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第一章 世界創造編
50.肉食系女子
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阿鼻叫喚の選手権から数日後。ミノタリアの元気がなかった。
「はっはっは。はぁ……」
笑い声もなんだか空笑いの様相である。心配したタンチョウが声をかけた。
「ミノタリアさん? なんだかお疲れですか?」
「いや。疲れているという訳ではないんだが……。ちょっとな」
少し言いにくそうに口ごもるミノタリア。
「元気がないときは甘いものですよ! はいっ、新作のブラウニーです」
「うおっ。お、おお、ありがとう」
このところタンチョウはお菓子作りに精を出している。毎日のように新しいお菓子を作っては他の娘たちにふるまっているのだった。しかしそれを受け取るミノタリアは少し引きつった笑顔である。
「あれ? 食べないのミノタリア。じゃあわたしもーらいっ」
ツツミがミノタリアの前からブラウニーをかっさらって口に入れた。
「もぐもぐ……んーおいしい! 腕を上げたねタンチョウ!」
「は。はっはっは。やってくれたなツツミ様。……はぁ」
一応軽い抗議をするが、すぐにため息にかき消されてしまう。
「あ、あの、ミノタリアさん。ひょっとして、私のお菓子、お口に合いませんか?」
「いやいや! そんなことはないぞ!!」
うるんだ瞳で上目遣いに申し出たタンチョウに、ミノタリアはぶんぶんと首を横に振った。
「タンチョウの作ってくれるお菓子はいつもおいしいとも! ありがとう。感謝してる! ただ、な……」
「なんですの? 随分と歯切れが悪いですわね。言いたいことがあるならはっきり言えばいいではありませんの!」
ぷりぷりと怒るイヴ。ミノタリアはおずおずと切り出した。
「……肉が食べたいのだ」
この世界の食糧事情は随分と改善されてきていた。この度のお菓子作りの副産物として創られた大豆や小麦、甘いマナやハチミツは今後も食生活を支えてくれるだろう。
「しかし、僕は肉が食べたいのだ! 甘いものは確かにおいしい。だがそれだけでは……」
タンチョウの手前、飽きるとは口にしなかったミノタリア。しかし充分に意図は伝わった。……それにしてもどこかで聞いたことがあるような話である。
「そんなに肉が食べたいのですか? まったく……。なんでしたら食べきれないほどのうずらを……」
「ちょ、ちょっと。ストップ、レカエル!」
ツツミは慌ててレカエルを止めた。ミノタリアが疫病にかかるようなことがあってはかなわない。
「肉か、うん肉ね。とりあえず……タンチョウ、手伝って!」
「は、はいっ」
「こ、これでどうでしょうミノタリアさん!」
「おお!」
しばらくしてミノタリアの前に二つのハンバーグが並べられた。ごくり、と唾をのむ音がする。
「た、食べてもいいのか?」
「もちろんです! 召し上がってください! みなさんの分も用意してありますからどうぞ!」
他の皆の前にも皿が用意され、食事が始まる。
「あら! 美味ではありませんの!」
「本当に。あっさりしていて、くどくなくて……」
なかなか好評のハンバーグである。エウラシアが不思議そうに尋ねた。
「うー? これ。なんの。肉?」
「ひとつはお魚だよ! 前に創ったでしょ、勝手に切り身になるサンマイオロシ!」
「ああ……あの気味が悪い……」
レカエルが少しイヤそうな顔で皿を見た。骨だけで泳ぐ姿が頭に浮かんだのだろうか。
「もうひとつは実はお肉じゃなくて、大豆なんです」
「大豆ですって? これが大豆ですの?」
「ええ。大豆を水に漬けてつぶして、煮てから海水から取ったエキスを加えると固まってくるんです」
それをこねて焼いた一品。いわゆる豆腐ハンバーグである。
「焼かないでそのまま食べてもおいしんだよ! 私は冷たい豆腐に納豆と醤油をかけて食べるのが好きだなー。お味噌汁にいれてもおいしいよね」
「ナットウ。と。ショウユ。も。ツツミの。国の。もの? オミソシルも?」
「そっ! ……ちなみに全部大豆でできてます」
それはさておき、ミノタリアももぐもぐとハンバーグを食していた。皿が出てきた時ほど表情は明るくはない。
「うむ。おいしい。おいしいのだが……。なにか、違う……」
「……まぁ、いわゆる代用品だもんね」
ミノタリアの肉食欲求を満たすには至らない。どうしたものか、と考えているとタイミングよく外からヒツジの声がした。
『メェーーー』
……その場にいる者すべてがひとつの考えに行きつく。
「だ、ダメですわ!」
イヴが慌てたように声を上げた。
「ひ、ヒツジたちは羊毛をとるために必要なのです! それにあの子たちを、あの子たちを食べるなんて……」
ヒツジの世話は主にイヴの担当である。どうやらしばらく育てているうちに情が湧いてしまったらしい。
「レカエル様! どうかお助けください! このままでは……」
「は、はぁ。私は別に構わないと思うのですが……。我が主の好物でもありますし、もとよりその用途も考えたうえで与えたのですが……」
とはいえ無下に断るのも心苦しかったのか、レカエルは一つがいの鳥を創った。
「これは。うー。ニワトリ?」
現れたのは白い羽のニワトリだった。一匹は赤い大きなトサカを生やしている。オスだろう。
「ありがとうございますレカエル様!」
「メスの鳥からは卵も取れるでしょう。ふふ、オスの方はちょっとした力があるのですよ。イヴ、私のことが嫌いだと言ってみなさい」
「は、はい? わたくしはレカエル様を愛しておりますわ!」
「言葉で言うだけのことです。まあ深く考えずに」
「そ、そうですか……。え、ええと。れ、レカエル様なんて大っ嫌いですわ!」
ものすごく苦しそうな顔で従うイヴ。と、それまで静かだった雄鶏が高らかに鳴いた。
『コッケコッコー!!』
「わ、わっ!?」
急なことに驚くイヴ。レカエルはこともなげに言う。
「嘘を聞くと鳴く雄鶏なのです。……まあともかく。ミノタリア、これでいいでしょう?」
レカエルの得意げな顔。しかしミノタリアはまださえない顔をしていた。
「う、うーむ。鶏肉も確かに好物なのだが……。もっとこう、肉を食べる! という表現が合う感じのだな……」
「わ、私も鳥を食べるのはちょっと……」
タンチョウもやや微妙な顔をしている。羽毛を持つ飛べない者同士、親近感があるのかもしれない。
「……まあタンチョウにこれを食べさせるのは酷かもしれませんね。配慮が足りませんでした」
「そ、そんな! どうしてもとレカエル様が仰るなら、すぐにでもローストチキンを……」
「い、いえいえ。無理をしなくていいのですよ」
持ち前の頑張ってしまう気質が出てきたタンチョウをレカエルが押しとどめる。そんななか立ち上がったのは頑張らない気質の持ち主だった。
「つまり。こういう。ことでしょ」
パチリと指を鳴らすエウラシア。すぐに少し離れた場所で大きな動物が数頭現れた。
『……モーーッ』
重そうな体。黒一色の毛並み。立派な角。ミノタリアが歓声を上げる。
「お……おお! そう、これだ! こういうやつだ! さすがは主どの!!」
感極まったのかエウラシアに抱き着いて頬ずりを始める。……エウラシアはものすごく暑苦しそうな顔で迷惑がっていたが。
「……ウシ。これで。満足?」
「もちろんだとも! 感謝するぞ主どの。こうしてはいられない、早速さばいて来よう!!」
『……モーーッ』
創られた瞬間哀れな末路が確定してしまった一頭のウシを引き連れ、ミノタリアは意気揚々と去っていった。
「……ミノタリア。ウシを食べることに抵抗はないのかしら?」
イヴの言葉に正直同感のツツミだったが、まあ本人が気にしていないのなら構わないだろう。
「さあさあ、どんどん食べてくれ!!」
夜はバーベキューが開催された。こういう仕切りが似合うミノタリアが、鉄板の上にどんどん肉を載せていく。
「んー! 口の中で脂がとろけますわ!」
「そうだろう! 脂だけでなく赤身もうまみが詰まっているのだぞ。流石は主どのが創ったウシだ!」
「おー。肩の。肉が。好き」
「はっはっは! 任せておけ主どの!」
「わ、私ももう一切れ……」
意外と肉食系だった女子たち。甘いものに飽きてきていたのはミノタリアだけではなかったのかもしれない。そんななか、タンチョウだけあまり食が進んでいなかった。
「タンチョウ? どうしたの?」
ぼんやりとしているタンチョウにツツミが話しかける。
「は、はいっ!? あ、ご主人様!」
「どうかした? あんま食べてないみたいだけど……。もしかして、肉自体苦手とか?」
「い、いいえ! お肉、美味しいですね。あは、あはははは」
ごまかすように笑うタンチョウ。しかし表情は暗いままだ。
「ほんとにどうしたのさ? なんか悩み事でもあるの?」
「そんな、悩みごとなんてありませんよ!」
『コッケコッコー!!』
ウシのおかげでディナーになることを免れたニワトリが鳴いた。聞くとはなしに話を聞いていた皆の視線がタンチョウに集まる。
「……その。ええと。……アツシさん、にも、食べさせてあげたいな、なんて……」
観念したように白状するタンチョウ。瞬間イヴとミノタリアの表情も少し曇った。
「あー……。確かに思ったより長くお邪魔しすぎちゃったかもしれないなぁ」
「そうですね。正直彼にも気の毒なことをしたかもしれません」
反省の弁を述べるツツミとレカエル。慌てたようにタンチョウとイヴがフォローに入る。
「そ、そんな! ご主人様がいてくださって本当に助かってるんです!」
「そうですわ! どうかこのまま、永久にご滞在を!」
「い、いえ。永久にはちょっと……」
永久にいるのは滞在とは言わないだろう。ともかく……。
「そうだね。仕事も一段落したことだし、アツシを起こしてあげよっか」
「ええ。私たちは一旦天界へ戻ることにしましょう。エウラシア?」
「おー。起こす。薬。創るね」
意見がまとまる神使三人。しかしイヴとタンチョウが騒ぎ始めた。
「お待ちください皆さま!! ここでお別れなんて!!」
「そ、そうです! も、もうちょっと……。うっ、ぐすっ」
「あー泣かない泣かない、タンチョウ!」
ツツミはよしよしとタンチョウの頭をなでる。
「ちょっとデートの時間をあげるだけだから! すぐ戻ってくるから! アツシに良くなった暮らしを見せてあげなよ」
「ええ。すこし休息をとるだけです。またすぐに会いに来ますよ。……地上にはコガネちゃんとシロガネちゃんもいますからね」
「好きなだけ。ラブコメを。すれば。いいよ。『恋愛劇を狩るもの』が。放たれる。その日まで」
「……主どの。次はもう少し穏便な方法をとってもらいたいな」
苦笑するミノタリア。こうしてツツミたちはアツシを目覚めさせ、一度天界に戻ったのだった。
「はっはっは。はぁ……」
笑い声もなんだか空笑いの様相である。心配したタンチョウが声をかけた。
「ミノタリアさん? なんだかお疲れですか?」
「いや。疲れているという訳ではないんだが……。ちょっとな」
少し言いにくそうに口ごもるミノタリア。
「元気がないときは甘いものですよ! はいっ、新作のブラウニーです」
「うおっ。お、おお、ありがとう」
このところタンチョウはお菓子作りに精を出している。毎日のように新しいお菓子を作っては他の娘たちにふるまっているのだった。しかしそれを受け取るミノタリアは少し引きつった笑顔である。
「あれ? 食べないのミノタリア。じゃあわたしもーらいっ」
ツツミがミノタリアの前からブラウニーをかっさらって口に入れた。
「もぐもぐ……んーおいしい! 腕を上げたねタンチョウ!」
「は。はっはっは。やってくれたなツツミ様。……はぁ」
一応軽い抗議をするが、すぐにため息にかき消されてしまう。
「あ、あの、ミノタリアさん。ひょっとして、私のお菓子、お口に合いませんか?」
「いやいや! そんなことはないぞ!!」
うるんだ瞳で上目遣いに申し出たタンチョウに、ミノタリアはぶんぶんと首を横に振った。
「タンチョウの作ってくれるお菓子はいつもおいしいとも! ありがとう。感謝してる! ただ、な……」
「なんですの? 随分と歯切れが悪いですわね。言いたいことがあるならはっきり言えばいいではありませんの!」
ぷりぷりと怒るイヴ。ミノタリアはおずおずと切り出した。
「……肉が食べたいのだ」
この世界の食糧事情は随分と改善されてきていた。この度のお菓子作りの副産物として創られた大豆や小麦、甘いマナやハチミツは今後も食生活を支えてくれるだろう。
「しかし、僕は肉が食べたいのだ! 甘いものは確かにおいしい。だがそれだけでは……」
タンチョウの手前、飽きるとは口にしなかったミノタリア。しかし充分に意図は伝わった。……それにしてもどこかで聞いたことがあるような話である。
「そんなに肉が食べたいのですか? まったく……。なんでしたら食べきれないほどのうずらを……」
「ちょ、ちょっと。ストップ、レカエル!」
ツツミは慌ててレカエルを止めた。ミノタリアが疫病にかかるようなことがあってはかなわない。
「肉か、うん肉ね。とりあえず……タンチョウ、手伝って!」
「は、はいっ」
「こ、これでどうでしょうミノタリアさん!」
「おお!」
しばらくしてミノタリアの前に二つのハンバーグが並べられた。ごくり、と唾をのむ音がする。
「た、食べてもいいのか?」
「もちろんです! 召し上がってください! みなさんの分も用意してありますからどうぞ!」
他の皆の前にも皿が用意され、食事が始まる。
「あら! 美味ではありませんの!」
「本当に。あっさりしていて、くどくなくて……」
なかなか好評のハンバーグである。エウラシアが不思議そうに尋ねた。
「うー? これ。なんの。肉?」
「ひとつはお魚だよ! 前に創ったでしょ、勝手に切り身になるサンマイオロシ!」
「ああ……あの気味が悪い……」
レカエルが少しイヤそうな顔で皿を見た。骨だけで泳ぐ姿が頭に浮かんだのだろうか。
「もうひとつは実はお肉じゃなくて、大豆なんです」
「大豆ですって? これが大豆ですの?」
「ええ。大豆を水に漬けてつぶして、煮てから海水から取ったエキスを加えると固まってくるんです」
それをこねて焼いた一品。いわゆる豆腐ハンバーグである。
「焼かないでそのまま食べてもおいしんだよ! 私は冷たい豆腐に納豆と醤油をかけて食べるのが好きだなー。お味噌汁にいれてもおいしいよね」
「ナットウ。と。ショウユ。も。ツツミの。国の。もの? オミソシルも?」
「そっ! ……ちなみに全部大豆でできてます」
それはさておき、ミノタリアももぐもぐとハンバーグを食していた。皿が出てきた時ほど表情は明るくはない。
「うむ。おいしい。おいしいのだが……。なにか、違う……」
「……まぁ、いわゆる代用品だもんね」
ミノタリアの肉食欲求を満たすには至らない。どうしたものか、と考えているとタイミングよく外からヒツジの声がした。
『メェーーー』
……その場にいる者すべてがひとつの考えに行きつく。
「だ、ダメですわ!」
イヴが慌てたように声を上げた。
「ひ、ヒツジたちは羊毛をとるために必要なのです! それにあの子たちを、あの子たちを食べるなんて……」
ヒツジの世話は主にイヴの担当である。どうやらしばらく育てているうちに情が湧いてしまったらしい。
「レカエル様! どうかお助けください! このままでは……」
「は、はぁ。私は別に構わないと思うのですが……。我が主の好物でもありますし、もとよりその用途も考えたうえで与えたのですが……」
とはいえ無下に断るのも心苦しかったのか、レカエルは一つがいの鳥を創った。
「これは。うー。ニワトリ?」
現れたのは白い羽のニワトリだった。一匹は赤い大きなトサカを生やしている。オスだろう。
「ありがとうございますレカエル様!」
「メスの鳥からは卵も取れるでしょう。ふふ、オスの方はちょっとした力があるのですよ。イヴ、私のことが嫌いだと言ってみなさい」
「は、はい? わたくしはレカエル様を愛しておりますわ!」
「言葉で言うだけのことです。まあ深く考えずに」
「そ、そうですか……。え、ええと。れ、レカエル様なんて大っ嫌いですわ!」
ものすごく苦しそうな顔で従うイヴ。と、それまで静かだった雄鶏が高らかに鳴いた。
『コッケコッコー!!』
「わ、わっ!?」
急なことに驚くイヴ。レカエルはこともなげに言う。
「嘘を聞くと鳴く雄鶏なのです。……まあともかく。ミノタリア、これでいいでしょう?」
レカエルの得意げな顔。しかしミノタリアはまださえない顔をしていた。
「う、うーむ。鶏肉も確かに好物なのだが……。もっとこう、肉を食べる! という表現が合う感じのだな……」
「わ、私も鳥を食べるのはちょっと……」
タンチョウもやや微妙な顔をしている。羽毛を持つ飛べない者同士、親近感があるのかもしれない。
「……まあタンチョウにこれを食べさせるのは酷かもしれませんね。配慮が足りませんでした」
「そ、そんな! どうしてもとレカエル様が仰るなら、すぐにでもローストチキンを……」
「い、いえいえ。無理をしなくていいのですよ」
持ち前の頑張ってしまう気質が出てきたタンチョウをレカエルが押しとどめる。そんななか立ち上がったのは頑張らない気質の持ち主だった。
「つまり。こういう。ことでしょ」
パチリと指を鳴らすエウラシア。すぐに少し離れた場所で大きな動物が数頭現れた。
『……モーーッ』
重そうな体。黒一色の毛並み。立派な角。ミノタリアが歓声を上げる。
「お……おお! そう、これだ! こういうやつだ! さすがは主どの!!」
感極まったのかエウラシアに抱き着いて頬ずりを始める。……エウラシアはものすごく暑苦しそうな顔で迷惑がっていたが。
「……ウシ。これで。満足?」
「もちろんだとも! 感謝するぞ主どの。こうしてはいられない、早速さばいて来よう!!」
『……モーーッ』
創られた瞬間哀れな末路が確定してしまった一頭のウシを引き連れ、ミノタリアは意気揚々と去っていった。
「……ミノタリア。ウシを食べることに抵抗はないのかしら?」
イヴの言葉に正直同感のツツミだったが、まあ本人が気にしていないのなら構わないだろう。
「さあさあ、どんどん食べてくれ!!」
夜はバーベキューが開催された。こういう仕切りが似合うミノタリアが、鉄板の上にどんどん肉を載せていく。
「んー! 口の中で脂がとろけますわ!」
「そうだろう! 脂だけでなく赤身もうまみが詰まっているのだぞ。流石は主どのが創ったウシだ!」
「おー。肩の。肉が。好き」
「はっはっは! 任せておけ主どの!」
「わ、私ももう一切れ……」
意外と肉食系だった女子たち。甘いものに飽きてきていたのはミノタリアだけではなかったのかもしれない。そんななか、タンチョウだけあまり食が進んでいなかった。
「タンチョウ? どうしたの?」
ぼんやりとしているタンチョウにツツミが話しかける。
「は、はいっ!? あ、ご主人様!」
「どうかした? あんま食べてないみたいだけど……。もしかして、肉自体苦手とか?」
「い、いいえ! お肉、美味しいですね。あは、あはははは」
ごまかすように笑うタンチョウ。しかし表情は暗いままだ。
「ほんとにどうしたのさ? なんか悩み事でもあるの?」
「そんな、悩みごとなんてありませんよ!」
『コッケコッコー!!』
ウシのおかげでディナーになることを免れたニワトリが鳴いた。聞くとはなしに話を聞いていた皆の視線がタンチョウに集まる。
「……その。ええと。……アツシさん、にも、食べさせてあげたいな、なんて……」
観念したように白状するタンチョウ。瞬間イヴとミノタリアの表情も少し曇った。
「あー……。確かに思ったより長くお邪魔しすぎちゃったかもしれないなぁ」
「そうですね。正直彼にも気の毒なことをしたかもしれません」
反省の弁を述べるツツミとレカエル。慌てたようにタンチョウとイヴがフォローに入る。
「そ、そんな! ご主人様がいてくださって本当に助かってるんです!」
「そうですわ! どうかこのまま、永久にご滞在を!」
「い、いえ。永久にはちょっと……」
永久にいるのは滞在とは言わないだろう。ともかく……。
「そうだね。仕事も一段落したことだし、アツシを起こしてあげよっか」
「ええ。私たちは一旦天界へ戻ることにしましょう。エウラシア?」
「おー。起こす。薬。創るね」
意見がまとまる神使三人。しかしイヴとタンチョウが騒ぎ始めた。
「お待ちください皆さま!! ここでお別れなんて!!」
「そ、そうです! も、もうちょっと……。うっ、ぐすっ」
「あー泣かない泣かない、タンチョウ!」
ツツミはよしよしとタンチョウの頭をなでる。
「ちょっとデートの時間をあげるだけだから! すぐ戻ってくるから! アツシに良くなった暮らしを見せてあげなよ」
「ええ。すこし休息をとるだけです。またすぐに会いに来ますよ。……地上にはコガネちゃんとシロガネちゃんもいますからね」
「好きなだけ。ラブコメを。すれば。いいよ。『恋愛劇を狩るもの』が。放たれる。その日まで」
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苦笑するミノタリア。こうしてツツミたちはアツシを目覚めさせ、一度天界に戻ったのだった。
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