上 下
3 / 34
プロローグ

3

しおりを挟む
更に奥に小さいながらも複数の赤い光の点が見える。ここはダンジョンの最深部なのかもしれない。最深部にあるコアの周辺は魔力量が多く強い魔物がコアを守るように配置されている。

精霊石は希少なだけでなく大量の魔力を内包する鉱石だ。初期のダンジョンで複数あるなら、魔物に割くような魔力はないだろう。事実、動くものの気配はいっさいなかった。

砂粒のような小さなものから、先ほどのビー玉大の大きさまで、丹念に調べた結果この場所だけで8つも手に入れてしまった。

「すごい収穫ね!」

ニーナは満面の笑みで僕らを見る。

「ああ!魔物がいないのは、、物足りねーが十分な稼ぎだ!今日は飲みまくるぞ!」

カルロもかなり上機嫌だ。かくいうぼくもそうだ。

「村に仕送りしてもお釣りがくるよ。初ダンジョンアタックでこの成果は史上初かもね!」

流石にこれだけの成果となると逆に確実に持ち帰らないといけない。行きは良い良い、帰りは怖い、というやつだ。

「そうだな、しっかりなくさないように頼むぜ!」

「もちろんさ。さぁ、帰ろう!」

ぼくらは来た道を引き返す。
ニーナの探索マップは精巧できっちりしているから風景がかわらないこのダンジョンでも迷う事はないだろう。

「その角を右ね」

ニーナの指示に従って帰る。ただそれだけで良かったはずだ。なのに、、

「、、、ニーナ、この角って、、右に通路はないよ。」

「そんな、、おかしいな。そんな訳、、」

既に3度目だ。ニーナの指示に従って帰っているのに。

「道、、、間違えてないよね?」

「うん。そのはずだよ。私の探索マップの精度は2人とも知ってるでしょ?」

ずぼらで適当な2人とは違ってね。
ニーナは不満そうに問いかける。
確かにそうなんだ、だから余計に、、。

「なぁ、つまりどういう事なんだ?」

「わからないよ。でも、、構造が変化するダンジョンの噂は聞いたことがある。もしかすると、、」

「まじかよ?結構歩いたはずだぜ?このまま彷徨うなんて冗談じゃねーぞ?」

「わかってるさ。」

構造が変化するダンジョン、、このままなら確かにまずい。出口にたどり着けないと餓死しかねない。水も食料も2日分に満たない、、もっても4日だろう。
考えろ、、

「ニーナ。移動した距離をふまえて出口に向かって方向を把握できそうかな?構造が変わったとしてもダンジョン自体の大きさはかわらないだろ。つまり、方向と距離がある程度掴めていれば出口に近づけるはずだ。」

「だいたいはわかるわ。でも、、どうやって?」

「行きの探索マップの上に紙を被せて移動した距離、角度を重ねるように描くんだ。それでおおよその位置が把握できるから、出口に向かっていけると思う。」

「なるほど、、たしかにそうね。内部構造が変わっても出口の位置や内部の大きさまで変わる訳ないものね。」

少し希望が見えた。ニーナとカルロの安堵が伝わってくる。我ながら良い案だ。

「そうと決まれば、、さっさと出ようぜ!」

カルロは目的がはっきりしてれば迷わない男だ。今度はニーナの指示に迷う事なく従って歩を進めていく。

「そろそろ出口が近いはずよ。」

「待ってました!ったく、変なダンジョンだよな。まいったぜ。」

出口が近い、、はずなんだよな。なのに外の空気の気配がしない。風も感じない。ぼくは一抹の不穏を抑え、、進む。

「この角を曲がったら、、出口なはずよ。」

ニーナも異変に気付いているようだ。緊張が伝わる。

ニーナの空間把握能力は秀でている。感覚だけで暗闇の中でも正確に移動距離や方向を認識するのも容易だろう。

そのニーナが慎重に距離を方向を示してなお、、続く変わらぬ土の道。これは、、完全に遭難しているかも知れない。

「ふぅ、、、冷静に、、、現状を確認しよう。」

大雑把だがカルロはバカじゃない。事態の深刻さを認識した彼は慌てるでも激昂するでもなく、冷静にそう提案した。

探索マップの情報から出口が近いのは疑いようがない。なのに、、、空気は変わらず外界を感じさせる要素は一つもない。

風も、、、ない。

匂いも、、、ない。

「原理はわからないけど、、出口が移動したか隠されてるか。出口が移動していれば調査隊が必ず動く。ぼくらは当てもなく進むべきか、この場で助けを待つか。決断しなきゃいけない。」

2人の顔を見る。意見に相違はなさそうだ。

「なら、心得通りに調査隊を待って動かない。それしかないだろ。」

「そうね。幸い魔物もいないようだし、、待ちましょう。」

そう、魔物も動物も、、、昆虫さえいない。食料は手に入らない。このダンジョンはもしかすると、、、いや、考えても仕方がない。冷静に、、、待つだけだ。


、、、、、、、、、

、、、、、、、

、、、、、

、、、

、、




どれくらいらまっているのか?時間の間隔が曖昧だ。

切り詰めはしたが水も食料も底をついた。


あとどれくらい待てるだろう?飢餓と不安に神経がすり潰される。ニーナ、、君だけは何としても無事に地上へ送り届けたい。

ニーナは精霊石をじっと見つめている。

カルロは、、、カルロも同じだ。

2人とも魅入られたように、、、ただじっとそれを見ている。

綺麗だものな、、、。ぼくは変わらない土壁を見上げる。

クソッタレだ!

空が、、、空が見たい。

「そろそろ、、救助隊がきてもいいと思わないか?」

返事はない。

「カルロ?」

カルロがいたはずの場所には誰もいない。
息が詰まるような気がした。

そんな、、一瞬目を離しただけなのに。

ニーナは?!

ニーナは相変わらず精霊石を見ている。まるで廃人のように表情はない。

わけがわからない。

「カルロ!!頼む返事をしてくれ!どこだ!!」

小さくこだまする叫び声は土壁に吸収され、、完全な静寂が訪れる。

嫌だ、、、こんなところで終わるなんて嫌だ。

ぼくは必死にあたりを見るが、、、そこには見飽きた土壁と廃人のようにただ精霊石を見るニーナがいるだけだ。

不安が

恐怖が

押し隠したはずの負の感情が一気に襲ってくるようだ。

怖い、、、嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、、、

押し潰される!!

そう感じたその時、、

これは、、足音?

「誰かー!ぼくは、、はここだー!」

必死に声を出す。誰でもいい、誰か助けてくれ!!

足音は変わらぬリズムで近づいてくる。

すがるように足音の主が現れるのを待つ。音が近づく、、、そして、、、

「カ、、カルロ??」

暗闇から現れたのはカルロのように見える。
項垂れてひきづるよう歩く。

ぼくは必死に彼に駆け寄ると肩を掴んで訴える。

「なぁ、どこ行ってたんだ?!ニーナもなんか、、おかしいんだ。」

カルロがぼくを見る。その瞳は、、闇より深く暗い、、、。

「カル、、、ロ?」

カルロは覆いかぶさるようにぼくを押し倒す。
逃げねば、、、

必死にカルロを引き剥がそうともがくとカルロの身体が崩れ土塊に変わる。

「ヒッ、、」

粘性を帯びたカルロだった土塊が容赦なく覆い被さり身動きを封じられていく。

「くそっ、、なんで、、!どけ!!!」

カルロだと思ったそれは土粘菌クレイスライムだ。取り込み吸収した獲物の形に擬態する魔物。既に完全に形は崩れ、、、痛い!痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!!

身体を何かが侵食しているのがわかる。

苦痛の叫びは口に入ってくる土に塞がれ、、、体の内部からも喰われていくのがわかる。

痛い、、痛いよ、、痛い痛い痛い。
ニーナ、助けて!ニーナ

必死にニーナに助けを求め見やると愕然とする。
ニーナの、、ニーナの背面は既にドロドロに溶けクレイスライムが蠢き貪り食っていた。

のなれの果てに絶望が加速する。
やがてその痛みさえも消え、、、。




あの空間を歩いて、、歩き続けてたどり着いた先がこのコアルームだった。

目の前に現れた黒い扉を開けると、、何もない洞窟に僕はいた。推測だけど、あの扉を開けた瞬間に僕は産まれたらしい。

中心に浮かぶ水晶、、これが僕の心臓。

そうすべし、、とまるで命令でもされたように触れる。
すると、水晶の中心に赤黒い光が宿る。
その光は脈打つ様に動き、脈打つ度大きく成長していく。
次第に水晶全体が赤黒い光が拡がり、、そしてフッと消えた。

と同時に奥の空間に先程の赤黒く脈打つ光が出現する。光が収まると内臓でできた様な大きな塊となり、、脈が激しく動き出す。
一際大きく脈打つとピタリと止まる。

僕は静かにその光景を見る。

(産まれる)

直感した瞬間、正面に亀裂がはいり、、中からズルリと崩れ落ちる様に魔物、、いや、守護者が生まれ落ちた。

その姿は、あのグロテスクなモノから産まれたとは思えないほど一点の曇りもない陶器のような白い肌を持つ人形。

マネキンのように人の形はしているが表面は滑らかで目や鼻、口も体毛もない。
全体的に柔らかな曲線を持つ事から華奢で女性的な印象だ。

「我ガ君。ゴ命令ヲ、、、」
 
言葉はないが、そう言った様な気がする。
その人形は静かに跪く。
しおりを挟む

処理中です...