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救済の旅
16.激戦を超えて
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この場全ての者が息をあげていた。勝利の喜びよりも生き抜けた安堵の方が強い。
本来軽口を叩くはずの若手二名も、度重なる重圧を抜け、静かに呼吸を整えている。
「正直、このメンバーで何とかなったのは奇跡だと思う。今回の戦いでモンスターの常識はずれな強さを目の当たりにして血の気が引いた」
「俺もだ。一撃で鎧が砕け、何度も再生をする相手。対処法や弱点が分かっていてもトドメに届かない耐久力。レベルがどうとかの話じゃなかった」
モルドのフーガはトロールの暴れまわった戦場を見渡し、
改めて生き残った事の重大さを噛み締めていた。棍棒の一撃で地面は大きく陥没し、薙ぎ払えば衝撃波で環境が破壊される。
「何はともあれ、トロールの討伐は完了した。成果物として頭を持ち帰ろう」
豊が焼けて原形が崩れかけているトロールの頭を掴むと、それと同時に強烈なイメージが流れ込んできた――
――それは、トロールの記憶。この世界で異端として生まれ、その聡明さから同種族には忌み嫌われ、つがいを探す旅の途中に出会った最愛の夫は、自分を人間から逃がすために犠牲となった。逃れた先で静かに暮らそうとした。もう自分だけの身体ではない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。食わねば死ぬ。最愛の。我が子。忘れ形見――
「(なんでこんなものを見せる……! 誰がこんなことを望んだというんだ!)」
それはアンリエットの悪夢に同期した時と同じ感覚だった。技能【言語理解】を通じて夢の奥に繋がる大きな闇と接触をした時と同じく、記憶が流れ込む。
いや、その時よりも更に鮮明であった。直接トロールの頭に触れた事で、記憶の理解が深まったのだろう。悍ましい記憶と不快感。強い頭痛が彼を襲う。
「ぐっ……!」
思わず豊はトロールの頭を地面に落とし、膝を着いて頭痛が消えるのを待った。
そんな彼の様子をみて仲間たちが駆け寄る。
「どうしたユタカ! 魔力が枯渇したのか⁉」
「ユタカ様! お気を確かに! ゆっくりと呼吸を整えて……!」
「む……ユタカ様……。アルネは、どうしたらいい……⁉」
「だ、大丈夫だ。少し頭痛がしただけですぞ……!」
「あの激闘だったもんね……あたしだってもうヘトヘト。魔力も最後の炎の特大矢で使い切っちゃった」
「無理もない。早いところ撤収しよう。トロールの素材は貴重だが、あの燃え方では身体の分は回収出来そうにない。首は俺が持つとしよう。ユタカ殿は少し休め」
豊が落としたトロールの生首をフーガが回収する。頭だけでも相当の重量があるため、布をかぶせてその上からバインドで使用した鉄線入りのワイヤーで括り、しっかりと背負った。頭のズシリとした重量がトロールの巨大さを改めて実感させる。
大きな討伐を終えた事で、プリムとアルネはすっかり上機嫌となっていた。
彼女らの年齢でこれ程手強い個体のトロールを討伐する機会など滅多にないからだ。
「やっぱり、アルネ達はトロールと相性が良い。ジャイアントキリング」
「はい! 大変でしたけど、眠て起きたらきっとレベルアップ出来てますよ!」
「お前たちひよっこ二人に言っておかなければならない事を伝えておく【クエストは、ギルドに着いて報告し終わるまでがクエストだ】気を抜くんじゃねぇぞ」
「は、はい! 私もその通りだと思います……!」
「う。確かに相手は強敵だった。アルネは勝って兜の緒を締める」
一同は、狩猟小屋で待機していたブレードとホップスと合流し、
その足でドガルドへと帰還した――
――「お帰りなさいませ。勇気ある冒険者の皆様。お待ちしておりました」
ギルドの受付嬢マグノリアが一番に冒険者たちを出迎える。フーガの背中には血の滲んだ大包みがある。それを見た他の冒険者たちは口を揃えて驚きを露わにする。
「おいおい、トロールの討伐とは聞いていたが、あの頭の大きさはなんだ……!」
「あれが全部頭だというのか⁉ 他の部位もあるんじゃないのか⁉」
「いや、基本的に討伐の証拠として提出するのは頭だけでいい」
「それでは、トロールの討伐証明をカウンターに提出してください」
「あぁ、確認してくれ」
フーガが包みを開けると、巨大な頭部が露わになる。覗き込んでいたギャラリーは一斉に呼吸を止め、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「目の前にこれ程の証拠があるのです。相当な激戦であったことは間違いないでしょう。既に組合長とは協議を済ませております。トロールを【特殊個体】と認定し、前もって開示していた報酬の三倍、銀貨三百六十をご用意いたします」
マグノリアが討伐証明書に必要事項を記入し、隣の事務員へと渡すと、即座に銀貨の入った大袋が用意された。
「モルド、アンタが今回のクエストにおけるリーダーだ。受け取ってくれ」
「あぁ……。まさが現役中にこんだけの報酬を目にする事があるとはな……」
モルドは前パーティで死んだ仲間の事を思い出していた。彼が最初にクエストを受けたのは十二歳。初めはドブの掃除から始まり、武器を揃えて小物狩りや馬車の護衛、ベテランの荷物持ちで討伐に出た事もあった。十五で初めてパーティを組んで共に戦ったのが前の仲間たちだった。
「マグノリア嬢、個室を貸してくれ。報酬の分配を行う」
「承知しました。奥の部屋をお使いください」
豊たちと青の疾風は個室へと入り、それぞれが木製の椅子へと腰掛け、中央のテーブルに銀貨三百六十枚が入った袋が置かれた。
「不測の事態として急遽共同戦線を張った形となったが、報酬の分け方はギルド規定に則った形で構わないな? 青の疾風リーダー、ブレードよ」
「あ、あぁ。とは言っても倒したのはお前たちだ。フーガとサブリナの活躍は考慮してやってくれ。モルドたちが居なければ俺は確実に死んでいたからな……」
【青の疾風】リーダーであるブレードは、報酬について強い意見を言わなかった。相手が特殊個体のモンスターであったとはいえ、自分の未熟で全滅の危機が訪れた。
ギルドでの規定によれば、人命が何よりも優先され、討伐の際に命を助けた者に報酬の優勢な交渉権利が与えられる。共同で倒した場合は半分以上の獲得は確実となる。銀貨一枚が十日分の食料になる世界で、ギルダム銀貨三百六十枚は大金である。争いも度々起こるが、冒険者たちは自分の中に矜持を持ち合わせ、かつ快活でなくてはならない。【競っても争わず】互いを尊重してこその冒険者である。
滞りなく分配が終わり、全員が解散をしようとした時、ノックの音が小さく響く。
「申し訳ございません皆さま、報酬の件でお話がございます……」
マグノリアが持ってきたのは盆でありその上には布が被せられている。布は不自然に盛り上がりを見せており、何故それを隠しているのか、この場にいる全員に思い当たる節はなかった。
「討伐証明となるトロールの頭から、我々が予想していなかった報酬が検出されました。ご確認ください」
マグノリアが布を取ると、高純度の魔晶石が現れた。
「あ、青が深い……! マグノリアちゃん! 世紀の発見だよ⁉ こんな高純度の魔晶石がトロールから出てきたの⁉ あたし初めて見た! 師匠に報告しないと!」
「すごいです……! ユタカ様が譲ってくれた物と同じくらいの純度です……!」
魔術師として見識のあるサブリナとプリムが魔晶石を覗き込むと、その価値に身を震わせている。
「そのくらいならまだあるけど……」
豊が複数体倒していたマッドロンの核を見せると、サブリナが腰を抜かした。
「何してんのアンタ⁉ 馬鹿! 隠しなさいよ! 個室だったから良かったけど! 白昼堂々と出すんじゃないわよ! 貴重な高純度の魔晶石を!」
「モブラ村では誰も何も言わないから、価値はそんなにないのかと思ってた……」
「モブラ村⁉ それ何処なの⁉ むがが……! フーガなにすんの⁉」
フーガは興奮冷めやらぬサブリナの口を抑え込んで黙らせる。
「そんな話はあとにしろ。今はこのトロールから出てきた魔晶石をどうするかが問題だ。これだけの純度、そもそも買い手が見つからないだろう。価値が付けられん」
「ならあたしが欲しい! ……あー買い取る金がねぇよぉ! これがあれば杖に加工して、さらに触媒が強くなるのにぃ!」
サブリナが頭を抱えて葛藤している。今月分の食費と小さな声で計算を始めた。
魔晶石は杖の触媒として加工する事で、魔術の威力を高める事が可能となる。
「……ギルド規定によりますと、提出物に報酬と成りえるものが混入していた場合、その持ち主は基本的にフィニッシャーのものになりますが……」
マグノリアが手帳を取り出し、ギルド規定を確認している。ギルドには揉めた時の解決法が一通り定められている。余程の例外が無い限り、皆これを守るのが義務だ。
「む。ならアルネに権利ある。これでユタカ様に借りを返せる」
「うむ……。規定があるなら仕方あるまい……。こんな値が付けられない報酬で揉めるのは面倒だからな……。全員、それでいいな?」
この場ではモルドの発言力は大きく、全員アルネが獲得する事を承知した。
―――――――――――――――
豊たちはギルドに併設されている宿に泊まり、一夜が明けた。
「ユタカ様! おはようございます! 一晩眠ったらレベルが五に上がっていました! トロールでレベルが上昇するのは二度目です! ここからプリムによる魔術師としての出世街道が……!」
朝も早いと言うのにレベルアップの高揚感からか、プリムは今までで一番の興奮を見せている。レベルが一気にふたつ上がるのは珍しく、強敵を対峙した時に起こりえると言われている。
「う。ユタカ様。アルネもレベル五。これでもう一人前の冒険者」
「(本当にこの二人を冒険者ギルドに放流して大丈夫なんだろうか……)」
ふたりの放つ底抜けの明るさに、豊は言いようのない不安を覚えている。
冒険者にはポジティブなメンタルが必要な時もあるが、基本的には慎重な心持で取り組まなければならない事の方が遥かに多い。そんな彼の様子を哀れんだのか、モルドが肩に手を置き語り掛ける。
「心配するなユタカ。最初お前から頼まれた通り、このふたりはきっちりと一人前に育ててやる。レベルだけじゃなくて、人間としてもな」
「よかった……モルドがそう言ってくれて安心です。しばらくはドガルドに居るつもりなんですが、救済の旅はまだ続くので、出来るだけ身軽でありたかったんです」
「気持ちは分かる……あれだけの死線を潜り抜けても、寝て起きたらこの有り様だ。才能がある若者ってのは恐ろしいもんだよ……」
「ユタカ様! まとまったお金が出来たので、魔術師の奨学金を返しに村に戻ります! その間アルネも連れて行くんですけどいいですか⁉」
「あぁ、構わない。僕も僕でやることがある。好きにするといい」
「……お嬢ちゃんはいいところの出身だとは思っていたが、奨学金が貰えるとなると、最低でも下級貴族の出だな……」
「う。ちなみにアルネは村選抜。プリムは村長の娘だよ」
「だからか……家庭教師で魔術を覚えたんだな……」
ルーティーン家におけるハイネとアンリエットも同じく家庭教師をつけて魔術の勉強を行い、豊もそれに付随して魔術を教わっていたが、流石に奨学金制度があることは知らなかった。
「お金がいるなら尚更、魔晶石は売った方が良かったのでは?」
「む。それでは命の借りを返したことにならない。ここは譲れない。戦士として」
アルネの圧に負け、豊は母トロールから検出された魔晶石を受け取っていた。魔術のアイテムを取り扱う店に尋ねたところ、取り扱い出来ないと拒否され、杖に加工するなら業者を紹介すると言われた。杖が無くても魔術は出来るので、豊はそれを断って、いざという時のために魔力タンクとして所持する事にした。
「子どもでもないんだし、俺がお嬢ちゃん達に付いていく必要はないだろうな……。トロールの報酬で装備を買い直して、何処かのサポートにでも入るか。一度死線を超えたんだ。【死神】とかいう不名誉な呼び名も解消されるだろう」
「僕もドガルドに来て日が浅いので、探索しようと思います。着てすぐトロール戦だったので、街の中を見ておきたいんですよね」
「よし、それじゃあ各自、自分のやるべきことをやるぞ。次会う時はゆっくり飯でも食おうぜ」
「う。アルネたちはすぐに出発する。ユタカ様、モルド、また会おう」
「ユタカ様、モルドさん。失礼いたします。またドガルドでお会いしましょう!」
こうして一時的にパーティを組んだ四人組は、それぞれの目的のために道を分かつ。
モルドは早々に青の疾風からお呼びが掛かり、臨時メンバーとして参加した。
「(救済活動がすっかり遅れてしまった。ドガルドの様子を見ながら、助けが必要な人たちに救いの手を差し伸べよう。僕本来の目的は人類の幸せにあるんだから)」
―――――――――――――――
賑やかで活気あふれる雰囲気の中、ふと街中の端に目をやると、みすぼらしい格好をした奴隷の姿が目に付いた。
首と手足に枷があり更に鎖に繋がれている。身体は痩せ細り、顔色も優れない様子であった。
「(この世界には奴隷制度が存在するのか……ハガンカでは見たことがなかったから、制度自体がないのかと思っていた……)」
ドガルドに入ってすぐにトロールの事件が発生した為、
豊はこの街をしっかりと見定める事が出来ていなかった。
一口に奴隷と言っても、その形態は様々である。
奴隷と聞いてイメージの強いのは、物として粗末に扱われ
身体を壊せば、捨てられたり売られたりする形態。
または、奴隷の教養や能力毎にランク付けされ
給料を貰い、適切な場で働かされる形態なども存在する。
奴隷となった原因などを細かく分類をすれば、まだ種類はあるが
主に強制労働か、雇用形態としての役職かの違いである。
この世界は残念ながら前者であり、弱者は蔑まれ足蹴にされる。
生まれながらにして幸福とは程遠い世界。それがこの世の流れなのだろう。
奴隷が重宝され、社会の制度として重要な役割を担えるという事は、文明や文化が高度に発達し、国が豊かであるという証拠に過ぎない。それがないという事は、国の発展が乏しく、ゆとりがなくて貧しいという事だ。
そうなれば必然的に社会と政治も発展しておらず、人権は尊重されない。
豊は、これらの奴隷を救ってあげられないかと考えた。
しかし、この世全ての奴隷を解放するには。莫大な金を積むか、政治に介入し、制度自体を変えて、解放宣言をするしかない。だが、神に選ばれし召喚者であっても
その手段は容易ではない。
少なくともこの世界での奴隷の扱いは粗末なものであり、解放を望まない者が居ないと仮定したとしても、権力者がそれを許していて制度として成立している限り、力任せに奴隷解放が出来るわけはない。
例えこの先、人類幸福度を上げて能力のアンロックをしても、何処まで自分は力を手に入れられるのか、豊は自分の力の無さを感じていた。
だがしかし、今自分がこの街を訪れ、問題に直面したのも何かの縁
今出来る事を精一杯やるしか手はない。彼はそう決意し、奴隷について調べ始めた。
「間接的な問題だが、各地の魔力不足がこの国における貧困の原因に繋がっていると考えられる。おそらく、負のスパイラルに入っているな……」
豊は、酒場で呑んだくれてる肉体労働者の連中に酒を振る舞い
情報を集め、奴隷商人の場所を突き止めた。
「お前さん、そんな身なりで奴隷が必要なのかい? 冒険者なら仲間が相場って決まってるようなもんだが……。ははぁん……さては儲け話だなぁ? 商人の中には利益を独占しようとして奴隷を使うやつも多い……」
「そりゃそうだよなぁ、なにせ分け前がいらない。下級の奴隷たちはどうせ犯罪者だ。途中で死のうが誰も関与しない……。そういえばこの前モンスターの囮に奴隷を使ってたやつがいたな……冒険者は考えることがおっかねぇや……。アンタは酒をおごってくれるような人だから、そんなんじゃあないんだろうけどな、がははっ!」」
「この先にある裏路地に奴隷市場がある。目立つ看板を立てているからすぐにわかるはずだぜ。こんなことも知らないって事は、お前さんこの街は初めてだろ。悪い事は言わねぇ、俺たちみたいなのにたかられるんじゃねぇぞ」
「――あいつら銀貨三枚分も飲みやがったな……」
酒をしこたま飲ませたせいか、男たちは揃って上機嫌だった。言われた通りに裏路地へと向かうと派手な色をした看板には大きく『新商品入荷!』の文字が記されている。奴隷商人の宣伝にしては妙に目立っている。
「――ほう、冒険者の方ですか……」
品良く仕立てた服を着こなせていない、腹の出た奴隷商人に
冒険の荷物持ち。サポーターとして、奴隷が欲しいという都度を話した。
奴隷商は豊の姿を色眼鏡越しに観察している。
よく手入れされた装備品に、装飾の施された剣の鞘。
背の高さと恰幅の良さ。様々な観点から、人間として吟味されている事だろう。
「一人で冒険者を生業にするとは、貴方は余程の手練れでいらっしゃるようですねぇ……」
商人の視線はユタカの持っているショートソードに注がれている。鞘だけで見ても業物だと判別できるため、彼自身の実力と支払い能力を品定めされたのだ。
「まぁ、行商人の真似事をしながら路銀を稼ぎ、魔物を狩りつつ旅をしてる」
「それで、何故急に奴隷を?」
「信用のできる荷物持ちが必要になったんだ。これから物資を買ってからハガンカへ向かおうと思ってね」
「儲け話ですか?」
「それには答えられない」
「ふふっ……まぁよろしいでしょう。私共は必要な方に、必要なだけ商品を売るだけですから……」
探っているのか、興味が無いのか、豊にはその表情がいまいち読み取れない。
男のかけている色眼鏡が、表情と目の動きを隠す役割を担っているからだ。
豊は、現状でなるべく早急に、手を差し伸べなければならないであろう弱い奴隷を救うべくして条件を出した。
「奴隷の状態は悪くても構わない。なるべく安いのを頼む」
「承りました……ではこちらへ……」
男に案内された先には、頑丈な檻がいくつもあり
その中には、奴隷がポツポツと入れられていた。
建物内に充満する嫌な湿気と、排泄物をはじめとした様々な悪臭が混ざった環境内
掃除はされておらず、どう考えても人間が滞在できる状態でなはい。
奴隷にも階級が存在し、豊はその中でも一番下のものを選んだようだ。
「技能を持ち、質の良い奴隷は早いうちに売れてしまいますからねぇ、まぁ安いのが残ってはいるのでご期待には応えられるかと……」
豊はあまりの惨状に言葉を失っていた。
悪臭と悪環境に、吐き気やめまいまで覚える。ゲームやノベルでの描写の比では無い、現実を突きつけられ、悲しみとやるせなさに心を潰されそうになる。
檻の中の奴隷たちは、ボロボロの布切れを身にまとい、冷たい石の床にうずくまっていた。鉄の檻は錆び付き、叩けば壊れるような状態にあっても逃げ出そうという気力すら殺してしまうのだろう。またある者は鎖で擦れた傷跡を隠すように体を縮め、口から唾液を零しながら希望を失った目で虚空を見つめていた。
一瞬、過去の記憶がフラッシュバックし、豊の歩みが止まる。それを見た商人は具合が悪くなったのだろうとあたりを付けて声をかける。
「すみませんねぇ、もう少しなんで我慢してください」
「あぁ、大丈夫だ」
豊が布の掛けられた檻の横を通り過ぎようとすると、その中にいたひとりの奴隷が檻を叩き、口を開いた。彼の口内には歯が一本も残されていなかった。
「なぁ旦那ぁ……助けてくれよぉ、この哀れな奴隷を買ってくれよぉ……へへっ、なんだったらアンタのナニをしゃぶってもいいし、ケツも自由にしてもいいんだぜ?」
余程酷い扱いを受けたのだろう、悪臭をまき散らす男は豊に懇願するが即座に奴隷商人が檻を蹴り上げる。
「黙れこのろくでなしが! 生きていられるだけありがたいと思わんか! いやぁ……すみませんねお客様、アレは犯罪奴隷でしてね、女子供を容赦なく殺して金品を奪った極悪人なんですよ。なんで死罪にならなかったのかは私共にもわからないんですがね? あの男、よっぽど『具合』が良かったのか……司法は何を考えているんだか……まったくもって嘆かわしい……!」
つまりは『そういう事』なのだろう。罪を犯して更に罪を重ね、尊厳を売り渡してでも生き続け、こんなところにまで流れ着いたのだ。
世界を救い、人々を幸せにすると女神と約束した際、いつかこのような光景を目の当たりにする事は覚悟していた。口元を手拭いで覆い、呼吸を整え心を落ち着ける。
更に奥にある檻の中を覗くと、その隅でひとりポツンと残された小さな奴隷が目に付いた。人間の子供であろうか、小さな体を更に縮こませ
まるで、自身がここに居ないかの様に装っている。
自分に買い手がつかない様にしているのだろう。
あんな幼い子供が人間の権利と尊厳を奪われ、生き残るため懸命に足掻いている。
「あれはウチに来る前から栄養失調で、人前に出す事が出来ずに売れ残った奴です。まともに動かないので後で、魔獣のエサにでもしようかと……」
この子供はここで救わなければ確実に魔獣のエサになる。見逃すわけにはいかなかった。豊は表情を変えず、言葉を発する。
「……いくらだ?」
「アレになさるんですか? 何も役に立たないですよ?」
「アレにする」
「まぁ、アレなら魔獣のエサ代くらいでよろしいでしょう、ギルダム銀貨1枚です」
「わかった、手続きしてくれ、アレが死ぬ前にな」
「かしこまりました」
その後、代金の支払い奴隷制約の譲渡が行われ、滞りなく奴隷の購入は終わった。
抱きかかえたその子にだけ、聞こえる様に豊はつぶやく。
「もう大丈夫だ」
彼の声が届いたのか、その子は弱々しく、豊の服を掴んだ。
本来軽口を叩くはずの若手二名も、度重なる重圧を抜け、静かに呼吸を整えている。
「正直、このメンバーで何とかなったのは奇跡だと思う。今回の戦いでモンスターの常識はずれな強さを目の当たりにして血の気が引いた」
「俺もだ。一撃で鎧が砕け、何度も再生をする相手。対処法や弱点が分かっていてもトドメに届かない耐久力。レベルがどうとかの話じゃなかった」
モルドのフーガはトロールの暴れまわった戦場を見渡し、
改めて生き残った事の重大さを噛み締めていた。棍棒の一撃で地面は大きく陥没し、薙ぎ払えば衝撃波で環境が破壊される。
「何はともあれ、トロールの討伐は完了した。成果物として頭を持ち帰ろう」
豊が焼けて原形が崩れかけているトロールの頭を掴むと、それと同時に強烈なイメージが流れ込んできた――
――それは、トロールの記憶。この世界で異端として生まれ、その聡明さから同種族には忌み嫌われ、つがいを探す旅の途中に出会った最愛の夫は、自分を人間から逃がすために犠牲となった。逃れた先で静かに暮らそうとした。もう自分だけの身体ではない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。食わねば死ぬ。最愛の。我が子。忘れ形見――
「(なんでこんなものを見せる……! 誰がこんなことを望んだというんだ!)」
それはアンリエットの悪夢に同期した時と同じ感覚だった。技能【言語理解】を通じて夢の奥に繋がる大きな闇と接触をした時と同じく、記憶が流れ込む。
いや、その時よりも更に鮮明であった。直接トロールの頭に触れた事で、記憶の理解が深まったのだろう。悍ましい記憶と不快感。強い頭痛が彼を襲う。
「ぐっ……!」
思わず豊はトロールの頭を地面に落とし、膝を着いて頭痛が消えるのを待った。
そんな彼の様子をみて仲間たちが駆け寄る。
「どうしたユタカ! 魔力が枯渇したのか⁉」
「ユタカ様! お気を確かに! ゆっくりと呼吸を整えて……!」
「む……ユタカ様……。アルネは、どうしたらいい……⁉」
「だ、大丈夫だ。少し頭痛がしただけですぞ……!」
「あの激闘だったもんね……あたしだってもうヘトヘト。魔力も最後の炎の特大矢で使い切っちゃった」
「無理もない。早いところ撤収しよう。トロールの素材は貴重だが、あの燃え方では身体の分は回収出来そうにない。首は俺が持つとしよう。ユタカ殿は少し休め」
豊が落としたトロールの生首をフーガが回収する。頭だけでも相当の重量があるため、布をかぶせてその上からバインドで使用した鉄線入りのワイヤーで括り、しっかりと背負った。頭のズシリとした重量がトロールの巨大さを改めて実感させる。
大きな討伐を終えた事で、プリムとアルネはすっかり上機嫌となっていた。
彼女らの年齢でこれ程手強い個体のトロールを討伐する機会など滅多にないからだ。
「やっぱり、アルネ達はトロールと相性が良い。ジャイアントキリング」
「はい! 大変でしたけど、眠て起きたらきっとレベルアップ出来てますよ!」
「お前たちひよっこ二人に言っておかなければならない事を伝えておく【クエストは、ギルドに着いて報告し終わるまでがクエストだ】気を抜くんじゃねぇぞ」
「は、はい! 私もその通りだと思います……!」
「う。確かに相手は強敵だった。アルネは勝って兜の緒を締める」
一同は、狩猟小屋で待機していたブレードとホップスと合流し、
その足でドガルドへと帰還した――
――「お帰りなさいませ。勇気ある冒険者の皆様。お待ちしておりました」
ギルドの受付嬢マグノリアが一番に冒険者たちを出迎える。フーガの背中には血の滲んだ大包みがある。それを見た他の冒険者たちは口を揃えて驚きを露わにする。
「おいおい、トロールの討伐とは聞いていたが、あの頭の大きさはなんだ……!」
「あれが全部頭だというのか⁉ 他の部位もあるんじゃないのか⁉」
「いや、基本的に討伐の証拠として提出するのは頭だけでいい」
「それでは、トロールの討伐証明をカウンターに提出してください」
「あぁ、確認してくれ」
フーガが包みを開けると、巨大な頭部が露わになる。覗き込んでいたギャラリーは一斉に呼吸を止め、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「目の前にこれ程の証拠があるのです。相当な激戦であったことは間違いないでしょう。既に組合長とは協議を済ませております。トロールを【特殊個体】と認定し、前もって開示していた報酬の三倍、銀貨三百六十をご用意いたします」
マグノリアが討伐証明書に必要事項を記入し、隣の事務員へと渡すと、即座に銀貨の入った大袋が用意された。
「モルド、アンタが今回のクエストにおけるリーダーだ。受け取ってくれ」
「あぁ……。まさが現役中にこんだけの報酬を目にする事があるとはな……」
モルドは前パーティで死んだ仲間の事を思い出していた。彼が最初にクエストを受けたのは十二歳。初めはドブの掃除から始まり、武器を揃えて小物狩りや馬車の護衛、ベテランの荷物持ちで討伐に出た事もあった。十五で初めてパーティを組んで共に戦ったのが前の仲間たちだった。
「マグノリア嬢、個室を貸してくれ。報酬の分配を行う」
「承知しました。奥の部屋をお使いください」
豊たちと青の疾風は個室へと入り、それぞれが木製の椅子へと腰掛け、中央のテーブルに銀貨三百六十枚が入った袋が置かれた。
「不測の事態として急遽共同戦線を張った形となったが、報酬の分け方はギルド規定に則った形で構わないな? 青の疾風リーダー、ブレードよ」
「あ、あぁ。とは言っても倒したのはお前たちだ。フーガとサブリナの活躍は考慮してやってくれ。モルドたちが居なければ俺は確実に死んでいたからな……」
【青の疾風】リーダーであるブレードは、報酬について強い意見を言わなかった。相手が特殊個体のモンスターであったとはいえ、自分の未熟で全滅の危機が訪れた。
ギルドでの規定によれば、人命が何よりも優先され、討伐の際に命を助けた者に報酬の優勢な交渉権利が与えられる。共同で倒した場合は半分以上の獲得は確実となる。銀貨一枚が十日分の食料になる世界で、ギルダム銀貨三百六十枚は大金である。争いも度々起こるが、冒険者たちは自分の中に矜持を持ち合わせ、かつ快活でなくてはならない。【競っても争わず】互いを尊重してこその冒険者である。
滞りなく分配が終わり、全員が解散をしようとした時、ノックの音が小さく響く。
「申し訳ございません皆さま、報酬の件でお話がございます……」
マグノリアが持ってきたのは盆でありその上には布が被せられている。布は不自然に盛り上がりを見せており、何故それを隠しているのか、この場にいる全員に思い当たる節はなかった。
「討伐証明となるトロールの頭から、我々が予想していなかった報酬が検出されました。ご確認ください」
マグノリアが布を取ると、高純度の魔晶石が現れた。
「あ、青が深い……! マグノリアちゃん! 世紀の発見だよ⁉ こんな高純度の魔晶石がトロールから出てきたの⁉ あたし初めて見た! 師匠に報告しないと!」
「すごいです……! ユタカ様が譲ってくれた物と同じくらいの純度です……!」
魔術師として見識のあるサブリナとプリムが魔晶石を覗き込むと、その価値に身を震わせている。
「そのくらいならまだあるけど……」
豊が複数体倒していたマッドロンの核を見せると、サブリナが腰を抜かした。
「何してんのアンタ⁉ 馬鹿! 隠しなさいよ! 個室だったから良かったけど! 白昼堂々と出すんじゃないわよ! 貴重な高純度の魔晶石を!」
「モブラ村では誰も何も言わないから、価値はそんなにないのかと思ってた……」
「モブラ村⁉ それ何処なの⁉ むがが……! フーガなにすんの⁉」
フーガは興奮冷めやらぬサブリナの口を抑え込んで黙らせる。
「そんな話はあとにしろ。今はこのトロールから出てきた魔晶石をどうするかが問題だ。これだけの純度、そもそも買い手が見つからないだろう。価値が付けられん」
「ならあたしが欲しい! ……あー買い取る金がねぇよぉ! これがあれば杖に加工して、さらに触媒が強くなるのにぃ!」
サブリナが頭を抱えて葛藤している。今月分の食費と小さな声で計算を始めた。
魔晶石は杖の触媒として加工する事で、魔術の威力を高める事が可能となる。
「……ギルド規定によりますと、提出物に報酬と成りえるものが混入していた場合、その持ち主は基本的にフィニッシャーのものになりますが……」
マグノリアが手帳を取り出し、ギルド規定を確認している。ギルドには揉めた時の解決法が一通り定められている。余程の例外が無い限り、皆これを守るのが義務だ。
「む。ならアルネに権利ある。これでユタカ様に借りを返せる」
「うむ……。規定があるなら仕方あるまい……。こんな値が付けられない報酬で揉めるのは面倒だからな……。全員、それでいいな?」
この場ではモルドの発言力は大きく、全員アルネが獲得する事を承知した。
―――――――――――――――
豊たちはギルドに併設されている宿に泊まり、一夜が明けた。
「ユタカ様! おはようございます! 一晩眠ったらレベルが五に上がっていました! トロールでレベルが上昇するのは二度目です! ここからプリムによる魔術師としての出世街道が……!」
朝も早いと言うのにレベルアップの高揚感からか、プリムは今までで一番の興奮を見せている。レベルが一気にふたつ上がるのは珍しく、強敵を対峙した時に起こりえると言われている。
「う。ユタカ様。アルネもレベル五。これでもう一人前の冒険者」
「(本当にこの二人を冒険者ギルドに放流して大丈夫なんだろうか……)」
ふたりの放つ底抜けの明るさに、豊は言いようのない不安を覚えている。
冒険者にはポジティブなメンタルが必要な時もあるが、基本的には慎重な心持で取り組まなければならない事の方が遥かに多い。そんな彼の様子を哀れんだのか、モルドが肩に手を置き語り掛ける。
「心配するなユタカ。最初お前から頼まれた通り、このふたりはきっちりと一人前に育ててやる。レベルだけじゃなくて、人間としてもな」
「よかった……モルドがそう言ってくれて安心です。しばらくはドガルドに居るつもりなんですが、救済の旅はまだ続くので、出来るだけ身軽でありたかったんです」
「気持ちは分かる……あれだけの死線を潜り抜けても、寝て起きたらこの有り様だ。才能がある若者ってのは恐ろしいもんだよ……」
「ユタカ様! まとまったお金が出来たので、魔術師の奨学金を返しに村に戻ります! その間アルネも連れて行くんですけどいいですか⁉」
「あぁ、構わない。僕も僕でやることがある。好きにするといい」
「……お嬢ちゃんはいいところの出身だとは思っていたが、奨学金が貰えるとなると、最低でも下級貴族の出だな……」
「う。ちなみにアルネは村選抜。プリムは村長の娘だよ」
「だからか……家庭教師で魔術を覚えたんだな……」
ルーティーン家におけるハイネとアンリエットも同じく家庭教師をつけて魔術の勉強を行い、豊もそれに付随して魔術を教わっていたが、流石に奨学金制度があることは知らなかった。
「お金がいるなら尚更、魔晶石は売った方が良かったのでは?」
「む。それでは命の借りを返したことにならない。ここは譲れない。戦士として」
アルネの圧に負け、豊は母トロールから検出された魔晶石を受け取っていた。魔術のアイテムを取り扱う店に尋ねたところ、取り扱い出来ないと拒否され、杖に加工するなら業者を紹介すると言われた。杖が無くても魔術は出来るので、豊はそれを断って、いざという時のために魔力タンクとして所持する事にした。
「子どもでもないんだし、俺がお嬢ちゃん達に付いていく必要はないだろうな……。トロールの報酬で装備を買い直して、何処かのサポートにでも入るか。一度死線を超えたんだ。【死神】とかいう不名誉な呼び名も解消されるだろう」
「僕もドガルドに来て日が浅いので、探索しようと思います。着てすぐトロール戦だったので、街の中を見ておきたいんですよね」
「よし、それじゃあ各自、自分のやるべきことをやるぞ。次会う時はゆっくり飯でも食おうぜ」
「う。アルネたちはすぐに出発する。ユタカ様、モルド、また会おう」
「ユタカ様、モルドさん。失礼いたします。またドガルドでお会いしましょう!」
こうして一時的にパーティを組んだ四人組は、それぞれの目的のために道を分かつ。
モルドは早々に青の疾風からお呼びが掛かり、臨時メンバーとして参加した。
「(救済活動がすっかり遅れてしまった。ドガルドの様子を見ながら、助けが必要な人たちに救いの手を差し伸べよう。僕本来の目的は人類の幸せにあるんだから)」
―――――――――――――――
賑やかで活気あふれる雰囲気の中、ふと街中の端に目をやると、みすぼらしい格好をした奴隷の姿が目に付いた。
首と手足に枷があり更に鎖に繋がれている。身体は痩せ細り、顔色も優れない様子であった。
「(この世界には奴隷制度が存在するのか……ハガンカでは見たことがなかったから、制度自体がないのかと思っていた……)」
ドガルドに入ってすぐにトロールの事件が発生した為、
豊はこの街をしっかりと見定める事が出来ていなかった。
一口に奴隷と言っても、その形態は様々である。
奴隷と聞いてイメージの強いのは、物として粗末に扱われ
身体を壊せば、捨てられたり売られたりする形態。
または、奴隷の教養や能力毎にランク付けされ
給料を貰い、適切な場で働かされる形態なども存在する。
奴隷となった原因などを細かく分類をすれば、まだ種類はあるが
主に強制労働か、雇用形態としての役職かの違いである。
この世界は残念ながら前者であり、弱者は蔑まれ足蹴にされる。
生まれながらにして幸福とは程遠い世界。それがこの世の流れなのだろう。
奴隷が重宝され、社会の制度として重要な役割を担えるという事は、文明や文化が高度に発達し、国が豊かであるという証拠に過ぎない。それがないという事は、国の発展が乏しく、ゆとりがなくて貧しいという事だ。
そうなれば必然的に社会と政治も発展しておらず、人権は尊重されない。
豊は、これらの奴隷を救ってあげられないかと考えた。
しかし、この世全ての奴隷を解放するには。莫大な金を積むか、政治に介入し、制度自体を変えて、解放宣言をするしかない。だが、神に選ばれし召喚者であっても
その手段は容易ではない。
少なくともこの世界での奴隷の扱いは粗末なものであり、解放を望まない者が居ないと仮定したとしても、権力者がそれを許していて制度として成立している限り、力任せに奴隷解放が出来るわけはない。
例えこの先、人類幸福度を上げて能力のアンロックをしても、何処まで自分は力を手に入れられるのか、豊は自分の力の無さを感じていた。
だがしかし、今自分がこの街を訪れ、問題に直面したのも何かの縁
今出来る事を精一杯やるしか手はない。彼はそう決意し、奴隷について調べ始めた。
「間接的な問題だが、各地の魔力不足がこの国における貧困の原因に繋がっていると考えられる。おそらく、負のスパイラルに入っているな……」
豊は、酒場で呑んだくれてる肉体労働者の連中に酒を振る舞い
情報を集め、奴隷商人の場所を突き止めた。
「お前さん、そんな身なりで奴隷が必要なのかい? 冒険者なら仲間が相場って決まってるようなもんだが……。ははぁん……さては儲け話だなぁ? 商人の中には利益を独占しようとして奴隷を使うやつも多い……」
「そりゃそうだよなぁ、なにせ分け前がいらない。下級の奴隷たちはどうせ犯罪者だ。途中で死のうが誰も関与しない……。そういえばこの前モンスターの囮に奴隷を使ってたやつがいたな……冒険者は考えることがおっかねぇや……。アンタは酒をおごってくれるような人だから、そんなんじゃあないんだろうけどな、がははっ!」」
「この先にある裏路地に奴隷市場がある。目立つ看板を立てているからすぐにわかるはずだぜ。こんなことも知らないって事は、お前さんこの街は初めてだろ。悪い事は言わねぇ、俺たちみたいなのにたかられるんじゃねぇぞ」
「――あいつら銀貨三枚分も飲みやがったな……」
酒をしこたま飲ませたせいか、男たちは揃って上機嫌だった。言われた通りに裏路地へと向かうと派手な色をした看板には大きく『新商品入荷!』の文字が記されている。奴隷商人の宣伝にしては妙に目立っている。
「――ほう、冒険者の方ですか……」
品良く仕立てた服を着こなせていない、腹の出た奴隷商人に
冒険の荷物持ち。サポーターとして、奴隷が欲しいという都度を話した。
奴隷商は豊の姿を色眼鏡越しに観察している。
よく手入れされた装備品に、装飾の施された剣の鞘。
背の高さと恰幅の良さ。様々な観点から、人間として吟味されている事だろう。
「一人で冒険者を生業にするとは、貴方は余程の手練れでいらっしゃるようですねぇ……」
商人の視線はユタカの持っているショートソードに注がれている。鞘だけで見ても業物だと判別できるため、彼自身の実力と支払い能力を品定めされたのだ。
「まぁ、行商人の真似事をしながら路銀を稼ぎ、魔物を狩りつつ旅をしてる」
「それで、何故急に奴隷を?」
「信用のできる荷物持ちが必要になったんだ。これから物資を買ってからハガンカへ向かおうと思ってね」
「儲け話ですか?」
「それには答えられない」
「ふふっ……まぁよろしいでしょう。私共は必要な方に、必要なだけ商品を売るだけですから……」
探っているのか、興味が無いのか、豊にはその表情がいまいち読み取れない。
男のかけている色眼鏡が、表情と目の動きを隠す役割を担っているからだ。
豊は、現状でなるべく早急に、手を差し伸べなければならないであろう弱い奴隷を救うべくして条件を出した。
「奴隷の状態は悪くても構わない。なるべく安いのを頼む」
「承りました……ではこちらへ……」
男に案内された先には、頑丈な檻がいくつもあり
その中には、奴隷がポツポツと入れられていた。
建物内に充満する嫌な湿気と、排泄物をはじめとした様々な悪臭が混ざった環境内
掃除はされておらず、どう考えても人間が滞在できる状態でなはい。
奴隷にも階級が存在し、豊はその中でも一番下のものを選んだようだ。
「技能を持ち、質の良い奴隷は早いうちに売れてしまいますからねぇ、まぁ安いのが残ってはいるのでご期待には応えられるかと……」
豊はあまりの惨状に言葉を失っていた。
悪臭と悪環境に、吐き気やめまいまで覚える。ゲームやノベルでの描写の比では無い、現実を突きつけられ、悲しみとやるせなさに心を潰されそうになる。
檻の中の奴隷たちは、ボロボロの布切れを身にまとい、冷たい石の床にうずくまっていた。鉄の檻は錆び付き、叩けば壊れるような状態にあっても逃げ出そうという気力すら殺してしまうのだろう。またある者は鎖で擦れた傷跡を隠すように体を縮め、口から唾液を零しながら希望を失った目で虚空を見つめていた。
一瞬、過去の記憶がフラッシュバックし、豊の歩みが止まる。それを見た商人は具合が悪くなったのだろうとあたりを付けて声をかける。
「すみませんねぇ、もう少しなんで我慢してください」
「あぁ、大丈夫だ」
豊が布の掛けられた檻の横を通り過ぎようとすると、その中にいたひとりの奴隷が檻を叩き、口を開いた。彼の口内には歯が一本も残されていなかった。
「なぁ旦那ぁ……助けてくれよぉ、この哀れな奴隷を買ってくれよぉ……へへっ、なんだったらアンタのナニをしゃぶってもいいし、ケツも自由にしてもいいんだぜ?」
余程酷い扱いを受けたのだろう、悪臭をまき散らす男は豊に懇願するが即座に奴隷商人が檻を蹴り上げる。
「黙れこのろくでなしが! 生きていられるだけありがたいと思わんか! いやぁ……すみませんねお客様、アレは犯罪奴隷でしてね、女子供を容赦なく殺して金品を奪った極悪人なんですよ。なんで死罪にならなかったのかは私共にもわからないんですがね? あの男、よっぽど『具合』が良かったのか……司法は何を考えているんだか……まったくもって嘆かわしい……!」
つまりは『そういう事』なのだろう。罪を犯して更に罪を重ね、尊厳を売り渡してでも生き続け、こんなところにまで流れ着いたのだ。
世界を救い、人々を幸せにすると女神と約束した際、いつかこのような光景を目の当たりにする事は覚悟していた。口元を手拭いで覆い、呼吸を整え心を落ち着ける。
更に奥にある檻の中を覗くと、その隅でひとりポツンと残された小さな奴隷が目に付いた。人間の子供であろうか、小さな体を更に縮こませ
まるで、自身がここに居ないかの様に装っている。
自分に買い手がつかない様にしているのだろう。
あんな幼い子供が人間の権利と尊厳を奪われ、生き残るため懸命に足掻いている。
「あれはウチに来る前から栄養失調で、人前に出す事が出来ずに売れ残った奴です。まともに動かないので後で、魔獣のエサにでもしようかと……」
この子供はここで救わなければ確実に魔獣のエサになる。見逃すわけにはいかなかった。豊は表情を変えず、言葉を発する。
「……いくらだ?」
「アレになさるんですか? 何も役に立たないですよ?」
「アレにする」
「まぁ、アレなら魔獣のエサ代くらいでよろしいでしょう、ギルダム銀貨1枚です」
「わかった、手続きしてくれ、アレが死ぬ前にな」
「かしこまりました」
その後、代金の支払い奴隷制約の譲渡が行われ、滞りなく奴隷の購入は終わった。
抱きかかえたその子にだけ、聞こえる様に豊はつぶやく。
「もう大丈夫だ」
彼の声が届いたのか、その子は弱々しく、豊の服を掴んだ。
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