来たことないけど、重要保護財に入ってるくらいだからすごいとこだと思うよ。……あ、でも何かすごい花畑があるって聞いたな……。虫がいるかも」
あからさまに、フィオレは嫌そうな顔をする。前方に見える赤い街に視線を向けて、それからルークに戻した。
「行きましょ」
「え?」
「公園。虫はちょっと嫌だけれど……、行ってみたいわ」
「ちょっと? かなりじゃなくて?」
「どっちでも同じじゃない」
そうかなあ、とルークはいたずらっぽく言った。
〝街〟をさす看板が見えて、そこを通り過ぎる。その看板にはこの街のシンボルといえるいろいろな種類の花と赤い屋根が描かれていた。
道路が少し下り坂になり、やがて直線になった。街に入り、レストラン街に出て、車はその中の一軒に止まった。
フィオレに呼びかけられて、ルークは振り返る。フィオレは必死にふわふわと飛んでいるモンシロチョウから逃げていた。
「…………。フィオレ……、虫に会うたびにいつもそんななの? 疲れない?」
ルークは少しあきれ顔で言った。
「そ、そんなことより早くこれをどうにかしてっ」
「はいはい」
ルークはぱしりと蝶の羽を掴むと、言葉とは裏腹に捕まえた蝶をフィオレの目の前に持っていった。
「ほら」
「きゃあああ!」
フィオレは悲鳴を上げ、ルークの背後に隠れた。ルークは蝶を放す。蝶はふらふらと二人の間を飛んだあと、彼らから離れていった。
「そこまで叫ばなくても……。なんか、蝶がかわいそうになってきた」
「だ、だって……」
「何もしてこないよ。蜂とかだったら別だけどさ」
フィオレは暫しの間考え込むと、
「やっぱり嫌」
一言言った。ルークは溜息をついて、フィオレの頭をぽんぽんたたいた。
「はいはい、分かったよ。フィオレはとにかく虫が嫌いなんだな。それはよおく分かった。……でさ、こっちの方をどうにかしてほしいんだけど。これじゃあ俺が怪しい人みたいじゃん」
「…………」
人が大勢い行き交っている大通り。その隅にある女性洋服専門店に二人はいた。両側に開くドアは大きく開けられていて、そこからは今まさに、さっきの蝶が出て行こうとしていた。
「だからこれでいいって言ってるのに……。お金、なくなっちゃうでしょ?」
「あー、お金のことは大丈夫。まだまだあ余ってるから。……それより、どうする?」
「これ」
フィオレはスラックスを取った。
「試着してみるわ。上はこのTシャツで。ジャケット、どっちがいいと思う?」
「こっち」
ルークは右の方のジャケットを指した。フィオレはその三着を持って、試着室に入っていった。
しばらくして、試着室のカーテンが開く。
「どうかしら? これ、動きやすそうでしょ」
「うん。フィオレは何着ても似合うな」
そう? とフィオレは返事を返して、そのままレジにその三着を持っていった。レジを済ませ、フィオレはルークの方に振り返る。店を出て、大通りに入ってからフィオレが口を開いた。
「何だかわたしばっかりお金使ってるみたいね」
「いや、でもフィオレの場合食費がかからないから」
「なあに、その言い方! まるで人をペットみたいに」
むっとして、フィオレは言い返す。ルークはその反応に吹き出して、笑いながら言った。
「嘘嘘。フィオレはフィオレだよ」
「…………」
きょとん、とした表情でフィオレはルークを見た。
――フィオレはフィオレだよ。
不意に記憶が蘇る。思い出したくないのに、完全に封じ込めることができない記憶。どうしてるかしら、あの人は。
「どうした?」
「……ルーク、わたしの知り合いに少し似てる」
「誰?」
フィオレはくすっと笑うと、静かに言った。
「あまり思い出したくないけれど、大切な人」
* * *
ピ――――――ッ
列車が、二人の乗っている車の横を通り過ぎていく。その時起きた風で、フィオレの金髪はふわりと持ち上げられた。列車が完全に通り過ぎ、彼女の長い髪は音もなくそろう。その際顔にかかった邪魔な髪を、フィオレは後ろで結んだ。
「フィオレ」
「何?」
ルークは前を向いたまま、フィオレに尋ねる。
「……さっきの、〝あんまり思い出したくないけど大切な人〟ってどういう意味?」
「…………」
フィオレはしばらくの間、ルークを見つめた。そして、反対に聞き返す。
「聞きたい?」
ルークは少し考える。
――あ、また。
フィオレはそうするルークを見つめながら、思った。彼はまた考えている。自分に聞くことを、躊躇っている。
「……フィオレが嫌ならいいや」
ルークは見切ったように、言った。
フィオレはルークを見て、自分の胸元を見て、遠く景色の拡がる前方に目を向ける。
「もう、会うこともないと思うわ」
「……喧嘩でもしたの?」
フィオレは言葉を探すように、少しの間考える。
「喧嘩ではないけれど……、まあそれに似たようなものよ」
「ふーん……」
風が吹く。フィオレは伏し目がちに自分の手元を見ていた。
昔のことなんて今まではほとんど思い出さなかったのに、最近はよく思い出す。きっとそれは、ルークの存在が自分を安心させ、そういう余裕を作っているからだ。
――感傷的になっている暇なんて、本当はないはずなのに。
あの三人のこともある。この先のこともある。他に考えなくてはいけないことはたくさんあるのに、今は考えたくないという気持ちがあった。
「フィオレ」
気持ちを入れ替えたかのように、ルークは今までとうって変わった声色でフィオレを呼んだ。
前方にはもう街が見えていた。赤い屋根がきれいに並んでいて、遠くから眺めると、それはなんともたとえられないものがあった。
フィオレは目線だけをルークに向けて、上目遣いで彼を見る。ルークは口を開く。
「お昼食べたあと、公園行かないか? ここの国立公園、世界重要保護遺産に入ってるんだよ」
「世界重要ほ……?」
フィオレが言葉に詰まって、
「保護遺産」
ルークが続きを言った。
「俺もここには来たことないけど、重要保護財に入ってるくらいだからすごいとこだと思うよ。……あ、でも何かすごい花畑があるって聞いたな……。虫がいるかも」
あからさまに、フィオレは嫌そうな顔をする。前方に見える赤い街に視線を向けて、それからルークに戻した。
「行きましょ」
「え?」
「公園。虫はちょっと嫌だけれど……、行ってみたいわ」
「ちょっと? かなりじゃなくて?」
「どっちでも同じじゃない」
そうかなあ、とルークはいたずらっぽく言った。
〝街〟をさす看板が見えて、そこを通り過ぎる。その看板にはこの街のシンボルといえるいろいろな種類の花と赤い屋根が描かれていた。
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