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第二章・ときめき
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一学期の期末テストも期待を裏切らなかった。中間テストの華々しい栄光を 過去の遺産に変え、気分を底無し沼のどん底へとへしこんで悪魔は微笑みかける。溜息混じりに肩を落とし、嘆いたりしたとて、あの栄光の日々は帰らない。
──フンッ、どうにでもなれ!
こうなったら仕方がない。しばし勉学から離れ、夏休みを部活に邁進する決意を固めた矢先、朝レンで華麗なるシュートを決め、転がってきたバスケットボール目がけ見事着地し、右足首を捻挫した。夏休み初日から心をも挫かれる羽目になった。
飛び跳ねることもままならず、走ることも、もちろん歩行にも支障を来す始末で、この呪いを解く術を模索しつつ努めて心穏やかに公園のベンチで佇む毎日を過ごさん、と方向転換を余儀なくされ、青春真っ只中、かくして裕里子、高ニの夏休みは始まった。
座ったまま右脚をそっと蹴り上げみる。水色のワンピースの裾から覗く足首を包み込んだサポーターの眩い純白が余計に痛々しく映える。一度溜息をついて静かに脚を下ろした。
池に視線を移すと、さざ波が陽をはね返す。目を細めながら大きく伸びをした。最早諦め気分で己の不運を受け入れん、と断ずれば、小鳥たちの囀はようやく耳に届いた。目を閉じてその声に耳を傾ける。
頬を掠めた風が小さな気流の乱れを起こした。目を開け、気配の方向を見やる。
水面に反射する陽光を、ひと粒ずつ瞳がはね返す。背もたれに両肘を掛け、脚を組み、短く刈られた頭部に薄らと汗が滲む。白のボタンダウンの制服の袖からのびる日焼けした筋骨質の腕の浮き出た血管が若い血潮を激しく揺さ振る音に目覚めたかのように裕里子の神経は昂った。
一瞥しただけの精美な横顔に胸はざわめいた。
裕里子は息を潜めた。身動きすら叶わず、心は怯えと好奇心と期待で激しく華やいだ。
ふとあの日の記憶が蘇った。小学校一年の夏休みに出会った三浦正樹という少年の面影が脳裏に浮かぶ。
──もしや、あの時の……?
そう思い始めると、心は一層ざわめき立つ。
裕里子は視線を向けることも出来ず。水面を見つめたまましばらく心を制することに躍起になった。ひと言だけでも訊いてみようと思うのだが、どうしても勇気が出ない。仕方なく目を閉じる。大きく溜息をついてから勇気を振り絞り、目を開けるのと同時に視線を素早く隣の彼に向けた時には、既に姿は消えていた。辺りをくまなく見回してもどこにも見当たらない。気配さえも消え失せていた。
己の気弱さを呪い嘆くと共に後悔した。と同時に、あれは自分の願望が見せた幻影に過ぎなかったのかもしれないとも感じる。そんな偶然など決してありはしないだろうから。
「そんなはず……絶対にあり得ないわよね」
苦笑しながら静かに立ち上がると、天を仰いでその場を離れた。空模様が大分怪しくなってきたので、右脚をかばいながらも家路へと急ぐのだった。
──フンッ、どうにでもなれ!
こうなったら仕方がない。しばし勉学から離れ、夏休みを部活に邁進する決意を固めた矢先、朝レンで華麗なるシュートを決め、転がってきたバスケットボール目がけ見事着地し、右足首を捻挫した。夏休み初日から心をも挫かれる羽目になった。
飛び跳ねることもままならず、走ることも、もちろん歩行にも支障を来す始末で、この呪いを解く術を模索しつつ努めて心穏やかに公園のベンチで佇む毎日を過ごさん、と方向転換を余儀なくされ、青春真っ只中、かくして裕里子、高ニの夏休みは始まった。
座ったまま右脚をそっと蹴り上げみる。水色のワンピースの裾から覗く足首を包み込んだサポーターの眩い純白が余計に痛々しく映える。一度溜息をついて静かに脚を下ろした。
池に視線を移すと、さざ波が陽をはね返す。目を細めながら大きく伸びをした。最早諦め気分で己の不運を受け入れん、と断ずれば、小鳥たちの囀はようやく耳に届いた。目を閉じてその声に耳を傾ける。
頬を掠めた風が小さな気流の乱れを起こした。目を開け、気配の方向を見やる。
水面に反射する陽光を、ひと粒ずつ瞳がはね返す。背もたれに両肘を掛け、脚を組み、短く刈られた頭部に薄らと汗が滲む。白のボタンダウンの制服の袖からのびる日焼けした筋骨質の腕の浮き出た血管が若い血潮を激しく揺さ振る音に目覚めたかのように裕里子の神経は昂った。
一瞥しただけの精美な横顔に胸はざわめいた。
裕里子は息を潜めた。身動きすら叶わず、心は怯えと好奇心と期待で激しく華やいだ。
ふとあの日の記憶が蘇った。小学校一年の夏休みに出会った三浦正樹という少年の面影が脳裏に浮かぶ。
──もしや、あの時の……?
そう思い始めると、心は一層ざわめき立つ。
裕里子は視線を向けることも出来ず。水面を見つめたまましばらく心を制することに躍起になった。ひと言だけでも訊いてみようと思うのだが、どうしても勇気が出ない。仕方なく目を閉じる。大きく溜息をついてから勇気を振り絞り、目を開けるのと同時に視線を素早く隣の彼に向けた時には、既に姿は消えていた。辺りをくまなく見回してもどこにも見当たらない。気配さえも消え失せていた。
己の気弱さを呪い嘆くと共に後悔した。と同時に、あれは自分の願望が見せた幻影に過ぎなかったのかもしれないとも感じる。そんな偶然など決してありはしないだろうから。
「そんなはず……絶対にあり得ないわよね」
苦笑しながら静かに立ち上がると、天を仰いでその場を離れた。空模様が大分怪しくなってきたので、右脚をかばいながらも家路へと急ぐのだった。
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