メデューサの旅 (激闘編)

きーぼー

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アルテミスの森の魔女

その31

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 「いったい、どうなってるの!?」

凍りついたように動かない対峙する二人の魔法使いー。
シュナンとマローンを見てチキは叫びます。
彼女の隣にいるデイスも固唾を飲んで両者の様子を見つめています。
ここは大勢の人々が行き交う「ジブリ村」の大きな広場。
ここでは先程からデイスとチキの宣伝活動を妨害するために現れた幻術士マローンと二人を助けるためにやって来た盲目の魔法使いシュナンとの間で互いの魔法力を極限までぶつけ合う魔法使い同士の決闘が静かに行われていたのです。
しかしその戦いははた目から見るとまるで戦っているようには見えずまるで僧侶風の服を着た中年男と目隠しをした奇妙な少年が街角の雑踏の中でお互いに杖を構えながら向かい合いただ無言で立っているだけみたいに見えました。
広場を通り過ぎる多くの人々も往来のど真ん中で距離をおいて立ちつくす二人の姿をけげんそうに見ていました。
そしてそんな二人を少し離れた場所でかたずを飲んで見つめるデイスとチキも対峙する両者に一体何が起こっているか分からず思わず互いの顔を戸惑いながら見合わせます。
チキが棒立ちになっているシュナンを指差しながら隣にいるデイスに尋ねます。

「あの子どうしたの?隙だらけじゃない。まるで立ったまま寝てるみたい」

彼女の隣に立つデイスは確かにだらりと弛緩しながら立っているシュナンの姿を厳しい表情で見つめながらも少年と向かい合って立っているマーロンの方も一べつしその額に冷や汗を浮かべながら言いました。

「どうやらシュナンの旦那は向かい合っているマーロンに何かの術をかけられているようですな。おそらく精神支配系の邪悪な魔法です。だけどー。ここはシュナンの旦那を信じて見守るしかないですぜ」

吟遊詩人デイスの指摘した通りシュナン少年は幻術士マローンの恐るべき術にかかっていました。
彼は村の広場に杖を構えて立ってはいましたがその心は先ほど説明したようにはるか過去に飛ばされ陰惨な昔の記憶の中に閉じ込められていたのです。
棒立ちになったシュナン少年はいわば立ったまま夢を見ているようなものであり到底まともに戦える状態ではありませんでした。
彼に向かい合う魔術師マーロンはそんなシュナン少年の姿を見てニヤリと笑みを浮かべます。
マーロンは村の広場でシュナンと向かい合って立ちながら少年に対して過去の記憶の中に相手を閉じ込める特殊な幻術を使っていました。
これは場合によっては相手の精神を破壊し思うがままに操る事ができる恐るべき魔法でした。
マーロンはシュナンが自分の術にかかり眼前で棒立ちになっている姿を見て思わず心の中で快哉を叫びます。

「クククッ、完全に我が術中にはまったな。大幻術師モウ様譲りのわたしの技の前では、レプカールの弟子などものの数ではないわ」

そして勝利を確信して余裕ができたのか目の前で棒立ちになっている少年の頭の中を探りどんな記憶を見ているのか確認
する事にしました。

「しかし、この生意気な小僧がどんな悪夢を見ているのか、ちょっと気になるな。よしっ、こいつの頭の中を覗いて、それを確かめてみる事にしよう。こいつのトラウマになっている、過去の記憶世界をー。フフッ、少々悪趣味だがな」

マーロンはそう言ってほくそ笑むと、片腕に持った杖を高々と掲げて、正面でぼうっとつっ立っているシュナン少年に向かって、何やらボソボソと呪文を唱えます。
それは、シュナン少年が現在囚われている彼の過去の記憶世界に、自分も入り込む為に幻術師マローンが行使しようとしている秘技ー。
すなわち、他者と自己の精神を融合させる特殊な魔法を発動させるのに必要な呪文でした。

「レムーネ レムーネ ニネム ノハハー」

高々と杖を掲げて立つマローンは、正面付近に茫然と立つシュナン少年に向けて、その古語混じりの不思議な呪文を矢継ぎ早に浴びせかけます。
するとー。
村の広場の雑踏の中で向かい合う二人の魔法使いの精神はマローンの術によって徐々に一体化して行きます。
一瞬後にマローンの周りにはシュナンが見ているのと同じ農村の風景が広がります。
しかしこれはあくまでマーリンの精神がシュナンの記憶世界に侵入したという事でありはた目から見ると二人の魔法使いは相変わらず「ジブリ村」の広場の雑踏の中で互いに杖を構えながら距離を取り微動だにせず向かい合っているように見えました。
さて、そのようにシュナンの精神世界にまんまと侵入したマローンですが、彼の周囲には現在シュナンが見ているものと同じ、かつて少年が幼少期を過ごした貧しい郷村の田園風景が広がっていました。
それはシュナン少年の記憶の中の風景であり、精神を同調させる事によって、そのただ中に入り込んだマーロンは、周囲に広がるど田舎の景色を興味深げに見回します。
そんなマーロンの耳にどこからか子供の泣き叫ぶ声が聞こえて来ます。
マーロンがその声がする方に歩いて行くとやがて彼は先程シュナンに自分が見せたものとまったく同じ光景に出くわしました。
すなわち幼児のころのシュナン少年が村人たちに取り囲まれひどい折檻を受けている光景です。

「ふんっ、これがあの少年の過去の記憶か・・・。ずいぶんとひどい育ち方をしたようだな・・・」

マーロンは最初は目の前で裸の子供が大勢の村人たちに虐められている光景を見ても少し眉をひそめるだけでしたがやがてそのあまりの残酷さに段々とその顔を青ざめさせて行きます。

「こ・・・これは、あまりに酷い。いくら貧しい村で余裕が無く普段から不平不満がたまっているとはいっても・・・。これが人間のやる事か・・・」

さすがのマローンも幼な子だったシュナン少年が受けた所業に強い怒りを覚えたその時でした。

ビシッ!!!

どこからか聞こえた風切り音と共にマローンの背中に激痛が走りました。

「うぐっ!?」

思わず悲鳴を上げて前方の地面に倒れこむマローン。
その瞬間、彼の視界は暗転しました。
次の瞬間、彼の目は見えなくなり世界は闇に包まれていました。
そして彼は目の見えなくなった自分の身体が急に小さくなったのを感じ更には大勢の人間に取り囲まれている事に気付きました。
自分を責め立てる声が次々と耳の中に飛び込んで来ます。

「働けもしないくせに食べ物を欲しがるなんて太え野郎だっ!!」

「俺の子供は病気で死んだんだっ!!なのになんでお前みたいな役立たずが生きてるんだよっ!?」

「迷惑かけるしか出来ねえんだから、さっさと死にやがれっ!!!」

その言葉は記憶世界においてシュナン少年が村人たちから浴びせられていた罵声と同じものでした。
そうー。
つい先ほどまで村人たちに囲まれたシュナン少年の様子を離れた場所から観察していたはずのマローンの意識は今や記憶世界の中のシュナン少年と完全に一体化していたのです。
つまりは今のマローンは身も心も幼児の頃のシュナン少年になりきっておりその悲惨な体験をマローン自身が追体験していたのでした。
両者の意識は混ざり合い一つになっておりもはやマローンには自分が本当は誰なのかわからなくなっていました。
なぜこんな事になったのか考えるいとまもなく幼いシュナン少年と一体化したマーロンに対して村人たちの残酷な仕打ちが次々と加えられます。
罵声と共に鋭い鞭が背中を打つ音が響きマーロンは幼いシュナン少年の声で甲高い悲鳴を上げながら地面を転げ回りました。
幼児の敏感な肌に与えられたその攻撃は信じられないほど激しい苦痛を実際には中年である彼にもたらしました。
そして更にマーロンを恐怖させたのは盲目のシュナン少年と一体化した今の自分にはまったく目が見えず周りの状況が良く分からない事でした。
たとえ目を見開いてもそこに映るのは暗闇だけであり自分の周囲を大勢の人々が取り囲んでいましたがその挙動は一切分からずまた彼らの攻撃がいつ襲い来るかも不明でした。
今や完全に幼いシュナン少年と一体となったマーロンは盲目の闇の中でその小さな身体をまるで団子虫のように丸めて地面にうつ伏せになり自分を取り囲む村人たちに対し必死に許しを請います。

「許してー。お願いだ、許してくれー」

しかし村人たちは幼いシュナンの声で発せられたマローンのそんな哀願の声をせせら笑い更に無慈悲な攻撃を少年のガリガリに痩せ衰えた身体に加えます。

ビシッ!!

バシッ!!

バシーンッ!!!

激痛と共に耳に響く鞭の音と村人の笑い声を聞いて幼いシュナン少年の見えない目からとめどもなく涙が流れます。
そしてそれは今はシュナン少年の一部となっている魔術師マーロンの意識が流したこのような卑劣と残酷に対する怒りの涙でもありました。
幼いシュナンと一体となったマーロンはその無慈悲な攻撃を地面にうつ伏せになって身体を丸め歯を食いしばって必死に耐え忍びます。
だが痛みと恐怖にその幼い身体はすぐに限界を迎えシュナンの内部に閉じ込められたマーロンの意識は果てしない闇の底へと落ちて行きました。

[続く]
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