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第一章 世界創造編

37.助っ人集団

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アツシの目がなくなったところで、ツツミたちは大手を振って日中に活動するようになった。アツシは自分の住居に横たわらせてある。

 タンチョウはかなり心配そうに、本当に大丈夫か何度も尋ねていた。納得させるのに少し苦労したが、静かに寝息を立てるアツシは他人事のようである。

「……むにゃ、タンチョウ……」
「あ、アツシさんたら……!」

 タイムリーな寝言も飛び出して、心配もほぼなくなったようだった。


「とりあえず、金属を使えるようにすることからはじめよっか」

 イヴのリクエスト、金属器が作れる環境創りの開始である。

「とりあえず色んな鉱脈は少し掘ればあると思うし」

 自然銅などはその辺に転がっているかもしれないが、やはり坑道が必要だろう。というかツツミが創ってみたかった。

「うんうん。ファンタジーっぽくなってきたじゃん」

 ファンタジーを描いたフィクションに鉱石が取れる採掘場は必須といってもいいかもしれない。だいたいそのような場所には……。

「……むふふ」
「なんですかツツミ? 気持ちが悪い笑い方をして」
「んーん。いいこと思いついただけ。さっそく土仕事を始めよっか!」

 気合を入れるツツミ。タンチョウがおずおずと声を上げた。

「ご主人様。何かお手伝いできることはありますか?」
「大丈夫! タンチョウは自分の仕事をしていいよ。稲の収穫も近いんでしょ? できたら私も食べさせてね」
「わかりました。楽しみにしていてくださいね」

 くすくすと笑うタンチョウ。一方イヴはレカエルに詰め寄っていた。

「レカエル様。わたくしはお供いたしますわ」
「心遣いはありがたいですが無用ですよ。あなたもヒツジたちの世話があるでしょう」

 実際のところ、神使でないタンチョウやイヴがいても大きな戦力にはなれないのだ。やんわりと断るレカエルだったが、イヴは引かなかった。

「あまりお役に立てないのは分かっております。ですが、ですが……。せっかくレカエル様が地上にいらっしゃっているのです」

 レカエルと一緒にいたいというのが本音なのだろうか。顔を至近距離に近づけて言い募る。

「わたくし、できることならなんでもやりますわ! どうか共に地を掘り、道を作りましょう。暗く狭い地底で……。レカエル様の息遣い、鼓動、衣擦れの音が感じられるなら……! ああ! レカエル様もわたくしの全てを感じ取ってください! 二人だけの空間ですわ!」
「いやあの、私も行くけど」

 ……思いのほかヘヴィな願望だった。どうやら泉の精と仲良くしているレカエルを見て、嫉妬心が暴走しつつあるらしい。レカエルが少し顔をそらしたのは気のせいだろうか。

「イヴは。私の。手伝い」

 割って入ったのはエウラシアだった。レカエルの眼前にいたイヴをむんずと引き離す。

「きゃっ、エウラシア様?」
「精錬とか。加工のための。炉。いるんでしょ」
「え? し、しかしタンチョウを捧げる条件で、エウラシア様のご助力を頂けるのでは……?」
「教えては。あげる。作るのは。イヴ。大丈夫。土が。掘りたいなら。たくさん。掘れる」

 イヴの首根っこを掴み、ずるずると連行していくエウラシア。

「ミノタリア。木を。集めて。おいて。あー。たくさん。燃やすから」
「心得たぞ、主どの!」
「お待ちくださいませ! わたくしを、わたくしをレカエル様と共にぃ……!」

 抵抗むなしくイヴは連れ去られていった。

「それでは僕も林に行ってくるよ」
「わ、私も稲仕事に行きますね。アツシさんの様子も見ておきますから」

 ミノタリアとタンチョウもそれぞれの持ち場に付くようだ。残されたのはツツミとレカエルである。

「では、とりかかりましょうか」
「う、うん。その、ほっといていいの?」
「なにか?」

 何事もなかったかのようにニコリと微笑むレカエル。若干イヴが不憫に思えたツツミであった。

「……レカエルが構わないならまあいいや。あ、助っ人は別に呼んであるんだよ」
「助っ人……ですか?」
「うん、そろそろ来る頃だと思うんだけど……お、見えてきた」

 ツツミは地平線彼方に目を向ける。レカエルもそれに倣った。……なにやら土煙が上がっている。

「……なんですか、あれは」
「レカエルも会ったことある子たちだよ。聞き覚えのある声がするでしょ」

 キュー、キュー、キュー!

 合唱の様な鳴き声が近づいてくる。土煙の主たちの姿はやがてはっきりと視認できるようになった。

「あなたが創ったリスたちですか!」

 現れたのはツツミが初めて創った陸地の生き物。穴掘りが得意なリスたちであった。そんなに多くを地に放ったわけではないのだが、目の前の集団は非常に大勢になっている。

『キュー!』

 リスたちは二人の目の前に来るとぴたっと止まった。右手(右前足)を掲げ敬礼のポーズをとる。しっぽの角度までそろっているのは壮観だ。

「……こんなに統率の取れた生き物でしたか?」
「そういう風に創った覚えはないけど……まあ結果オーライってことで。……おほん!」

 ツツミはリスの集団に話しかけた。

「諸君! 元気に繁栄しているようで何よりだよ! ネズミ算式に増えているみたいだね!」
『キュー!』
「……リスですけどね」

 レカエルが静かに訂正した。ツツミは構わず続ける。

「今回はトンネルづくりが得意な諸君の助力が必要なんだ! モグラの様に地中に大路を張り巡らせようではないかっ!」
『キューー!』
「……リスですけどね」
「いい返事だ! 諸君の馬車馬のような働きを期待する!!」
『キュー! キュー!』
「……何度でもいいますがリスですからね。ツツミ、あなたちょっと楽しくなってるでしょう」

 レカエルの指摘は正しかったが、テンションの上がったツツミは答えることなくリスたちに檄を飛ばした。

「では行こう! 上官の命令にはキューかキューで答える事! 分かったなくそ虫ども! 出発!!」
『キュー!』

 走り出すツツミ。ハードな軍隊もの映画も趣味範囲である。どんどん荒くなっていった口調の命令に忠実というわけでもないだろうが、きちんとキューと鳴き、リスたちも後を追う。

「だからリスだと……。しかし、エンゼルドッグはきちんと狩りができているでしょうか。ここまで社会性のある生物だとは……」

 自身の創った肉食獣が少し心配になったレカエル。今度様子を探ってみようと決める。

 ……懸念はもう一つあった。

「それにしても、いつか人間とリスたちの地上の覇権をかけた争いでも始まらなければよいのですが」

 独り言に答えるものはもういない。一つため息をつき、レカエルも後を追うことにしたのだった。
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