譲り葉

きーぼー

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第6話

明かされた秘密 その1

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 やがて祖父の運転する車は祖父母が長年住んでいる家に到着した。
そこは母の礼子も就職してそこを出る前には住んでいた家だった。
前述した通りわたしも子供の頃や父が生きていた頃にはよく一緒にこの家を訪ねて泊まったりもしたものだ。   
だがー。
先程亡くなった祖母の妹であり母の実母である節子さんと顔を合わせた事は一度もなかった。   
同じ広島市内に在住していた筈なのだが。
わたしはとりあえず旦那に状況説明の連絡を携帯電話でしてからシャワーを使わせてもらい少し気分を落ち着かせた。
そして和室の居間で祖父母とともにテーブルを囲みながら改めて節子さんの話を祖母たちから聞く事になった。
彼女の抱えていた重く暗い来歴をー。
テーブルの前に正座して座り祖父母に向かい合うわたしに対してまずは祖父が口火を切った。

「恵子。お前は前の大戦で広島に原爆が落とされた事はもちろん知ってるな」

もちろん知っている。
むしろ日本人にとっては常識だ。
約80年前に行われた戦争で敵国であるアメリカ軍は戦争終結間際に大量破壊兵器である核兵器、原子爆弾を日本の二つの都市に対して使用したのだ。
それは広島と長崎。
つまりわたしが今いるこの場所もかっては原子爆弾の被害を受けた街だったのだ。
祖父は言葉を続ける。

「この街が受けた被害は大変なものだった。街の中心部は一瞬にして蒸発し何万人もの人が死んだ。一瞬で死ねた人はまだ幸運だったかもしれない。大火傷を負ってもがき苦しんでから死ぬ人も大勢いた。市内の川は水を求め力つきた彼らの死骸で黒く埋まった。家々が原爆の残り火で燃える中ほとんど裸で大火傷を負った人々が幽霊のように街をさまよい倒れて死ぬ様子はとてもこの世の情景とは思えなかったという。ワシは直接見たわけじゃないが爆心地近くに住んでいた人からその時の状況を教えてもらった。その話を聞いた時ワシは思った。地獄だ。ついに人間同士の争いはこの世に本物の地獄を作りあげたのだと」

祖父の話を息を呑んで聴いていたわたしに今度は祖母が更に衝撃的な事実を告げた。

「実はね恵子ちゃん。節子さんー。あなたの本当のお祖母さんも原爆の被害者、つまり被爆者だったのよ」

「えっ!」

わたしは思わず声を上げた。
祖母はわたしにうなずいてから話し続ける。

「せっちゃんー。あなたのお祖母さんは旦那さんのたかし君と一緒に広島の市街地に住んでいたの。たかし君は軍需工場で働いていてね。原爆が落とされたあの日、せっちゃんは爆心地からは少し離れた場所にいたけどそれでも放射能の光を浴びて大火傷を負ったの。工場にいたたかし君はもっと酷い状態で全身に大火傷を負って寝たきりになり終戦後しばらくして亡くなったわ。そしてねー」

祖母は一瞬言いよどんでから絞り出すような声で言った。

「原爆の被害に遭った時にせっちゃんのお腹の中には礼子ちゃん、つまりはあなたのお母さんがいたのよ。

「そんなー」

わたしは呻くように声を上げる。
そしてそんなわたしの動揺する様子を見ながら祖父は深刻そうな顔で腕を組み沈んだ声で言った。

「それでこれからは更に嫌な話になるんだがー」

声を詰まらせる祖父。
すると祖母はそんな祖父を助けるかの様に途中から口を挟んできた。

「今では想像しにくいだろうけど当時原爆の被害を受けた被害者はひどい差別を受けていたんだよ。町を出歩くだけでも白い目で見られて石を投げられたりする事もあった」

「そんなー」

大きなショックを受けるわたし。
そして腕を組んでいる祖父が暗い声で更に話をつけ加えた。

「当時は原爆投下によって発生する放射能の性質もまったく知られていなかったし。恐ろしい伝染病のように思われていた。それに原爆の被害者の中には放射線による熱傷でひどい外見になったり身体に大きな障害が残った人も大勢いた。その姿は見るだけで恐怖心を呼びおこしもしかしたら自分たちにも伝染するかもと考えられたりして憎悪や迫害の対象にされたんだ。まぁ、政府の広報や正確な情報が広まるにつれそういう差別は少しずつ無くなってはいったんだが」

わたしは下を向いて声を絞り出した。

「でも、やっぱりひどい。被爆者の人たちは何も悪くないのに。純粋な被害者なのにー」

今度は祖母が首を振りながら言った。

「人間には自分にとって不都合なだけで相手を悪者にしたり憎んだりする心の働きがあるんだよ。きっと本能的なものなんだろうね。相手は本当は悪くないのにー。一生懸命に生きているだけなのにね」

わたしは祖母の言葉をうつ向いて聞きながら考えた。
確かにそういう心の働きは誰にでもある。
わたしの中にもー。
わたしは何年か前に東北地方で起こった地震による原子力発電所の事故の事を思い出していた。
あの時にも発電所の周辺の放射能漏れがあった地域に住んでいた人々に対する風評被害や差別は確かに存在していた。
避難先の土地でひどい言葉を投げかけられる事もあったという。
そう考えるとわたしたちは昔からまるで進歩していない気がした。
果たして今のわたし達に約80年前に情報統制の中で無知と恐怖から被爆者を差別した人たちを責める資格があるのだろうか。

「それでねー。恵子ちゃん」

そして考え込むわたしに対して祖母はさらに話を続けた。

「そんなひどい差別があったものだからせっちゃんはあなたのお母さんをなんとか出産した後で妹夫婦のわたし達に養子として預ける事にしたんだよ。娘の将来を案じたんだろうね。まぁ、旦那さんを原爆で失くして一人で育てるのは大変だったのも確かだけれどー」

祖母の言葉に腕を組みながら無言でうなずく祖父。
わたしは顔をうつむかせてジッと祖母の話を聞いていた。

「せっちゃんはーあなたのお祖母さんは娘の礼子ちゃんを被爆者の自分とは完全に切り離したかったんだと思う。あからさまな差別は少しずつ減っていたけれど結婚や就職などの人生のあらゆる局面で支障になっただろうし。それに被爆者やその家族を白い目で見る人がいたのも紛れも無い事実だったしね」

祖母はいったん言葉を切りテーブルの上の湯呑みのお茶を一口すすった。

[続く]
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