雨傘 ── 恋ひ初めの街(水無月)

春乃光

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7 ウインドウーの虚像

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 私なんてちっとも美人じゃない。

 親戚連中は「十人並みが一番よ」なんて無責任な慰め方しかしない。

 ──十人並み?

 ──普通ってこと?

 美人でもないし、ブスって訳でもない。どちらかというと、美人でない方の部類という意味だわ。そんなこと本人が一番知ってることよ。わざわざ面と向かって言わなくたって……。余計に傷つくというもの。

 ──私ってそんな慰められ方される程酷いの? 

 私はまたウインドーを覗き込んだ。薄ぼんやりとガラスの向こうに浮かぶ相手を睨み付けてみる。擦れ違った男どもが皆振り返る程の美貌なんて要らない。もてたいなんて思わない。だけど少なくとも彼が気に入ってくれる程度で満足する。私は心の中で神様に両手を合わせた。

 確かに色気なんて、まだない。男に媚びるなんてのも嫌。こんなに色白じゃない。目だって大きいし、鼻だって低いけど結構可愛らしい。唇だってセクシーとは言い難いが、そこそこ形いいのがちゃんと付いてる。脚だって長い美脚、とはお世辞にもいえない。胸だって小振り。けど、全体的には細身でなかなかスタイルはいい方だわ。

 私は大きく深呼吸した。「よし」と回れ右をして、自分の虚像と決別した。

 ──自信を持ちなさい、弘美!

 もう一度医院の時計を見た。四時半を少し回っている。私の目の前を様々な影が急き立てるような早足で擦れ違ってゆく。めまぐるしく流れ去る波から目を背けたら、どこからともなく焼き魚の匂いが漂ってきた。

「鯖の塩焼きね」

 呟いて匂いの源流を探る。たぶんこの通りに面したスーパーの惣菜屋からだろう。その匂いを辿って、視線を向かいのビル群の右端の方へ滑らせた。交差点で信号待ちのバスが目に留まった。こちらにくるのか、それとも左右どちらかに曲がるのか。もしかして、あのバスに彼は乗ってはいまいか。だが、暫くすると、バスは進行方向を左に折れ、視界から消えてしまった。私の鼻腔に焼き魚の匂いがこびり付いて空の胃袋が鳴った。ふと母を思う。
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