堕ちた神を従える美しき祓い屋

七海美桜

文字の大きさ
33 / 33
夕暮れのこっくりさん

堕ちた神様

しおりを挟む
 部屋から漂ってくる霊気は、『聖なる気』と『邪悪な気』が混じり合っていた。普通の霊を感じる人ならば、がいると思うだろう。しかし、それ以上の能力があるものならば分かる――一体の霊に、その二つが絡んみ合っていることが。

「澄玲ちゃん。お祖母ちゃんと環琉くんの手は、絶対に離さないようにね?」
 そう言った昴は澄玲が頷くのを確認してから、前に歩み出て音楽室のドアを開いた――途端、高い霊力の波動が波のように四人に襲い掛かって来た。

「強い霊気だ。人間では出せないものだね」
 四人を守るようなキラキラと光る壁が、環琉から溢れてきた。環琉はのんびりと感心したようにそう呟いて、澄玲はそのキラキラとした光が環琉の瞳のように見えて自然と笑みを浮かべていた。

『澄玲を、連れてきたのか? 私に、澄玲を渡すのか?』
 音楽室の中には、狐の面をかぶったマリアらしき少女がいた。その隣に居たのは――確かに、かつては神の眷属けんぞくと呼ばれるはずの狐の霊だ。不思議な事に、口にくわえた玉は微弱ながら輝いている。しかしその姿はどんよりとした邪気をまとっており、眷属には見えなかった。

「どうして、澄玲ちゃんを欲しがるんだ? それに――君は、自分の使命を忘れたのか? そんな姿を、宇迦之御魂大神うかのみたまのかみに見せる事が出来るのか?」
『だまれ!!』
 昴の言葉を聞いた途端、狐の霊が吠えた。音楽室の窓ガラスが、ビリビリと割れるような程揺れる。

『祠を壊され……人間から忘れられた私が、あのお方様の命を頂けるわけがない……ああ、悲しい……悲しい……』
 この狐はただの動物霊ではなく、やはり壊された祠の神使かみのつかいだったらしい。まだ神の使いだった頃の想いと堕ちてしまった想いで、『聖』と『悪』のが狐の体を支配しているようだ。

「澄玲ちゃんを自分の傍に置きたいから、トウジョウマコさんを解放したのか? 霊力がある子を自分の傍に置くのは、何の為だ?」
 昴がそう尋ねると、ずっと人形のように立っていたマリアがその昴に飛びついた。
『狐の神様をいじめないで! いじめないで!』
 マリアは昴に抱き着くようにぶら下がりながら、爪で彼をひっかきながらそう叫んでいる。昴がそのマリアを抑えようと、一瞬目を離した隙だ。

『渡せ! 澄玲を渡せ!!』
 黒狐が、環琉の作り出した壁に突進してきた。普通の霊なら即座に弾き飛ばされる強い壁だが、かつては神の使いでもあった力はそれに耐えた。壁を壊そうと、何度も体当たりしてくる。
「澄玲!」
 先代が、孫の体を抱き締めて守ろうとする。昴や環琉に及ばない彼女だが、『祓い屋の助手の一族』として幼少期から鍛えられた霊力は高い。

「本当は、まだ宇迦之御魂大神の使いでありたいんじゃないの? 闇に堕ちるのを、恐れているんじゃないの?」
 必死に壁に体当たりをしてくる黒狐に、環琉は動揺する様子を見せずに尋ねた。壁が壊されることがない、そう自信があるのだ。

『お前に、何が分かるという……』
 壁にぶつかることをやめて、黒狐が環琉に視線を向けた――だが、彼を真正面から見て少し驚いた顔を見せた。
『……お前は、何者だ……?』

、ただの祓い屋の助手ですよ」
 環琉は、無邪気に笑ってそう言った。
『澄玲ちゃん、澄玲ちゃんも手伝って!』
 まだ昴にしがみついているマリアが、叫ぶように澄玲の名前を呼んだ。その言葉に、祖母に抱かれたままの澄玲は一度大きく体を震わせた。昴は、無茶苦茶に自分を攻撃してくるマリアを抑えるだけで精一杯のようだ。人間が相手では、昴は無闇に強気に出られない。彼女を傷つけないように、抑えるだけで昴はそこから動けないようだ。

「ねえ、まだ宇迦之御魂大神を敬う気持ちがあるなら、教えてよ。どうして、この地に残って、霊力のある女の子をさらうの?」
 環琉は、澄玲の頭を優しく撫でてから自分の作った壁の外に出た。先代がその様子に息を飲んだが、声は出なかった。自分一人では、かつて神の使いだった狐を退治できるかは不安だった。だが、環琉なら昴と同じように――時には、の力を発揮することがある。環琉がそばに居るなら、大丈夫。と。

「君には、まだ救いの道があるかもしれない。君だって、『闇』に堕ちたくないだろう?」
 無防備な状態で自分のすぐ前に来た環琉を、黒狐は驚いた様子でじっと見ていた。

『私は――』
 黒狐の『邪気』が、少し弱くなった。音楽室を覆っていた『闇』が、少し薄くなったようだ。
『私は、眷属であり続けたかった……人間と神との使いであり続けたかった……だが……もう、仕方なかった……』
 先ほどまでの強い声音ではなく、黒狐は静かな声で小さく呟いて床に倒れた。
『狐の神様!』
 それを見たマリアが、昴から離れて慌てて黒狐に駆け寄った。
「澄玲!」
 するとそれを見ていた澄玲が、先代の腕の中から飛び出してマリアと同じように黒狐の元に駆け寄った。澄玲は、その姿を見た時から迷いの感情を抱いていたのだ。

 怖くない。怖くなくて――さみしそう。

 マリアが抱えるようにして抱く黒狐の背中を、澄玲がそっと優しく撫でると彼はため息のような安堵したような吐息を零した。

『あぁ……温かい……温かい。昔を思い出す……』

 黒狐の濁った瞳から、一粒の涙が浮かんで床に落ちた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

30歳の英雄王は転生勇者を拾い無双に育てます

蒼井青龍
ファンタジー
山奥の小屋でのんびり暮らしていた 英雄王のライに、現世から転生してきた赤ん坊を立派な無双勇者に育て世界を魔王族から守る 英雄譚

処理中です...