三人娘が異世界を創る ゆるく まったり いとをかし!

市上 未来

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第二章 人間に崇拝される編

63.イヴの様子

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 イヴはイザナミさんの家にいるらしい。冥界の外れにある家にやってきたツツミやタンチョウ、アツシたちだったが……。

「……これが、家、ですか……?」

 レカエルが不審そうな顔をする。案内されたのは岩山にある洞窟の入り口だった。横には一本の桃の木が生えている。

「……ツツミ。こんなによくしてくれるイザナミさんに何という仕打ちを……」
「ち、違う違う! イザナミさんの希望だから!」

 ツツミだってちゃんとした家を用意するつもりだったのである。それを断ったのはイザナミさん本人だった。

「なんか地下が落ち着くんだってさ。大丈夫、中はけっこういい感じだよ」

 ツツミの言葉を肯定するようにイザナミさんがグッと親指を立てた。

「そ、そうですか。ここにイヴが……。まあ、入ってみましょう」

 相変わらずレカエルは戸惑った様子だったが、気を取り直したように入り口をくぐる。

「おお。なんか。いいね。この感じ」

 エウラシアの言葉通り、洞窟の内部は整っていた。自然を感じさせる岩肌はそのままに、かといって洞窟独特の暗い雰囲気はない。ところどころにロウソクがあり、広い通路を照らしていた。

「でしょ? 部屋もたくさんあるんだよ。ほら、扉がいくつもあるでしょ?」
「イザナミさんのお部屋にお邪魔したことがありますけど、すごくかわいらしいお部屋でした!」
「うむ。それでいて大人な感じの部屋だったな。イザナミさんらしい」

 絶賛するタンチョウとミノタリア。イザナミさんはてれてれと頬を押さえていたが、やがて先立って歩きだした。

 一番奥の部屋にたどり着くとイザナミさんは立ち止まる。どうやらこの向こうがイヴの居場所らしい。
扉にはのぞき窓がついているが、今は中から覆いがされている。

「ではさっそく……」

 扉をノックしようとしたレカエルをイザナミさんが止めた。

「どうしましたか? イザナミさん」
「あ、あの、イヴはかなり不安定な感じなんです。少し様子を見ながら……」

 そう言ったのはアツシである。それに反論するようにミノタリアが口をはさむ。

「しかし、レカエル様がいるのだ。構わないのではないか?」
「でも、何が起こるか……。うん、やっぱり慣れているイザナミさんにまずはお願いした方がいいと思う」

 アツシの言葉にイザナミさんもこくこくと頷く。

「なにやらわかりませんが……。お任せしますよ」
「ありがとうございますレカエル様。ではちょっとこちらへ……」

 アツシは皆を連れて扉から少し離れた。緩いカーブを描く通路の物陰から扉を伺う。前にいるのはイザナミさんだけ。彼女はおもむろにお面を取り出しかぶった。

「あれって……レカエルのお面?」

 精巧につくられたレカエルのお面。本人が滅多にしない聖母のごとき表情を浮かべている。

「……あれがないと、イヴは扉を開けてくれないそうだ」
「……だいぶ重症みたいだね」

 イザナミさんの苦労がしのばれる中、お面をかぶったイザナミさんはコンコンと扉をノックした。ややあって、のぞき窓の覆いが静かに外される。

 と、バタンと音を立てて扉が開き、中から人影が飛び出してきた。

「レカエルおねえちゃーーんっ!!!」

 ……出てきたのは紛れもないイヴだった。地上にいた頃と変わらぬ顔立ち。しかし服装はなぜか子供が着るような可愛らしいエプロンドレスである。……そしてなにより口調が変わっていた。

「やったぁ! きてくれたんだねレカエルおねえちゃんっ! イヴ、いいこにしてまってたんだよ? もう、まちくたびれちゃったよ。ぷんぷんっ」

 幼子の様にイザナミさんの周りをぴょんぴょんと跳ね回るイヴ。

「……だ、誰ですか? あれは」
「その、間違いなくイヴさんです……」

 レカエルの当然の疑問に、タンチョウが心苦しそうに答える。

「え、えっと。なんかキャラが変わってるんだけど……」
「なんというか……。レカエル様がいなくなったのは、自分がきゃわいくないからだという結論に達したようでな。冥界では自分が望んだ頃の姿になれるとはいえ、僕らに幼年期はないし……」

 精神の安定をなくしたイヴ。それは自分を責めることに繋がり、レカエルの理想に少しでも近づこうという努力に繋がったらしい。結果がきゃわいい幼児になりきる事だった。

「イヴも普通ならあんなことしないのでしょうが……。僕が神様を演じたりで完全に追い詰めてしまったみたいで……」
「いや、アツシは悪くないよ。ちっちゃい子見ると目の色変えるレカエルがいけないんだよ」
「うっ……。は、反省します……」

 ひそひそ話すレカエルたちをよそに、イヴの痴態は続いている。

「えへへっ。レカエルおねえちゃん、だっこー」

 イザナミさんにコアラかなにかのようにしがみつくイヴ。しかし体は幼児のそれではないのだ。よく見るとイザナミさんの膝がカクカクと震えている。

「わあい。レカエルおねえちゃんあったかーい。じゃあこんどは……」

 イヴはそのままの体勢で目を閉じた。体を上にずらし、自分の顔をお面の前に持っていく。

「レカエルおねえちゃん。ちゅーしてー。んー」

 そのまま重心を前に持っていくイヴ。と、ついに全体重を支えていたイザナミさんがバランスを崩した。イヴにのしかかられるように仰向けに倒れる。

「きゃあっ! あいたたた……。てへっ、ころんじゃったね、レカエルおね……えちゃ……」

 と、イヴの両眼が驚いたように見開かれた。……倒れた拍子にお面が取れてしまっている。瞬間、イヴの顔が怒りに染まった。

「だ、騙しましたわねこの悪魔ぁ!!」

 イヴはイザナミさんの両肩を掴むと前後に揺らしはじめる。あたふたと両手を振って落ち着かせようとするイザナミさんを全く意に介さない。

「ちょ、ちょっと! まずいんじゃない!?」
「あ、ああ! しかし仲良くしていたイザナミさんを悪魔呼ばわりとは……。最早誰だかすらわかっていないようだな……」
「悠長に観察してる場合ではありません! ああもうっ!」

 レカエルが通路から飛び出し、二人の元に駆け寄る。

「本物のレカエル様をどこにやったんですのぉぉ! レカエル様を、レカエル様を返しなさいぃぃ!」
「イヴ! 落ち着きなさい、イヴ!」

 レカエルはイザナミさんからイヴを引きはがした。

「離しなさいっ! レカエル様を騙る偽物をこれから……! ……あ、あら?」

 イヴの視線が、自分を掴むレカエルを捉えた。

「イヴ……。申し訳ありません、心配をかけてしまいましたね。……辛かったでしょう」
「れ、れ、れ……」

 イヴはレカエルに向き直り飛びついた。……ハグではなく、両肩を掴むように。

「レカエル様の偽物がここにもぉぉ!! わたくしをどれだけ誑かすのですかぁぁ!!!」
「い、イヴっ!! ほ、本物です! 本物の私です!!」
「偽物は皆そう言うんですのぉぉ!」
「や、やめっ、気持ちわる……!」

 頭を全力でシェイクされながらもなんとかイヴを止めるレカエル。

「おのれ悪魔めぇぇ!」
「もう! どうしたら信じてもらえるんですか!!」

 困り果てた様子のレカエル。と、ツツミが二人に近づいた。

「いい方法があるよレカエル。レカエルにしかできないとっておきがあるじゃん」
「ツツミ?」
「ミノタリア。ちょっとイヴを押さえておいて」
「あ、ああ。心得た」

 暴れるイヴをミノタリアに任せ、ツツミはレカエルに耳打ちする。

「なっ……! そんな馬鹿らしいこと……!」
「いやもうそれしかないって。かわいいイヴのためでしょ? 頑張ろうよ」
「……くっ」

 レカエルはしばらくためらっていたが、覚悟を決めたようにイヴの前へ進む。

「……イヴ。よく見ておきなさい」
「今度はどんな手を使うんですのぉ! わたくしの目はごまかせませんわよぉぉ!」

 なおも言い募るイヴを前にして、レカエルは聖槍を構えた。そのまま気合をためるように停止し、一気に薙ぎ払う。

「れ、レカエルスラッシャ―!!!」

 聖槍は虚空を切り裂いた。辺りに沈黙が立ち込める。

「……れ、レカエル様……?」

 イヴが打って変わって静かに言った。両腕を掴んでいたミノタリアが手を放す。目から先ほどまでの狂気が失われていった。

「れ、レカエル様……。本当に、本当にレカエル様なのですね!! う、うわぁあああん!!!」

 今度はきちんとハグの体勢でレカエルに飛びつくイヴ。それを受け止めながらレカエルは照れたように呟いた。

「ま、まあ、必殺技を作っておいてよかったかもしれませんね」
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