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第十四話 落ち着き

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「獣人のテロリストだって。技術による人民の開放……とかなんとか。嘘くさいけどもねえ。うちは被害がなくて良かったよ。もうちょっとズレてたら……ねえ?」
「そんな理由で街をこんな滅茶苦茶に……。危なかったですね。あ、ありがとうございます」

 宿屋の夫人から朝食を受け取り、部屋へ戻る。元々は海を一望できる宿屋だったが、手前の建物が瓦解したせいで何も見えなくなっていた。
 部屋の奥のベッドの上でマリアが眠っていたが、起きていた。しかし寝起きにしては顔色が悪く、金色の瞳をベッドの上へと向けてじっとしていた。

「あ、おはようございます。大丈夫ですか?」
「まだ銃弾が体内に残っている気がするわ……」
「え! ど、どのあたりにですか?」

 右胸の下辺りを指差したので、左脚の靴を取る。

「……どうして靴を脱ぐのかしら?」
「切り裂いて取るべきかなと……」
「放っておいても、その内出てくるわ。その危険な善意だけを貰っておくわね」

 マリアなら切り裂いてもすぐに治るし、異物が残るよりはいいと思ったが、手で追い払われてしまった。
 治ると言ってもしばらく動けなくなるようではあるけど。でも、マリアは動けない時は、勝手にどこかに行ったり殺したりしないので、個人的には大人しいほうがいい。

「小娘、我の分は?」
「え……マリアから何かもらってください」

 部屋の片隅で用心棒のように立っていたゴブリンが不服そうにし、マリアに朝食をねだりに行く。

「マリア様、我に恵みを!」
「もはやペットね。いいわ、口を開けなさい」

 マリアが食器を傾けてゴブリンの口に食事を放り込む。残飯処理のような光景になんとなく悲しくなった。
 そんなゴブリンの装備は着々と進化していて、木の槍だったのが鉄の小剣になり、さらに銃まで手に入れたようで、筒のようなものを背中に取り付けている。

「そういえばゴブリンってずっと呼んでますけど、名前はないんですか?」

 ゴブリンだからそのままゴブリンと呼んでいるが、ダンジョンで出会ったサキュバスにはレイティナという名前があったのを思い出して尋ねる。

「む。名前は不要だ。我はチャンピオンオークとして唯一であったが故に。今はゴブリンとなってしまったが……それでも必要だと思わん」
「喋るゴブリンは珍しいのでしょう? シャベリンなんてどうかしら」

 マリアがそう提案すると、よほど嫌なのかゴブリンが何度も首を振り、話題を変えた。

「マリア様、今後の予定はどのように?」
「観光は継続として……奴隷にほとんどのお金を使ってしまったからお金も欲しいわね」

 マリアがそっと右手を頰にあて、恍惚とした笑みを浮かべる。

「邪魔こそ多かったけども、何十年分の殺人が、この短期間にギュッと詰まっているわ……」

 すっと落ち着いたマリアが立ち上がり、影から地図を取り出して見せる。

「だからといって満足はしていないのだけど。つまり、もちろん人を殺すのも継続よ。どう? 領土内の地図だけど、おすすめはあるかしら?」
「そんなおすすめはないですけど……あと行っていないのは、西側しかないですね。他の領土となるとちょっと分からないです」

 マリアの旅の計画は物騒この上ないが、比較的大きなこの領土もそろそろ限界だ。結局あちこちに喧嘩を売っているし、別の地域への移動も視野に入れたほうがいい気がする。
 ふと、窓の外でコウモリが鳴いた。

「む……マリア様、街に多くの衛兵隊が向かってきています。先の混乱への増援かと」
「悠長にしていられないわね。ひとまず出ましょうか」

 行く先の決まらぬまま宿を出て、わたしがゴブリンを掴み上げ、足場を伝って崖を登り門を使わずに街を出た。マリアが続いて鉤爪で岩を半壊させながらも勢いをつけて登ってくる様は、少し怖い。

「この際コンプリートしに行きましょう。西側って何があるのかしら?」
「農業地帯です。観光地ではないですけど……」
「牧歌的な光景が見れるのね。そして農場と言えば殺人鬼よね。お金以外は悪く無いわ、行きましょう」
「えっ? どういう――」

 農業と殺人がどう結びついたのかはさっぱりだけど、マリアがまた近場の馬車を強奪し始めたからもう止められなかった。
 そうしてしばらく馬車に揺られていたが、ゴブリンが緩やかに馬車を停めた。

「マリア様、後方からレイティナが」
「レイティナ? あぁ……」

 白い馬を勢いよく駆りながら、見た目麗しいレイティナがやってくるのが見えた。
 まるで騎士のように現れ、格好良く馬を停止させたレイティナだったが、そのピンクの瞳が見える目には疲れがにじみ出ていた。

「や、やっと見つけましたわ……ご機嫌麗しゅう、魔王様」
「よく見つけられるものね?」
「気配でなんとなくは……。それはともかく、わたくしいっぱいご報告がありますの!」

 ばっと馬から降り、暗い蒼の髪が揺れる。そして、褒美を期待する家臣のように期待に満ちた顔で両腕を広げた。

「……報告って?」
「ま、魔王様……その、褒美がほしいですわ」
「レイティナはサキュバスである故に、抱きつくだけでも精気を蝕んで己の力に出来る。それを期待しているのかと」
「言い方は悪いですけどもそうですわ! 燃えるような抱擁が懐かしいですわね……」

 マリアがゴブリンを掴み上げ、レイティナに投げつけた。

「仲良くしてるといいわ。で、報告って?」
「魔王様、とても冷たいですわ……」

 落胆しながらも、レイティナが語る。
 英雄たちがほとんど世界を掌握していること。曰く、英雄と思しき男に魔族が興味を持たれていること。そして、かつての魔王の遺物の多くが英雄を弱体化させるということ。

「ほぼ悪い報告な気がするのだけど。英雄に効くってどう効くのかも分からないわ。持っているだけでいいのかしら」

 マリアが影から、手よりも大きな魔王の目玉を取り出した。相変わらず微妙に脈動している。

「せめて武具ならまだ使えそうですけど……」
「そこはかとなく魔王様の禍々しい空気は感じる」

 ゴブリンの言葉にレイティナがはっと顔を上げる。
 
「それですわ! わたくし、魔王様の気配を察知しやすかったですもの。きっと持っているだけでも効果がありますわ」
「怪しいわね。虫除け程度になるならいいのだけど。まぁ唯一の英雄対策ではあるし、気が向いたら集めることにするわ」

 話はおしまいとばかりに、再びマリアが馬車に乗り込んだ。慌ててレイティナが馬車に続いて乗り込んだ。

「魔王様! わたくしも連れて行ってくださいませ! というよりはこの義体を持って行ってくれると嬉しいですわ」

 そう言い終えると、死んでしまったかのようにピタリと動きを止めた。大きな人形のようなものだったらしい。

「うーん……」

 微妙な表情をしていたが、持っていくことにしたマリアが影へと人形を沈み込ませる。大きいせいか微妙に時間がかかった。 

「入れるのはまだしも出てこれるのかしら……?」
「レイティナはまぁ優秀ですので……」

 少し痩せてしまったゴブリンが一応フォローをいれた。
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