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蛇神の生贄

堕ちた神の欠片

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 フユキの蛇のような顔が、ブレたように歪む。その異変に気付いたのは、環琉たちだけではない、白蛇自身もだ。ミキの祖母が、手を合わせて題目を唱え始めた。
「フユキくん、目を覚ますんだ。お姉さんを、護るんだ」
 昴の言葉に、環琉も言葉を続けた。
「フユキくん! フユキくん頑張れ、白蛇に負けるな!」
「黙れ、黙れ!」
 頭を抱えて、フユキが怒鳴った。その身体は、白蛇とフユキの顔が交互に現れて制御できなくなっているようだ。

「今、お前に掛けていた制御を解放する。フユキ、白蛇を追い出し!」
 ミキの祖母が、胸元から違う札を取り出し再びフユキの額に貼り付ける。途端、その札から煙が小さく上がり札だけが燃えた。

「……け……俺、から……俺から出て行け!」
 それは、フユキの声だった。札が燃え尽きて煙が無くなると、フユキの瞳が輝いて白蛇の霊魂がフユキの身体から追い出される様に抜けた。
『まさか! こいつの霊魂の端を、我は何年も前に握っていた、我の呪縛から逃げられる筈がない!』
 驚いた声を上げたのは、白蛇だった。フユキが『開かずの間』を開いた時に、白蛇はミキの魂とフユキの魂の一部を手に入れていたのだ。機会があればフユキの身体に入り込む事を計画していた。

「俺は、ばあさんに教えられていた。だから、ばあさんの結界がある部屋に閉じこもっていて、拍祖母の家に行き寺に通い修行してたんや! 俺のせいで姉貴が危険な目に遭わんように、俺なりの謝罪や!」
「フユキは、ミキ程やないけど能力がある。都合がええことに、や。白蛇がフユキに憑く事は、予想していた。修行している今、フユキは自分の力で霊を憑依させたり外したりできる。お前様がんや」
 フユキは祖母の許に駆け寄ると、祖母から数珠を受け取った。
『人間ごときが生意気な!』
 白蛇は、洞窟へと入った。追いかけようとした昴と環琉だったが、直ぐに白蛇は気を失っているミキの身体を咥えて出て来た。

『月が昇らなければ、この贄の力が手に入らぬ。おのれ……おのれ、ようやく巡ってきた機会を……この機を逃せば、また百年ほど待たねばならぬ』
 
 ミキの祖母が、題目を唱え始める。その声に合わせるように、フユキも題目を唱え始めた。二人の声に、白蛇は次第に体がしびれてきたように苦し気に呻き声を上げ始めた。

「ようやく、僕の出番だね」
 昴が、白蛇の前に立った。少し離れて、環琉も後ろに並ぶ。

八俣遠呂智ヤマタノオロチを『神』だと呼ぶ蛇よ。ならば、僕は今回古の神を呼ぼう。堕ちた神の欠片だ……」

 ずるり、と何かが昴の身体から這い出して来る。途端、辺りの空気がピンと張りつめた。重苦しく、禍々しい。白蛇の怨霊よりも、ずっとものだ。
 ミキの祖母とフユキの題目を唱える声が、止まる。彼らは、身体が凍り付くほどの『恐怖』を感じたのだ。声が出なかった。僅かに身体が震える。

「喰っていいのは、蛇だけだ」
 昴の言葉に、這い出て来た影がぐんと身体を起こした。長い乱れた髪の――美しくも闇そのものの禍々しさを身にまとった、大きな女だった。日本の古代の服に、勾玉などの装飾も身に着けている。

『そん、な! もしや、もしや……勝てぬ、我など足元に及ばぬ……! を、お前は飼っているのか!?』
 題目で封じられていた蛇は、それが無くなった今でも動けずにいた。蛇の怨霊は、恐怖で昴が生み出した影を見ていた。圧倒的な霊力の差だった。

 女が大きく口を開き、蛇の怨霊を飲み込んだ。かつて修行僧が瀕死の怪我を負い、侍の目を奪った怨霊を一口で喰った。女の口から、ミキの身体が落ちて来る。それを、環琉が腕を伸ばして抱き留めた。

『……足らぬ……』

 女は深く溜息のような吐息を零すと、溶けるように昴の身体に戻った。昴は影が身体に入ると、その禍々しさの負荷を受けてか片膝をついて珍しく瞳を伏せて浅い息を繰り返した。

自分がいつか必ず死ぬことを忘れるなメメント・モリ――怨霊であっても、いつかはこの世を去らなければならない、この世のことわりだよ」
 ミキに怪我がない事を確認した環琉の身体から、キラキラとした光が辺りを浄化する様に流れた。その光を受けて、ミキの祖母もフユキもようやく身体が動いて腰を抜かしたように地面に座り込んだ。

「ばあちゃん、あれはもしかして――いざな……」
「フユキ、名を言ってはならん。八十禍津日神やそまがつひ様の、親だよ」

 のものを身体に取り込む昴は、何者なのか――ミキの祖母は、初めて昴に『恐怖』を抱いた。

 だが。
 その禍々しさを光で包み、癒す環琉の正体すら彼女には分からなかった。
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