そうして俺は故意に堕ちる

マカロン

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現国の緑先生が好き

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予鈴が鳴って。
一限目は俺が大好きな、いやクラスの大半が大好きな現国の授業。

「今日は翠川みどりかわ先生が出張の為自習です」

「「「えーー」」」

クラス中で一斉に落胆の声とため息が漏れる。

「マジか~」

俺も皆と同じ気持ちでガックリ肩を落とす。

他の教科であれば自習はラッキーっとなるが、現国の翠川緑みどりかわみどり先生は学校一好感度の高い先生で、男女問わず人気のある先生だ。皆は親しみを込めて『緑先生』と呼んでいる
『みどりかわみどり』なんて名前もかなりユニークだが授業も毎回ユニークで生徒を飽きさせない話術が巧みで、しかも緑先生は現国の先生でありながら体育の先生よりスポーツ万能で、高身長、高学歴、おまけに見た目爽やかで物腰柔らかく非の打ち所がない完璧な先生だ。
だから緑先生の授業は俺を含め皆いつも楽しみにしている。
それがまさかの自習だと何だか凄く損した気分になる。

「翠川先生から自習時用のプリントを預かっていますので今から配ります」

ちょっと残念な気持ちのまま副担から配られたプリントに仕方なく目を落とす。

──────────────

【犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。】

皆さんはこの一文をご存知だろうか?

これは走れメロスという物語に登場する一文であり老若男女問わず誰もが一度は読んだことがあるだろう名作の一つです。
邪智暴虐じゃちぼうぎゃくな悪とされる王と勇敢に立ち向かう正義とされるメロスの話であり大半の日本人が『邪智暴虐』という至極強そうな言葉を知るのも、おそらくはこの作品からではないだろうか。

しかし、ここで冒頭の文章をもう一度読んでほしい。
正義とされるメロスが

犬を蹴っている。

これはなんともひどいことではないだろうか。と国語教員である私は何百回と拝読する度に思う。

作中のメロスは人一倍正義感の強い男であり、その彼がひたすらに走る理由も、自分の命を懸けて大切な友人を救うためなのである。

しかし、犬は蹴る。

自分の命を投げ出してまで友人を救い、暴君の王を恐れず正義のために戦った男と言えば聞こえはいいが、この令和の時代犬をひどい目に合わせるという行為が禁忌に近い行為、明らかな動物虐待だという事実にどうしても私の思考が持っていかれる。

しかも、メロスはただ犬を蹴ったわけではない。
『少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く』犬を蹴ったのだ。
地球から見れば太陽の沈んでいく早さはゆっくりに感じるかもしれない。しかしながら、実際のところ太陽が沈んでいくように見えるのは、地球が回っているからだ。
つまり、その地球の自転の10倍も速く走った、と考えるなら計算すると地球は一日で一回転するので24時間で3万km動くことになり、この速さは時速約1300km。メロスはこれよりも10倍速いのだから時速約13000km。
これを秒速にしてみると秒速約4.7km。
つまりメロスの速さはマッハ14。
マッハ14とは新幹線のぞみ号の44倍というとんでもない速さなのだ。

(メロスよ、お前は犬に何か恨みでもあるのか?)

 ああ、犬よ、かわいそうな犬よ。
私にはもうセリヌンティウスがかわいそうだとかそんな感想は浮かんでこない。
 おそらくこの蹴とばされた犬は、メロスの足が触れた瞬間に一瞬で...。

通常我々が『走れメロス』という作品の感想を述べるとき、そこには人間から見た視点しかない。
だからこそ、友人のために命を懸けて走るメロスの姿が我々の目に美しく映るのであり、それ以外の動物、道中で蹴られてしまった犬であるとか、妹の結婚式で料理されてしまった羊などには目を向けることはないし、これを拝読した当時の人々は哀れに思う気持ちがもしかしたら薄められた時代だったのかもしれない。

作者は云わずと知れた太宰治。時代背景は第二次世界対戦真っ只中。そんな時代だからなのか、それとも敢えて戦争を容認していなかった作者の皮肉交じりの抗議なのか
『人間の都合で美しい友情論を振りかざすためには、それ以外の生命はないがしろにされても構わない』というのは戦時中『正義の名のもと敵国の人間を一人で十人殺したらヒーロー』という時代を背負わせた本当はもっと根深い物語なのかもしれない。

というわけで次週から走れメロスについての授業に入ります。
我々が生きる現代とメロスの生きた時代を対比に置いてより深く授業でアンチテーゼ出来たらいいなと思いますので予習の為、教科書P82ページの『走れメロス』を読んでおいて下さい。

──────────────

(なに、この読書欲を誘発するような流れ)
(流石緑先生)
(皆、早速教科書開いて予習始めてるし)
(面白れー)

「やっぱ緑先生好きだわ~」

一気にテンションが上がって無意識にそう言うと俺の前の席に座ってる拓海がこっちを見た。

「ん?どうかした?」

「佐倉は緑のことが好きなのか?」

「なんで突然先生のこと呼び捨て?」

「別に、なんとなく...それより佐倉は、緑のことが好きなのかって聞いてるんだけど」

「え?あー、いっつも授業がユニークで飽きないから現国の授業緑先生のお陰で一番好きな教科になったし、そういう意味でも緑先生のこと好きかな~」

「ふーん」

なんだよその不満げな顔は

「拓海は緑先生の授業好きじゃねーの?」

「...好きだったけど、今少し嫌いになった」

「は?」

でたよ...時々発動する。拓海の謎発言。
急に呼び捨てにしたり、好きだったのが嫌いになったり、なに考えてんのかさっぱりわかんねー
で、大体こうやって拓海の謎発言が出た時はそれ以上話が盛り上がることもないからこのままうやむやになるのが常で、案の定拓海はそのまま前を向いてしまったから、俺は仕方なく教科書を開いてそのまま活字の海に飛び込んだ。
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