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第七話 凶相
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ルークに先導してもらい、向かった先は、領主館と同じぐらい大きな建物だった。この歓楽街にある建物でも特に大きい。
そして異様なのは、監獄を思わせる無機質な灰色の壁が、建物をぐるりと囲んでいることだった。
「対外的には、本当に監獄として扱っていますけどね。ここに入る人間に、ロクなのはいませんが」
ルークがそう言って、ちらりとマリアを見る。
「そのロクでもないのを、私が殺すって言うんだからいいじゃない」
「ロクでもなくとも、うちの戦士です。装備と育成に金をかけているし、殺されすぎるのも困る」
マリアが、悪い笑みを浮かべた。
「無理な要望ね。自制心の効かないときがあるもの」
マリアがもし本当に、すべてを敵に回していたら、わたしは間違いなく一瞬で死んでいたに違いない。マリアの横に立って生きたいなら、強くないと無理そうだ。
「それにしても……一見人畜無害に見せかけて、たちの悪いのもいるようですね」
そうルークが言ったのが誰だろうと思ったら、視線の先を見るにわたしのようだった。
「え?」
「その足。彼女の腕と同じものじゃないですか。いつ切り裂かれるかと思うと、生きた心地がしない」
「そんなことしません!」
とんでもない誤解を受けている。わたしはそんな殺人鬼みたいな真似はしない。
「はぁ。適当に殺して満足したらとっとと出ていってください。開門!」
ルークがそう言って、コロシアムの内門を開け放たせようとするが、二人の屈強な男がどれだけ押しても、木の大扉はびくともしない。
ルークが苛立たしげに眉をひそめた。
「何をしている?」
「あ、あかないです」
くすくすと、上空から笑う声がした。そして舞うように着地したのは、別れたばかりのカルドだった。
「カルド? 何をしに?」
笑いながら降りてきたカルドは、しかし真剣な表情になってルークを見やった。
「いやぁ。突然、僕でもびっくりするようなお金を積まれちゃってね。というわけで、主交代っ! ルーク、またいつか雇ってね!」
そう宣言すると、愕然としたままのルークを放って、こちらを向いた。緑色の瞳が、マリアを捉える。
「そんな訳で、新しい主からの依頼で、君を生きたままめちゃくちゃにしてほしいんだってさ。すごい剣幕だったよ、あの子」
それまで開かなかった扉が突然開き、コロシアムが見えた。
「中でどうかな? 白髪のお嬢さん。周りの子は観客席にでもどうぞ」
「ご指名ね? 面倒だけど、不意打ちじゃないだけマシだわ」
「頼まれたこと以上のことはしたくないんだ。ルークも巻き込みそうな距離だったし」
「いいわ。行きましょう」
二人が、コロシアムの中へと進んでいく。ついて行こうとして、ゴブリンに服の裾を掴まれ、止められた。それどころか、さらに思い切り引っ張られ倒される。
「下がれ、小娘!」
ゴブリンに引っ張られたことよりも、眼前を凄まじい勢いで黒い影が通り過ぎたことに驚いた。
マリアが、コロシアムに入る前に、変容させた右腕で攻撃したのだと、吹き飛んだカルドを見て分かった。
「なぁっ! あっぶな!」
「……残念」
吹き飛んだ先でふわりと着地したカルドが、慌ててコロシアムへ入っていった。その背中にはマリアの鉤爪による裂傷が僅かに入っていたが、致命傷にはならなかったようだ。
気を取り戻したルークが、観客席への階段を上っていくのに付いていくことにした。
「不意打ちなんてやってくれるねェ、お嬢さん」
「だって面倒だもの。そのふわふわするのは何? 魔法? 魔術?」
「勇者の血脈だよ。お嬢さんのも似てるけど、違うっていうのは分かる」
マリアががくりと項垂れてしまった。
「ここはそういうのばかりなの? 人を殺したら勇者がくるなんて、警察と変わらないじゃない」
「何言ってるか分からないけど、僕はお金至上主義だから。殺人なんて気にしない英雄のほうが多いよ」
「あぁそう。正直もうなんだっていいわ」
左手で髪の毛を掻き分け、睨めあげ、マリアが動いた。最大まで伸ばした鉤爪を地面に突き刺し、勢いを付けて突っ込んでいく。
直線的に飛ぶように突っ込んでくるマリアに対して、カルドが距離を取りながら服の内側から取り出した五本のダガーを、マリアへ向かって投げ放った。
とはいえ、マリアの鉤爪は大きく、手の甲の部分を盾にすれば簡単に防がれる。
「あ……!」
手の甲によって弾かれたダガーが、空中でピタリと止まり、マリアへ向かって飛んでいく。マリアはそれに気づいていない。
さらに距離を取ったカルドに追いすがろうと、もう一度地面に鉤爪を差し込んだとき、後ろからマリアに突き刺さった。
「っ……!?」
立て続けに飛来するダガーを、鉤爪を戻して落とそうとするが間に合わず、五本のダガーによって串刺しとなった。
背中に脇腹、肩にまで突き刺さっているダガーから、血が滲む。
「ふぅ。僕のこれは本当に威力がないから。ダガーで簡単に止まるようで助かった」
「痛いじゃない。こんなに刺されたら、普通死ぬのよ?」
「なんか、余裕そうだね。殺さずめちゃくちゃにしてって言われたから、申し訳ないけど嬲るね?」
さらにダガーを取り出したカルドが、ぴたりと動きを止めた。
「ふふ、余裕? 人を殺したい焦燥感に苛まれて。殺せば殺されることだってあるのに。好きだからまだしも、余裕なんてないわ」
マリアが、その白い長髪を数度揺らす。下を向いて、低い声で喋っていて表情は伺えない。
「――私はただ、人を殺したいだけなのよ。邪魔をするなら殺すわ」
低く轟く声は恐ろしく不気味だった。
からん、と刺さっていたダガーが、すべて床に落ち、音をたてる。着ていた服が破れ落ち、骨の形が浮かび上がる金属のような光沢の皮膚が現れる。それは変容した右腕と同じで、真っ黒だった。
「まずそうだっ」
カルドが、マリアの異様な変貌に気が付き、ダガーを投げ放つ。今度は空中で軌道を変え、四方八方から迫る。
マリアが、顔を上げた。横からでも、その異様な顔面が分かった。皮膚が削がれ落ちたかのように、ところどころへこみ、黒く変容している。
まるで骸骨のようだ、と思った瞬間。
「あっ! あー! きっ聞こえる!」
自分の声すら聞こえず、鼓膜が破れてしまったのかと思った。
マリアが顔を上げた後、金属をすり合わせたときの高音を何十倍にもしたような、人間とは思えない叫び声をあげた。耳鳴りがとまらない。
怪鳥のような声を、正面で受け止めたカルドが気絶している。とどめを刺すために、マリアが近づいていく。
「待ってくれ!」
いつの間にかコロシアムに降りたルークが、マリアを止めようとする。
「カルドを殺さないでくれませんか」
鉤爪を、高々と持ち上げる。
「じ、自由を認めますから! ソンヌの衛兵に手出しをしないように命じます! カルドが溜め込んでいる金は、そのぐらいありますからっ! カルドは恩には報いるやつです!」
すっ、とマリアが腕を下ろす。その骸骨のような顔で、微笑んでみせた。
「本当?」
「はい」
「嘘だったら全員殺すわ。一人逃して、
代わりにいくら殺してもいいなら、最高じゃない」
「あ、でも衛兵だけで――」
「テレサ! 降りてきてっ! また私、しばらく動けなさそう」
そう言って倒れ込んだマリアの、黒く変容していた体が元に戻っていく。欠損こそないが、服がない。咄嗟にゴブリンの着ていた服を奪い去りあてがうと、どちらからもものすごく睨まれた。
こうして歓楽街での一日が終わった。
そして異様なのは、監獄を思わせる無機質な灰色の壁が、建物をぐるりと囲んでいることだった。
「対外的には、本当に監獄として扱っていますけどね。ここに入る人間に、ロクなのはいませんが」
ルークがそう言って、ちらりとマリアを見る。
「そのロクでもないのを、私が殺すって言うんだからいいじゃない」
「ロクでもなくとも、うちの戦士です。装備と育成に金をかけているし、殺されすぎるのも困る」
マリアが、悪い笑みを浮かべた。
「無理な要望ね。自制心の効かないときがあるもの」
マリアがもし本当に、すべてを敵に回していたら、わたしは間違いなく一瞬で死んでいたに違いない。マリアの横に立って生きたいなら、強くないと無理そうだ。
「それにしても……一見人畜無害に見せかけて、たちの悪いのもいるようですね」
そうルークが言ったのが誰だろうと思ったら、視線の先を見るにわたしのようだった。
「え?」
「その足。彼女の腕と同じものじゃないですか。いつ切り裂かれるかと思うと、生きた心地がしない」
「そんなことしません!」
とんでもない誤解を受けている。わたしはそんな殺人鬼みたいな真似はしない。
「はぁ。適当に殺して満足したらとっとと出ていってください。開門!」
ルークがそう言って、コロシアムの内門を開け放たせようとするが、二人の屈強な男がどれだけ押しても、木の大扉はびくともしない。
ルークが苛立たしげに眉をひそめた。
「何をしている?」
「あ、あかないです」
くすくすと、上空から笑う声がした。そして舞うように着地したのは、別れたばかりのカルドだった。
「カルド? 何をしに?」
笑いながら降りてきたカルドは、しかし真剣な表情になってルークを見やった。
「いやぁ。突然、僕でもびっくりするようなお金を積まれちゃってね。というわけで、主交代っ! ルーク、またいつか雇ってね!」
そう宣言すると、愕然としたままのルークを放って、こちらを向いた。緑色の瞳が、マリアを捉える。
「そんな訳で、新しい主からの依頼で、君を生きたままめちゃくちゃにしてほしいんだってさ。すごい剣幕だったよ、あの子」
それまで開かなかった扉が突然開き、コロシアムが見えた。
「中でどうかな? 白髪のお嬢さん。周りの子は観客席にでもどうぞ」
「ご指名ね? 面倒だけど、不意打ちじゃないだけマシだわ」
「頼まれたこと以上のことはしたくないんだ。ルークも巻き込みそうな距離だったし」
「いいわ。行きましょう」
二人が、コロシアムの中へと進んでいく。ついて行こうとして、ゴブリンに服の裾を掴まれ、止められた。それどころか、さらに思い切り引っ張られ倒される。
「下がれ、小娘!」
ゴブリンに引っ張られたことよりも、眼前を凄まじい勢いで黒い影が通り過ぎたことに驚いた。
マリアが、コロシアムに入る前に、変容させた右腕で攻撃したのだと、吹き飛んだカルドを見て分かった。
「なぁっ! あっぶな!」
「……残念」
吹き飛んだ先でふわりと着地したカルドが、慌ててコロシアムへ入っていった。その背中にはマリアの鉤爪による裂傷が僅かに入っていたが、致命傷にはならなかったようだ。
気を取り戻したルークが、観客席への階段を上っていくのに付いていくことにした。
「不意打ちなんてやってくれるねェ、お嬢さん」
「だって面倒だもの。そのふわふわするのは何? 魔法? 魔術?」
「勇者の血脈だよ。お嬢さんのも似てるけど、違うっていうのは分かる」
マリアががくりと項垂れてしまった。
「ここはそういうのばかりなの? 人を殺したら勇者がくるなんて、警察と変わらないじゃない」
「何言ってるか分からないけど、僕はお金至上主義だから。殺人なんて気にしない英雄のほうが多いよ」
「あぁそう。正直もうなんだっていいわ」
左手で髪の毛を掻き分け、睨めあげ、マリアが動いた。最大まで伸ばした鉤爪を地面に突き刺し、勢いを付けて突っ込んでいく。
直線的に飛ぶように突っ込んでくるマリアに対して、カルドが距離を取りながら服の内側から取り出した五本のダガーを、マリアへ向かって投げ放った。
とはいえ、マリアの鉤爪は大きく、手の甲の部分を盾にすれば簡単に防がれる。
「あ……!」
手の甲によって弾かれたダガーが、空中でピタリと止まり、マリアへ向かって飛んでいく。マリアはそれに気づいていない。
さらに距離を取ったカルドに追いすがろうと、もう一度地面に鉤爪を差し込んだとき、後ろからマリアに突き刺さった。
「っ……!?」
立て続けに飛来するダガーを、鉤爪を戻して落とそうとするが間に合わず、五本のダガーによって串刺しとなった。
背中に脇腹、肩にまで突き刺さっているダガーから、血が滲む。
「ふぅ。僕のこれは本当に威力がないから。ダガーで簡単に止まるようで助かった」
「痛いじゃない。こんなに刺されたら、普通死ぬのよ?」
「なんか、余裕そうだね。殺さずめちゃくちゃにしてって言われたから、申し訳ないけど嬲るね?」
さらにダガーを取り出したカルドが、ぴたりと動きを止めた。
「ふふ、余裕? 人を殺したい焦燥感に苛まれて。殺せば殺されることだってあるのに。好きだからまだしも、余裕なんてないわ」
マリアが、その白い長髪を数度揺らす。下を向いて、低い声で喋っていて表情は伺えない。
「――私はただ、人を殺したいだけなのよ。邪魔をするなら殺すわ」
低く轟く声は恐ろしく不気味だった。
からん、と刺さっていたダガーが、すべて床に落ち、音をたてる。着ていた服が破れ落ち、骨の形が浮かび上がる金属のような光沢の皮膚が現れる。それは変容した右腕と同じで、真っ黒だった。
「まずそうだっ」
カルドが、マリアの異様な変貌に気が付き、ダガーを投げ放つ。今度は空中で軌道を変え、四方八方から迫る。
マリアが、顔を上げた。横からでも、その異様な顔面が分かった。皮膚が削がれ落ちたかのように、ところどころへこみ、黒く変容している。
まるで骸骨のようだ、と思った瞬間。
「あっ! あー! きっ聞こえる!」
自分の声すら聞こえず、鼓膜が破れてしまったのかと思った。
マリアが顔を上げた後、金属をすり合わせたときの高音を何十倍にもしたような、人間とは思えない叫び声をあげた。耳鳴りがとまらない。
怪鳥のような声を、正面で受け止めたカルドが気絶している。とどめを刺すために、マリアが近づいていく。
「待ってくれ!」
いつの間にかコロシアムに降りたルークが、マリアを止めようとする。
「カルドを殺さないでくれませんか」
鉤爪を、高々と持ち上げる。
「じ、自由を認めますから! ソンヌの衛兵に手出しをしないように命じます! カルドが溜め込んでいる金は、そのぐらいありますからっ! カルドは恩には報いるやつです!」
すっ、とマリアが腕を下ろす。その骸骨のような顔で、微笑んでみせた。
「本当?」
「はい」
「嘘だったら全員殺すわ。一人逃して、
代わりにいくら殺してもいいなら、最高じゃない」
「あ、でも衛兵だけで――」
「テレサ! 降りてきてっ! また私、しばらく動けなさそう」
そう言って倒れ込んだマリアの、黒く変容していた体が元に戻っていく。欠損こそないが、服がない。咄嗟にゴブリンの着ていた服を奪い去りあてがうと、どちらからもものすごく睨まれた。
こうして歓楽街での一日が終わった。
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