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「それから古そうな喫茶店に連れていかれて、ドア開けるとカランコロンって鳴る古い喫茶店。そこでチーズケーキ食べて、ちょっと固いチーズケーキ」
薄暗い、雰囲気を重視してそうしているというよりも単に照明器具が少なくて薄暗い、カフェじゃなく『ザ・喫茶店』、そんなお店だった。
「ちょっとボソボソとして変な感じだったけど美味しかったよ、チーズ味だった。こんど行く?」
「そりゃチーズケーキだったらチーズ味でしょ。それで堀は橋の欄干ツルツルにしてたの?」
結局、蒼はいつものように背中を丸め片肘をついて、机の前に立つ私を見上げている。
「してないよ、雪投げてただけ。でも、これからはツルツルにする」
「なにそれ」
「万代橋の欄干はツルツルじゃなきゃだめなんだって」
「なにそれ?なんでツルツルじゃないと駄目なの」
美味しいチーズケーキ情報には興味を示さないくせにツルツルが気になる女子高生は蒼くらいだ。
「なんかね、市民に愛される万代橋の欄干はツルツルじゃなきゃいけないんだって。望実ちゃんとしては」
上の名前、名字の逢田はすぐに教えてくれたのに、望実という下の名前はどうしてか中々教えてくれなかったけど、何度か金髪ちゃんと呼んでいたら教えてくれた。
「橋って愛されるとツルツルになるものなの?」
「うしの置物?撫で牛だっけ?っていうのがツルツルなんだって」
「撫で牛ってあれ?さすると御利益がある、みたいな、有名な神社かお寺にあるとかいう」
蒼は上半身を起こすと今度は椅子に体を預けて腕を組んだ。
「さすが蒼!お目が高い。それそれ。万代橋渡る時にみんなが手すり代わりに欄干触ってたらそのうちにツルツルになるはずだって。ほら、ちょうどいい高さじゃん手すりみたいで、万代橋の欄干って」
身振り手振りで欄干の高さを説明したけど蒼に伝わっただろうか。蒼は信濃川の向こうに行くのか私はよく知らない。
「まあ石だから触ってるうちにツルツルになるかもしれないけど。でも今のところザラザラでしょ、全然ツルツルじゃないよね。じゃあ万代橋は市民に愛されてないってこと?」
「わかんないけど、私がツルツルにする。万代橋好きだし」
「ふ~ん、変な人だね。怪しい人じゃないの?大丈夫?どんなひとなの?」
「健康そうなひと」
「金髪なのに?」
蒼は金髪にどんなイメージを持っているのだ。
「マスクしてなかった」
「私だって風邪ひいてマスクしてるわけじゃないんだけどね。そういうことじゃなくてさ、人柄っていうか特徴とかあるでしょ」
「大学生で」
「大学生なんだ」
「たしか三つ上。今度はプリン・ア・ラ・モード奢ってくれるって。決めてるんだって食べるお店。昨日のお店もプリン・ア・ラ・モードあるんだけどさくらんぼが載ってないから駄目だって。でもチーズケーキは大丈夫なんだって」
「どっちにしろ食べ物かよ。簡単そうだな、堀を釣るのは。っていうか、また会うの?」
「うん、日曜にね。昨日撮った写真くれるってさ。そしたら見せてやるよ」
「その場で渡してくれたらいいのに」
「ふふふ、フィルムっていうのは見れるまで一週間かかるのだよ。レンズが二つある変な形のカメラ、エルスケンって人と一緒なんだって」
「一週間もかかるカメラ使うとか面倒くさい人だね。やたら拘り強そうだしさ」
「面倒だから好きなんだよ、って望実ちゃん言ってた」
「ああ間違いなく面倒な人だわ、その望実ちゃん」
「可愛いよ。金髪だし、ちょっと背が高くてスラッとしてて。面倒じゃないよ」
「それって可愛いっていうよりクールな感じじゃないの?」
「カメラを持ってない時はなんとなく恥ずかしそうにしていて、クールじゃなくて可愛い感じ」
さっきから蒼のその顔は私の話しを素直に信じていない。信じていないというほどではないのかもしれない。多少、疑っている。そんな表情のまま少し間を開けてから話しはじめた。
「万代橋がツルツルって話もそうだけど、なんとかじゃなきゃ駄目、ってそういう考えってさ理想が高いというか。完璧主義で理想が一つしかないってことの裏返しでしょ、きっと。ツルツルじゃない万代橋は市民から愛されていない、って極端なことになっちゃう。だから面倒な人だろうなって。妥協しろってわけじゃないけど、適当な落とし所があるでしょ、普通。カメラもそう」
「どいうこと?」
「さくらんぼが載っていないのは理想じゃないからプリン・ア・ラ・モードとは認めない、ってのが面倒ってこと」
「それはわかる気がする!でも、さくらんぼは必須よな。あと桃缶も」
「堀も面倒な奴だもんな」
予鈴が鳴った。これから短い新学期が始まる。
「そんなこと言ったって、なんだかんだ蒼はいっつも付き合ってくれるじゃん」
いつもそうだ、蒼は私から顔をそむけて窓の外を見る。
「まぁね。まあ暇だからな」
薄暗い、雰囲気を重視してそうしているというよりも単に照明器具が少なくて薄暗い、カフェじゃなく『ザ・喫茶店』、そんなお店だった。
「ちょっとボソボソとして変な感じだったけど美味しかったよ、チーズ味だった。こんど行く?」
「そりゃチーズケーキだったらチーズ味でしょ。それで堀は橋の欄干ツルツルにしてたの?」
結局、蒼はいつものように背中を丸め片肘をついて、机の前に立つ私を見上げている。
「してないよ、雪投げてただけ。でも、これからはツルツルにする」
「なにそれ」
「万代橋の欄干はツルツルじゃなきゃだめなんだって」
「なにそれ?なんでツルツルじゃないと駄目なの」
美味しいチーズケーキ情報には興味を示さないくせにツルツルが気になる女子高生は蒼くらいだ。
「なんかね、市民に愛される万代橋の欄干はツルツルじゃなきゃいけないんだって。望実ちゃんとしては」
上の名前、名字の逢田はすぐに教えてくれたのに、望実という下の名前はどうしてか中々教えてくれなかったけど、何度か金髪ちゃんと呼んでいたら教えてくれた。
「橋って愛されるとツルツルになるものなの?」
「うしの置物?撫で牛だっけ?っていうのがツルツルなんだって」
「撫で牛ってあれ?さすると御利益がある、みたいな、有名な神社かお寺にあるとかいう」
蒼は上半身を起こすと今度は椅子に体を預けて腕を組んだ。
「さすが蒼!お目が高い。それそれ。万代橋渡る時にみんなが手すり代わりに欄干触ってたらそのうちにツルツルになるはずだって。ほら、ちょうどいい高さじゃん手すりみたいで、万代橋の欄干って」
身振り手振りで欄干の高さを説明したけど蒼に伝わっただろうか。蒼は信濃川の向こうに行くのか私はよく知らない。
「まあ石だから触ってるうちにツルツルになるかもしれないけど。でも今のところザラザラでしょ、全然ツルツルじゃないよね。じゃあ万代橋は市民に愛されてないってこと?」
「わかんないけど、私がツルツルにする。万代橋好きだし」
「ふ~ん、変な人だね。怪しい人じゃないの?大丈夫?どんなひとなの?」
「健康そうなひと」
「金髪なのに?」
蒼は金髪にどんなイメージを持っているのだ。
「マスクしてなかった」
「私だって風邪ひいてマスクしてるわけじゃないんだけどね。そういうことじゃなくてさ、人柄っていうか特徴とかあるでしょ」
「大学生で」
「大学生なんだ」
「たしか三つ上。今度はプリン・ア・ラ・モード奢ってくれるって。決めてるんだって食べるお店。昨日のお店もプリン・ア・ラ・モードあるんだけどさくらんぼが載ってないから駄目だって。でもチーズケーキは大丈夫なんだって」
「どっちにしろ食べ物かよ。簡単そうだな、堀を釣るのは。っていうか、また会うの?」
「うん、日曜にね。昨日撮った写真くれるってさ。そしたら見せてやるよ」
「その場で渡してくれたらいいのに」
「ふふふ、フィルムっていうのは見れるまで一週間かかるのだよ。レンズが二つある変な形のカメラ、エルスケンって人と一緒なんだって」
「一週間もかかるカメラ使うとか面倒くさい人だね。やたら拘り強そうだしさ」
「面倒だから好きなんだよ、って望実ちゃん言ってた」
「ああ間違いなく面倒な人だわ、その望実ちゃん」
「可愛いよ。金髪だし、ちょっと背が高くてスラッとしてて。面倒じゃないよ」
「それって可愛いっていうよりクールな感じじゃないの?」
「カメラを持ってない時はなんとなく恥ずかしそうにしていて、クールじゃなくて可愛い感じ」
さっきから蒼のその顔は私の話しを素直に信じていない。信じていないというほどではないのかもしれない。多少、疑っている。そんな表情のまま少し間を開けてから話しはじめた。
「万代橋がツルツルって話もそうだけど、なんとかじゃなきゃ駄目、ってそういう考えってさ理想が高いというか。完璧主義で理想が一つしかないってことの裏返しでしょ、きっと。ツルツルじゃない万代橋は市民から愛されていない、って極端なことになっちゃう。だから面倒な人だろうなって。妥協しろってわけじゃないけど、適当な落とし所があるでしょ、普通。カメラもそう」
「どいうこと?」
「さくらんぼが載っていないのは理想じゃないからプリン・ア・ラ・モードとは認めない、ってのが面倒ってこと」
「それはわかる気がする!でも、さくらんぼは必須よな。あと桃缶も」
「堀も面倒な奴だもんな」
予鈴が鳴った。これから短い新学期が始まる。
「そんなこと言ったって、なんだかんだ蒼はいっつも付き合ってくれるじゃん」
いつもそうだ、蒼は私から顔をそむけて窓の外を見る。
「まぁね。まあ暇だからな」
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