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第一章 世界創造編
41.ミノタリアの奮戦
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「その、ミノタリアさん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ!大丈夫だとも! それよりもう少し強く手を握ってもいいだろうか?」
言葉の前半と後半で矛盾を生じさせるミノタリア。明らかに大丈夫ではなかった。そんな中、イヴは好調に採掘を進める。
「さすがはレカエル様達が創り上げた坑道ですわ! ここにも、おやあちらにも鉱脈が!」
手際よくツルハシを振るって鉱石を得ていくイヴ。エウラシアがパチパチと拍手をしている。
今回基本的に神使三人はお目付け役だ。手伝うことはたやすいし効率も段違いだろう。しかし今後の生活を考えた場合、娘たちに経験を積ませたほうがいいだろうという判断だった。
問題は、現状働けているのがイヴのみであるという事である。
「ミノタリア? そんなにくっついていてはタンチョウも仕事ができないではありませんの」
「イヴさん構わないですから! いいんですよミノタリアさん。誰だって苦手なものくらいありますよね」
「う、うう……」
いつものふてぶてしさが見る影もない。抜群のプロポーションと整った顔立ちのミノタリアの半泣き顔は、アンバランスというかミスマッチさが庇護欲を掻き立てる。とはいえ通じない相手もいるのだった。
「ミノタリア。金とか。ダイヤとか。探さないの?」
「確かロマンなのではなかったかしら?」
相変わらず悪ノリを続けるエウラシアとイヴ。見かねたレカエルが口をはさむ。
「イヴ、それくらいにしなさい。エウラシアもです。しおらしいミノタリアは確かに新鮮ですが、そろそろ本気で倒れかねません」
「……いや、いいのだレカエル様」
制したのは当のミノタリア本人だった。
「二人とも、僕を元気づけようとして発破をかけてくれているのだな。ありがたい話だ」
皮肉ではなく、本当にそう思っている表情でお礼を述べる。イヴとエウラシアが思わず視線をそらしたことにも気が付いていないようだ。
「このままでは今後の採掘にも支障が出る。考えて見れば僕は半牛半人の血を引く存在。迷宮は庭のようなもののはず、坑道もさして変わりないではないか! 待っていてくれ、きっと財宝を掘り当ててみせる! うぉおおおおお!!」
「ミノタリアさん! 無理しちゃだめですよ!!」
タンチョウの手を振りほどき奥へと駆け出すミノタリア。制止する声も届いてはいないようだ。明らかに空元気の雄たけびはやがて聞こえなくなり、姿も見えなくなった。
「……行っちゃいました。だ、大丈夫なんでしょうか」
気づかわし気に奥に視線を向けるタンチョウ。レカエルが安心させるように言う。
「まあ大丈夫でしょう。本人の恐怖心はともかく、この坑道に危険などありません。私たちが保証しますよ、ねえツツミ?」
「そうそう! 万に一つも崩れる事なんてないし、危ないことなんてなに……も…………あっ」
言葉の途中でツツミは大事なことを思い出した。ミノタリアが走っていった道を改めて確認する。……ちょっとヤバいかもしれない。
「ツツミ? ……そういえば坑道を創るとなったとき、なにやら含んだ笑いをしていましたね」
「い、いや、ちょっと思いついたことがあったからさ、えへっ」
「リスたちとの作業中も、姿が見えないことがあったような……」
「……えへへっ」
冷や汗をたらし明後日の方を向くツツミ。ごまかすには無理があった。
「ご、ご主人様? もしかして……」
「い、いやいや大丈夫! 本来は危険はないから! ただお約束というか、ちょっとびっくりさせようと思っただけというか……。あああ、よりにもよって冷静じゃないミノタリアかぁ!」
ツツミはガシガシと頭をかきむしる。何をしたんだ、という周囲の視線を感じながら言った。
「急いで後を追おう!!」
「うぉおおおおおおお! ……ってうわっ!」
叫び声をあげながらあてもなく全力疾走していたミノタリアは何かにぶつかって止まった。
「痛たたた……。なんだここは」
ふと気分が冷えて辺りを見回してみる。細い通路を考えもなしに進んだ先にいた場所は大きなドーム状のスペースだった。もともと涼しい地下だったがここはやけに蒸し暑い。
見ると地面のところどころから光が発せられていた。通路の明かりや空気穴から漏れる太陽光とは違う、真っ赤な光である。その源はドロドロしていて半固体状の……。
「溶岩か!」
道理で暑いわけである。少し広い空間に気をよくしたのか、さらに周囲を確認する。少し離れた場所には地底湖が広がっていた。こちらの水温も高いようでもうもうと湯気が昇っている。
「ふ、ふむ。風呂にするには熱すぎるな、はっはっは」
虚勢を張りながら今度は何にぶつかったかを確認するミノタリア。どうやら溶岩と同じ赤い色をした、彼女の十倍はあろうかという大岩だった。
「お、おお! なにやらレアな雰囲気ではないか。よし……」
ツルハシを振りかぶり、思い切り叩きつける。ガイィン……と耳障りな音を立てて砕けた。……ミノタリアのツルハシが。
「……なっ!」
ミノタリアが驚いた声を上げたのはツルハシが壊れたからではなかった。大岩が、動き出したのである。
『グォォオオオオオオ』
地響きのような音は大岩の上方から聞こえた。楕円形に見えた大岩から翼が生え、首が生え、角を持った頭が生える。丸めていた身体を広げたらしいそれは、固い爬虫類を思わせる鱗で覆われていた。
「どどど、ドラゴン!!」
ツツミが以前作った龍とは違い、今回ミノタリアの目の前に現れたのは元世界で西洋に伝わる伝説の生物。まさしくドラゴンである。全身が真っ赤な中、らんらんと光る金色の眼がミノタリアを捉えた。
「き、聞いていないぞレカエル様! ツツミ様!」
普段のミノタリアであればもう少し落ち着いていられたかもしれない。しかしさんざんストレスのかかる思いをした彼女に余裕など存在しなかった。
「う、うわぁぁあああああああ! ああ! ああ!」
やみくもに折れたツルハシを振り回す。そのたびに残っていた金属部分が砕け、やがて柄の部分もぽっきりと折れてしまった。
「あっ……!」
ミノタリアの剛力をもってしても、全くダメージが通った様子はない。相変わらず冷たい目で見降ろしていたドラゴンは、前傾姿勢を取りその顎を開いた。
「くっ……!」
反撃が来る。そう確信するミノタリア。もはや手元には武器がない。……いや、本当にそうだろうか。
ミノタリアは二度、三度右足の蹄を踏み鳴らした。カン、カンと甲高い音があがる。自分にはまだ蹄鉄が残っているではないか!
「……ふぅぅぅぅ」
静かに呼吸を整え、重心を移動させる。ドラゴンが襲ってきた瞬間。その一瞬に合わせて必殺の回し蹴りでカウンターを狙う。
この巨体に通じるとは思えない。蹄鉄も泉の精の特別製とはいえ、同じく彼らからもらったツルハシは無残に砕けてしまった。
だが構わない。もはや手段は残されていないのだ。タイミングを慎重に測り、逆転の一撃をお見舞いしてやるのだ。
……かなり長い時間がたった気がしたが、実際には数秒のことだったろう。ドラゴンがさらに身をかがめ、とびかかる態勢を見せた。来る。
「ミノタリア!!!」
突然響いたツツミの声。ミノタリアの集中は即座に霧散した。しまった、と思ったがもう遅い。ドラゴンは地面を蹴り、その巨躯に似合わぬスピードで突進した!
ミノタリアとは別方向の地底湖へと。
「…………へっ?」
ドラゴンが上げた飛沫がミノタリアを濡らす。霧状になって瞬時に冷やされたのか、特段熱くもない。
『グォオオオオゥ……』
ミノタリアがそれ以上近づいてこないことを確認したらしいドラゴンは、瞼を閉じてリラックスした様子を見せた。
「これはいったい……」
「うん。この子、おとなしいドラゴンだから」
……ようやく追いついた五人。ツツミがミノタリアに土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
「ごめんミノタリア! 怖かったよね!!」
完全に気が抜けた様子のミノタリアである。どうにも言葉が出ない彼女に変わりレカエルが問い詰めた。
「まったく、こんなものを創っていたとは! また龍に連なるものですか! しかも今回は完全に生物です!」
悪魔の化身とされる龍へのアレルギー反応は未だ健在らしい。
「だってだって! 坑道といえば地下! 地下といえば溶岩ステージ! ふさわしいボスがいないと!」
どうやらドラゴンは完全にツツミの趣味の産物らしい。
「お、おおきいですね……。ご主人様、本当に危険はないのですか?」
これまた怯えたような表情のタンチョウにツツミは答える。
「見た目は怖いけどすっごく優しい子なんだよ! 人を襲ったりなんか絶対にしないって。寝てたとこを急に起こされたからびっくりしたんだと思う」
「は、はっはっは……。そうだとは知らなかった……。思い切りツルハシで殴りつけてしまった」
ようやく落ち着いたミノタリアがすまなそうにドラゴンを見る。
「それも問題ないよ。鱗はすんごく固く創ってあるからね! 蚊に刺されたかな、ってくらいの感じだよたぶん。……そうだ! ちゃんと実益もあるんだ!」
ツツミはドラゴンがたゆたう地底湖に近づくと、器を取り出して熱湯を掬う。ドラゴンは相変わらず気にも留めていない様子だった。この水もきれいな赤色だ。
「この。お湯。どうするの?」
「こうやって……えい!」
ツツミは狐火を出して器を熱した。瞬時に水分が蒸発し消える。あとにはさらさらとした赤い粉が残った。
「ドラゴンの鱗の性質がお湯に溶け出しているんだよ。この子お風呂好きだから。水分を飛ばせばこうやって結晶として残るんだ」
この結晶はほかの金属の性能を高める効果を持っている。銅に錫をまぜ、青銅とするのと同じ理屈だ。効果は比べ物にならず、硬度は増し、重量は減り、錆とは無縁になるといった魔法の粉であった。
「……わざわざこんな回りくどい創り方をせずともよかったではありませんか」
「まあレカエル様、良いではありませんの。見た目は龍とはいえ害はないようです。ここはひとつお目こぼしをいただけませんか?」
まだぶつぶつ言っているレカエルをイヴがとりなす。
「鉱石もだいぶ集まりましたわ。今日のところはお暇すると致しましょう」
『グウォォォォ』
ドラゴンの歌うような鳴き声を聞きながら、ツツミたちは地上に戻ることにした。
「ミノタリアさん、手はつながなくて大丈夫なんですか?」
「あ? あ、ああ、そういえば全く怖くないぞ……?」
まだどこか放心状態のミノタリア。タンチョウの問いに一瞬ぴくっと身を震わせたが、自分でもわからないうちに恐怖心は消えたらしい。
「……まあ、生命の危機と思われる恐怖をドラゴンに感じさせられたのです。閉所への恐れなど吹き飛んでしまったのでしょう」
レカエルの言葉にツツミが元気な声を上げた。
「ってことは、荒療治だったけど克服できたんだね! うんうん、これも私のおかげといってもいいんじゃないかな!」
「……ただの。結果。オーライ」
エウラシアの言葉はツツミに自制を促すことはなかった。
集落に帰還後、炉を使って早速ドラゴンの粉を使った合金を製作してみた。できた合金はどれも性能が飛躍的に上がっている。
見た目も薄い赤みがかった神秘的色で、表面からはオーラともいうべき揺らめきが立ち昇っていた。
「うん! これにふさわしい名前は一個しかないね!」
ツツミは迷わず名付けた。命名、『ヒヒイロノカネ』。
「あ、ああ!大丈夫だとも! それよりもう少し強く手を握ってもいいだろうか?」
言葉の前半と後半で矛盾を生じさせるミノタリア。明らかに大丈夫ではなかった。そんな中、イヴは好調に採掘を進める。
「さすがはレカエル様達が創り上げた坑道ですわ! ここにも、おやあちらにも鉱脈が!」
手際よくツルハシを振るって鉱石を得ていくイヴ。エウラシアがパチパチと拍手をしている。
今回基本的に神使三人はお目付け役だ。手伝うことはたやすいし効率も段違いだろう。しかし今後の生活を考えた場合、娘たちに経験を積ませたほうがいいだろうという判断だった。
問題は、現状働けているのがイヴのみであるという事である。
「ミノタリア? そんなにくっついていてはタンチョウも仕事ができないではありませんの」
「イヴさん構わないですから! いいんですよミノタリアさん。誰だって苦手なものくらいありますよね」
「う、うう……」
いつものふてぶてしさが見る影もない。抜群のプロポーションと整った顔立ちのミノタリアの半泣き顔は、アンバランスというかミスマッチさが庇護欲を掻き立てる。とはいえ通じない相手もいるのだった。
「ミノタリア。金とか。ダイヤとか。探さないの?」
「確かロマンなのではなかったかしら?」
相変わらず悪ノリを続けるエウラシアとイヴ。見かねたレカエルが口をはさむ。
「イヴ、それくらいにしなさい。エウラシアもです。しおらしいミノタリアは確かに新鮮ですが、そろそろ本気で倒れかねません」
「……いや、いいのだレカエル様」
制したのは当のミノタリア本人だった。
「二人とも、僕を元気づけようとして発破をかけてくれているのだな。ありがたい話だ」
皮肉ではなく、本当にそう思っている表情でお礼を述べる。イヴとエウラシアが思わず視線をそらしたことにも気が付いていないようだ。
「このままでは今後の採掘にも支障が出る。考えて見れば僕は半牛半人の血を引く存在。迷宮は庭のようなもののはず、坑道もさして変わりないではないか! 待っていてくれ、きっと財宝を掘り当ててみせる! うぉおおおおお!!」
「ミノタリアさん! 無理しちゃだめですよ!!」
タンチョウの手を振りほどき奥へと駆け出すミノタリア。制止する声も届いてはいないようだ。明らかに空元気の雄たけびはやがて聞こえなくなり、姿も見えなくなった。
「……行っちゃいました。だ、大丈夫なんでしょうか」
気づかわし気に奥に視線を向けるタンチョウ。レカエルが安心させるように言う。
「まあ大丈夫でしょう。本人の恐怖心はともかく、この坑道に危険などありません。私たちが保証しますよ、ねえツツミ?」
「そうそう! 万に一つも崩れる事なんてないし、危ないことなんてなに……も…………あっ」
言葉の途中でツツミは大事なことを思い出した。ミノタリアが走っていった道を改めて確認する。……ちょっとヤバいかもしれない。
「ツツミ? ……そういえば坑道を創るとなったとき、なにやら含んだ笑いをしていましたね」
「い、いや、ちょっと思いついたことがあったからさ、えへっ」
「リスたちとの作業中も、姿が見えないことがあったような……」
「……えへへっ」
冷や汗をたらし明後日の方を向くツツミ。ごまかすには無理があった。
「ご、ご主人様? もしかして……」
「い、いやいや大丈夫! 本来は危険はないから! ただお約束というか、ちょっとびっくりさせようと思っただけというか……。あああ、よりにもよって冷静じゃないミノタリアかぁ!」
ツツミはガシガシと頭をかきむしる。何をしたんだ、という周囲の視線を感じながら言った。
「急いで後を追おう!!」
「うぉおおおおおおお! ……ってうわっ!」
叫び声をあげながらあてもなく全力疾走していたミノタリアは何かにぶつかって止まった。
「痛たたた……。なんだここは」
ふと気分が冷えて辺りを見回してみる。細い通路を考えもなしに進んだ先にいた場所は大きなドーム状のスペースだった。もともと涼しい地下だったがここはやけに蒸し暑い。
見ると地面のところどころから光が発せられていた。通路の明かりや空気穴から漏れる太陽光とは違う、真っ赤な光である。その源はドロドロしていて半固体状の……。
「溶岩か!」
道理で暑いわけである。少し広い空間に気をよくしたのか、さらに周囲を確認する。少し離れた場所には地底湖が広がっていた。こちらの水温も高いようでもうもうと湯気が昇っている。
「ふ、ふむ。風呂にするには熱すぎるな、はっはっは」
虚勢を張りながら今度は何にぶつかったかを確認するミノタリア。どうやら溶岩と同じ赤い色をした、彼女の十倍はあろうかという大岩だった。
「お、おお! なにやらレアな雰囲気ではないか。よし……」
ツルハシを振りかぶり、思い切り叩きつける。ガイィン……と耳障りな音を立てて砕けた。……ミノタリアのツルハシが。
「……なっ!」
ミノタリアが驚いた声を上げたのはツルハシが壊れたからではなかった。大岩が、動き出したのである。
『グォォオオオオオオ』
地響きのような音は大岩の上方から聞こえた。楕円形に見えた大岩から翼が生え、首が生え、角を持った頭が生える。丸めていた身体を広げたらしいそれは、固い爬虫類を思わせる鱗で覆われていた。
「どどど、ドラゴン!!」
ツツミが以前作った龍とは違い、今回ミノタリアの目の前に現れたのは元世界で西洋に伝わる伝説の生物。まさしくドラゴンである。全身が真っ赤な中、らんらんと光る金色の眼がミノタリアを捉えた。
「き、聞いていないぞレカエル様! ツツミ様!」
普段のミノタリアであればもう少し落ち着いていられたかもしれない。しかしさんざんストレスのかかる思いをした彼女に余裕など存在しなかった。
「う、うわぁぁあああああああ! ああ! ああ!」
やみくもに折れたツルハシを振り回す。そのたびに残っていた金属部分が砕け、やがて柄の部分もぽっきりと折れてしまった。
「あっ……!」
ミノタリアの剛力をもってしても、全くダメージが通った様子はない。相変わらず冷たい目で見降ろしていたドラゴンは、前傾姿勢を取りその顎を開いた。
「くっ……!」
反撃が来る。そう確信するミノタリア。もはや手元には武器がない。……いや、本当にそうだろうか。
ミノタリアは二度、三度右足の蹄を踏み鳴らした。カン、カンと甲高い音があがる。自分にはまだ蹄鉄が残っているではないか!
「……ふぅぅぅぅ」
静かに呼吸を整え、重心を移動させる。ドラゴンが襲ってきた瞬間。その一瞬に合わせて必殺の回し蹴りでカウンターを狙う。
この巨体に通じるとは思えない。蹄鉄も泉の精の特別製とはいえ、同じく彼らからもらったツルハシは無残に砕けてしまった。
だが構わない。もはや手段は残されていないのだ。タイミングを慎重に測り、逆転の一撃をお見舞いしてやるのだ。
……かなり長い時間がたった気がしたが、実際には数秒のことだったろう。ドラゴンがさらに身をかがめ、とびかかる態勢を見せた。来る。
「ミノタリア!!!」
突然響いたツツミの声。ミノタリアの集中は即座に霧散した。しまった、と思ったがもう遅い。ドラゴンは地面を蹴り、その巨躯に似合わぬスピードで突進した!
ミノタリアとは別方向の地底湖へと。
「…………へっ?」
ドラゴンが上げた飛沫がミノタリアを濡らす。霧状になって瞬時に冷やされたのか、特段熱くもない。
『グォオオオオゥ……』
ミノタリアがそれ以上近づいてこないことを確認したらしいドラゴンは、瞼を閉じてリラックスした様子を見せた。
「これはいったい……」
「うん。この子、おとなしいドラゴンだから」
……ようやく追いついた五人。ツツミがミノタリアに土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
「ごめんミノタリア! 怖かったよね!!」
完全に気が抜けた様子のミノタリアである。どうにも言葉が出ない彼女に変わりレカエルが問い詰めた。
「まったく、こんなものを創っていたとは! また龍に連なるものですか! しかも今回は完全に生物です!」
悪魔の化身とされる龍へのアレルギー反応は未だ健在らしい。
「だってだって! 坑道といえば地下! 地下といえば溶岩ステージ! ふさわしいボスがいないと!」
どうやらドラゴンは完全にツツミの趣味の産物らしい。
「お、おおきいですね……。ご主人様、本当に危険はないのですか?」
これまた怯えたような表情のタンチョウにツツミは答える。
「見た目は怖いけどすっごく優しい子なんだよ! 人を襲ったりなんか絶対にしないって。寝てたとこを急に起こされたからびっくりしたんだと思う」
「は、はっはっは……。そうだとは知らなかった……。思い切りツルハシで殴りつけてしまった」
ようやく落ち着いたミノタリアがすまなそうにドラゴンを見る。
「それも問題ないよ。鱗はすんごく固く創ってあるからね! 蚊に刺されたかな、ってくらいの感じだよたぶん。……そうだ! ちゃんと実益もあるんだ!」
ツツミはドラゴンがたゆたう地底湖に近づくと、器を取り出して熱湯を掬う。ドラゴンは相変わらず気にも留めていない様子だった。この水もきれいな赤色だ。
「この。お湯。どうするの?」
「こうやって……えい!」
ツツミは狐火を出して器を熱した。瞬時に水分が蒸発し消える。あとにはさらさらとした赤い粉が残った。
「ドラゴンの鱗の性質がお湯に溶け出しているんだよ。この子お風呂好きだから。水分を飛ばせばこうやって結晶として残るんだ」
この結晶はほかの金属の性能を高める効果を持っている。銅に錫をまぜ、青銅とするのと同じ理屈だ。効果は比べ物にならず、硬度は増し、重量は減り、錆とは無縁になるといった魔法の粉であった。
「……わざわざこんな回りくどい創り方をせずともよかったではありませんか」
「まあレカエル様、良いではありませんの。見た目は龍とはいえ害はないようです。ここはひとつお目こぼしをいただけませんか?」
まだぶつぶつ言っているレカエルをイヴがとりなす。
「鉱石もだいぶ集まりましたわ。今日のところはお暇すると致しましょう」
『グウォォォォ』
ドラゴンの歌うような鳴き声を聞きながら、ツツミたちは地上に戻ることにした。
「ミノタリアさん、手はつながなくて大丈夫なんですか?」
「あ? あ、ああ、そういえば全く怖くないぞ……?」
まだどこか放心状態のミノタリア。タンチョウの問いに一瞬ぴくっと身を震わせたが、自分でもわからないうちに恐怖心は消えたらしい。
「……まあ、生命の危機と思われる恐怖をドラゴンに感じさせられたのです。閉所への恐れなど吹き飛んでしまったのでしょう」
レカエルの言葉にツツミが元気な声を上げた。
「ってことは、荒療治だったけど克服できたんだね! うんうん、これも私のおかげといってもいいんじゃないかな!」
「……ただの。結果。オーライ」
エウラシアの言葉はツツミに自制を促すことはなかった。
集落に帰還後、炉を使って早速ドラゴンの粉を使った合金を製作してみた。できた合金はどれも性能が飛躍的に上がっている。
見た目も薄い赤みがかった神秘的色で、表面からはオーラともいうべき揺らめきが立ち昇っていた。
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