メデューサの旅

きーぼー

文字の大きさ
37 / 79
邪神モーロックの都

その13

しおりを挟む
 さて、シュナン達がムスカル王の暗殺に失敗しモーロックの城の王宮に囚われた二日後の事です。
大勢の人々で賑わう城下町の市場に買い出しにやって来たムスカル王に仕える女官の姿がありました。
彼女は王宮で主に料理当番を務める女官の一人で同じく王宮で働く兵士と結婚しており一児の母でもありました。
本日、彼女はムスカル王の王宮で働く大勢の人々の食事を作るために街の市場にその材料を買いに来たのです。
大きなエコバッグを片手に様々な食材を見つくろう彼女が果物売り場でオリーブの実を手にしていたその時でした。
真剣な眼でオリーブの実を選ぶ彼女の隣に立つ一つの人影がありました。
その女官はすぐ隣に人の気配を感じて驚いて横を振り向きます。
するとそこにいたのは白っぽいゆったりとした服を着た中年の男でした。
顔をすっぽりと頭巾で覆っており目の周りだけをその隙間から覗かせながらこちらをジッと見つめています。
その怪しい姿に件の女官は悲鳴を上げて逃げるか男を怒鳴りつけてやろうと思いました。
しかしその人物が顔を覆っていた頭巾を脱ぎ更に親しく声を発するのを聞くと彼女の態度がガラリと変わりました。

「よおっ、カトリーナ。元気そうだな」

「デ、デイス!」

その男は件の宮女カトリーナと王宮で懇意にしていた吟遊詩人デイスだったのです。
実はカトリーナは数日前に王宮から失踪したこの男に大きな借りがあったのです。
それは彼女の一粒種の男の子に関する事でした。
王宮に仕えていたカトリーナは少し前に一人息子をモーロック神の生贄として差し出すようにムスカル王に要求されていたのです。
無論、大切な一人息子を失う事は彼女にとってもまた夫である兵士にとってもとても耐えられないほどつらい事でした。
しかし王に仕える身である以上彼には逆らえません。
切羽詰まったカトリーナは親しかった王宮付きの吟遊詩人であるデイスに相談したのでした。
カトリーナの苦しい立場を知ったデイスは彼女に一つの提案をしました。
それは何と自分がカトリーナの子供をさらい何処かに行方をくらますという大胆不敵なものでした。
自分が勝手にやった事にすればおそらくカトリーナ達が王に咎められる事態にはならないだろうと彼は考えたのです。
カトリーナは藁をも掴む思いで彼の計策に賛同し我が子をその手に託したのでした。
その後、デイスはカトリーナの子供と共に王宮を抜け出したのですが運悪く子供狩りをしていた城兵たちに見つかってしまいこの章の冒頭で描かれた様な状況に陥りシュナン一行に出会ったのでした。
さてカトリーナは街中で彼女に接近して来たのがデイスだと気付くと途端に彼に食いつくみたいに尋ねます。

「あの子はっ!?あの子はどこ!元気なのっ?」

カトリーナのその言葉を聞いたデイスは彼女を落ち着かせる様にその肩に手を置くと穏やかな声で言います。

「心配すんな。もちろん無事だよ。ここじゃ人目があるから落ち着ける場所に行こうぜ」

こうして宮女カトリーナと吟遊詩人デイスは賑やかな市場から一目につかない街はずれの丘まで移動しました。
そこはかつては段々畑だった場所で魔術師ムスカルがこの地に現れるまでは人々はここで農作業に従事し細々と暮らしていたのです。
今では畑は手入れをする者も無く荒れ果てています。
街からこの場所までやって来た二人は見晴らしのいい丘の上に座り気分を落ち着かせると互いに聞きたい事について会話を始めました。
まずデイスがカトリーナに対して一番聞きたいであろう預かった彼女の子供について話します。

「まぁ、色々あったんだがお前の子供は今は反ムスカル派の地下組織にかくまわれているぜ。ムスカル王の子供狩りから逃れた他の子供達と一緒にな」

カトリーナはデイスのその言葉を聞くと胸に両手を当ててホッと息を吐きました。

「ありがとう・・・デイス。感謝してもしきれないわ。でも子供はあなたに誘拐された事になってる。お陰でわたし達は助かったけど・・・罪を全部あんたに押し付けてごめん」

デイスは丘の上でカトリーナの隣に座りながら照れたように頭を掻くと恐縮する彼女に言いました。

「まぁ、気にすんなよ。宮殿にいた頃にはお前や亭主には随分良くしてもらったからな。他の連中は仕事もしない俺を馬鹿にしてたのに」

カトリーナは隣に座るデイスの手を自分の両手を伸ばしてギュッと掴みました。

「ありがとう、デイス。あんた本当に良い人だね。詩は下手くそだけどー。何とかあの子に会えないかしら」

カトリーナに手を握られたデイスは更に照れた表情をしながら答えます。

「気持ちは分かるけど、うかつな動きはしない方がいい。状況が落ち着いてからお前の手元に子供を戻す方法を考えるよ。それから詩を下手とか言うのはやめてくれよ。結構、傷付くから。それより聞きたいんだがー」

デイスは真面目な表情になるとカトリーナの顔を見つめて尋ねました。

「一昨日、魔法使いの若い男が宮殿でムスカル王を訪ねたはずなんだ。そいつがどうなったか知らないか?」

カトリーナはちょっと目を泳がせて首を捻ってから答えます。

「ああ、例の子の事ねー。なんでも先日、目隠しをした変な魔法使いの男の子が殴りこみをかけて来たらしいわ。伝説の怪物メデューサを引き連れてね。でもあえなく返り討ちにあったらしいわよ。ムスカル様が面白そうに話してたそうだから。本当馬鹿よね。水晶魔宮の中でムスカル王に敵うはずないのに」

丘の上でカトリーナの横に座るデイスは彼女の言葉を聞くと少し顔をしかめて更に尋ねます。

「そうか。それでそいつらー。魔法使いとメデューサの女の子がその後どうなったかは知らないのか?」

カトリーナはデイスが何故こんな事を尋ねるのか不審に思いながらも彼の疑問に答えます。

「二人とも捕まって今は王宮内の別々の場所に閉じ込められてるはずだよ。だけどあたしの聞いた噂では魔法使いの男の子の方は王の命令で生贄の儀式の日に合わせて処刑されるんだってさ。なんでも宮殿前の広場に処刑場を作ってそこで打ち首の刑になるらしいよ。公衆の面前で見せしめの為にー。可哀想にね。メデューサの女の子の方は利用価値があるらしくて生かしておくみたいだよ。ハーピーやバジリスクみたいに自分のコレクションにする気なのかねぇ」

カトリーナの話を聞いたデイスは考え込んだ様子でぶつぶつ言い始めます。

「そうかー。どのみち生贄の儀式の日がタイムリミットという事だな。シュナンの旦那を助けるチャンスもその日しかあるまいー」

しかしデイスの言葉を耳ざとく聞き付けたカトリーナが彼に食ってかかります。

「誰を助けるだって?駄目だよデイス。下手な事をしても自分たちが捕まるだけだよ。あの少年を処刑する時には大勢の兵士たちが処刑台を取り囲んで警備にあたっているんだ。クズタフ隊長の警備隊とかがね。とても手は出せないよ。それにー」

カトリーナは呼吸を一泊置いてから言いました。

「旦那に聞いたんだけどあいつが戻ってくるって話だよ。あの黄金将軍がー」

カトリーナの声には隠し切れない恐怖と憎悪がかいま見えました。
デイスもその名を聞くと震える声で言いました。

「あの、ジュドーがか。黄金将軍が戻って来るのか」


そのころモーロック城の西方から城に向かって移動する軍勢の一団がありました。
騎馬武者を主体とするその軍団はモーロック城に向けて砂埃を舞い上げながら整然と陣形を組んで進んで行きます。
そして百人以上にものぼるその軍勢の中心にいるのは二頭立ての精悍な軍馬に引かれたギリシャ式の大きな戦車に腕を組んで座る一人の人物でした。
その人物の身体は頭のてっぺんからつま先まで黄金色の優美な兜や鎧で覆われていました。
顔にまで金色のマスクをつけておりそのマスクの上から目や口元がわずかに覗いています。
そう、モーロック城に急行する軍勢を指揮するこの全身を金色に輝かせる大将こそムスカル王の右腕でありモーロックの都の軍事司令官、黄金将軍ジョードだったのです。

[続く]





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...