メデューサの旅 (激闘編)

きーぼー

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アルテミスの森の魔女

その32

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 マーロンが意識を取り戻した時、そこは彼にとって馴染みの土地である「ジブリ村」の村内であり彼が意識を飛ばされる前にシュナン少年と向かい合い対峙していた大きな広場のど真ん中でした。
そこはデイスとチキが「魔女のお店」のための宣伝活動をしていた人通りの多い場所でありその後マローンが彼らを邪魔するためにやって来て更ににシュナン少年も現れ二人の魔法使いの対決がそこで行われる事になったのです。
マローンは広場の真ん中にへたり込むように座っており道行く人々が往来の真ん中でうずくまる彼の姿を通り過ぎざまに奇異な目でチラチラ見ています。
広場の地面に座り込んだ彼は先ほどまでのシュナン少年の記憶世界に精神を移動させていたせいかどこかボーッとしていました。
道行く人が往来の地面に座り込む彼に迷惑そうな視線を投げかけても気にする事なく放心状態で広場のど真ん中に座り続けています。
そしてそんな彼にゆっくりと歩み寄る人影がありました。
ゆっくりと近づくその人影は地面に座り込んだマーロンの前で歩みを止めてピタリと立ち止まります。
地面にへたり込んだマローンは自分の前で立ち止まったその人物を下から見上げます。
ぼうっとした表情を浮かべていたマローンの目が驚きで大きく見開かれました。
その人物は地面で呆然としているマローンを冷静な表情で見下ろしていました。
彼は貴族風の服の上に魔法使いのマントを羽織り手には奇妙な形をした杖を携え更に奇妙な事にその顔を黒い目隠しで覆っていたのです。
そう、広場の地面に脱力して座り込むマーロンが驚愕の表情で見上げるその人物こそ先ほどまで彼が一緒に意識を共有していた幼な子の成長した姿でありちょっと前まで彼の幻術にかかって自分の前に放心状態で立っていた青灰色の髪の少年ー。
盲目にして異形の魔法使いシュナンことシュナンドリック・ドールだったのです。

一方、シュナンの仲間であるデイスとチキは少し離れた場所で二人の魔法使いの様子を固唾を飲んで見守っていました。
デイスとチキの目には広場の雑踏の中で距離を置いて向かい合う二人の魔法使いの姿が映っており更にそのうちの一人であるマローンが急に地面に崩れ落ち倒れたように見えました。
続いて彼と向かい合って立っていたシュナン少年が地面にうずくまる中年の魔法使いの方へつかつかと歩み寄る姿が離れた場所から両者を見守る二人の目に映ります。
シュナンは先ほどとは打って変わってきびきびした動きと表情をしておりまだぼんやりと地面に座り込んでいるマーロンとは違ってさっきまでの放心状態からは完全に回復したようでした。
シュナン少年が足元でうずくまるマローンを冷然と見下ろすその姿を離れた場所に立つチキは腕を伸ばして指差し隣にいるデイスに上ずった声で尋ねます。

「ねぇ、どういう事?シュナンの足元にあの悪い魔法使いがぐったりとうずくまってるけどー。シュナンが勝ったって事なの?」

その言葉に対してチキの隣に立つデイスは首を振りながら答えます。

「わかりませんぜ。恐らく互いに精神支配系の魔法をかけあったんでしょうがー。あっしら素人には何が起こったのか全くわかりませんぜ」

デイスの言う通りはた目には二人の魔法使いは広場の真ん中でただ向かい合って立っているだけみたいに見えました。
そして今はいきなり地面に倒れた一人にもう一人の男が心配してゆっくりと歩み寄ったー。
そんな風に周りの人々には見えていたのです。
両者が強力な魔法使いであり互いに精神攻撃をしあっていた事は広場を普段通りに通り過ぎる村人たちには知るすべもない事でした。
今現在、広場にひしめく人々の中で地に伏せるマーロンと彼の目の前に立ってその脱力した姿を見下ろすシュナン少年に注目しているのは少し離れた場所で両者を見ているデイスとチキのコンビだけでした。
緊張した面持ちで二人の魔法使いの様子を見守るデイスとチキの瞳に自分の足元にうずくまるマーロンに語りかけるシュナン少年の毅然とした立ち姿とその前を何事もなく通り過ぎてゆく多くの村人たちの姿が重なって映りました。

一方、広場の真ん中で地面にうずくまるマローンと彼を手に持つ杖を通じて冷静に見下ろしながら立つシュナン少年の間にはその時こんな会話が交わされていたのでした。

「ふんっ、お得意の幻術に逆にかかるとは愚かな奴め、シュナンに同情したのが仇になったな。あれでお前につけいる隙ができた」

シュナンの足元にうずくまるマーロンに対して師匠の杖の厳しい言葉が飛びます。
しかしその杖を持つシュナンは足元のマーロンに対してどこか同情的な声で言いました。

「マローンさん。あなたと意識を共有したから言うわけではありませんが僕にはあなたがそんなに酷い人だとはどうしても思えない。どうかこの村を立ち去るかそれが無理ならせめてマンスリー様を害するような真似は今後は一切やめていただけませんか。あなたが心を改めればマンスリー様と共存する道もきっと開けるでしょう」

その言葉を聞いてマローンは地面に座り込みながら目の前に立つシュナン少年の目隠しで覆われた顔を見上げ絞り出すような声で少年に自分の心情を吐き出します。
彼の目からは先ほどまでの激しい憎しみの光が消えていました。

「何故だ・・・。わしの心からさっきまで燃えさかっていたお主やマンスリーに対する憎しみの気持ちが消え去ってしまった・・・。ずっとあの魔女に復讐する、それだけを考えて生きてきたのに・・・。一体どうして?」

自分の気持ちの変化に戸惑うマローンに対して彼を静かに見下ろしながらシュナン少年が答えます。

「マローン先輩、憎しみは虎のようなものです。炎にたとえる人もいますがー。人は他人の中に虎をー。時には社会や身の回りの環境の中に虎を見ます。人は虎を恐れ迫り来る虎から逃げ出したりあるいは復讐や憎しみのために逆に虎を追い回す事もあります。虎を殺そうとー。あなたはずっとマンスリー様の中に虎を見ていたのでしょう。でもあなたは僕と一体化した瞬間に自分自身の中に虎を見てしまったー。だから虎は消えてしまったのです」

[続く]





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