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第二章 人間に崇拝される編
57.アツシの神話
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「これは……これはいったい……!?」
混乱を極め言葉を失うレカエル。完全にフリーズしてしまった。それに対し、ツツミとエウラシアは冷静である。
「やっぱアツシかぁ。もうそんなフラグがバンバン立ってたもんね……」
「うー。出世。したね。アツシ」
こんな立派な教会まで建てられているのである。しかも話を聞く限り各地に同じものがあるらしい。
「あの……お気に召しませんでしたか? 高名な画家が描いた、当教会が誇る祭壇画なのですが……」
確かに祭壇画はよくできていた。パネルの様にいくつかの絵が集まってできている。中心の絵がアツシだ。かなり美化されているが見知った顔である。
服装はツツミたちが会ったことのあるときのもの、もっといえばブレザータイプの学生服だった。やたら雄々しい表情で、なぜか剣など構えている。
「い、いやあ、良く描けてると思う……ホントに。なんかマンガの主人公みたい」
「うー。なんか。戦ったのかな?」
よく見ると傍に戦闘を描いたらしい絵もあった。アツシが剣で誰かに斬りつけている。
魔物だろうか。やたらデブッとしていて肌が紫色の、オークとゴブリンとトロールの醜い要素を詰め込んだような気持ち悪い姿。それが三体いた。
「あ、こっちに描かれてるのは!」
その隣にあったのはアツシと三人の女性の絵だった。人間、牛人、鳥人。それぞれ人間と牛人は着飾ったドレス姿である。鳥人の方はといえば……。
「またセーラー服なんだ……」
「これ。たぶん」
「うん。タンチョウたちだよね……」
おそらくそれぞれイヴ、ミノタリア、タンチョウだろう。なぜタンチョウだけセーラー服なのかはわからない。……ろくでもない理由な気がするが。
「たぶん結婚式の絵だよね……華やかだし」
「おー。三人とも。いるね」
「……そだね。アツシめ……」
アツシを呪うのは後にしてひとまず他の絵を見る。
赤ちゃんを抱いて優しく微笑む三人と、それを見守るアツシの絵。アツシが植物や動物に、なにやら手から謎の光線を発している絵。海にアツシがこれまた謎の光線を放っている絵。
「アツシ尽くしだね」
「アツシ。手から。なんか。出せたんだね」
「……うん、知らなかったね。ビームかな? 出せたかもしれないね」
どうやら祭壇画はさまざまなアツシの活躍を物語るものらしい。だんだん投げやりな気分になってきた。
「…………はっ!?」
「お。レカエル、再起動は済んだ?」
「つ、ツツミ……。恐ろしい夢を見ていました。アツシが、私はともかく我が主を差し置いて神を名乗っている夢です……」
「うん。じゃあ悪夢の続きを見ようか」
ツツミは女司祭に向き直って言った。
「司祭さん。これ、どんなお話か聞かせて?」
「は、はあ。しかし、よく知られた物語ですよ? あなたたちも小さいころに聞かされたことがあるでしょう? あの話です」
「え、ええと。教会で働く人からきちんと聞きたいなって」
「あらあら、熱心ですね。うふふ、それではお話ししましょうか」
こうして女司祭は過去にあった話、いまや伝説、神話として語り継がれる話をはじめた。
「はるか昔、この地にまだ誰も人がいない頃のお話です。それはそれは美しく気立ての良い三人の娘たちがいました」
タンチョウたちのことだろう。昔話に出てくる娘はだいたい美しいのだが、三人のことならあながち誇張でもない。
「三人はそれぞれ醜く、おぞましい怪物に仕えていました。あちらに描かれている紫色の三体です」
「……ちょっと待ってください」
女司祭は例の魔物っぽいやつらの絵を指さして言った。レカエルがたまらず口をはさむ。
「三人の娘が……仕えていた? そ、それが、その、気色の悪いそれらですか!?」
「ええ。あなたたちもお母さんから言われたでしょう? 悪さをすると怪物になってしまうと」
「イヴの主……。で、ではこれはっ!!!」
「レカエル」
エウラシアが再び固まりそうになったレカエルの肩にポン、と手を置いた。
「現実を。受け入れて。うー。紫色。だけど」
「なぜ……、なぜこんな姿で語られているのですか……」
「ちゃんとしてる広場の像はただのオブジェ扱いだしね」
ツツミもまた顔が引きつるのを自覚した。どうやら自分たちは崇められているどころか、得体のしれない何かにジョブチェンジしているらしい。
「とりあえず続きを聞こっか。司祭さん、遮ってごめんね」
「いえ、では続きを。怪物たちは醜悪な外見以上に心も醜かったのです。三人の娘はひどくいじめられました」
「……わお。そうだったんだ」
もはややけくそ気味のツツミ。女司祭のお話は続く。
「人間の娘は、怪物の姿を象った像を作り続けるという苦行を強いられました」
「あれはイヴが自分から……! いえ、もういいです……」
「鳥の娘は自分の羽をむしり、それで布を織るという無理難題を命じられました」
「ご、誤解だよっ。確かに無理なことを言ったけどさっ」
イブたちとの交流がひどく悪意に捻じ曲げられて伝わっているようだ。
「そして牛の娘は、暗く狭い地下の鉱山に閉じ込められ、鉱石をとって来るよう言われたのです」
「うー。なんて。ひどい」
「いや、それはわりとホントの話だよね」
どうやら一切が作り話ではないらしい。細かい経緯を無視すれば実際にあった事だった。
「横暴な怪物に苦しめられる娘たち。そこに現れたのがアツシ神でした。三体の怪物に戦いを挑み、見事打ち倒して娘たちを解放したのです!」
「……『恋愛劇を狩るもの』で。一撃だった。けど」
盛り上がるタイミングなのだろう、口調を強める女司祭。エウラシアの独り言は聞こえていない。
「アツシ神は怪物をこの世界から放逐しました。解放された娘たちはアツシ神に見初められ、娶られる事になったのです」
「やっぱ三人ともお嫁さんになってたよ……」
アツシは見事ハーレムを築いたらしい。この世界の人種から想像できたことではあった。
「怪物たちはそれぞれ稲穂やヒツジ、ミツバチやマナを隠し持っていました。アツシ神は神の御力でそれをこの地上に広め、豊かな大地をお創りになったのです」
手から出る謎ビームがそれらしい。
「やがて夫婦となった娘たちからは子供が生まれました。彼女たちの血を引いた子、それが今の私たちの先祖です。私たちはみなアツシ神の子孫と言えますね」
「ま、まあ、当初の目的通りといえばそうですが……」
レカエルの言葉はかなり複雑な感情をはらんでいるようだった。
「こうして今の三種族ができたのです。タンチョウ族、イヴ族、ミノタリア族という名前は娘たちから来ているのですよ」
「あの子たちの名前は残ってるんだね。じゃあ私たちのことももうちょい覚えてくれててもいいのに」
恨み言をもらすツツミ。女司祭は物語の終わりを紡ぐ。
「今もアツシ神はどこかから私たちを見守ってくださっています。放逐された怪物たちが戻ってこないよう、戦っていらっしゃるのですよ」
「いやあ、あっはっは。笑うしかないね!」
教会を後にしたツツミは一周回って妙なテンションになっていた。
「うー。それなりに。面白い。物語。だった」
エウラシアも若干ハイになっているかもしれない。そんな中レカエルは呆然として歩いていた。
「あっはっは、レカエル。前見て歩かないとあぶな……」
「……きゃっ!」
「わわっ! ご、ごめんなさい!」
言葉遅く、レカエルは人間、イヴ族の男の子とぶつかってしまった。その拍子に男の子の手から銅貨がチャリンと一枚落ちる。この世界は貨幣制度もできているようだ。
「だいじょうぶ? おねえちゃん」
「え、ええ。こちらこそごめんなさい。……ほら、落としましたよ」
レカエルは銅貨を拾って男の子に渡そうとする。瞬間その動きが止まった。視線が銅貨に注がれている。
「どうしたのレカエル? ……うわ」
レカエルの手元をのぞき込むツツミ。彼女も瞬時にげんなりした顔をした。銅貨には男の横顔が刻印されていた。誰なのかは分かり切った事である。
「ここにもアツシだよ! もーどーでもいいやー! あはははは!」
「あ! ぼくもお母さんに教えてもらったよ! すごい神さまなんでしょ! アツシ神さま!」
「そーだよーすごいんだよー! ほらボク、もう落としちゃだめだからね」
「うん! ありがとー!」
レカエルの手から銅貨を取り渡してあげるツツミ。男の子はお礼を言って走っていった。
「……ふふっ。ふふふっ」
見るとレカエルが笑いを漏らしていた。うつむいた顔からは表情をうかがい知ることができない。
「レカエル? なに笑って……」
「二人とも! 冥界に行きますよ!」
キッと面をあげて宣言するレカエル。微笑んでいるがものすごく怖い。
「あの男もイヴたちも天に召されたことでしょう! ならば冥界にいるはずです!」
「ま、まあこの世界ではかなり時間がたってるみたいだしね……ひゃっ!」
ダンッ!!!
ツツミの言葉を待たずレカエルは聖槍の石突で地面を叩いた。石畳に少しひびが入ったかもしれない。
「神を僭称する不届き者、アツシに教えてやるのです! 怪物が帰還したことを!!!」
混乱を極め言葉を失うレカエル。完全にフリーズしてしまった。それに対し、ツツミとエウラシアは冷静である。
「やっぱアツシかぁ。もうそんなフラグがバンバン立ってたもんね……」
「うー。出世。したね。アツシ」
こんな立派な教会まで建てられているのである。しかも話を聞く限り各地に同じものがあるらしい。
「あの……お気に召しませんでしたか? 高名な画家が描いた、当教会が誇る祭壇画なのですが……」
確かに祭壇画はよくできていた。パネルの様にいくつかの絵が集まってできている。中心の絵がアツシだ。かなり美化されているが見知った顔である。
服装はツツミたちが会ったことのあるときのもの、もっといえばブレザータイプの学生服だった。やたら雄々しい表情で、なぜか剣など構えている。
「い、いやあ、良く描けてると思う……ホントに。なんかマンガの主人公みたい」
「うー。なんか。戦ったのかな?」
よく見ると傍に戦闘を描いたらしい絵もあった。アツシが剣で誰かに斬りつけている。
魔物だろうか。やたらデブッとしていて肌が紫色の、オークとゴブリンとトロールの醜い要素を詰め込んだような気持ち悪い姿。それが三体いた。
「あ、こっちに描かれてるのは!」
その隣にあったのはアツシと三人の女性の絵だった。人間、牛人、鳥人。それぞれ人間と牛人は着飾ったドレス姿である。鳥人の方はといえば……。
「またセーラー服なんだ……」
「これ。たぶん」
「うん。タンチョウたちだよね……」
おそらくそれぞれイヴ、ミノタリア、タンチョウだろう。なぜタンチョウだけセーラー服なのかはわからない。……ろくでもない理由な気がするが。
「たぶん結婚式の絵だよね……華やかだし」
「おー。三人とも。いるね」
「……そだね。アツシめ……」
アツシを呪うのは後にしてひとまず他の絵を見る。
赤ちゃんを抱いて優しく微笑む三人と、それを見守るアツシの絵。アツシが植物や動物に、なにやら手から謎の光線を発している絵。海にアツシがこれまた謎の光線を放っている絵。
「アツシ尽くしだね」
「アツシ。手から。なんか。出せたんだね」
「……うん、知らなかったね。ビームかな? 出せたかもしれないね」
どうやら祭壇画はさまざまなアツシの活躍を物語るものらしい。だんだん投げやりな気分になってきた。
「…………はっ!?」
「お。レカエル、再起動は済んだ?」
「つ、ツツミ……。恐ろしい夢を見ていました。アツシが、私はともかく我が主を差し置いて神を名乗っている夢です……」
「うん。じゃあ悪夢の続きを見ようか」
ツツミは女司祭に向き直って言った。
「司祭さん。これ、どんなお話か聞かせて?」
「は、はあ。しかし、よく知られた物語ですよ? あなたたちも小さいころに聞かされたことがあるでしょう? あの話です」
「え、ええと。教会で働く人からきちんと聞きたいなって」
「あらあら、熱心ですね。うふふ、それではお話ししましょうか」
こうして女司祭は過去にあった話、いまや伝説、神話として語り継がれる話をはじめた。
「はるか昔、この地にまだ誰も人がいない頃のお話です。それはそれは美しく気立ての良い三人の娘たちがいました」
タンチョウたちのことだろう。昔話に出てくる娘はだいたい美しいのだが、三人のことならあながち誇張でもない。
「三人はそれぞれ醜く、おぞましい怪物に仕えていました。あちらに描かれている紫色の三体です」
「……ちょっと待ってください」
女司祭は例の魔物っぽいやつらの絵を指さして言った。レカエルがたまらず口をはさむ。
「三人の娘が……仕えていた? そ、それが、その、気色の悪いそれらですか!?」
「ええ。あなたたちもお母さんから言われたでしょう? 悪さをすると怪物になってしまうと」
「イヴの主……。で、ではこれはっ!!!」
「レカエル」
エウラシアが再び固まりそうになったレカエルの肩にポン、と手を置いた。
「現実を。受け入れて。うー。紫色。だけど」
「なぜ……、なぜこんな姿で語られているのですか……」
「ちゃんとしてる広場の像はただのオブジェ扱いだしね」
ツツミもまた顔が引きつるのを自覚した。どうやら自分たちは崇められているどころか、得体のしれない何かにジョブチェンジしているらしい。
「とりあえず続きを聞こっか。司祭さん、遮ってごめんね」
「いえ、では続きを。怪物たちは醜悪な外見以上に心も醜かったのです。三人の娘はひどくいじめられました」
「……わお。そうだったんだ」
もはややけくそ気味のツツミ。女司祭のお話は続く。
「人間の娘は、怪物の姿を象った像を作り続けるという苦行を強いられました」
「あれはイヴが自分から……! いえ、もういいです……」
「鳥の娘は自分の羽をむしり、それで布を織るという無理難題を命じられました」
「ご、誤解だよっ。確かに無理なことを言ったけどさっ」
イブたちとの交流がひどく悪意に捻じ曲げられて伝わっているようだ。
「そして牛の娘は、暗く狭い地下の鉱山に閉じ込められ、鉱石をとって来るよう言われたのです」
「うー。なんて。ひどい」
「いや、それはわりとホントの話だよね」
どうやら一切が作り話ではないらしい。細かい経緯を無視すれば実際にあった事だった。
「横暴な怪物に苦しめられる娘たち。そこに現れたのがアツシ神でした。三体の怪物に戦いを挑み、見事打ち倒して娘たちを解放したのです!」
「……『恋愛劇を狩るもの』で。一撃だった。けど」
盛り上がるタイミングなのだろう、口調を強める女司祭。エウラシアの独り言は聞こえていない。
「アツシ神は怪物をこの世界から放逐しました。解放された娘たちはアツシ神に見初められ、娶られる事になったのです」
「やっぱ三人ともお嫁さんになってたよ……」
アツシは見事ハーレムを築いたらしい。この世界の人種から想像できたことではあった。
「怪物たちはそれぞれ稲穂やヒツジ、ミツバチやマナを隠し持っていました。アツシ神は神の御力でそれをこの地上に広め、豊かな大地をお創りになったのです」
手から出る謎ビームがそれらしい。
「やがて夫婦となった娘たちからは子供が生まれました。彼女たちの血を引いた子、それが今の私たちの先祖です。私たちはみなアツシ神の子孫と言えますね」
「ま、まあ、当初の目的通りといえばそうですが……」
レカエルの言葉はかなり複雑な感情をはらんでいるようだった。
「こうして今の三種族ができたのです。タンチョウ族、イヴ族、ミノタリア族という名前は娘たちから来ているのですよ」
「あの子たちの名前は残ってるんだね。じゃあ私たちのことももうちょい覚えてくれててもいいのに」
恨み言をもらすツツミ。女司祭は物語の終わりを紡ぐ。
「今もアツシ神はどこかから私たちを見守ってくださっています。放逐された怪物たちが戻ってこないよう、戦っていらっしゃるのですよ」
「いやあ、あっはっは。笑うしかないね!」
教会を後にしたツツミは一周回って妙なテンションになっていた。
「うー。それなりに。面白い。物語。だった」
エウラシアも若干ハイになっているかもしれない。そんな中レカエルは呆然として歩いていた。
「あっはっは、レカエル。前見て歩かないとあぶな……」
「……きゃっ!」
「わわっ! ご、ごめんなさい!」
言葉遅く、レカエルは人間、イヴ族の男の子とぶつかってしまった。その拍子に男の子の手から銅貨がチャリンと一枚落ちる。この世界は貨幣制度もできているようだ。
「だいじょうぶ? おねえちゃん」
「え、ええ。こちらこそごめんなさい。……ほら、落としましたよ」
レカエルは銅貨を拾って男の子に渡そうとする。瞬間その動きが止まった。視線が銅貨に注がれている。
「どうしたのレカエル? ……うわ」
レカエルの手元をのぞき込むツツミ。彼女も瞬時にげんなりした顔をした。銅貨には男の横顔が刻印されていた。誰なのかは分かり切った事である。
「ここにもアツシだよ! もーどーでもいいやー! あはははは!」
「あ! ぼくもお母さんに教えてもらったよ! すごい神さまなんでしょ! アツシ神さま!」
「そーだよーすごいんだよー! ほらボク、もう落としちゃだめだからね」
「うん! ありがとー!」
レカエルの手から銅貨を取り渡してあげるツツミ。男の子はお礼を言って走っていった。
「……ふふっ。ふふふっ」
見るとレカエルが笑いを漏らしていた。うつむいた顔からは表情をうかがい知ることができない。
「レカエル? なに笑って……」
「二人とも! 冥界に行きますよ!」
キッと面をあげて宣言するレカエル。微笑んでいるがものすごく怖い。
「あの男もイヴたちも天に召されたことでしょう! ならば冥界にいるはずです!」
「ま、まあこの世界ではかなり時間がたってるみたいだしね……ひゃっ!」
ダンッ!!!
ツツミの言葉を待たずレカエルは聖槍の石突で地面を叩いた。石畳に少しひびが入ったかもしれない。
「神を僭称する不届き者、アツシに教えてやるのです! 怪物が帰還したことを!!!」
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