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第一章 世界創造編
40.ミノタリアの弱点
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なんにせよ、イヴが占有していた炉は空いた。金属加工に手を出すにはまず坑道で採掘を行う必要がある。せっかくなので全員で向かうことにした。
「みんな、ツルハシは持った?」
「ばっちりです、ご主人様」
コガネとシロガネのコンビに用立ててもらった人数分のツルハシ。鉱石を運ぶためのリヤカーなど、準備は万端である。
「よし、では出発!」
道すがらの会話の内容は、取りたい鉱石についてであった。
「やはり銅、欲を言うなら鉄が欲しい所ですわ」
精神の安定をどうにか取り戻したイヴ。そもそもの言い出しっぺである彼女は実用的な金属を望んでいるようだ。
「加工のしやすさでいえば銅ですわね。錫があれば青銅にもできますし……。鉄は加工の難易度が上がりますが、強度を考えると……」
「はっはっは! イヴは夢がない。採掘といえば金銀プラチナ、ダイヤといったヒカリモノだろう!」
思いのほか俗っぽいことを言い出したのはミノタリアだった。
「また成金趣味なことを……。だいたい金や銀が欲しければ、泉の精のところに行けばいいではありませんの」
コガネたちの表ルールに従い、正直に答えればいいだけの話ではある。
「わかっていないのだな。僕は宝石の類が好きなわけではない。膨大なくず石の中から価値ある宝を探し出す。そこにロマンがあるのではないか!」
どうやら目的はトレジャーハント的な過程にあるようだ。
「主どの。この地中には当然そういった類のレアものもあるのだろうな?」
「うー? 探せば。あるんじゃない?」
「そうかそうか! では張り切って励むとしよう!」
上機嫌に鼻歌交じりで歩いていくミノタリア。その後ろをとことこと歩いていたタンチョウに、ツツミは話しかけた。
「タンチョウはどんな石が好きなの?」
「そ、そうですね。実用的なことを抜きにするならヒスイとか、ターコイズでしょうか」
あまりキラキラとした印象ではないが、確かな美しさで魅了する石。タンチョウらしいチョイスであった。
「さあ、着きましたよ」
改めて見る坑道はやはり会心の出来といっていいだろう。イヴとタンチョウが感嘆の声を上げる。
「素晴らしいですわレカエル様、ツツミ様! ありがとう存じます、ここまでしていただいて手ぶらで帰るわけにはまいりませんわね!」
「はいイヴさん! 私も頑張ります!」
意気揚々とした様子の二人。勢い込んで坂を下り地中へ潜っていく。そんななか、先ほどまで元気だったミノタリアの口数が減っていた。
「どうしたのミノタリア? なんか気にかかることでもあるの?」
「め、滅相もないツツミ様! うむ、立派な坑道だ! はっはっは……」
いつも通りの笑い方だがどこか力がない。入り口付近で立ち止まり、何かためらうように視線をウロチョロさせている。
「ミノタリア? 中に入らないのですか?」
「あ、ああレカエル様。その、誰かひとり外で待機していたほうが良いのではないかと思ってな! ほら、不測の事態とはいつなんどき起こるやもしれないだろう? 不本意だがこの僕が……」
「……。とうっ」
何事かをまくしたてていたミノタリアを、エウラシアが軽く突き飛ばした。不意を突かれた形のミノタリアはそのまま下へと転げ落ちる。
「うわぁあああああ!!」
まともな受け身も取れず通路まで落ちたミノタリア。やがて止まったが、倒れたまま動こうとしない。
「だ、大丈夫ですかミノタリアさん!?」
「いくらなんでも張り切りすぎではありませんこと?」
先行していたタンチョウとイヴが戻ってきた。タンチョウに支えられようやく立ち上がるミノタリアだったが、顔面が蒼白になっている。
「ミノタリアさん? その、ちょっと痛いです……」
「あ、ああ。すまない。す、少しこのままで……」
タンチョウを掴む手にはかなりの力が込められているようだ。謝罪はしたものの弱められる気配がない。というか、どことなく震えているようだった。
「ちょっとミノタリア? 体調が悪いのではなくって?」
「いや。はっはっは。……馬鹿なことを言うが、ここは崩れて閉じ込められたりしないだろうか」
「はい? レカエル様たちの仕事を疑うというのですの?」
「そうではない! そうではないが……。……いやだ。僕は出る!」
明らかに様子がおかしいミノタリア。ツツミは思い当たる節があった。これはひょっとして……。
「ミノタリア、もしかして閉所恐怖症なんじゃない?」
狭い場所、閉じた場所にいることに必要以上の恐怖を感じてしまう者がいるのである。坑道はそれなりの大きさがあり、通気用の穴も開いているとはいえ、この手の症状は理屈で片付くものではない。
「わ、わからない。ただ、妙に閉塞感というか、圧迫される感じがして……」
すがるようにタンチョウにもたれかかるミノタリア。そんな中、エウラシアとイヴがニヤッと笑った。
「坑道に。落盤事故は。つきもの。……どんな。注意を。払っても」
「そうですわねぇ。閉じ込められたら絶対に出られませんわね」
「だんだんと。空気も。薄く。なって」
「それ以前に岩に押しつぶされてしまうかもしれませんわ」
「ひいぃっ! 出る、僕はここから出るのだ!!」
……思い返せば、いつも飄々とした態度で我が道を行くミノタリアである。そんな彼女は悪気なく他者の神経を逆なでしてしまうことがあり、被害者の筆頭はエウラシアとイヴだった。
「これは。いい。弱点を」
「見つけましたわね」
「あ、あの。冗談ですまないほどおびえてしまってます、やめてあげてください」
グッと親指を立てあう二人をタンチョウがたしなめる。よしよし、と頭を撫でてあげながらツツミに視線を移した。
「……どうしましょう、ご主人様」
「うーん……。無理に採掘に参加しなくてもいいんじゃないかな?」
「そうですね。ミノタリア、あなたは入り口で待っていて構いませんよ」
「そ、それも嫌だ!」
レカエルの言葉に、ミノタリアはぶんぶんと首を横に振る。
「皆閉じ込められて地中から出てこないのではないかと不安でならない! そんな心持ちで何もせずただ帰還を待てと? レカエル様、酷すぎるぞ!」
「……また面倒な思考回路を。では、どうするのです?」
ミノタリアはうっ、と言葉に詰まった。そこに追い打ちをかけるエウラシアとイヴ。
「ミノタリア。ここは。私に。任せて。外で。待っていて」
「そうそう。心配はいりませんわ。わたくし、戻ったらアツシと結婚するんですの」
「何あからさまな死亡フラグを立ててるんだよ……」
ツツミのツッコミ通り安っぽい三文芝居である。しかし余裕がないミノタリアが決心するにはそれで充分だった。
「……共に行こう。タンチョウ、すまないが手は繋いだままでお願いする」
「みんな、ツルハシは持った?」
「ばっちりです、ご主人様」
コガネとシロガネのコンビに用立ててもらった人数分のツルハシ。鉱石を運ぶためのリヤカーなど、準備は万端である。
「よし、では出発!」
道すがらの会話の内容は、取りたい鉱石についてであった。
「やはり銅、欲を言うなら鉄が欲しい所ですわ」
精神の安定をどうにか取り戻したイヴ。そもそもの言い出しっぺである彼女は実用的な金属を望んでいるようだ。
「加工のしやすさでいえば銅ですわね。錫があれば青銅にもできますし……。鉄は加工の難易度が上がりますが、強度を考えると……」
「はっはっは! イヴは夢がない。採掘といえば金銀プラチナ、ダイヤといったヒカリモノだろう!」
思いのほか俗っぽいことを言い出したのはミノタリアだった。
「また成金趣味なことを……。だいたい金や銀が欲しければ、泉の精のところに行けばいいではありませんの」
コガネたちの表ルールに従い、正直に答えればいいだけの話ではある。
「わかっていないのだな。僕は宝石の類が好きなわけではない。膨大なくず石の中から価値ある宝を探し出す。そこにロマンがあるのではないか!」
どうやら目的はトレジャーハント的な過程にあるようだ。
「主どの。この地中には当然そういった類のレアものもあるのだろうな?」
「うー? 探せば。あるんじゃない?」
「そうかそうか! では張り切って励むとしよう!」
上機嫌に鼻歌交じりで歩いていくミノタリア。その後ろをとことこと歩いていたタンチョウに、ツツミは話しかけた。
「タンチョウはどんな石が好きなの?」
「そ、そうですね。実用的なことを抜きにするならヒスイとか、ターコイズでしょうか」
あまりキラキラとした印象ではないが、確かな美しさで魅了する石。タンチョウらしいチョイスであった。
「さあ、着きましたよ」
改めて見る坑道はやはり会心の出来といっていいだろう。イヴとタンチョウが感嘆の声を上げる。
「素晴らしいですわレカエル様、ツツミ様! ありがとう存じます、ここまでしていただいて手ぶらで帰るわけにはまいりませんわね!」
「はいイヴさん! 私も頑張ります!」
意気揚々とした様子の二人。勢い込んで坂を下り地中へ潜っていく。そんななか、先ほどまで元気だったミノタリアの口数が減っていた。
「どうしたのミノタリア? なんか気にかかることでもあるの?」
「め、滅相もないツツミ様! うむ、立派な坑道だ! はっはっは……」
いつも通りの笑い方だがどこか力がない。入り口付近で立ち止まり、何かためらうように視線をウロチョロさせている。
「ミノタリア? 中に入らないのですか?」
「あ、ああレカエル様。その、誰かひとり外で待機していたほうが良いのではないかと思ってな! ほら、不測の事態とはいつなんどき起こるやもしれないだろう? 不本意だがこの僕が……」
「……。とうっ」
何事かをまくしたてていたミノタリアを、エウラシアが軽く突き飛ばした。不意を突かれた形のミノタリアはそのまま下へと転げ落ちる。
「うわぁあああああ!!」
まともな受け身も取れず通路まで落ちたミノタリア。やがて止まったが、倒れたまま動こうとしない。
「だ、大丈夫ですかミノタリアさん!?」
「いくらなんでも張り切りすぎではありませんこと?」
先行していたタンチョウとイヴが戻ってきた。タンチョウに支えられようやく立ち上がるミノタリアだったが、顔面が蒼白になっている。
「ミノタリアさん? その、ちょっと痛いです……」
「あ、ああ。すまない。す、少しこのままで……」
タンチョウを掴む手にはかなりの力が込められているようだ。謝罪はしたものの弱められる気配がない。というか、どことなく震えているようだった。
「ちょっとミノタリア? 体調が悪いのではなくって?」
「いや。はっはっは。……馬鹿なことを言うが、ここは崩れて閉じ込められたりしないだろうか」
「はい? レカエル様たちの仕事を疑うというのですの?」
「そうではない! そうではないが……。……いやだ。僕は出る!」
明らかに様子がおかしいミノタリア。ツツミは思い当たる節があった。これはひょっとして……。
「ミノタリア、もしかして閉所恐怖症なんじゃない?」
狭い場所、閉じた場所にいることに必要以上の恐怖を感じてしまう者がいるのである。坑道はそれなりの大きさがあり、通気用の穴も開いているとはいえ、この手の症状は理屈で片付くものではない。
「わ、わからない。ただ、妙に閉塞感というか、圧迫される感じがして……」
すがるようにタンチョウにもたれかかるミノタリア。そんな中、エウラシアとイヴがニヤッと笑った。
「坑道に。落盤事故は。つきもの。……どんな。注意を。払っても」
「そうですわねぇ。閉じ込められたら絶対に出られませんわね」
「だんだんと。空気も。薄く。なって」
「それ以前に岩に押しつぶされてしまうかもしれませんわ」
「ひいぃっ! 出る、僕はここから出るのだ!!」
……思い返せば、いつも飄々とした態度で我が道を行くミノタリアである。そんな彼女は悪気なく他者の神経を逆なでしてしまうことがあり、被害者の筆頭はエウラシアとイヴだった。
「これは。いい。弱点を」
「見つけましたわね」
「あ、あの。冗談ですまないほどおびえてしまってます、やめてあげてください」
グッと親指を立てあう二人をタンチョウがたしなめる。よしよし、と頭を撫でてあげながらツツミに視線を移した。
「……どうしましょう、ご主人様」
「うーん……。無理に採掘に参加しなくてもいいんじゃないかな?」
「そうですね。ミノタリア、あなたは入り口で待っていて構いませんよ」
「そ、それも嫌だ!」
レカエルの言葉に、ミノタリアはぶんぶんと首を横に振る。
「皆閉じ込められて地中から出てこないのではないかと不安でならない! そんな心持ちで何もせずただ帰還を待てと? レカエル様、酷すぎるぞ!」
「……また面倒な思考回路を。では、どうするのです?」
ミノタリアはうっ、と言葉に詰まった。そこに追い打ちをかけるエウラシアとイヴ。
「ミノタリア。ここは。私に。任せて。外で。待っていて」
「そうそう。心配はいりませんわ。わたくし、戻ったらアツシと結婚するんですの」
「何あからさまな死亡フラグを立ててるんだよ……」
ツツミのツッコミ通り安っぽい三文芝居である。しかし余裕がないミノタリアが決心するにはそれで充分だった。
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